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Chit Chat #5 |
塩の粒を数えよう |
(Dの前にはポタージュの皿、Sの前にはソーセージ・エッグの皿。) D「塩取って。」 S「うん。」 (S、Dに塩を渡す。D、ポタージュに塩をかける。) S「(ソーセージを切りながら)かけすぎじゃない?」 D「(スプーンでぐるぐるスープをかき混ぜながら)何が?」 S「塩。ササア〜って出たよ、今。」 D「そんなに出てない。」 S「出たよ。今、3秒くらい引っくり返ってたじゃん、ボトル。」 D「3秒? 2秒じゃないのか。」 S「1、2、3……ううん、3秒。結構な量だった。」 (D、スープを一口飲む。) D「うん、ちょうどいい。」 S「本当に?」 D「ああ。飲んでみるか?」 S「どれ。」 (D、スプーンでスープを掬ってSに差し出す。S、首を伸ばしてスプーンを咥える。) S「不味い。」 D「わかってる。ここの日替わりスープは美味かった試しがないからな。」 S「味がない。もとい、デンプンの味しかしない。それなのに何かの“皮”が舌に当たる。」 (D、遠くにある日替わりメニューのボードを目を細めて見つつ。) D「グリンピースの皮だな、メニューによれば。」 (S、頷いて塩を取り、Dのスープに入れようとする。) D「おい、何をする!」 (と、Sの手首を掴んで止める。) S「もっと塩入れない?」 D「塩分は十分だろ。コイツに足りないのは“味”だ。」 S「だから塩で補おうよ。」 D「お前、俺を血圧で殺す気か。」 S「大丈夫だって、高々数十粒の塩で人は死なない。」 (と、言いつつS、スープの皿に塩を投入しようとする。D、その塩を掌で受け止めて投入を阻止。) S「何すんの。」 D「だったら放っておいてくれ、俺のスープのことは。」 S「あんた、日替わりスープはどうせ残して俺に回すじゃん。」 D「回ってきてから塩入れろ。」 (D、塩の乗った自分の掌を眺めつつ。) D「えーと、これどうするか。あ、そこか。」 (D、Sの目玉焼きの上で手をパンパンして塩を落とす。) S「何すんだ!」 D「え? だって、もったいないじゃないか、塩。」 S「だからって、俺の卵ちゃんに!」 D「お前が呼び出した塩の粒たちだ。お前が面倒見るのが道理ってもんだろ。」 S「人でなし! あんた、俺を脳卒中で殺したいのか!」 D「あとでスープに入れる塩を減らせばいいだろう。」 S「スープの塩と目玉焼きの塩とじゃ、同じ塩の量でも塩分が違うのに!」 D「……言ってる意味がわからんのだが。」 S「わかれよ。違うだろ?」 D「だから、何がだ?」 S「塩の塩分が。」 D「いいか、スティーブ。深呼吸をして落ち着いてから、もう1回、お前が何を俺に訴えたかったのか話してみろ。」 S「よーし。」 (S、フォークとナイフを持ったまま、目を閉じて深呼吸をする。) S「ええと、俺が言いたかったのは、スープに塩を入れて“これでOK”と思う塩の量と、目玉焼きにかけて“これでOK”と思う塩の量は違うってこと。どう、わかった?」 D「ああ、わかった。確かにそうだな。簡単に言うと、適切な1食分の塩分量が違う、と。」 S「その通り!」 (と、S、目玉焼きの白身を口に運ぶ。) S「塩っぺー!」 D「当然だろ。」 S「そっか。かけすぎだもんな。……って、俺、何納得してんだよ!」 (S、紙ナプキンを取って、目玉焼きの表面を拭う。) D「さっきの塩は、このぐらいだったかな。」 (D、塩を自分の掌に取り、Sに見せる。) S「うーん、あと0.5秒ぐらい。」 D「塩の量を秒数で表すのは、あれだ、ウースターソースと一緒だ。」 (と言いながら、D、0.5秒分の塩を掌の上に追加。) S「あと、ソイソースも。それからオイルとかビネガーとかワインとか。そうそう、その量。ばっちり間違いなし。」 D「これが、お前にとって過剰量の塩ってわけだ。」 S「そして、あんたのスープに必要な量。」 D「何粒あると思う?」 S「はあ? んなの、わかんねえよ。」 D「俺の勘では、250粒。」 S「250? 100ぐらいじゃん?」 D「賭けるか?」 S「じゃあ1ドル。」 (S、ポケットから財布を出し、1ドルをテーブルの上に置く。) D「俺は奮発して5ドル。」 (D、ポケットからくしゃくしゃの札を出して、テーブルの上にバンと置く。) S「何で、こんなのに5ドルも?」 D「自信があるからな。本当にお前、100粒でいいな?」 S「いいよ、100粒以下に1ドル。」 D「それじゃ、数えよう。半分任せた。」 S「うん。」 (D、掌の上の塩を半分ほど、Sの手の上に移す。) D「ズルはなしだからな。フェアに数えよう。」 S「オッケ。」 (DとS、掌の上の塩を数える。) D「……10。……20。……30。」 (D、小指で掌から塩を少しずつ弾き落とす。) (S、人差し指の腹につけた塩をじっと見つめている。) S「159! これだけで159かよ。次。」 (S、人差し指についた塩を床に落とし、再び掌の塩を人差し指につけて数える。) D「……260。……270。……280。」 S「137! 合計で296か。次。」 (それぞれ数え続ける。所々フィルム早回し。) D「……1430。と、7。ふう、こっちは1437だったぞ。」 S「1742プラス161で1903!」 D「と言うことは、えー、総計3340粒!」 S「終わった!」 D「さてそれで、これは俺の勝ちか? 少なくとも、お前の勝ちではないよな。」 S「250と3340じゃ違いすぎるよ。10倍以上違う。」 D「じゃ、お流れってことで。」 (2人、テーブルの上の金を回収し、背凭れにぐったりと寄りかかる。) S「ああ、疲れた。塩の粒って案外細かいんだな。」 D「……スープが……冷めてる……。」 S「目玉焼きも、冷めて固くなってる。」 D「……スープも……ぶりぶりに固まってる……。」 (D、スプーンでスープの表面をぺちぺちと叩いた後、スープ皿をSの方に押しやる。) S「塩、3340粒入れてよ。ここに。」 D「もう数えたくない……。」 (目を閉じて頭を後ろに倒すD、塩のビンに手を伸ばすS。) (Chit Chatのロゴが右から左に流れる。軽快な音楽。) (DとSの前にはコーヒー。コーヒーを飲みながら新聞を読むD。ガラスに向かって口を開けるS。) D「……何してるんだ、さっきから。」 S「いや、塩分摂りすぎて、唇が腫れちゃって。」 D「相当な量かけてたもんな、塩。それと、ウースターソースとマスタード。」 S「(ガラスに向かって百面相をしながら)いや、あれは、ここの日替わりスープのある種の完成型だったね。」 D「そうか?」 S「(定位置に戻って)ウースターソースとマスタードを加えてこそのグリーンピースのポタージュだってこと。」 D「ああ確かに。緑だったスープが、茶色に黄色の渦んなった時にはどうなることかと思ったけど、一応人間の食い物の味にはなってたな。」 S「だろ? 料理のセンスはね、俺これでも結構自信あんのよ。コレ、コレもんで!」 (と、S、フライパンを反す仕草。) D「何だそりゃ、新しいダンスか?」 S「失礼な。中華鍋振ってフライドライス作ってんの! 俺、学生時代のバイトがチャイニーズのケータリング屋だったから、中華はお手のものなの。」 D「そりゃ初耳だな。」 S「初めて言ったもん。でね、そこの店のオヤジが俺の才能に惚れ込んじゃってさ、学校辞めて後を継がないかって誘われたんだけど……あ、来た!」 (S、テーブルをバンバン叩き、Wが来る前にDと自分のコーヒーカップの位置を交換。W、来て、Sの前のカップにお代わりを注いで去ろうとする。) S「(Wのエプロンを掴みながら)待って! 待って! あっちにも!」 (W、オウ、とSの手を叩き落とし、忌々しそうにSのカップに少量のコーヒーを注いで去る。D、黙ってカップを交換する。) S「何でわかったんだ? 俺とあんたのカップが入れ替わってるって。」 D「カップの色が違うからだろ。俺のはブラウンの縞模様で、お前のはブルー。」 S「あ……気がつかなかった。もしかして、いつもそう?」 D「いつもは知らん。だが、今日はそうだ。」 S「もしかして、一人一人決まってんのかな、色。」 D「さあな。」 S「何色あるんだろ?」 (S、辺りを見回す。) S「えーと、白地にブラウン、ブルー、黄色、赤……4色か。で、あんたがブラウンで、俺がブルーなんだね。」 D「決まってはいないんじゃないか? わざわざ選んで使うの面倒だろう。ランダムに持ってきて、テーブルに置いた時点で覚えると見たね。」 S「じゃあ、コーヒーが来た時点で、ささっと取り替えておけばいいわけだ。で、お代わりの段階で戻す。」 D「何のために?」 S「俺がお代わりを貰うためさ!」 D「ちょっと待て。それじゃ俺のお代わりはどうなる?」 S「いいじゃん、いつも貰ってるんだから!」 D「そういう問題じゃないだろう。」 S「譲ってくれよ、お代わり権。水分摂らないと、今、俺、塩分の摂りすぎで唇の感覚ないんだもん。あ、よだれ垂れちゃった。」 (S、ペーパーで口を拭う) D「……『唇によだれ』って、主演誰だったっけか?」 S「何それ?」 D「フランス映画だ。……お前に聞くんじゃなかった。知ってるわけなかったな。」 S「失礼な、知ってるさ、フランス映画くらい。こう見えても、ヌーベルバーグにゃ一家言あるんだぜ。」 D「ほう。」 S「(ちょっと考え込んで)そうさなあ、『唇によだれは』……あ、あれだ、シャルロット・ゲーンスブール!」 D「……そんなに新しい映画だったか?」 S「そうだよ、そう。監督がリュック・ベッソンで、えーと、共演がジャン・ポール・ベルモンド。音楽はセリーヌ・ディオン。」 D「ものすごく俗な映画だな、それ。」 S「いいんだよ、どうせよだれ垂らすだけの映画なんだから。」 D「誰が?」 S「えーと、あれだ、『ハイランダー』の人。」 D「クリストファー・ランバートか。さっきのキャストにいなかったが。」 S「いい芝居してるんだけど、チョイ役なんだよねー。彼がね、よだれ垂らしてんの。」 D「……それで?」 S「で、エマニュエル・ベアールがね、“ちょっと、よだれ垂らすのやめなさいよ!”って言う。」 D「……エマニュエル・ベアールは何の役だ?」 S「彼女は、あれだ、よだれを咎める女。」 D「役名はないのか?」 S「うん。チョイ役だから。」 D「チョイ役の話はいいから、メインの登場人物について教えてくれよ。」 S「メイン……って、誰だっけ。」 D「シャルロット・ゲーンスブールだ。お前の説によると。」 S「そうそう、シャルロット。彼女はね、タクシーの運転手。」 D「ほう。」 S「それが、すんごい速いタクシーで、目にも止まらないんだよ。」 D「停めにくいな。」 S「そう。なかなか停まらないから、商売はいつも上がったり。……って、どうよ、ヌーベルバーグっぽいだろ?」 D「確かに、チョイ役の男がよだれを垂らして、チョイ役の女がそれを咎めて、たったそれだけのことが映画のタイトルになっているってのはヌーベルバーグっぽい斬新さがある。」 S「だろ?」 (S、満足そうに笑う。) D「リュック・ベッソンとタクシーという繋がりも、正しい。