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Chit Chat #6 |
燃えると臭いもの |
(静かな店内。それぞれにメニューを見る2人。) S「決まった?」 D「いや、まだだ。」 S「じゃ、呼ぶね。」 (S、遠くに向かって手を振る) D「決まってないって言ってるだろう。」 S「いいよ、俺が決めてあげるから。オーイ、オーダー!」 (W、かったるそうにやって来る。耳にはヘッドフォン。) S「俺、1/2ポンド・ステーキとミントシェイク。こっちの人には、ペカンパイとコーヒー。……いい?」 D「……いい。」 S「(メニューを閉じて)じゃ、それ。あと、この人、コーヒー2つ飲むから、この人にカップ2個持ってきてね。」 (W、メモも取らずに去る。S、“してやったり”な笑顔をDに向ける。D、肩を竦める。窓の外を、サイレンと共に消防車が通り過ぎる。) S「あっ、火事だ。」 D「なんだ嬉しそうに。」 S「嬉しくない? 火事って。」 D「嬉しくない。災害だろ。被害者の心情を慮って心が痛む。憎らしくもあるがな。」 S「何が憎らしいのさ。放火犯? 火事の原因が全部放火ってわけじゃないだろ?」 D「いや、被害者。」 S「心が痛むって言ったばっかりじゃん。」 D「ああ。火事の話を聞いて最初に思い浮かぶのは、住む家をなくして途方に暮れてる家族の姿だ。両親と、子供3人な。だから、心が痛む。だがすぐに、そうだな、2秒後くらいに、ある事実を思い出す。」 S「何なに?」 D「大抵の家持ちは火災保険ってやつに入ってるってことだ。そして、大抵の家持ちは、実際の資産価値より多い金額の保険に入ってる。」 S「てことは?」 D「火事太るんだよ。結果として、もっと立派な家が建つ。」 S「ああ、それで憎いと。」 D「憎いとまでは言ってない。」 S「何となく憎たらしいと。」 D「まあな。」 S「でも、あれじゃん、新しい家が建てば、あんたの仕事にちょっと影響あるんじゃないの?」 D「何でだ。関係ないだろ。」 S「だってほら、先週、そこの1本向こうの雑居ビル燃えたじゃん? ほら、1階が家具屋で、2階が結婚相談所の。」 D「3階にバデリー法律事務所が入ってるところか!」 S「うん、そこそこ。」 D「(身を乗り出し、目を輝かせて)で、どうなった、バデリーの奴、死んだのか?」 S「死んでない。日曜だったから。誰も死んでない。」 D「そうか。」 (D、残念そうに天を仰ぐ。) S「バデリーって……。」 D「カミさんの弁護士。」 S「ああ、暗い過去なんだ……。」 D「暗かぁない。ちょっと痛かっただけだ。……で?」 S「そうそう、そこが焼けたのさ。原因はまだわかってなくて、放火かもしれないんだって。」 D「そうか、そりゃ厄介だな。……で、それが俺の仕事とどう関係があるんだ?」 S「うん、でね、一昨日、たまたま現場を通りかかったのさ。そしたら、もう1階の家具屋が開店しててね。」 D「1階は燃えなかったんだな。」 S「燃えたの。盛大に。机も椅子も、本棚も食器棚もベッドも全部燃え。」 D「ほう。」 S「全燃え。全部黒焦げ。でも、開店してたの。何事もなかったように。」 D「在庫があったんだろう?」 S「いや、商品、黒焦げのまま。」 D「ああ?」 S「椅子も机も黒焦げのまま売ってたの。何か油みたいなもん塗って、表面テカテカにして。」 D「それ、強度は大丈夫なのか?」 S「わかんない。『イームス』って札がついてる椅子があったから座ってみたかったんだけど、やめといた。」 D「それが賢明だ。座った途端に崩れるかもしれないからな。」 S「いや、強度は大丈夫そうだったんだけど、それ、すんごい臭かったんだよね。イームスの椅子って、こんなに臭かったんだあ、と思って驚いて帰ってきた。」 D「燃やしちゃいけない素材だったんだろ。プラスチックとか、ゴムとか。」 S「興ざめだよね。普段はあんなに澄ましてるくせに、燃えるとあんなに臭いなんてさ。」 D「そんなことまでを椅子に求めるなら、木の椅子にしろ。」 S「木の椅子は、燃えたらなくなる。」 D「完全燃焼すればな。しかし、考えてみろ。山火事があったとするな。」 S「うん、山火事ね。見たこたないけど。」 D「火事の後、焼けた木が残ってるだろ。