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Chit Chat #8 |
新聞をいかに読むか |
(真剣にジン・ラミーに取り組む2人。無言でカードを置き合う。テーブルの脇には小銭の山。) S「勝った!」 D「……やられた。」 (D、1ドル札を投げる。S、札を空中でキャッチし、小銭の山の上にありがたく乗せる。) S「6連勝! ねえ、あんたジン・ラミー、芸術的に弱くない? 初めてだよ俺、60歳未満の奴に連勝したの。」 D「ううむ、もう1回だ。」 S「よし、じゃあこれが最後ね。」 (2人、手早くカードを切り、手札を配り、残ったカードで山を作る。深呼吸の後、背中を丸めてカードを叩きつけ合う。) S「勝った!」 D「そんなバカな!」 S「はい。」 (と、S、お頂戴の手を出す。D、各ポケットを漁り、あり金をテーブルの上に並べる。) D「悪い、もう小銭ない。」 S「じゃあ、1品奢りね。」 (S、メニューに手を伸ばす) D「7ドル以内でな。」 S「ちょっと出ちゃダメ?」 D「ちょっとだけなら許す。」 S「サンキュウ。食いたいモンあったんだわ。おーい!」 (S、ダンダンとテーブルを叩く。W、かったるそうにやって来る。) S「ピーチ・メルバ・スペシャル、キャラメルソースたっぷりね。」 (W、メモも取らずに去る。) D「はー(溜息)。まったく、あてにならんな。」 S「何が?」 D「占い。」 S「あんた占いなんて信じるんだっけ?」 D「大概は信じない。新聞の占い以外は。」 S「え? 新聞に占い欄なんてあったっけ?」 D「ある。ページが厚すぎて普通に読んでると探せないだけだ。今朝は、偶然開けたページが占い欄でな、今日の俺はギャンブル運が◎、と書いてあったから、どっかで何かに賭けてやろうと思ってたんだが、賭けの対象になるような事柄に出会わないまま、こんな時間になっちまった。だから、お前をカモって今日中に運を使おうと思ったんだがな。」 S「へーえ、あてにならないね、占いなんて。特に、新聞の占いなんて、気合い入れて占ってるとは思えないし。」 D「お前、新聞なんか読むのか?」 S「そりゃあ読むさ。世間の動向を知っておくことは大事だからね。」 D「ほう、そりゃ見上げたもんだ。で、何の記事をチェックしてるんだ?」 S「訃報。」 D「……ああ、そっち方面。」 S「うん。顧客の誰かが死んでないかって、毎朝確認してから家を出る。」 D「お前、何気に仕事熱心だよな。今、ちょっと尊敬したぞ。」 S「だって、死んでたら、その日の予定変わるじゃん? 休みんなるかもしれないし。」 D「前言撤回、尊敬しない。」 S「いいよ、別に尊敬されたくて新聞読んでるわけじゃないし。それにしても、あれだね。新聞って占い欄に限らず、気合い入ってないね。」 D「そりゃまあ、気合いの入った訃報欄があっても何だしな。」 S「毎日毎日発行されてるのが原因だと思うんだ、俺。そうだろ? 毎日やってることには気合いが入らないけど、たまにやることには“よーし、やってやるぞ!”って気合いが入る。」 D「ふむ、お前の言ってることにしては妙に正しいな。で、お前の場合、例えばどんなことに気合いが入るんだ?」 S「えーっと、ジン・ラミーとか。えーと、えーと、それから、えー、あんたに奢ってもらうのとか。」 D「それだけなのか? 呆れるほどルーチンワーク男だな。」 S「“とか”ってちゃんと言ってるだろ、細かいとこ聞き逃すなよ。その他にもまだあるんだからな。ええと、例えば、今朝は訃報以外の欄も読んだぞ。」 D「気合い入れて?」 S「もうじゃんじゃん入れて。びしばしっと。」 D「で、何を読んだんだ?」 S「天気予報。」 D「……それこそ気合いを入れて読むもんじゃないだろう? 気合い入れて書かれてるとは到底思えんし。それとも、今日の天気はお前の人生に大きく影響してるのか?」 S「俺の人生に、か……。俺の人生、俺の人生……。そうだ、新品のホワイトデニムのジーンズをはいていいかどうかなんていうのは、天気予報の内容に左右される!」 D「ほう、白いのを買ったのか。珍しいな。