Interview & Text by Yumi Hasegawa
短かった夏の終わりを告げるかのように、ここんとこ毎日のように雨に煙るロンドン。退屈なグレーの空をぼんやり眺めていると、いつも口をついて出るのは「Why Does It Always Rain On Me?」のフレーズだ。「どうして僕のところはいつも雨降りなんだい?/僕が17歳の頃に嘘をついたから?」と歌われるトラヴィスの名曲は、その脆弱でいて余りにも美しいメロディと共にイギリス中の人達の心を掴み、彼らの2枚目にして最新アルバムとなる『The Man Who』はナショナル・チャートの第1位を邁進している。実は、2月のレコーディング完了直後に行われたショウ・ケース・ギグで新曲の余りの素晴しさに感動しまくった筆者個人としては、英国プレスの一方的なこき下ろし攻撃に腹を立てていたのだ。ところが、「Writing To Reach You」「Driftwood」「Why Does It Always Rain On Me?」といった素晴しいシングル曲達に支えられ、遂にはアルバムが数週連続1位を達成する、という快挙を成し遂げた。「ほらねー。だから言ったでしょ!」と思わず叫んでしまったが、逆に言えば良質な音楽を、メディアの戯言に惑わされることなく聴いている人達が想像以上に多かったことに、とても勇気づけられた。
個人的には、ベスト・アルバム99と言っても過言ではない『The Man Who』。「Writing To Reach You」からヒドゥン・トラックの「The Blue Flashing Light」まで、心を揺さぶるドラマチックさと、穏やかな日常のメロディが息づいている。この、優しくて透き通っていて、それでいて情熱的なレコードに出会えたことは、今年いちばんの幸運としか言いようがない。この一見派手さのない、穏やかなアルバムがここまで幅広い層の人達の絶大な支持を受けた理由を、トラヴィスのソングライターであり、シンガーでありギタリストでもあるフラン・ヒーリィ(以下、F)は次のように説明する。
F
「分からないけど、恐らく僕達がトレンディではないアルバムを作ったからじゃないのかな。それか、このアルバムを聴いてくれた人達が、胸に『このアルバムを買いなよ』っていうバッジを付けていたとかね(笑)。この間、自動車のCMを見たんだけど……とある自動車を運転してる男が待ち行くみんなに注目されてて、それを見た他の男が、『俺もあの車を買いに行こう』って思い立つっていうものなんだけど。それに似てるかな(笑)。とにかく、僕達はいい曲を書こう、っていうことしか考えてなかったんだ。そこいら中にいろんなバンドが溢れてるし、僕達が僕達であるためには、僕達にしか書けない素晴しい歌を書くことだけだと思う。これはまだセカンド・アルバムだし、まだまだ成功と言うには早すぎると思うんだ」
アンディ・ダンロップ
「最初の一歩というところだよな。これから前に進んでいくというか……」
F
「そうそう。ここからなんだよね。もちろん今回多くの人に受け入れて貰えたのは嬉しいけど、僕達はとにかくいい曲を書いていくだけだから。それを、自分達なりのやり方でレコードにしていくだけなんだ。他の人がやっても同じようなものになってしまうんだったら、僕達がやる意味はないから。他の誰にも真似出来ないような、僕達にしか書けない曲を書いて、僕達にしか作れないようなレコードを作っていきたい。本当にそれだけなんだ」
インタヴューでも、ステージの上でも、或いはパブで飲んでいる時でさえ笑顔を絶やさない、優しい語り口のフラン。ギグのMCでも、あけすけとも思えるほど正直な自分の気持ちを、色々な例え話を使ってスウィートなグラスゴー訛りでのんびりと話す。その真直ぐな瞳と言葉の端々に、フェミニンな優しさと、男らしい力強さが見え隠れするのが魅力的だ。
BUK:私は実は2月にロンドンのKing's Collegeであなた達のショウケースを観ているんですけど、その時に新曲を聴いて、「すごい! ニュー・アルバムは99年のベスト・アルバムになるかも!?」とひとりで大騒ぎしていたんですよ。それなのに、音楽誌では散々こき下ろされていたんで、かなり頭に来てました。あなた達には、リリース前にそういう評価を受けたことで、不安などはありませんでしたか?