完全に燃え尽きてすべてがなくなるってことは、まずない。」 S「じゃあ、椅子もいい感じに焦げて、それなりの風格が出て……。」 D「炭だけどな。座ったら尻が黒くなる。そして、座り心地は“サクッ”。」 S「それ、椅子じゃない。」 D「だから炭だって。」 S「イームスの椅子は、臭かったけど、炭じゃなかった。その辺は、さすがイームス。」 D「……どんな形だったんだ、それ?」 S「椅子の形っぽかった。で、小さかった。」 D「小さかったって?」 S「ほら、あれ、あるじゃん。子供が作るやつでさ。白いプレートに絵を描いてトースターで焼くと、運がよければ小さく縮まって固くなるやつ。キーホルダーにつけたりする、あれ。知ってる?」 D「知らんなあ。それ、運が悪いと、どうなるんだ?」 S「トースターと共にゴミ捨て場行き。」 D「なるほどね。で、それとイームスの椅子とどういう関係があるんだ?」 S「そのプレートみたいに縮まってた。子供用の椅子としてはいいのかもしれない。」 D「臭いのに?」 S「うん、すんごい臭かったけど、フライパンの柄が焼け焦げたのよりはマシかな。」 D「フライパンの柄は、普通、焼くもんじゃないって知ってるか?」 S「知ってる。俺も焼く気はなかったさ。気がついたら、焼けて融けてて焦げてて臭かった。って言うか、臭かったんでキッチンを見てみたら、フライパンがガスコンロの上にあって、コンロの火は強火で、柄が融けてたんだ。」 D「フライパンをコンロにかけっ放しにして忘れてたのか? 危ないな。」 S「俺じゃないよ。俺がコンロにフライパンかけっ放しにして忘れると思う?」 D「よくわからん。で、お前じゃなかったら、一体誰がお前んちのコンロでフライパンを焼いてたんだ?」 S「だから俺んちじゃなくて、えーと、あれをやったのはローランドさんだったっけかな。ここんとこ、軽くボケ来ててさ。」 D「ああ、そういうことか。気をつけろよな。爺さんを焼かないように。そして、爺さんに焼かれないように。」 S「火事にならないように気をつけてはいる。でも、何仕出かすか予測もつかなくて。」 D「予測がつかないと言えば……。」 S「と言えば?」 D「アーロンの奴だ。」 S「誰?」 D「アーロン。決して俺の友達じゃない。だが、どういうわけか、俺の近くに出没する。ここ数年は見てないけどな。」 S「幽霊?」 D「いや、生きてる普通の人間だ。普通とは言い難いものはあるが。」 S「どう普通じゃないわけ?」 D「アーロンは、突拍子もないことを仕出かす。」 S「例えば?」 D「例えばだな、仮装パーティーの時に女装して来た。」 S「普通じゃん?」 D「そして、カツラに火を点けた。あれは臭かったな。その後、着ていたドレスを脱いで、それにも火を点けた。これはそんなに臭くなかった。」 S「……で、その後、どうやって帰ったの、アーロンは。」 D「フェイクファーのロングコートを纏って、ポリスメンに連行されていった。」 S「……納得。パーティー会場、燃えた?」 D「燃えかけたが、奴以外全員の必死の努力によって事なきを得た。テーブルクロスが多少焦げただけで済んだよ。他は水浸しってだけで。」 S「それだけじゃなさそうだね、そのアーロン氏の悪行。」 D「まあな。サンダルの揚げ物を食わされかけたこともある。何人かは南半球産の牛肉か水牛の肉だと思って食って、そのうちの数人は病院行きになった。」 S「そりゃサンダルは食いもんじゃないから。」 D「一応、牛革のサンダルだったんだけどな。底がゴムだった。あれも臭かったな。」 S「ゴムが? 牛革が?」 D「両者とも。プラス、足の臭い。」 S「使用済みだったわけ? 強烈だわ、それ……。」 D「何? お前、足臭い方?」 S「そうでもない。あんたは足臭いよね。」 D「そうでもないと思うぞ。」 (W、来て、Dの前にペカンパイとコーヒーカップ2つを置く。カップの1つはブラウン、もう1つは黄色。W、去り、Sがカップの中を覗き込む。) S「あれ? コーヒー入ってないよ。」 D「これから注ぎに来るんだろ。」 (D、ペカンパイを一口食べる。) D「うー、甘い。甘くて美味い。ここのペカンパイは、ペカンが少ないって欠点はあるにせよ、このブラウンシュガーの具合がたまらんね。そしてこの激甘が、煮詰まったコーヒーにまた合うんだ。」 (D、何も入っていないカップに手を伸ばす。Wがやって来て、Dが持っているカップの中にコーヒーを波々と注ぐ。そして、もう1つのカップに少しだけコーヒーを注ぎ、去る。) S「……やられた……そう来るとは思わなかった。」 D「いいじゃないか、お前にはミントシェイクがあるんだし。」 S「ミントシェイクはミントシェイク。コーヒーはコーヒー。俺はコーヒーもたっぷり欲しいの。……分けて。」 D「俺が口つけたのでいいのか? ペカンが逆流してるかもしれんぞ? お前の大嫌いなペカンが。」 S「じゃ、いらない。……ペカンって蛹に見えない?」 D「蛹? 虫の蛹か?」 S「虫以外は蛹にならないはず、確か。」 D「うーん、蛹に見えるかもなあ。虫そのものにも見えるな。とにかく虫系だ。」 S「って言いながらも食べてるし。信じらんねー。うえ〜。」 D「どう見えようと、ペカンは木の実だ。」 S「ペカンと思わせておきながら、蛹だったらどうする?」 D「匂いでわかるだろ。」 S「蛹だったらどんな匂い?」 D「蛹を焼いたことはないから推量でしかないが、恐らく臭いだろう。」 S「どう臭いかな?」 D「えも言われぬ臭さだろうな。生き物が焼けるんだから。」 S「でも、ステーキは生き物焼いてんのに、いい匂いじゃん。心時めくような。」 D「美味そうな匂いだ、とは思うが、心時めきはしないな。」 S「そうかな。俺は時めくよ。」 D「ここのステーキでもか?」 S「ここのステーキは匂いしないし。キッチンで匂いを出し切って、カスが運ばれてくるとしか思えない。」 D「で、そのステーキだが、来る気配もないな。ミントシェイクも。……よくステーキ食いながらミントシェイクを飲もうって思えるな。」 S「ミントシェイクは食後のデザート。」 D「デザートは、メインの食い物が7割方終わってから注文しろ。ステーキとミントシェイクが一緒に来たら、ミントシェイクに行き着く前に溶けるだろ。」 S「大丈夫。俺、ぬるくなったシェイク好きだし、ステーキの合間合間にちょっとずつ啜ったりもするから。」 D「悪食にも程がある。」 S「蛹食ってる奴に言われたかないね。」 D「木の実だ。」 (W登場。片手に皿、片手にジョッキ。置くと言うより“うっかり取り落とした”ような勢いでテーブルに皿とジョッキを置いて去る。テーブルの上には、ステーキの皿と、ミントパフェ(大)。黙って見つめる2人。) S「……惜しい。あとちょっと。」 (Chit Chatのロゴが左から右へ流れる。軽快な音楽。) S「(器の中の緑色のものをスプーンでぐるぐるかき回しながら)髪の毛はどう?」 D「お前の?」 S「俺のじゃなくてもいいんだけど。」 D「お前のじゃないなら、何が“どう?”なんだ?」 S「燃えると臭いもの。」 D「ああ、それも臭いだろう。蛋白質の焼ける臭いだ。」 S「ドライヤーかけすぎると、ふと、そんな臭いすることない? 燃えてもいないのに。」 D「密かに燃えてるんだよ、それは。ドライヤーを頭に近づけすぎてるんだ。」 S「そうでもない。10センチは離してる。」 D「“30センチ離せ”って母親に言われなかったか?」 S「言われなかった。“早く乾かせ!”って言われてた。“まだかまだか!”って。」 D「変わったお袋さんだな。」 S「(何かの顔真似で)“まだかまだかまだか!”って。……ほら、うち女兄弟多いじゃん。でも、ドライヤーは1台しかなかったんだよね。だから、朝はもう取り合い。」 D「買えよ、ドライヤーくらい。お前んち、貧乏じゃないだろう?」 S「うん。でもね、皆、そのうち誰かが買うはずだ。そしてそれは自分の役割ではない、って思ってたんだね。」 D「ああ、わかるぞ、それ。」 S「アンタんちもそうだった?」 D「いや、そこじゃない。そのうち誰かが何々するはずだ。そしてそれは自分の役割ではない。ってとこ。そうか、あの性格は遺伝的なものだったのか。」 S「ああ、そっちの件ね。」 D「もう少し早くわかっていればな。」 S「どうにかなったかも、って?」 D「ああ。」 S「わからなくてよかったんじゃん?」 D「何でだ?」 S「早くわかりすぎてたら、デビーには会えなかったんだし。」 D「……それもそうだ。」 S「ま、そのうちデビーもそんな感じの子になるんだけどね。」 D「そんなことはない。」 