どうもお前には、黒い服を着てるってイメージがある。」 S「いや、ものの譬えだって。俺がホワイトデニムなんてはくはずないじゃん。俺に白い服は似合わない。」 D「それなら、雨が降ろうと雪が降ろうと大洪水になろうと、お前には関係なかろう。」 S「あ、そうだ、関係あるよ、天気。雨の日には散歩に出られない!」 D「散歩? 犬飼って……ないよな。」 S「犬の散歩じゃなくて、仕事上の散歩。」 D「ああ、爺さんと一緒に。」 S「そう。」 D「しかし、その場合、別に天気予報を見なくてもいいと思うが。実際、お前、普段は天気予報欄を見ないんだろ?」 S「TVでは見てるよ。って言うか、TVでは天気予報ぐらいしか見ない。」 D「新聞は訃報欄だけ、TVは天気予報だけ?」 S「そう。あ、たまにTVでニュースも見る。天気予報が始まる前に。それと天気予報が終わった後に。」 D「……お前、その暮らしっぷりは、かなりもったいないと思うぞ。むしろ、TVと新聞に失礼だ。」 S「そうかなあ……。お、来た来た。」 (W、パフェを持って現れる。Sの前にパフェのグラスを置き、エプロンのポケットからスプーンを出すと、生クリームの上にざくっと差す。) D「お前、さっき何頼んだ?」 S「ピーチ・メルバ・スペシャル、キャラメルソースたっぷり。」 D「……俺には緑色のものが見えるんだが、もしやピーチにはグリーンピーチとかいうものがあったっけかな?」 S「この辺の四角いのが、切り刻まれたピーチかも。ミントシロップに浸ってるけど。」 D「下に溜まっている、茶色と緑の物体は?」 S「キャラメールソースとミントシロップのマーブル?」 D「ピーチ・メルバってのは、ミントが入ってるものなのか?」 S「普通は入ってないだろうね。いやあ、それにしても、これ、アタリだね。」 D「アタリ?! これのどこが?!」 S「え? だって、俺、ミント大好きだし。すんげー美味そう、これ。」 (嬉しそうにピーチ・メルバ・スペシャルを食べるS、呆れ顔のD。) D「他には?」 S「他には、アイスクリームと生クリーム。」 D「その緑色のもののことじゃなくて、新聞のことだ。他には何か読むのか?」 S「時々クロスワードやるよ。一切書き込まないで、二重マスの文字だけピックアップして、1分もあれば終わっちゃうけど。」 D「それは邪道だ。」 S「わかってる。でもまともに書いてくの面倒でさ。クイズやパズルって、好きなんだけど、面倒でつまんない。ざっと目を通せば答え出るじゃん。」 D「一般人は、全部書いていかないと答えに行き着かないんだ。全部書けるかどうかさえ怪しいのが普通なんだ。お前は特殊なの。わかるか?」 S「わかる。それで俺、クイズ番組見なくなったから。昔はよく見てたんだけどね。俺より正解率の低い奴が、何で賞金貰えるのかって考えたら悔しくなって、見るのやめた。」 D「じゃあ、お前がクイズ番組に出て賞金を貰えばいい。」 S「それは、子供の頃、姉貴が言ってたけど、親父が“スティーブが解答者になったって番組がつまらなくなるだけだから、解答者にさせてもらえない”って。お袋も“全問正解で賞金を持っていくのが当然の人を解答者に選んでいたら、テレビ局が貧乏になるだけでしょう”って。」 D「お前、そんなに頭良かったのか?」 S「クイズとパズルに強いだけ。学校の試験も、論述はからっきしだった。答えがポンと出るのは答えられるんだけど、文章が苦手で。」 D「それは、新聞を読まないからだ。」 S「それもわかってる。きちんと社説や政治面を読もうと努力した時もあったんだよ。でも、全部読むのが面倒で、新聞はすべて箇条書きにしてほしいって学校の先生に言ったら、怒られた。」 D「何で学校の先生が、そんなことで怒るんだ?」 S「その先生、学校に勤める前は新聞記者やってたんだ。」 D「そりゃ怒るわな。お前、その先生が新聞記者上がりだって知ってて言ったのか?」 S「知ってるからこそ言ったんだよ。新聞社と全く関係ない先生に言ったって、事態は改善されないだろ? この先生なら、新聞をすべて箇条書きのさっぱりあっさりしたものにしてくれるかもしれないって思って、言ってみたんだ。うまく行けば、誤字がないようにもしてくれるかもしれないって。