Small Change

Tom Traubert's Blues
Step Right Up
Jitterbug Boy
I Wish I Was in New Orleans
The Piano Has Been Drinking
Invitation to the Blues
Pasties and a G-string
Bad Liver and a Broken Heart
The One That Got Away
Small Change (Got Rained on with His Own .38)
I Can't Wait to Get Off Work (And See My Baby on Montgomery Avenue)



サンタモニカ通りの向こうにも世界があるって聞いてね。ちょっくら覗いてみようと思ったのさ

1976年、当時26歳のトムは、初めて海外ツアーに出た。
その最初の公演となったのが、ロンドンのソーホーにあるロニー・スコット・クラブでの公演だ。
ジミ・ヘンドリクスのラストステージの舞台、そしてザ・フーの「トミー」初演会場でもあるこの老舗ジャズクラブでのトムは、演奏は勿論のことながら、ジョークも舌好調だった。
けばけばしい外観やストリップ小屋、パブが連なるソーホーの雰囲気はトムにピッタリだった。ニュー・ミュージカル・エキスプレスは、このデビュー・コンサートをトムの名前をもじって、"Tom Wits!"(トムはウィットを散らばせた)と表現している。

当時パンクの熱気に溢れた100club、60年代ブリティッシュ・ロックの聖地マーキー、そしてエルトン・ジョンやデヴィッド・ボウイが一時期拠点としていたデンマーク・ストリート、ワイルドサイドを歩く人々が憩ったソーホースクエア……。
全てはピカデリー・サーカス界隈の狭いエリアでのことだった。この異国の地で、熱気を感じながらトムは気の赴くままにいくつも新曲を書いた。

ロンドンの後、スカンジナヴィア諸国、オランダ、ベルギー、西ドイツと周ったヨーロッパ・ツアーは成功に終わり、アメリカに戻ったトムは、新作の制作に取り掛かった。
プロデューサーは、前作同様、ボーン・ハウ。
"ペイスティとGストリング"という仮タイトルがついていた本作のレコーディングは、ハリウッドのワリー・ヘイダー・レコーディング・スタジオで、1976年7月15・19・20・21・29日というたった5日間で行われた。
しかし、この短期間で録音された"Small Change"は、トムの初期の大傑作の1つとなった。

ハウはこう語る。

ジャズで重要なのはいいテイクを録ることだ。
〜中略〜
ミュージシャン全員が同じ空気を吸ってレコーディングすることが大切だった。


そしてトム自身もこう本作についてこう言及している。

今でも、ライヴで演奏しつづけているのは、あのアルバムからの曲が多いんだ。

その言葉通り、ジェリー・イエスターが指揮した荘厳なストリングスと、トムの(完成形とも言える)しわがれた声が、感動的な"Tom Traubert's Blues"はじめ、本作には耳を惹く曲が多い。

"マチルダを踊る"っていうのは、旅してるってことさ。ガールフレンドと一緒じゃなくて、独りで放浪の旅をしてるんだ。俺の場合は初めてのヨーロッパで、母国を遠く離れて金も持たずに、街の隅っこで酔っ払ってる兵隊みたいに行き場を失ってた。ホテルの鍵は持ってるのに、自分のいる場所がどこだか分からない。そんな気分だった。

続く"Step Right Up"。ウッドベースをバックにボキャブラリーが連打されるこの曲に関してCDスリーヴには「歌詞が欲しい人は、カリフォルニア州ハリウッド、トロピカーナ・モーテル、Young Tom Waitsまで御手紙を。返信用封筒に切手を貼り、写真とベンケイソウの葉を2枚添えて御送り下さい。お届けまで30日ほどかかりますが御了承を!」と書いてある。(初来日公演時のパンフレットには、このコメントに引っかけ、"Step Right Up"の歌詞が付いていた)
トムが9年にも渡り愛用した安宿・トロピカーナ・モーテルはウエスト・ハリウッドにある。
成功を夢見る芸術家の卵、あるいは卵もどきが沢山滞在していた場所だ。
宿帳を開けば、そこにはジム・モリスン、ジャニス・ジョップリン(彼女はこの宿で亡くなった)からボブ・マーレィ、ヴァン・モリスン、そしてチャックEにトムの名前も見られる。
しわがれた若者・トムはまさにホテルのイメージ通りの存在で、そのイメージに憧れてか、ブロンディー、フリート・ウッドマックのメンバーたちも宿帳に名を連ねている。

その他、男がでまかせの経歴を誇大に語る"Jitterbug Boy"や、"酔ってるのは、ピアノだ。俺じゃないぜ"と歌う"The Piano Has Been Drinking"(まさに当時のトムのキャラクターそのもののような曲だ)、1980年の映画ジェラシーでも使われた"Invitation to the Blues"など主にヨーロッパツアーの最中に作られた曲がずらりと並んでいる。

本作には、レイモンド・スコットやウディ・ハーマンといった巨匠達と共演してきたジャズ・ドラマー、シェリー・マンも参加している。
ジェリー・イエスターによると、シェリーは、トムの曲を聴いた時、こう評したようだ。

こいつは、めちゃくちゃ老けた若者か?それとも、めちゃくちゃ若い老人なのか?


批評筋からも好評であった"Small Change"は、1976年にリリースされ、トムの作品として初めてビルボードのアルバム・チャートでトップ100に入った。


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