2004年9月25日(土)
この夏は本当に忙しかった。8〜9月にかけて10以上のステージ。おそらくアマチュアレベルでは限界であろう。そんなスケジュールもようやくこれで終わり、となる9月のフラニーライブである。
正直な話、ゲストが出演してくれないと、ステージが成立しなくなっているのである。毎月同じハコでステージをこなすためには新しい曲やアレンジ、趣向が必要だ。このハードなスケジュールの中ではフラニーライブにかけられる時間はとても少ない。そんなわけで今月のゲストは盛岡から「JUNちゃんトリオ」が。リーダーは「一味」ライブや「べり」で仲良くなった颯田淳さん(HN=ふれさん)である。私が東京から帰って来てまもない6年ほど前、彼のギターを聴いてそのテクニックと音色の美しさに驚愕した記憶がある。しかも飾らない人柄、現在もりげきライブの実行委員長であり、フォークに、ジャズにと人脈も幅広い。
そんなふれさんと、同じくギター、ボーカルの篤志さん、ベースのヒデさんの同級生3人が「JUNちゃんトリオ」である。今回篤志さんが仕事で参加出来ず、サポートでたまこんさんがピアノで参加してくれた。ナンバーは殆どがオリジナル。それこそ20年以上前に書かれた曲から最近の新曲まで、歴史の重みと経験からくる「重厚」といえるステージであった。
「JUNちゃんトリオ」とは編成が似通っていることから、KW2Uの演奏も気合いが入る。数十年もかけて熟成された音楽と人間関係にはかなうべくもないが、音楽を好きでやっている、そんな気持ちは共有していると思っている。「我が心のジョージア」この日はふれさんのギターをゲストに迎えて味わい深い仕上がりとすることが出来た。
いつものごとく、打ち上げも楽しく行われた。katsuとかめが先日バンビーノで御一緒した@chooのさんじゅさんが打ち上げまで残ってくれた。アカペラという私にとって未経験のジャンル、今度是非聴いてみたいものだと思った。フォーク、ロック、ジャズ〜ジャンルにはこだわるつもりはないが、アコースティックなサウンドにはこだわりを持ちたいと思っているし、そんな付き合いを大切にして行きたい。ふれさんと二人セッションで我が心の名曲「22才の別れ」を演ることが出来た。かめとさんじゅさんは「卒業写真」をキレイにハモっていた。
(誤解がないように言っておきたいが、「アコースティック」の意は必ずしも「生」楽器だけということではない。エレクトリックな楽器でも根源には「アコースティック」な部分があると思っている。要は電気に支配されているか否かだ。)
2004年9月20日(月)
さて、今日は敬老の日祝日、矢沢中学校定期演奏会である。昨年に引き続きリズムヤンガーがゲスト出演。個人的には顧問であるユカ先生の同級生として、3年ごしのお手伝いである。バンマス鎌ちゃんも矢沢中OBなのでここはもうリズムヤンガー鉄壁の支援となるわけである。加えて今回はビデオ撮影にH氏、スチール撮影にS氏(ともに花巻で活躍するカメラマン)という同級生コンビの助力を得た。
ヤンガーの面々は技術室(なんとなく懐かしい)を楽屋に弁当をいただいた。さすがゲスト、というか毎年とても美味しい弁当を出していただいている。演奏にも力が入るというところか。
いよいよ演奏会の始まりだ。今年の3年生は1年生のころから指導して来た子たちだ。2年前は幼く子供子供していた彼、彼女らがいまは堂々と下級生を引っ張り演奏、そして組織の核となっている姿を見ると実に感慨無量である。3年のパーカッションのDくんとMくん、仲良しでありながらライバル関係。その二人が火花を散らす打楽器アンサンブルは大人が見ても思わず感嘆する、出色の出来であった。
一部のステージ終了後は我々リズムヤンガーの演奏である。「ルパン3世」のジャズアレンジなど、親しみやすくノリのいい曲を。ラストの「ムーンライトセレナーデ」ではユカ先生のクラリネットをゲストに演奏した。
第二部はヤンガー、OBの高校生が生徒に混じってのポピュラーステージだ。中学生はコスプレをしての登場である。フルート、クラは「サザエさん一家」、サックスは「世界の中心で愛を叫ぶ」、金管は「オズの魔法使い」など、なかなか趣向にとんでいるし、中学生なりにとても楽しんでやっているのが共感出来る。曲はビートルズナンバーに始まり、やがて「ドリフずっこけ第全集(メドレー)」を。「全員集合」で我々にはお馴染みであるが、現代の中学生が知っているのか?本人たちに聞いてみたが、さすがにリアルタイムでは見てないが、懐かし系の特番とかでわりと知っているらしいのだ。あのへんの「お笑い」は普遍的なんだなあ。司会の二人には登場する時「ウィース!」「つぎいってみよう!」とか入れるように指導(?)した。PTAには大ウケである。「ヒゲダンス」では生徒が芸を披露。ちなみにメドレーなので演奏するほうはとても難しい。