新聞って結構誤字多いじゃん。急いで作ってるから仕方ないとは思うけど。」 D「誤字? 気がつかなかったな。」 S「1ページに1つは綴り間違いがある。」 D「新聞、ちゃんと読んでるじゃないか。」 S「内容は読んでない。誤字を探して遊ぶだけ。内容を把握したって、どうせ俺には関係ないことだし。」 D「誤字だけ探してたって内容は頭に入っちまうだろ。」 S「ああそうかも。それで俺、ゴシップに詳しいのかも。」 D「何?」 S「ゴシップに詳しいみたいなんだよね、俺。会社の人がさ、“ジェニファー・ロペスとつき合ってんの誰だっけー”とか言うとさ、“あ、それクリス・ジャド。こないだ婚約したよね”とか、即答できるのさ、無意識に。」 D「無駄な記憶力か。知らず知らずのうちに脳に負担をかけてるな、きっと。」 S「大丈夫。政治欄とか経済欄は全然覚えてないから。あと、スポーツ欄もね。」 D「ゴシップだけか。」 S「と、訃報と、なぜか出会い欄も覚えてるみたい。」 D「出会い欄? あの、『こちら30代独身男性、ブロンド、6フィート5インチのスポーツマン。ユーモアを解する20代の白人女性求む』とかいうやつか?」 S「そうそう。『当方、芸術と散歩を愛する歯科医。映画の話ができる独身男性求む』とかいうやつ。」 D「それの何を覚えてるんだ?」 S「誰がどういう人を求めてるか。で、求められる人に会うと、唐突に思い出すの。“あ、この子、昨日の新聞の46歳IT企業のエンジニアが求めてるブルネットの子だ”って。」 D「で、思い出してどうするんだ?」 S「どうもしない。」 D「どうもしないって……教えてやれよその子に。」 S「何で?」 D「それによって、人間が2人、幸せになるかもしれないじゃあないか。」 S「面倒臭いじゃん。声かけて、彼氏いるかどうか聞いて、“いない”って言ったら、昨日の新聞見せて、“ほら、ここに君を探してる男がいるよ。連絡してあげたら?”って言うんでしょ? 昨日の新聞なんて持ち歩いてないし。それに、2人が幸せになったって、俺はちーっとも幸せにならないもん。」 D「そりゃあ……そうだな。確かにそれじゃあ、お前にメリットはないな。」 S「だろ?」 D「そうだな、じゃあ、こういうのはどうだ?」 S「何?」 D「俺が、お前に、俺の好みのタイプを教えておく。」 S「はあ?」 D「で、お前はそれを覚えて、街で俺のタイプの女を見つけたら、俺のとこに連れてくる。」 S「ああ、あんたが新聞の出会い欄に投稿するって話?」 D「何だよ、出会い欄に載せなきゃダメなのか?」 S「うん。だって、新聞に載ってなきゃ覚えられないもん。耳から聞いた話は、俺7分くらいで忘れちゃうし。」 D「まったくもって使えない才能だな。」 S「それにほら、俺の日常にあんた好みの女はいないんじゃない? 昔、一瞬好みだった女はいるけど。」 D「その後、評価が反転した女な。」 S「そうそれ。あ、そうだ、その評価が反転した人から伝言があったわ。」 D「何だって?」 S「えーと、来週の土曜は、デビーのリコーダーの発表会なので、正装で来てください。10時に……10時15分に……市民ホール……いや、記念ホールだったかな?」 D「何だか怪しいな。10時と10時15分は、10時を採択するとして、市民ホールと記念ホールじゃ方向が違いすぎる。」 S「多分、記念ホール。きっと。…………ごめん、やっぱ怪しい。あとでデビーに聞いて電話するわ。」 D「電話はしなくていい、明日教えてくれれば。」 S「いや、聞いたら7分以内くらいで伝えたいから。そうすれば正確だし。」 D「本当に融通利かない記憶力だなあ。……ところでデビー、笛は上手になってるか?」 S「うん、すごく上手くなってるよ。この前、ハチャトリアンの曲を吹いてくれた。」 D「そうか……あの赤いリコーダー、俺が買ってやったんだよな、去年。」 S「あ、あれはもう使ってない。」 D「何だって?」 S「買い換えた。」 D「ちょっと待て、高かったんだぞ、あれ。子供用のリコーダーの中では最高級品だった。どうして買い換えたんだ? 大人用のはまだ大きすぎるぞ。」 S「サミュエルが噛んで、齧ったから。」 