しかし、だ。」 S「しかし? 何かまずいことでも?」 D「ああ、まずすぎだ。リュック・ベッソンはヌーベルバーグじゃなくて、ヌーベル・ヌーベルバーグ派の監督だ。」 S「ヌーベル・ヌーベルバーグ? 何それ?」 D「ニュー・ニューウェーブってこった。ヌーベルバーグ即ちニューウェーブよりもさらに新しい。生活臭のないキッチュな人工的空間、強烈なまでに誇張されたポップな物語が特徴だ。ヌーベル・ヌーベルバーグの口火を切ったのが、ベネックスによる1981年の『ディーバ』。お前、見たか?」 S「ええと、『ディーバ』って、えー、壁に車が刺さってるやつ?」 D「かなりマニアックな記憶だが、間違っちゃいないな。クールな映像だったろ?」 S「クールって言うか、非日常的だったな。それと、ああ、あのシーン、好きだった。」 D「ディーバと主人公の青年がデートしてるシーンだろ? あれは実に美しかったな。『シベールの日曜日』を彷彿とさせるものがあって、ヌーベル・ヌーベルバーグという括りの中に入っていても、やはりフランス映画なんだって確信したよ。」 S「じゃなくて。レコード屋で万引するやつ。自分のヌード写真が入ったバインダーに、盗んだレコード隠すの。あれ、俺もやろうかと思った。」 D「自分のヌード写真入れて?」 S「それはなし。俺のヌード写真なんて、鶏ガラの写真と大差ないし。」 D「鶏ガラの方がまだ美味そうだ。」 S「それから、あの殺し屋。“何々は嫌いだ”っていっつも言ってた奴。あれも、いい味出してたね。」 D「俺はどうも、あの2人組の殺し屋が『シャレード』の殺し屋たちと混ざるんだ。エレベーターのせいもあるのかもしれんが。」 S「は? 『シャレード』? それもヌーベル・ヌーベルバーグ?」 D「何言ってんだ、物語の舞台はパリだが、スタンリー・ドーネン監督、音楽はヘンリー・マンシーニ、主演オードリー・ヘプバーンのあれだよ。」 S「あれって言われても、俺、それ知らない。」 D「映画は見てなくても、音楽は聞いたことあると思うぞ。音楽と言えば、『ディーバ』のあの曲もよかったな。」 S「ああ、あのオペラっぽいの。」 D「オペラのアリアだよな。何て曲だったっけか……。」 S「知らない。」 D「んー……ダメだ、思い出せない。あとで調べておいてくれ。」 S「俺が? どうやって?」 D「CD屋へ行って、映画音楽のコーナーで『ディーバ』のCDを探せばいいだけだ。」 S「わかった、明日はCD屋行く時間あると思うから、探しとく。」 D「どうした? やけに素直だな。」 S「うん、俺も映画音楽で1つ探したいのあるし。」 D「ほう、何て映画のだ? 事によると、俺が既に持ってるかもしれんぞ。」 S「あ、そしたらCD貸して。映画のタイトルはね、『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』っての。」 D「あれか。」 S「そう、あれ。CD持ってる?」 D「いや、あれはない。」 S「だろうと思った。あんたがあの映画のことを知ってたってだけでも、俺は幸せだ。」 D「あの続編見たか?」 S「見てない。続編なんてあんの?」 D「2、3あったと思う。1つは、キラー・トマトがフランスで大暴れする話だった、かな?」 S「ヌーベル・ヌーベルバーグ?」 D「まさか。」 S「……トマト食べたくなってきたな。オイスターソースで中華風に炒めたやつ。」 D「オエッ。トマトは生で塩!」 S「塩はもういいよ。」 D「そうだったな。……今日はもう帰るか。」 S「うん。」 (ポケットを探る2人。フェイドアウト。) |
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