今回圧巻だったのはラストの劇を交えた「ウォーターボーイズのテーマ(シンクロボンバイエ)」である。ここではパーカッションのMくんが中心となってクラスの運動部の友人たちの協力を得て、見事なダンスを披露する一幕があった。振り付けは女子の同級生が考えてくれたらしい。これだけでもう青春だなー、と思ってしまう。シンクロボンバイエはオーケストレーションが壮大で美しいナンバーだ。手拍子のリズムから始まり、ドラムのハイハットが受け継ぎ曲をリードする。ドラムを叩いているのはOBのあゆみちゃんだ。とても素直で落ち着いたリズムに、美しく熱いコードが導かれる。はからずも自分も熱い気持ちになっていることに気がつく。会場は満場の拍手喝采のアンコールである。ユカ先生も感激したのか、予定してあったアンコール曲「瞳をとじて」をとりやめて、「みんな、もう一度シンクロ見たいと思いませんか!」といい再びダンサーズを呼び戻した。結局「瞳をとじて」を演ることはなく、練習ゾンとなったわけだが、それでいいと思っている。音楽も人間も生き物だ。その時その時、心が趣く音を出すべきなのだろう。
例年は割と笑顔で終わる生徒たちであったが、今年は結構泣いている3年生が多かった。1、2年が内緒で練習して来た曲をプレゼントされたりとか、定演までのプロセスがいろいろあったのだろうか、大泣きである。いいなーお前ら、と羨ましくなる。大人は簡単に人前で泣けないんだよ。片付けも終わり出演者全員で記念撮影を。今回大きなサポートをしてくれた昨年卒業のOBの子たちの写真をとってあげた。可愛い奴らだなあ。
翌日は平日なので楽しみである「大人の打ち上げ」は行うことが出来なかった。ただやはり私と鎌ちゃん、ユカ先生だけはそうもいかず、3人だけで終了間際の居酒屋に行き、小さく祝杯をあげた。この不思議な縁のトリオがいる限り、矢中の演奏会は盛り上げていきたいと思っている。
2004年9月19日(日)
本日は「大迫ワインまつり」にて演奏である。大迫町のエーデルワインが行ってるお祭りに荒谷さんからお誘いがあり出演の運びとなった。朝から雨模様。天候に不安を抱えたまま出発。エーデルワイン工場前の仮設ステージで演奏となる。
不思議なことに準備をしているうちに雨はどんどん小降りになっていった。このバンドの野外ライブにおいては雨にたたられたことが一度もない。誰か強烈な晴れ男、晴れ女がいるのだろうか(少なくとも私ではない)。
一番手の演奏は遠野のザ・エッセンシャルズ。グレッチ、エピフォン、VOXといったビートルズっぽい機材だ。いいな〜。やはり60年代リバプールサウンドの影響を受けたオリジナル路線を演奏していた。
KW2Uの演奏は今回も3人で行われた。今までの参加意識の高い音楽イベントとは違った「お祭り」しかも確実に皆「酔っている」というシチュエーションの中、かなりリラックスして演奏が出来た。自分たち自身も少々美味しいワインなどたしなみながらである。楽しんで演奏することが出来た。丁度お店が定休日であったふじね夫妻もやって来てこちらは本格的にワインを購入して飲んでいた。
続いて「荒谷正勝とその社中」の演奏である。おなじみの荒谷フォークに会場は大受けである。荒谷社中は毎年このイベントに出演しており、大迫のお客様には馴染みの方も多いそうだ。社中の第二部のステージは趣向をこらし、第一部の間に集められたリクエストカードからのリクエスト大会となった。社中に加えて私もベースで参加。カードの読み上げはkatsu、プレゼンターはかめである(リクエストが採用されるとエーデルワインが貰える)。真っ先にリクエストが読まれたのはなんとキョースケのお母さん!たまたまその場にいなかったのでマホちゃんが貰った。決してヤラセではない。曲目は「神田川」だったかな?社中の譜面にふってあるコードはカポ付きのものなので頭の中で移調して弾くのに苦労した(何しろ次に何の曲をやるのかわからないんで)。それでも10数曲演奏。初見での演奏であったが、知っている曲ばかりだったので楽しく演奏出来た。
アンコールがあり、最後は社中、KW2U、エッセンシャルズが揃って「翼をください」を演奏した。エレキギター、ドラムが入り、いつもとかなり違う迫力の「翼をください」になった。「ロック荒谷社中」といったところか。エッセンシャルズも結構楽しそうでノリノリだった。エンディングでは長身のギタリスト君がジャンプしてテントの天井に頭をぶつけていた(笑)。