S「なるって。この前、“オモチャを片づけろ”って言われて、“アタシのじゃない!”って主張してたよ。」 D「ほう。」 S「“だって、デビーがこれで遊んだんじゃん”って言ったら、“確かに遊んだけど、もう飽きたからスティーブにあげたの。だから、アタシのじゃない”だってさ。」 D「……済まないな、いつも。」 S「でもって、くれるんなら持って帰ろうと思って、カゴにレゴとか縫いぐるみとか集めたら、“やっぱり気が変わった”って取り上げられた。あれ、確実に母親似だね。」 D「似なくていいところが似るんだな。」 S「え、それじゃ、似て欲しいとこって、どこよ。」 D「……咄嗟には思いつかないな……ああ、あれだ、靴のセンス。」 S「へ?」 D「靴のセンスがいい女に弱いんだよ。ま、それだけで決めちゃいけないってことは、高い授業料払って学んだけどな。」 S「それって、緑のパンプスとか、トカゲが足の甲についたビーチサンダルとかのこと?」 D「ああ、干したトカゲな。何年か前のビーチパーティーで履いてたよな。」 S「朝にはまだトカゲ生きてたよね。」 D「生きてたのか?」 S「うん。朝見た時は確かに生きてた。何か、腹の辺りを支点にしてくるんくるん回ってた。夕方見た時はもう干からびてたけど。」 D「……そう言えば、暑かったよな、あの日。」 S「そんなの履いてるなんてどうかしてるよね、やっぱり。」 D「……前衛的だとも言える。」 S「そういう言い方もできないこともない……かもしれなくもない。」 D「正直に言えよ。“そうは思わない”って。」 S「言ったら、あんた、傷つかない?」 D「つかない。“ああ、そうかもな”と、即行で自分の考えを改める。」 S「改めたいんだ。」 D「今ちょっと改めたくなった。これからの人生で同じ過ちを繰り返さないために。そうか、生きてたのか、トカゲ……。」 S「いい心がけだね。祝福するよ。」 (S、溶けたパフェをぐぐっと一気飲み。) S「……くはあああ。痺れるぜ、ミント。……そうだ、祝福ついでに、椅子買ってあげようか?」 D「椅子ならうちに嫌と言うほどある。1、2、3、……7脚だ。」 S「何で7脚もあんの。」 D「わからん、気がついたら増えてた。」 S「(小声で)ああ、ワイズマンさん……。」 D「で、何でお前に椅子買ってもらわにゃならん。」 S「だって、買いたいんだもん椅子。イームスの椅子。」 D「焦げてて縮んでて臭いやつをか?」 S「うん。だって、今回を逃したら俺、イームスの椅子を買う機会なんてない気がするんだもん。」 D「そんなに欲しいなら買えばいい。だが、俺は要らん。」 S「何で? イームスの椅子だよ? 女の子に、“部屋に来ない? イームスの椅子あるんだぜ”なんて言ったら、もうメロメロなイームスよ? それも、前衛的でない、普通にオシャレな子がよ?」 D「……うーん。ちょっといいかな。」 S「あと、焦げ臭い匂いが好きな子も。」 D「そうだ、焦げて縮んで臭いんだった。いかんいかん。一瞬忘れてたぞ。」 S「引っかからなかったか。じゃあ、あれだ、こうしよう。俺がイームスの焦げ椅子を買う。買って写真に撮る。で、その写真は俺の家に飾る。」 D「何のために?」 S「決まってるじゃん。女の子が来たら、“イームスの椅子があったんだけど、火事で焼けちゃった”って言うためさ。だって、買ってから焼けたか、焼けてから買ったかなんてわかんないじゃん? だから、イームスの椅子を買ったのに、火事で焼けてしまった可哀想な人、って同情してくれるかもしんない。でもって、同情が愛に横滑りするかもしんない。」 D「それは一理あるな。」 S「でしょ? だから、俺が買って、写真に撮って、本物をあんたに回す、と。」 D「ちょっと待て。何で俺に回す?」 S「だから、改心祝い。」 D「焦げ椅子貰って、俺はどうすればいいんだ?」 S「さっき言ったじゃん。写真に撮るの。」 D「俺もその手を使うのか。」 S「うん、それで、女の子を部屋に呼んで、“イームスの椅子があったんだけど、火事で焼けちゃった”って言う。」 D「で、実物は?」 S「どうにでもして。あ、あれだよ、アーロンにでもあげ……。」 (唐突に切れる。) |
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