D「あのバカ犬か。」 S「あんたを喜ばせたくはないんだけど、サミュエルがあのリコーダーを骨だと思ってバリバリ噛んで壊した時、デビー、泣いてたぜ。」 D「え?」 S「“サムのバカバカバカバカ! 死んじゃえ!”とか言ってザーザー泣きながら、リコーダーの袋でサミュエルをビシバシ叩いてた。」 D「……それだけか? それだけのはずがあるまい。」 S「その後、丸まっちゃってるサミュエルに石やら植木鉢やら投げつけてた。至近距離から。」 D「で、サミュエルはどうなった? 死んだか?」 S「動かなくなったんで、俺が獣医に連れてった。全身打撲といくつか骨折があって入院中。」 D「済まんな、何から何まで。」 S「まあ、止めなかった俺も悪かったし、あのバカ犬、俺のだからね。」 D「何だと!? あの家の犬じゃなかったのか?」 S「元々はカハンさんとこの犬だったんだけど、俺が貰ってきて、今は親父に面倒見てもらってる。」 D「カハンさん? そりゃ誰だ? あの近所にそんな人いたっけか?」 S「俺が初めて担当した爺さん。」 D「ああ、例の仕事のか。……わかったぞ、爺さんが死んで、愛犬を押しつけられたとか、そんなとこだろ。」 S「その通り。多分サミュエルももうそろそろカハンさんとこに行けるんだろうけど。」 D「ちょっと待て。俺が初めてあの家に行った時から、あのバカ犬いたぞ? お前、あの頃、学生だったろ?」 S「うん、俺、大学生ん時からバイトで爺さん宅に通ってたから。掛け持ちで。朝、カハンさんち行って、昼にチャイニーズのケータリング屋に行って、その後、またカハンさんちに行って、夕方から夜はケータリング屋に戻って、家に帰る、って生活してた。」 D「学校行ってないじゃないか。」 S「行ったさ、試験の日には。」 D「そんなんでよく卒業できたな。」 S「何とかね。考えてみると、俺、爺さんたちのおかげで卒業できたようなもんだなあ。」 D「あれ? お前、福祉か看護の出だっけ?」 S「ううん、法学。一番授業に出なくていいから。」 D「もしかして、法学学士?」 S「うん、肩書きはね。役に立ってないけど。卒論はジルベルシュタインさんに書いてもらったし。」 D「それは、元裁判官か何かの爺さんか?」 S「元法学部教授の爺さん。俺の卒論を書いて、質疑応答の練習後に心臓発作で他界。元裁判官だったのはコトナーさん。みんな、そういう特技があんのに宝の持ち腐れになっちゃってて、俺に教えてくれんだよね。」 D「でも、7分で忘れるんだろ?」 S「そう、7分で忘れる。だけど、爺さんたちも、話したってことを7分で忘れて、何度も何度も話してくれる。」 D「なるほど、お前は“聞いたことを7分程度ですべて忘れる”って特技って言うか欠点があるから、爺さんたちの相手ができるんだな。」 S「デビーや姉貴の相手もできる。」 D「俺は、お前ほどできた人間じゃないからな……。あんまり同じことを何度も何度も言われると腹を立てる。」 S「へえ、あんたも腹立てたりするんだ。温和そうなのに。怒って暴力振るったりすんの?」 D「俺の場合、怒りは内側に向かう。そして暴飲暴食となって表に現れ、太る。その上、胃をおかしくして、口臭がひどくなる。」 S「うわ、最悪。……あ、待てよ。何かそんなの、出会い欄にあったぞ。えーと、何だっけ……『身長6フィート以上、体重250ポンド以上の、神経質な年上の男性求む。口臭、ワキガ歓迎。』」 D「誰だ? 誰が俺を求めてる? 早く思い出せ! できれば30代の理知的でグラマラスな金髪求む!」 S「急かすなよ、今、記憶漁ってるんだから。……えー、あ、違う。あんた向きじゃない。」 D「何で? 俺はその条件を満たしてるぞ。」 (D、自分の腋の下の臭いを嗅ぐ。) D「ワキガはそんなでもないが。」 S「確かにあんた、条件満たしてるけどさ、俺はお勧めしないね。だって、それ、『当方、5フィート半、180ポンドの可愛いヒゲ熊』だったから。」 D「……ヒゲ熊は……男だよな……?」 S「うん。」 (画面、止まったままフェイドアウト。) |
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