すべてのイベントが終わり撤収。おみやげにワインをいただいた。司会のおねえさんとなぜか記念写真。まだ時間も早かったので、ふじね夫妻の誘いで皆カラオケに行くこととなったのだが、私は矢沢中学校の方に顔を出さねばならなかったので帰ることにした。明日は矢沢中吹奏楽部の定期演奏会である。
2004年9月17日(金)
すべてのスケジュールが終わったわけではないのだが、ここ1ケ月(フラニー〜青少年ホーム〜わたぼうし〜にっか亭〜中津川べり〜定禅寺)のハードな日程を終えることが出来た、ということで打ち上げ会をすることになった。最近は打ち上げやら普通の飲み会やらでよくふじねとこやでお世話になっている。今回も低予算でおいしい料理を作っていただいた。これが有名なまほさんのコロッケである。ジョージさんはシーバスリーガルを差し入れしてくれた。久々の高級スコッチを堪能した。
先月の今頃はちょうどバンド内がそれぞれの思惑でごたごたしていた時期であった。とりたてて誰が悪い、という問題ではなかった(しいていうなら全員に責任はあったが)。そういう時は時間を置いて解決すべきなのかもしれないが、逆にハードなスケジュールに紛れて、それが皆のストレスを昇華する形になったようだ。
一ヶ月前にかめが拾った猫はだいぶ大きくなったし、元気になったようだ。拾ったその日にレコーディングに連れて来た時にはなんとも小さくて気の毒なほどであったのだが。動物は心を癒すなあ。私は犬は苦手だが、猫は好きだ。「茶子」と命名されたらしい。
2004年9月11日(土)
花巻は「花巻まつり」の真っ最中。そんな中、KW2Uは「定禅寺ジャズフェスティバル」出演のため一路仙台へ向かった。仕事明けのkatsuは運転する私のとなりで爆睡。高速を飛ばしているので後ろのかめとは話が通じない。退屈な運転だがまあしょうがないか。約2時間で仙台到着。駐車場の確保が問題である。車をかめに託し、私とkatsuは楽器、アンプをおろし自分たちのブース「ヤマハ前」を目指す。予想に反して良い駐車場が空いてたようで、かめはヤマハの裏に車を停めることが出来た。かめのお母さんが早くも来てくれていた。まだ午前中であるが、あちらこちらですでに演奏は始まっている。受付のためメインステージへ向かう。
受付を済ませてステージへ戻る途中、前方からなんか見知った二人連れがやって来た。なんと鎌ちゃんとかめ弟であった。よくよく考えるとこの二人接点はあったのか?1年以上前のフラニーライブで一回合った以来らしい。かめ弟が自転車に乗っていた鎌ちゃんに声をかけたという。確かに鎌ちゃんは一度見たら忘れない顔かも?それにしてもかめ弟も結構フレンドリーな奴だね。
我々のブース、「ヤマハ前」は定禅寺マップの中ではかなり外れの方であり、この辺まで来るとイベントのムードが薄れつつあり「大丈夫か?」という不安があった。ところが演奏が始まると人はどんどん集まって来る。前に置かれた椅子はほぼ埋まり、立ち見のお客様も結構いる。仙台という見知らぬ土地で我々のような外様バンドが受け入れられるのか?という不安は杞憂に終わった。県民性なのか?またはこのイベントの特異性なのか、音楽に対して驚くほど馴染み深く、寛容である。なによりも驚いたのは一度ついたお客様の殆どが(どのブースでも)そのバンドの演奏が終わるまで立ち去らずに聴いてくれることである。なるほど、多くの人たちから聞かされてきた「定禅寺」の魅力、というのはこれなんだな、と思った。盛岡において「べり」がそんなイベントに育っていくのはいつの日のことだろう。功罪はいろいろあるだろうが、ともかく町ぐるみで音楽を享受するこのイベントを素晴らしい、と思った。
しかしながら、ブースにおけるバンドは個々のステージが終わると(我々もそうだが)普通に片付けて去って行く。バンド同士のヨコの繋がりが生まれるにはよっぽどの音楽的対話が必要であり、この短時間にはそれも難しいだろう。「べり」における出演者の邂逅、それはまた定禅寺では得難い別の大きな魅力であることも再確認した。
さて、我々のステージにはかめ母、弟、妹、そして鎌ちゃん、「一味」のゆうさん、ヤッシーの古くの友人ラミレスさんが来てくれた。見知らぬ土地ということで少なからず浮いた雰囲気を予感していたのだが、見知った、また関わりのある方々がいるおかげで、随分リラックスさせていただくことが出来たと感謝している。
演奏終了、片付け後はかめ弟、ゆうさんも交えて食事に行くことに。かめおすすめのベトナム料理の店でそれぞれアジアン風味のビールを味わう。カレーはエキゾチックで美味しかった。でも年中食べるとすればやはり日本風のカレーだなとも思った。