F
「いや、不安というのはなかったよ。もちろん僕達は、成功への遠回りをしているとは思うけどね。レコード会社が必死になって売り出そうとしているのは、いわゆるインディー・ギター・バンドだからさ。僕は、自分達のことをそういうバンドだって思ったことは一度もないし。お洒落なクラブでプレイしたとか、地道なツアーを続けてきたとか、そういうことは全部下らないと思ってきたしね。チャートに入る音楽……つまり多くの人達に聴き入れられる音楽というのは、マーケティング戦略なんかで作られるべきものではないと思うんだ。ただ、聴く人達の心のどこかに触れる部分がひとつでもあればそれでいいんじゃないかな。僕達は売れようとか、難しいことは考えずに、いつでも自分達のやりたいことに正直にやってきただけだと思う。それでいて、僕達にしか書けない曲を書くことに腐心してきたというか。それで、僕達の曲を聴いた人達が、『うわ、すごい!』って思ってくれればいいと思うんだ。それには、何も突飛なことをやろうとか、そういう小細工はいらないと思う。そんなの退屈だからね。それに、何も全ての人に受け入れられようとは思ってないんだ。好きな人もいれば嫌いな人もいる。それでも、まるで手作り職人みたいに、自分達の手でしか作れないものをゆっくりと作り上げていきたいんだよ。だから、確かにKing's Collegeでのショウのレヴューにはちょっと腹が立ったね。まるで僕達がいなくなればいい、みたいな書き方をしてたからさ。でも、それがリスナーの評価が良いと分かった途端に、『みんなも聴こう!』みたいな態度に変わったよね。まあ、それはそれでいいことだと思うんだ」
BUK:実際あなた達は、デビュー・シングル「All I Want To Do Is Rock」をリリースした96年当時は、『ノエル・ギャラガーのお気に入りバンド』としてプレスにもてはやされていましたよね。そういうプレスの態度に苛立ちを覚えたことはないですか ?
ニール・プリムローズ(以下、N)
「そうそう。まあ、プレスやジャーナリストはそういうことを言っても許される存在だと思われているからね。特に今のジャーナリストは、音楽に対する正当な批評っていうものを見失ってると思う。かつての優れたジャーナリストっていうのは、批評するにしても正当な見解や理由を明らかにしていたものだけどね。今日はこき下ろして、明日は持ち上げたレヴューを書くような人達には付き合いきれないよ(笑)」
F
「コピー機に例えるなら、すごく素敵な画像の描かれた紙をコピーするとするよね。優れたものはどんどんコピーすればいいんだけど、肝心のコピー機の性能が悪いと、コピーしたものはとんでもなくひどいものになってしまう。それと一緒で、コーヒーのフィルターだって、どんなに美味しいコーヒーをいれたって、クオリティのよくないフィルターを通してしまうと、実際にそのコーヒーを口にする人には美味しく感じられないんだ。だから、素晴しい音楽が、きちんとした鑑識眼のないジャーナリストの言葉を通して伝えられたばっかりに、リスナーにはその真価が伝わりきってないこともあるよね。だから僕達は、自分の足場をしっかり固めて、そういうジャーナリストの評価に左右されないようなものを作らなければならないのさ」
BUK:うんうん。じゃあ、今はプレスの完全無視状態とは裏腹に、リスナーの圧倒的な支持を得て、「ザマアミロ」なんて感じたりしません?
F
「そんなふうには思わないけど……実際にはそんなに素晴しいライターっていうのはこの国には存在していないのに、それでも人は音楽雑誌を買っているんだしね。時々人が信じられなくなるよ(笑)」
BUK:(笑)ところで、あなた達のファースト・アルバム『Good Feeling』は、今どき珍しいくらいのストレートな男気ロックだったのに対し、セカンド・アルバムはとてもフェミニンな側面が強調されていますよね。この理由を、あなた達はどのように分析しますか?
