Heartattack And Vine

Heartattack and Vine
In Shades
Saving All My Love For You
Downtown
Jersey Girl
'Til the Money Runs Out
On the Nickel
Mr. Siegal
Ruby's Arms



1979年の始め、"Tom Waits For No One"がリリースされた。
この作品は、手描きの短編アニメーションに"The One That Got Away"をフィーチャーしたもので、ライヴ撮影されたアニメ・ロック・ビデオという初の試みだった。
監督はJohn Lamb、キャラクター・デザインはKeith Newton、アニメ製作監督はDavid Silvermanだった。
1978年、ハリウッドのLa Breaステージで5台のカメラで撮影され、翌年完成したこの作品で、トムは、"The One That Got Away"を、タバコの煙から現れ、エロティックに挑発するストリッパーの幻影に甘く歌っている。
最後に編集されたのは、"rotoscoped"という部分で、これは、コマとコマをつなぎ合わせて、アニメーションにする作業だった。
1981年、この作品は、"第1回ハリウッド・エロティック・フィルム&ビデオ・フェスティバル"で大賞となった。

また、トムは、同時期に、ポール・ハンプトンと共に、映画の脚本作りにも挑戦している。
"丁度、ツアーを終えた1978年の12月頃から、このプロジェクトを始めたんだ。俺は、Paul Hamptonっていうジェントルマンと共働してみたのさ。
彼は、Bert Baccarachの古いソングライティングのパートナーで、50年代に、Jene Pitneyなんかに曲を書いていた、結構有名な人さ。
彼は俳優もやっていて、俺らは、この映画脚本で、コラボレーションしたというわけだ。
内容は、サザン・カリフォルニアの中古車ディーラーと、大晦日に再開した古い親友の話だ。
出来の良いストーリーで、失敗続きの中、成功した奴と、成功続きの中、失敗した奴の話なんだ。
結局、リリースしたものは何も無いけど、どれも行き当たりばったりで書かれたものなのさ。
登場人物は、Fairchild DordのJack Farley、Torence、California、Donald Fedore・・・彼のパートナーや取り巻き連中さ。
こんな経験はしたこと無かった。簡単にはいかなかったし、実際、今までの体験の中でも、一番キツイものだったんだ・・まぁ、とにかく最高のチャレンジさ"

そんな中、1979年3月にはリッキー・リー・ジョーンズがデビュー・アルバムをリリース、大成功を収める。
この結果、リッキーも、多忙となり、トムとの関係は、徐々にぎくしゃくしたものとなっていった。
マンネリ化した生活、そして、自身のセールスが芳しくないこと等に、飽き飽きしていたトムは、1980年10月(この時、トムは30歳)、ロサンゼルスからニューヨークへと移住した。

そして、マンハッタンでの生活をスタートさせたトムは、彼の仕事への取り組みをも一変させる人物と出会うことになる。
彼の名は、フランシス・フォード・コッポラ。
当時、すでに映画"ゴッド・ファーザー"で名声を築いていた監督である。
コッポラは、ベトナム戦争をテーマに、常識外れの製作費を投入した大作"地獄の黙示録"を完成させたものの、思うような興行成績をあげることが出来ず、赤字を補填出来るような、予算や期日をかけないですむ作品を作ろうとしていた。
候補となった作品のシナリオの中で、彼が特に興味を示したのが、脚本家アーミャン・バーンスタインが書いたシカゴを舞台にした"ロマンチックな恋とジェラシーとセックス"のファンタジー・ストーリーだった。
さぁ、この脚本をどう味付けしようか・・・。歌舞伎を観に東京を訪れた際、コッポラは、この脚本を、舞台をラスベガスに移して展開することを思いつく。
また、"この映画では、音楽もセリフと同じぐらい重要な役割を持つのだから、曲作りの作業も、台本と一緒に進行すべきだ"と考えた。
その後、トムとベット・ミドラーのデュエット"I Never Talk To Strangers"を聴いたコッポラは、音楽担当はトムしかいないと考える。
映画音楽の作曲という、初めての依頼を受けたトムは、喜び、この後丸2年間、映画"One From The Heart"の音楽製作に没頭することになった。

トムは、コッポラの才能に感銘を受け、同時に、自分がいかに行き当たりばったりな作曲家であったかを思い知る。
それまでのトムは、曲が思い浮かんだ時に書き、溜まった中から選んで、アルバムを製作していたが、"One From The Heart"では、きちんとした身なりで、ゾエトロープ・スタジオの一室に通い、ピアノを弾き、作曲を行った。
トムは、"映画というトータルな全体の一部を作る作業だから、勝手に曲だけ書いて、はい出来上がり、ってわけにはいかない。 (中略) 無責任でずぼらじゃ駄目なんだよ"と述べている。
一方、コッポラもトムを"メランコリーのプリンス"と評し、その才能に賛辞を送った。

