開場時間にちょうど間に合うくらいの余裕をもって、徒歩で「ルヴェ・ソン・ヴェール」に向かった。会場に到着するとレストラン前のロビーにはすでに大勢が集まって、開場を今か今かと待っている。事前情報では予約が予定数を下回っているらしいと聞き部外者ながら心配をしていたのだが、開けてみると食卓に空きはないようである。およそ九十人ほどもいたのではなかろうか。心配はまったくの杞憂であったと見えた。開場、食堂に入る列の横を、最前までステージで調整をしていたヌジェ氏、ドミニクが通りすぎていった。客がにわかに沸く。ドミニクは彼女らに手を振って、少なくともここでの主役は彼であった。
本日はランチタイムコンサートである。コンサートの始まる前に、簡単なランチコースが振る舞われる(もちろん代金はこちらもちである)。一通り食事が済んで、コンサートが始まった。
ステージにはご存じパトリック・ヌジェ氏と我らがドミニク・シャニョン。
加えて、ステージ脇のピアニスト氏三人で演奏が始められた。一曲目はヌジェ氏の歌唱による『パリの空の下』である。ドミニクを追っている面々には、もうおなじみの一曲だろう。そして『私の回転木馬』が続いた。
ドミニクの歌唱は三曲目の『群衆』から。ドミニクの歌ったのは『愛の願い』、『男と女』、『私の彼』、『詩人の魂』そして『六夜眠れず』と、アンコールに『でも、誰がイタチなんや?』。NHKフランス語会話は人気コーナー「ドミニクと歌おう!」で歌われたものがほとんどであった。
だが、やはりライブはテレビとは違うのである。伴奏がドミニクのベース、ヌジェ氏のアコーディオン、そしてピアノと違うのもあるだろうが、きっとそれだけではあるまい。ライブの雰囲気、その時々のやり取りから生まれる発想が、歌唱に一色を添えるのである。これはヌジェ氏にとっても同じ、ドミニクにとっても同じだろう。
ドミニクの『群衆』、『愛の願い』が終わって、波多野まき嬢が加わった。本日の白眉は、この波多野嬢であったと僕は思っている。波多野嬢とドミニクによるデュエット、『男と女』はちょっと他所では聞くことができまい。話せば天衣無縫に爛漫な波多野嬢だが、歌えばどんっと腰の据わった深いものを見せる。劇的な情感が迫る歌い方である。その波多野嬢とドミニクという違う個性が合わさって、『男と女』は艶っぽいものであった。ドミニクの歌には、どこかクールで情熱は奥に潜んでいるような印象を持っている。その印象は変わらないままに、ドミニクの違う側面が現れていたのではないだろうか。
波多野嬢が抜けて後は、いつもの飄々としたしゃべりでヌジェ氏が、お得意『マイウェイ』そして『サントワマミー』を歌い。ラストはドミニク歌う『詩人の魂』と『六夜眠れず』であった。
『詩人の魂』は、十一月の「ドミニクと歌おう!」で紹介されていた。まさに旬の曲であったわけだ。アコーディオン、ピアノ、ベースのアレンジによるロンタンは、軽くそして憂鬱質が少し混じった明るさがあって、これこそシャンソンである。けれど少し新しい感じのあるシャンソンである。新しい感覚は、ドミニクの持つポップの世代のそれだろう。トレネの時代と現在。約五十年の時間を経ているが、それでも歌の命は続いている。世代を越えて歌われ、そのつど色合いを変えれど歌の心は長く息づいている。そういうことを歌う歌である。
そして「ドミニクと歌おう!」十月の歌、『六夜眠れず』は説明の必要もないだろう。NHKフランス語会話のエンディングテーマ、いやそれよりもドミニクの作曲によるものといったほうがよさそうだ。ドミニク作曲の『六夜眠れず』が最後の曲として歌われた。
残念ながら、この曲は伴奏に録音テープが使われたのだが、それでもドミニクの歌のよさは変わらない。六夜眠れず、コーラスの部分は我々観衆も加わって歌った。番組の最後のものとはアレンジが違う。それを通して聞き、物足りないと思ううちにコンサートは終わり。いえ、ここからアンコールが二曲。マノーのラップ『でも、だれがイタチなんや?』は、ドミニクが中心となって、場内にスタンディングを求めるほどの白熱ぶり、といいたかったのだが、残念ながら立ったものはわずか五六人だったろうか。ノリのいい曲で会場の誰もが楽しんで聞いたであろうが、いかんせん皆は日本人であった。ここが食卓であったのも悪く働いたのだと思いたい。
私が立ったのは、率先して立った前列の幾人かに釣り込まれたためであった。ドミニクが最前列に立ったお嬢さんにマイクを差し出し歌え歌えという一駒もあったのが楽しく、このことによっていかにステージと客席が近くあったかが分かるだろう。マイクを向けられたお嬢さんは、少し遠めのマイクに声が届かないのに苦戦しながら、それでも果敢に歌っていたのが印象的である。
このように終始ステージと客席の近く感じられる二時間であった。舞台上の演者と我々観衆に、大きな隔たりはなかった。同じ空間、位置にあって、歌う聞くの違いはあるが、誰もが積極的に参加していたろう充実の時間。だが楽しい時間はあっという間なのである。当たり前であるが、我々には多少短かった。もっと長く聞きたかったという思いは、皆同じだったに違いない。
言うまでもないことだが、終演後はドミニク、ヌジェ氏を囲んでの、大サイン会となった。ヌジェ氏のCDが売られ、それを買ってはサインをしてもらう。だがドミニクにはまだCDが出ていないのであって、思い思いの記念物にサインをもらう人が見受けられた。
ドミニクは日本語を勉強中である。幾人かが日本語でサインをもらっていた。片仮名はいいが平仮名は苦手というドミニクに、自分の名を平仮名で書くようねだるお嬢さんもいた。苦手といいながら気さくに応じるドミニクは、なるほど感じの良い人、très
sympa である。色紙にはベースのイラストも見られ、私はと言えば悩んだ末に仏和辞書の白いページにサインをいただいたのだった。これで仏語学習にも力が入ると思いきや、サインを見てにやにやするばかりである。これでは勉強は進まない。人とはままならぬものである。
ひとしきりサインが行き渡るとロビーは写真撮影会場に変わった。その間ドミニクは終始笑顔、和やかで、ここにも人柄が見える。我々も楽しかった、彼もきっと楽しかった。そう思う演奏会の一日、帰りの雨も気にならない一日であった。
パリの空の下:ヌジェ
私の回転木馬:ヌジェ
群衆:ドミニク
愛の願い :ドミニク
恋は水色:ヌジェ&波多野
私は気取り屋(僕はスノッブ ):波多野
ラ・ジャヴァネーズ:波多野
男と女:波多野&ドミニク
ジョジョ:波多野
風に立つライオン:波多野
ラストダンスは私と:波多野&ヌジェ
ホワイトクリスマス:波多野&ヌジェ
私の彼:ドミニク
マイウェイ :ヌジェ
サントワマミー:ヌジェ
詩人の魂:ドミニク
六夜眠れず:ドミニク
でも、だれがイタチなんや?:ドミニク
オー・シャンゼリゼ:全員
出演:ドミニク・シャニョン,パトリック・ヌジェ,波多野まき
開場:2002年12月7日12時
開演:13時15分
会場:ルヴェ・ソン・ヴェール 御車店