レイフ・ヴォーン=ウィリアムス(RVW)のロンドン交響曲1913年版



RVW (1920)



ヒコックス盤・ジャケット



レーベル面
(いわゆるピクチャー・レーベル

Richard Hickox , London Symphony Orchestra
Rec.2000 Dec.18&19  [CHANDOS : CHAN9902]

  《ロンドン交響曲》はRVWの9曲の交響曲のうち、第2番目の作品にあたります。 しかし最初の交響曲である《海の交響曲》が事実上カンタータであることから、この《ロンドン交響曲》こそがRVWにとっての最初の交響曲にあたると見ることもできるようです。
  この交響曲はバターワースの勧めによって1912年に作曲が開始され、翌1913年に初稿が完成しました。 さらに翌1914年3月27日、ロンドンのクィーンズ・ホールにおいて、ジェフリー・トーイによって初演されました。 しかしその年、ドレスデンのフリッツ・ブッシュの元に送られた唯一のスコアは第一次世界大戦勃発の混乱の最中で所在不明となってしまいました。
  そこでRVWはバターワースやトーイの協力の下、残されたパート譜を利用してスコアの再構築を行い、1915年2月11日、ダン・ゴッドフリィによって蘇演がなされました。
  その後RVWはこのスコアに1918年・1920年・1933−4年と改定を加え、1954年の改訂第四版が現行の版(Stainer & Bell)です。

  さてひとたび失われた1913年版ですが、遺族の指名によりリチャード・ヒコックスにより録音され、シャンドス・レーベルからリリースされました。 もちろん1913年版ということだけでも十分に興味深いのですが、このCD、泣かせることにカップリングがバターワースの《青柳の堤》なのです。 バターワースは《ロンドン交響曲》の誕生・蘇演に深くかかわり、さらに彼の早過ぎる死の後は追悼に捧げられるという、エンもゆかりも盛りだくさんの関係なのですが、これらの事情に殆ど触れていないCD解説もあるというのが現状でした。

  それはさておき、現行版より20分ほど長いこの1913年版、くっきりとしたオーケストレーションと盛りだくさんの民謡風旋律によって、とても親しみやすい顔をしています。 交響曲としての求心力という点では、いささか構成の弱さを感じさせないでもありませんが、《海の交響曲》あたりと併せて、初期のRVWの交響曲という形式へのスタンスを読み取ることもできるのではないでしょうか。
  またこれも同じ時期に作曲されたグスタフ・ホルストの組曲《惑星》との親近感も感じられます(ホルストもまたRVWのよき理解者であり、交友も深かったそうです)。 ともに表題を持ちつつも、その表題にとらわれることのない自然な感性によって受容されることのできる、よくこなれた、聞き飽きのこない曲です。
  ご遺族のご指名を受けてこの1913年版の復活の任に当たったヒコックスは、実に彼らしい衒いのない演奏です。 こういう演奏を「誠実な」という形容詞だけで片付けるのは申し訳ないように思います。 ヒコックスはこの版からRVWのオーケストレーション構造を浮かび上がらせながら、少々もさっとした印象のあるRVWのイメージよりも、むしろ彼の知的な側面へのアプローチに軸足を置いているように感じました。 バターワースも同様に、例えばバルビローリの慈しむような演奏からではなかなか見出しにくい、RVWとバターワースの新たな魅力に気づかされました。 RVWが苦手な人のほうがすんなりと受け入れられるのではないでしょうか。 


  参考資料:改定の過程についてはヒコックス盤の以下の解説に詳しく紹介されています。

      Michael Kennedy "Twenty Years of Revisions"   ( Richard Hicox / LSO [ CHANDOS : CHAN9902 ])

      その他、《ロンドン交響曲》について参考にしたのは以下の各氏によるCD解説です。

      Alan Sanders (Sir John Barbirolli / Hallé o. [ NIXA : NIXCD6001 ])
      Malcolm Walker (Owain Arwel Hughs / PO [ ASV : CDQS6162 ])
      Andrew Burn (Sir Adrian Boult / LPO [ EMI : 5 73924 2 ])
      Keith Anderson (Kees Bakels / Bournmouth so. [ NAXOS : 8.550734 ])
      Edward Johnson (Sir Eugene Goossens / Cincinnati so. [ Biddulph : WHL016 ])
      三浦淳史 (Bryden Thomson / LSO [ Chandos / ミュージック東京 : CHAN8629 / NSC142 ])