結局、完璧主義のコッポラは、この作品にも2600万ドルもの製作費を投入したため、結果は大赤字。
作品自体への評価も決して良いものではなかったが、トムの音楽は、高い評価を受け、1982年アカデミー賞最優秀オリジナル作曲賞部門に、ノミネートされた。
惜しくも賞は逃したものの、トムの名前は、映画界にも注目されるようになり、彼の曲が、頻繁に使用されることとなった。

さて、"One From The Heart"の音楽製作中、1980年、2ヶ月間のオフを得たトムがリリースした作品が、"Heartattack and Vine"だ。
プロデューサーは、ボーンズ・ハウ。
トムは、ハリウッドにあるフィルム・ウェイズとヘイダ−・スタジオBへと移動、スタジオ内での生活を始めた。
夜のうちに新曲を書き、翌日、レコーディングをする・・・そんな方法で制作されていった本作のジャケットは、"Tom Waits"という名前の新聞、日付は独立記念日の7月4日で、見出しにタイトルの"Heartattack and Vine"の文字が躍る洒落たものだ。
アルバムタイトルは、トムがバーで飲んでいた時に出くわした、派手な格好で泥酔した中年女性がバーテンに"心臓発作(Heartattack)を起こしそうなの"と言ったところ、バーテンが"倒れるなら外で倒れてくれ"と言い返したという場面に由来しているらしい。
尚、元々は、"White Spades(白い黒人)"というタイトルが予定されていたが、これは、販売元の感情を考慮して没となったようだ。

作品は、街のペテン師達を歌ったタイトル曲"Heartattack and Vine"からスタート。
観客の拍手もありライヴ感覚で録音されたインストゥルメンタル"In Shades"を経て、鐘の音から始まり、空が白みかけた頃、静かな街を歩きながら、自らの無責任さを後悔しつつも、恋人への愛を確認する"Saving All My Love For You"が流れる。

ジャケットの新聞によると、"Downtown"とは、"Little Tokyo"のことのようだ。
ロニー・バロンによるハモンド・オルガンが印象的な、このシンプルで格好良いロックンロールに続いて演奏されるのが名曲"Jersey Girl"。
本作リリース直後の8月10日に、トムはキャスリーン・ブレナンと結婚するが、この曲は、トムが彼女に捧げたラヴ・ソングと言える。
恋人に会うために、車に乗り、川を越えてニュージャージーへ行く男の心を歌ったこの曲のストリングス・アレンジは、ジェリー・イエスターが担当している。
ブルース・スプリングスティ−ンが取り上げたことでも有名で、81年のブルースのライヴでは、トムが登場、デュエットした。

"'Til The Money Runs Out"は、"Downtown"と同様、ロニー・バロンのハモンド・オルガン、そして、"Big John"トーマシ−のドラムとローランド・バウティスタの控えめながら効果的なエレクトリック・ギターが絶妙な曲。

"On The Nickel"は、1979年、インディース映画の"On The Nickel"の主題歌として、トムが作曲したもので、ここでは、映画とは別ヴァージョンのものが使用されている。
ボブ・アルシヴァーによるストリングス・アレンジが感動的であり、アルバムのハイライトの1つとなっている。
尚、"On The Nickel"とは、落ちるところまで落ちた最下層の生活のことで、映画は、テレビ番組"ウォルトンズ"で有名なラルフ・ウェイトがプロデューサー、監督、主演の3役をこなし、ロスの貧民窟の浮浪者たちを描いている。

"Mr.Siegal"は、売春宿から出てきた街のチンピラを歌った曲。
"悪魔が一晩中明かりをつけているのに、天使はどうやって寝りゃ良いんだい?"とはまさにブルース。

ラスト・ナンバーの"Ruby's Arms"も感動的な作品。
"Jersey Girl"と同じく、ジェリー・イエスターによるストリング・アレンジは、ジェリー自身が"鳥肌ものだった"と回想する程の出来栄えで、恋人ルビーに別れを告げて旅立つ男を切々と歌うトムのヴォーカルを盛り上げている。

1980年6月16日〜7月15日に、録音された本作は、同年9月にリリースされた。
"Jersey Girl"や"On The Nickel"、"Ruby's Arms"といったオーケストラ・アレンジを施した美しい楽曲と、"Dontown"や"'Til The Money Runs Out"といったハモンド・オルガンやエレクトリック・ギターを押し出したロック調の楽曲が宝石箱の様に散りばめられた名作ながら、(前作より健闘したものの)商業的には、満足出来るものではなかった。


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