その後はいろいろなバンドを鑑賞することに。私は別行動をとり、フュージョンブースのある245ビルへ。水沢在住のギタリスト、瀬川伸さんのバンド「ハンプティ・ダンプティ」を見た。ハイテクニックな素晴らしい演奏であった。ドラマーはこれまたお馴染みの「ほうほう」多田さんの弟さんであった。遠く離れた地で見知った方々の演奏を聴くのはまた何とも感慨深い。と、思うとすぐ近くには「一味」の阪下氏がいた(笑)
日も暮れ、かめからメールが。勾当台公園のステージで待ち合わせるが、暗くて捜せない。地下鉄駅前でなんとか合流、ゆうさんとはここで別れた。本来なら一泊ぐらいして明日のOHHOのステージなんかも見たいところなのだが、katsuの仕事もあり、帰ることに。途中でかめの実家により、お茶とケーキを御馳走になった。また弟としばし濃い音楽談義も。
帰りの車中はかめが運転してくれた。katsuはまたしても助手席を深く倒して爆睡。私もかなりウトウトとしていた。有意義なイベントではあったが、それだけにもう少しゆったりと日程を楽しみたいものだな、と思った。
2004年9月5日(日)その2
さて、いよいよ今日は中津川べりフォークジャンボリー第2日目である。昨年は雨をおしてのライブでかなりドタバタな展開であったわけだが、そのおかげやらでいろんな皆さんと仲良くなることが出来た。現場に集合してのミーティングでもお馴染みの顔の中で、実にリラックスしたムードで参加が出来る。
10時すぎより演奏開始。トップバッターは荒谷社中。まだお客もまばらな客席はほとんどが出演ミュージシャンである。荒谷さんは独特の明るいステージングでムードを盛り上げていく。続いてはJUNちゃんトリオ。社中と同様昨年は中ステージ出演の皆さんである。高い完成度のサウンドが耳に心地よい。そして我々KW2Uの出番が。今回は純正KW2U、3人でのステージである。最近はジョージさんと、昨年も多くのゲストを迎えてのステージだった。なるべく私は多くの人との音楽を共有したい、との理想がある。強制はないとしても、参加出来るのであれば、いつなんどきどんなミュージシャンの方ともやりたいくらいの気持ちである。ただ、最近考えていたのは最終的に依存してはいけないということ。ジョージさんのピアノは素晴らしいが、KW2Uのハードなスケジュールに生活や仕事を犠牲としたサポートを望むわけにはいかない。我々としては3人だけの地力、これも蓄えておかなければならない。大きな使命なのである。ピアノパートのFill-inは自分のベースパートで代用しなければいけない。油断をしているとふっと空間が出来てしまう。3人での演奏はなんとかうまくまとめることが出来た。今後もどんなステージで3人だろうが4人、5人だろうが我々なりの「核」を持った上で演奏すべきなのだろう。
その後も各バンド演奏が続いた。今日のセッティングにおける協力体制も見事なものだ。なにしろ自分の出番の時に多くの人たちが手際良いサポートをしてくれるものだから、他バンドのセッティングにも力が入る。年長の荒谷さんが率先して動いているせいか。皆の良いお手本となってくれているようだ。いよいよフィナーレ。定番の「翼をください」は昨日演ったので、今日は別の曲をということになり、突然「STAND BY ME」を演ることになった。こういったハプニングもまたイベントの魅力である。
撤収も終わり中ステージで高田渡氏のステージを観る。そして「大吉」にて打ち上げ。昨年は打ち上げに出られず残念であったが今回はちゃんと出席。アルコールは摂取出来ないものの、同じステージを作ってきた仲間たちと祝杯をあげることが出来た。
2004年9月4日(土)
中津川べりフォークジャンボリー第1日目である。昼は私用で盛岡某場所におり、昼過ぎに会場であるおでってプラザに到着。今回は2デイズの開催である。KW2Uが出演する明日2日目は、どちらかというとお馴染みのメンバーが多く、むしろ初出演、また遠方からの出演者が多い1日目は興味深い。私がいった時はちょうど「やなぎ」氏の演奏中であった。続いてじゅんじゅん、SSOMと、結局はお馴染みの方々の演奏を聴いた。じゅんじゅんによると、AGフレンズ、ノサ・ジョーンズ、ハイチーズなど、とても良かったそうだ。観ることが出来ずに残念だ。
外の部はSSOM(タカハシ氏、エンディ氏)そしてじゅんじゅんの司会によってスムーズに行われていた。エンディングは「翼をください」明日につながる素晴らしい初日のイベントだった。撤収も各メンバーがよく動いていい協力体制。明日の我々も負けられないなと思った。
