第16章 迷惑先払い郷愁返済

「変わらないね」「だから変わってるの」「どうして」「周りの変化についていけなかったから」そんな再会のやりとりが心に残った。行き先も決めず互いの足跡を確かめ合いながら、その頃の自分にオーバーラップさせてみる。商店街をくぐり抜け、赤信号で黙り込み、通りを渡ってまた商店街に入る。話しがまた途切れた頃、お初天神の境内に踏み込んだ。鳩が舞い上がる。「大阪にもこんなところがあったんやねぇ」ーーーそう僕も最近東京の友人に案内されて知った。学生時代から随分と徘徊した街なのに僕はこの街の事をちっとも知らないんだなと思った。彼女がもう五年も前からこの街に住んでいた事も‥‥
 今年は年の初めから己の詩の批判を聞かされ、こんなにボロカスに云うてくれる人ほど大事にせなあかんと思いながらも、かと云ってどうしていいか分からず、重たい気分でいた。「そんな借りもんの言葉しか思いつかんのか」そう云われると、成程思い浮かぶ言葉には限界があり 、それもパターン化したフレーズばかりで、その言葉の意味を本当に理解していないなと思った。丁度表通りしか知らなかったこの街のように‥‥
 彼女から電話がかかった時、すぐに彼女を思い出せなかった。彼女を忘れていたのではなく、それはかかる筈のない電話だったからだ。旅先で二度会ったきりーーー10年も前の事だ。
 僕らはその年旅先でレコーディングした。その時知り合った彼女にレコーディングノートを渡し、後にバンドの写真集や詩集も送った。思い出を整理したものの自分で持っていられなかったからだ。捨てる勇気もなく、誰かに送りつける事で処分しようとした。随分迷惑な話しだが、遠くにいて少しは自分を知っている誰かに愚痴をこぼしたいーーーそんな心境だった。
 「でも大切な青春なんでしょ」変わらぬ笑顔で差し出されたノート達‥‥それを手渡してくれる事を口実に強引に呼び出したのだ。かと云って多分に偶然的な彼女との出会いをそれ以上に変えるつもりはなかった。すれ違う時間が長かっただけ‥‥刹那に充たされた月日ーーー彼女はこの街で生きていた。そう思うと、はがゆさやら、あったかさやらが込み上げてくる。随分と大きな優しさでもあった。彼女は今、人を愛せる事を信じていた。もう逢う事もないだろう。さよならの言葉が「有難う」に変わる。
 返ってきた詩集四冊ーーーそこには詩を量産した2年の月日があった。苦悩と焦りの日々‥‥若い重たい実験的な詩がぎっしり詰まっている。
「ちっとも迷惑じゃなかった。むしろ喜んで預かっていたんですよって言い忘れて‥‥」後日届いた手紙。今の自分を励ますのが若き日の自分である事に失笑する。そしてそれを運んできてくれた彼女に、昔どおりの変わらない温かさを感じていた。