 
参考CD


Biddulph : WHL016
1920年版の《ロンドン交響曲》

Sir Eugene Goossens , Cincinnati Symphony Orchestra
Rec.19 & 20 Feb. 1941


  ゴッドフリーの不完全な録音を別にして、唯一全曲残されている1920年版のレコードです。 前日にはハイフェッツを迎えて、ウォルトンのヴァイオリン協奏曲の初録音を行うなど、グーセンスとシンシナティのコンビは苦境にあった祖国・同盟国の音楽振興につとめていたようです。
  録音当時、既に1936年版が出版されていたにもかかわらず1920年版が使われている点は、特に注目されます。 そして、この指揮者の失われたキャリアが、やはりなお惜しまれます。


DUTTON : CDBP9707
1936年版の《ロンドン交響曲》

Sir Henry Wood , Queen's Hall Orchestra
Rec.21-22 Apr. 1936


  1936年版による初録音。 指揮はヘンリー・ウッド、オケはクイーンズホール管という、まさにピリオドものです。 全体の中で数箇所のわずかなカットがあるため、上記のグーセンス版に「最初の完全録音」と言わしめてしまっていますが、録音自体は5年も先行しています。 指揮者の裁量の範囲のカットだと思うので、まずはこの録音が最初の全曲版といって差し支えないでしょう。
  演奏は時々「盛り上げ」というより「ぶち上げ」に近いような部分もあり、ウッドが既にこの曲を手の内に収めていることをうかがわせます。 中途半端な歌い込みをせずに、カレイド・スコープのように様々な主題を提示し、聞き手を飽きさせないウッドの手腕にうならされます。
  ほかにHistoryレーベルからも、ウッドの代表録音としてCD化されています。

NIXA : NIXCD6001


PRT : PVCD8375
「改訂版」の《ロンドン交響曲》

Sir John Barbirolli , Hallé Orchestra
Rec.Dec. 1957


  タイトルに堂々と「改定版(REVISED VERSION)」と謳ってある珍しい例。 バルビローリとハレ管による演奏というだけでも取り上げる価値はあります。 ボールトの旧録(DECCA)が1952年、現行版の出版が1954年ですから、この「改訂版」による1957年のステレオ録音による《ロンドン交響曲》というのは、マーケティング的にもインパクトがあったのでしょう。
   バルビローリの棒はともするとRVWとは別の歌をこの曲から引き出してしまいかねないほど歌いこんでいます。 その分、前作《海の交響曲》や次作の《田園交響曲》との関連でとらえたのか、交響曲としての構成力はいささか後退しています。
  PRT盤は贅沢に《ロンドン交響曲》1曲だけのディスクです。 浸れます。 NIXA盤はバルビローリに献呈された第8番の交響曲をカップリングしていて、こちらも定番の名演です。


CHANDOS : CHAN8629



CHANDOS : CHAN9087-91
シャンドス・レーベル、もう一枚の《ロンドン交響曲》

Bryden Thomson , London Symphony Orchestra
Rec.1987-1990


  シャンドス・レーベルには、ヒコックスの1913年版以前に、既に立派なRVWの交響曲全集がありました。 指揮は知る人ぞ知るスコットランドの名匠、ブライデン・トムソンです。 もともとは一曲ずつ管弦楽作品とカップリングされて、アルバムとしてのコンセプトもハッキリしていた全集で、チクルスの進行中から三浦淳史さんの解説つきで国内盤としても紹介されていました(ミュージック東京・NewSeasonClassics)。 現在では、従来の分売のほかに、交響曲と管弦楽曲をそれぞれ分けた状態でも販売されています。
  トムソンは《ロンドン交響曲》をきちんとした交響曲としてとらえ、明確な構成と、その構成の中でダイナミズムを最大限生かした雄渾な演奏を繰り広げています。 「コックニー」(ロンドンっ子)を自認していたバルビローリと対極の演奏は、スコッチ・マンであるトムソンのロンドン観なのでしょうか? 作曲者自身、ファースト・ネームの"Ralph"をアイルランド風に「レイフ」と読まれることを好んでいたとのこと(イングランドだと「ラルフ」)、多少の違和感を伴いつつ客体として《ロンドン》に接するような作曲者の姿勢に、トムソンのスタンスはより近いのかもしれません。
  ともあれ、《ロンドン交響曲》は全集中の白眉でもあり、なお、ヒコックスが及ばない境地に達しています。 ちなみにこの全集は、バックスの交響曲全集(同じくシャンドス)に続けての録音でしたが、全集完成の翌年(1991)、トムソンは63年の人生を閉じています。


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