打ち上げに誘われたのだが、私はこれから教育会館にて「ネイティブ・サン」のコンサートに行く(おでってから徒歩2〜3分である)ので残念ながら辞退。現場で出逢ったI氏やヤンガーの鎌ちゃん、バンマスらと久々のフュージョン・サウンドを楽しんだ。明日「フォーク」のステージであるのに、何だか違うエキスを注入されたようだ。演奏はとても懐かしく感動したのだが、ちょっと複雑な心持ちである。ちなみにkatsuとかめはこの晩北上の「バンビーノ」にて私抜きのステージを行っている。「ネイティブ・サン」の方が決まってからのオファーだったので私は公休(?)といったところか。ともかく明日頑張ろう。
2004年8月28日(土)その2
本日夜のステージは盛岡は「にっか亭スピリッツ」にて「よしだかずをとその一味」との4月以来、二度目の共演である。一味の皆様とはそんなおかげでかなり親しくさせていただいている。地元が花巻でありながらこうして盛岡のステージに何度も呼んでいただくことは本当に嬉しいことだ。KW2Uは4月のステージとは異なった編成である。かめのパーカッションはだいぶ安定してきたので、これまでのように鎌ちゃんに頼らなくてもよいまでになってなった。そしてジョージさんを交えての初盛岡ライブ。ジャズピアニストであるジョージさんはやはり生ピアノが一番!ということで他のステージではなかなか実現出来ない(たいていシンセになるので)本物のピアノプレイが聴かせられる、ということでこのステージは何をおいても、と私がジョージさんに熱望したものだった。ジョージさんは歯科医師会の野球大会(!)を早々に引き上げて出演いただいた。感謝の極みである。
演奏はこの夏にkatsuが書き上げたいくつかのナンバーを中心に行われた。前回はカバーものが多かったが、今回はオリジナルなKW2Uを聴かせることが出来た。ジョージさんの生ピはやはり素晴らしい。ピアノがあるハコはなかなかないのでこういう機会は大事にしたいものだ。
続いてメインアクトである「よしだかずをとその一味」の演奏である。いきなりkatsuが引っ張り出され、今回我々も演った「我が心のジョージア」を。しばらくkatsuに歌わせ、かずを氏はなかなか歌い出さない。びっくりの展開である。「一味」のステージは何が出るかわからない。そんな奔放さを許すメンバーとお客の皆様の度量に感嘆する。昔から私が理想としているのはレコーディングアーティストではなく、ライブアクトである。素晴らしいライブ、それはどんなレコードやCDにも勝ると思っている。
ふじね夫妻、ジャッキーと彼女、久々の小川氏などなど、お客様方にも楽しんでいただけたようで嬉しい限りである。来週は「べり」である。主催者として完全に裏方に徹するかずを氏にとっては渾身のアクトとなった。最後にかずを氏のかめセクハラ(?)。そしてkatsuとブチュー。
2004年8月28日(土)その1
春から初夏にかけて活動を抑えていたKW2Uであったが、8月からまたまた怒濤のライブ週間に突入している。今日はダブルヘッダー(私は先週もダブルだった!)。お昼はいつもお世話になっている授産施設「わたぼうし」の感謝祭である。とても天気の良い中にも風に秋の気配を感じる、そんな日だ。会場は多くのお客さんに出店が出てとても賑やかである。子供たちの太鼓演奏、腹話術、津軽三味線などのステージが行われている。出演者のお姉さんたちはかめのジャンベに興味津々だった(笑)
いよいよ我々の出番である。オリジナルに交え、先日の河川敷でもやった夏ナンバー「少年時代」「カントリーロード」などを中心に演奏した。この日、katsuのソロCD「悲しみの河を抱いて眠れ」がようやく完成した。このステージでも歌われ、なかなか好評のようだった。最後に、「わたぼうし」では恒例のナンバーとなっている「世界にひとつだけの花」を。事前に職員の方に子供たちと一緒に歌いたいと申し入れていたところ、快く手配していただけたので、大勢の合唱に踊る方もあらわれ、とてもハッピーなエンディングとすることが出来た。司会のお姉さんが「もっと聴きたいですよね〜」ということでアンコール。気をよくしたkatsuはもう一度ですが、と「世界に〜」を演ることになった。これもとても盛り上がった。よく考えたら「悲しみの河を抱いて眠れ」をもう一度やってCDをプッシュしてばよかったのに・・・と思った。あまりにエンディングの印象が強すぎたので、中盤に演奏したこの曲、そしてCDの発売は忘れ去られた感じになり、また本人自身も忘れていた(?)ようなので、CDは結果一枚も売れることなく、katsuとしては嬉しくも悲しい結果となった。もうちょっと考えてセット組んで宣伝せんとな〜。