N
「最初のアルバムが出てから2年間、ずっとギグに継ぐギグを繰り返してきて……。その後腰を落ち着けてじっくりと今回のアルバムの曲作りを出来たからじゃないかな。この4人でやっていく、っていうことに対して、もっとチルアウトしたというか、落ち着いたんだと思う。みんなでゆったり飲むことはあっても、ムチャ飲みするようなことはなくなったし(笑)。仕事に関しても、ずっとリラックスしてゆっくり楽しむことが出来るようになってきたんだ。だからもちろん、依然としてアグレッシヴなギター・リフなんかが入っていたとしても、それがしっくりと響くようになってきたんじゃないかな」
F
「ファースト・アルバムっていうのは、すごく気合い入ってるし肩に力も入ってるから、どうしてもアグレッシヴで男っぽいサウンドになってしまうところがあると思うんだ。それから、今作の曲がどれもフェミニンなのは、そもそも僕自身がフェミニンな人間だからだと思う。僕は女性ばかりの中で育ってきたし、身の回りには身近な男性がひとりもいなかったんだ。だから、僕はフェミニンな人間だと思うんだけど、そういう自分の本当の姿がこのアルバムには表現されているんだろうね。そういう意味では、とても正直で隠しだてのない作品だと思う。でも、不思議なことに男性からの支持が圧倒的なんだよ。いろんな男性から様々なコメントを貰ったんだ。女性からは貰ったかなあ……覚えてないや」
BUK:でも自分の中の弱さ、みたいなものが見せられるようになったというのは、逆に言えば、人間として精神的に強くなったからだとも言えると思うんです。プロのミュージシャンとして音楽業界で生き抜くうち、どこか強くなってきたなと思うことはありませんか?
N
「うん、それは確かにあるね。やっぱりファースト・アルバムの頃に較べると、ずっと強くなってきたと思う。それは、自分達のやっていることに自信がついてきたこともあるだろうし。とにかく、人がどう思うと関係ないんだ、自分達のやりたいことをやればいいんだ、という覚悟が出来たというかね」
F
「そう。成功しようだとか、そんなふうに気負う必要はないってことに気が付いたんだ。僕達は1991年からずっと一緒にやってきて、この4人で続けていく、ってことに意義があると思えるようになったんだよね。自分達のやりたいことをね」
N
「音楽業界の話題の的になるとか、そういうことは他のバンドに任せておけばいいや、ってね」
ドギー・ペイン(以下、D)
「そうそう」
BUK:OK、分かりました。では、秋に日本に行くそうですが……。
F
「うん、多分秋頃になるだろうね」
N
「僕達まだ日本に行ったことがないからね」
BUK:日本に対してどんな印象を持ってますか?
D
「見当もつかないよ! もちろん日本に行ったことのある他のバンドの人達から色々聞いたりはしてるけどさ。でも、自分の目で見るまではいいことでも悪いことでも変な先入観は持ちたくないからね」
F
「そうそう。それに、何処のギグであろうと、僕達はいつも変わりなく僕達らしいステージをやるだけだから。『これが最後のギグです』ってことになっても、僕達はいつもと同じようにプレイすると思うんだ。ああ、でも、この間(6月15日)のアストリアのショウはすごくよかったね。いいギグだったと思う。みんなが僕達の歌を大合唱してくれてさ、僕達も歌ってて……。すごくいい雰囲気だった。ああいうギグをやりたいね」
BUK:では、日本であなた達を待ちわびているファンの人達にメッセージをお願いします。
D
「僕達も、みんなと同じくらい会えるのを楽しみにしてるよ」
F
「きっと、近いうちに会おう!」
冷たい雨の午後でも、月の明るい夜でもあなたの心を静かに、時には泣きだしそうなほど情感たっぷりに癒してくれるトラヴィス。日頃の自分を落ち込ませてしまう些細な出来事も、胸の痛みもこの優しいレコードで綺麗に瀘過して、冬を待とう。トラヴィスの音色があれば、今年の冬はきっと、暖かく過ごせるに違いない。