職員のお姉さんに頼んでデジカメ写真を撮ってもらったところ、いろんな所からアングルを替えてとても沢山の写真(なんと80枚!ほぼフルである)を撮ってくれたので驚いた。感激したし、彼女自身は一枚も写っていないと思い、最後に撮影してあげた。ありがとう。頼む時「このデジカメは〜」といったら「あ、去年も撮りましたんでわかります」といわれた。不覚にも忘れていたようだ。可愛い子だったのになんで覚えてないんだろ俺・・・。
2004年8月21日(土)その2
午後5時、花巻に到着。次は勤労青少年ホーム主催による「夏まつり」川原でのバーベキューパーティーだ。豊沢川の河川敷ではちょうどメンバーがサウンドチェックをやっているころだ。私は残念ながら参加出来ない。ひとまず家に戻り、次のセットの準備をし再出発。本当に忙しいとはこの事だな〜。
勤労青少年ホームに着き、メールを入れるとkatsu、かめが出て来た。昨夜フラニーでの一件があるので、メンバーの気持ちが気になったが、二人とも冷静な様子なのでまず安心した。ホームの駐車場から会場までは結構遠く、重いベースアンプを運ぶのに一苦労だった。ちょうど日は暮れかかり、美しい夕焼けだった。川原の夕景色、いいもんだ。これが秋になるとかなり寂しくなる。イベントは開催され、最初のグループ、ガブリエルが演奏を始めた。ハード・メロコア、というのだろうか、そんな感じで一見KW2Uとは遠い存在のようなグループであるが、実はJAライブ、さくらフェスタと二回も共演しておりよく見知った仲であり、派手な外見に似合わず(?)とても気のいい若者たちである。次のライブは岩手発のアイドルグループとしてお馴染みの「LOVE YOURS」である。とある仕事の関係で一度彼女らの練習風景を見る機会があったが、なかなかプロ意識に徹したものだなーと感心した記憶がある。結構お目当てのファンがいるようで、前列には多くの男性が声援を送ったり、写真を撮ったりしていた。この頃になると日はすっかり暮れている。
さて、ラストは我々の演奏である。今日の仕事を紹介してくれたOHHOのハレちゃんとシンちゃんが見に来てくれた。これから江刺で24時間ライブだそうだ。お疲れ様である。ふじねファミリーも川原のどこかで聴いててくれる、とのメールが入った。ジョージさんにも忙しい折お手伝いいただいた。ジョージさんのピアノがあると本当に心強い。セットはオリジナルを少々と、夏っぽいカバーを用意した。だが・・・多くのお客さんはバーベキューに夢中で聴いていないではないか?う〜ん、お祭りということで、とりあえず賑やかに、かつお話の邪魔にならない程度のBGMという感じなのだろうか。しかし、心強い味方がいた。演奏を終えたガブリエルのメンバーが観客となって大いに盛り上げてくれた。ノリのいい彼らのために、我々もそういうタイプの曲中心に演奏した。はては、演ったことのない「スタンド・バイ・ミー」をリクエストでその場で演ることにもなった。
最後の出番、ということでその前にガッツリ食事、という気分でもなかったので、バーベキューは全然食べられなかった(終演後はほとんど残ってなかった)。これがギャラがわりなので、高速料金を使って駆け付けた身としては完全な赤字である。しかも多くのお客さんはあまり食事が主体であまり聴いてくれなかったようだし。こんな中でも収穫はやはりガブリエルとの交流か。またどこかで一緒にライブをやろう、といいkatsuはメールを交換。音楽のジャンルを超えて繋がりが持てたいい瞬間だった。
2004年8月21日(土)その1
一夜明け、本日はライブ二連荘!お昼はヤンガーがIBLコンサートに出演する。外は絶好の天気、そしてライブ日和である。会場は一関市、昼1時に到着予定である。北上で昼食をすませ、会場の市民会館入り。知ってはいたが、ビールまつり開催中であり、IBLコンサートはその中の合同イベントとして存在する。会場には全国各地の地ビール、そして様々なおつまみの屋台が立ち並び、昼食を食べて来たことを今日の日ほど後悔したことはない。
ヤンガーの演奏は7バンド中のトリで、午後3時30分くらいに行われた。客席はもちろんビールを堪能してるお客、加えてすでに演奏を終えた他ビッグバンドのメンバーがもう飲んでおり、お祭り状態でやたらウケている。いつものようにセツコ・ユミのツインボーカルでの「Allright OK, You Win」で盛り上がる。
なかなか知り合いが見当たらなく、デジカメ写真を頼むのに苦労した。会場入りの時に親切に案内してくれた一関GBポップスのサックスの女の子がいたので、厚かましくもお願いしたところ快く引き受けてくれた。千田さんありがとう!
演奏終了後はステージバックにもう帰り支度をまとめており、かなり離れた駅前駐車場へと急ぐ。速攻で花巻まで帰らないと次のステージに間に合わない。本当に一服する間もなく一関インターから高速に乗り花巻へと向かう。
2004年8月20日(金)
今日は8月のフラニーライブである。なんと金曜日、スケジュールの都合から初の平日開催となった。当然会社が終業してから皆駆け付けることに。開演は30分遅らして7時半からとした。共演は5月から3ケ月ぶりのやなぎ氏である。この後はツアーの企画もあるらしい。非常に精力的な活動である。やなぎ氏本人に呼ばれ、KW2Uは全員がブルースにセッションで参加する一幕もあった。
続くKW2Uのステージ。今回も新曲を中心としたステージとなった。またkatsu個人名義で製作したCD「悲しみの河を抱いて眠れ」が完成、お披露目することとなった。録音はTOY BOXによるエレクトリック・サウンドで、KW2Uで演るアコースティック・バージョンとはまた趣きが異なる。両方それなりに違う感じで楽しめると思う。アンコール、やなぎ氏とはやはり今回もディラン・ナンバー和訳版、「天国への扉」を演る。
さて、ライブも無事に終了。オリンピック開催中、テレビ観戦も同時進行しながら乾杯。4年に一度のことだ。こんなことがあってもいい。そういえば仕事やら練習やらでまったく中継も見ることがない。悲しいことだ。日本の選手があんなに頑張っているのに。
この日は珍しくセッションで音を出すことがなかった。かわりにメンバー間あるいは音楽仲間、マスターも交えて音楽とは、グループとは何かということについて深く話し合うこととなった。音楽は楽しい反面、またそれにつきまとう苦労も尽きない。その煩わしさから音楽を離れていく仲間もまた少なくなかった。だけどその煩わしさからまた救ってくれるのも音楽なのである。いろいろな問題を自分で、また仲間同士で解決、調整しあい、各々が快適と思える環境・・・そんな理想を探してみたいものだ。そう深く思った一夜だった。
2004年8月14日(土)
KW2Uとしてはフラニーライブ以外の活動を控えていたここ2ケ月ほどだったが、katsuもかめもソロ、あるいは別ユニットで活動し、そろそろまた演りたくなったね〜、ということで入った北上アメリカンワールドMJステージでのライブでした。このお盆の最中にいくつかのアマチュアバンドがここでライブを繰り広げております。本日の出演者はおなじみ高橋学ひきいる「としじゅん(仮)」とKW2U。MJステージという場所柄を考えて我々はステージを短く2セット、「としじゅん(仮)」は長めに1セット、ということにした。
しかし、MJステージは相変わらず客が来ないなあ〜。主催者側が沢山の折り畳み椅子を用意しているのに、主なお客といえば、ふじねファミリー、石毛氏、トミーさんゆりっぺさんといった花巻方面の方ばかりである(もちろん北上の方も何人か聴いてくれてましたが・・・)。あのバンビーノライブの賑わいとは、同じ敷地内でありながらなぜこんなに違うのかな?と不思議に思います。
そうはいっても聴いてくれたお客様ありがとうございます。ひさしぶりの外ステージ、気持ち良かった。学氏のバンドは山下達郎とかやってた(意外だ)。ベーシストのSさんが私と同じバルトリーニ(ベース弾きにはつとに有名なアクティブ・サーキットのメーカー)のTシャツを着ていたのは笑った。最後の写真は楽屋で暴れるかめ(笑)と、あんまりウケないから漫才でもやろうか〜「どうも〜!」。
2004年8月8日(日)
今日は地元花巻、宮沢賢治童話村「風のステージ」にリズムヤンガーが出演する。午後1時会場着。駐車場から演奏するステージまではかなりの距離がある。ベースアンプを抱えて運ばなければならない。結構大きなステージで演奏する機会が多いのでもう少しパワーのあるアンプに買い替えたいところだが、こういうケースが多いので、今のSWRはなかなか手放せない。ところで今日もとてもいい天気。見事な入道雲が出ていたのでステージとあわせて撮影した。
演奏開始。今日も新しいヤンガーTシャツで。最近は野外ライブが続くということですべてエレベで演奏することにした。ベイシーなどはやはりウッドで行きたいところだが、この炎天下と搬入の労を考えると断念せざるを得ない。演奏はここ最近のナンバーから。スムーズに曲は進行したのだが、ボーカルを各一曲ずつとったその後、急激に夕立ちが降りはじめた。半分ほどナンバーを残したまま、主催者側の意向で中止となった(楽器の心配をしてくれたらしい)。それにしても残念。
2004年8月7日(土)
夏真っ盛り。なのでイベント系のステージが続いている。今日はkatsuが「白楽天」名義で盛岡市青山町のお祭りイベントに出演である。この日の仕事はかずを氏の誘いによるものである。かずを氏、そしてSSOMのタカハシ氏も初めてソロで出演する、というので応援に行く事にした。津志田で待ち合わせし、かめの車で青山町へ。ジャンケンで決めた、という順番、かずを氏のステージはすでに終わっており、タカハシ氏が歌っていた。場所は「いわぎん」の前。私の会社はこの近所なのでこの銀行は時々利用する。とても馴染み深い場所である。
タカハシ氏のステージが終わり、ビール、つまみを買って帰って来ると、この日のもう一組の共演者「ユキとチエ」が歌っていた。焼そばを食べながら聴いていたが、ほのぼのしたオリジナル曲、二人の良く合う声質とギター、バイオリン、何て自分好みの音楽なんだろうか。大いに驚愕する。こんな素晴らしいデュオがいたとは知らずに慌ててタカハシ氏に是非「中津川べり」に出すべきだ、と提案。聞くと、群馬出身のストリートミュージシャンで全国を車で回っているらしい。しばらく滞在した東和町で「ほうほう」さんと知り合い、ほうほうさんのかずを氏へのオファーで今日のブッキングが成立したそうだ。素晴らしい出合いだ。若いながら独特の世界観で旅や人生を歌う彼女たちの歌は多くの人を魅了していた。是非またどこかで聴いてみたい。
ラストは「白楽天」のステージだ。KW2Uでは聴くことの出来ないブルース、R&Rっぽいナンバーを中心に弾き語った。「白楽天」のステージは練習無用、その場まかせ、ルーズ&ルードだ。以前やなぎ氏に言われたことを思い出した。カッチリしたアレンジを好み、タイトに突っ込んだ演奏をする私と、フリーでルーズな雰囲気を好むkatsuはかなり対照的な音楽的タイプを持っている(それでも音楽的嗜好は結構似ているところが不思議だ)。無理に解消しようとは思わない。そんな中からグループが目指す何らかの音が紡ぎ出されればいい。演奏はフィナーレを迎え、出演者全員(プラスエンディさん)で「上をむいて歩こう」で締めくくった。
打ち上げはお馴染み「海ごはんしまか」で。タカハシさんの実家である。ここ青山町からは車で4〜5分の近所だ。「ユキとチエ」も交えて楽しい飲み会となった。皆で大笑いしながらも、心のどこかで音楽が引き合わせてくれた素敵な出逢いに感謝した。自分もあと20才(!)も若ければこんな旅をしてみたいな、と思った。長い間忘れていたものを呼び起こされた思いだ。
タカハシさんのお母さんから「舟盛りソーメン」(魚介入り!)を御馳走いただいた。凄い!美味しい!冷房を入れていない「海ごはん」だが、夏の夜風とソーメンで十分に涼しい気持ちになる。最高の一時だ。妹さんのマキさんに写真を撮ってもらった。「アタシこういうの苦手なんだよね〜」うん、ありがとう。確かに指が一本写っている(笑)