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Chit Chat #4 |
ケチャップと伝書バトとの関係 |
S「(貧乏ゆすりしながら)あー腹減った。背骨が腹筋に食い込みそうだ。」 D「落ち着けよ。もうすぐバーガーが来る。」 S「その数分が待てない。砂糖舐めていい?」 (と、砂糖の瓶に手を伸ばす。) D「やめろ、みっともない。」 S「いいじゃん。このままじゃ、脳に糖分が足りなくって無口になりそうなんだよ。」 (砂糖の瓶を引っ繰り返して振りながら。) S「あれ? あれ、出ないぞ。」 D「固まってるんだろ。」 S「えい、えい!」 (と、振る。砂糖、どばっと出てSの掌から溢れ、テーブルに小山を作る。) D「あーあー、言わんこっちゃない。」 (S、幸せそうに掌の砂糖を舐める。D、顔を顰める。) S「うえっ。」 D「どうした。」 S「やられた。人工甘味料だ。」 (D、砂糖の瓶を見ながら。) D「ちゃんと読め。スイートン・ロウって書いてある。本物の砂糖の瓶はこっち。」 (D、別の瓶を手に取り、差し出す。S、手やテーブルや膝に落ちた粉をパンパンと払って、受け取る。) D「おい、振りまくなよ。床で溶けたら靴の裏がニチャニチャするだろ。」 S「平気。スイートン・ロウはそう簡単には溶けない。少なくとも、次回店員が掃除するまでは、粉でいてくれるよ。」 D「この店、いつ掃除してんだか怪しいもんだぜ。大体、掃除してるの見たことないし。」 S「俺も見たことない。けど、この程度の衛生状態を保ってるってことは、2日に1度くらいは掃除してるんじゃない? ……お、来た来た。」 (W、来る。ハンバーガーの皿2枚とコークの乗ったトレイを両手に持ち、片方を出し出す。) D「あ、ピクルス抜きは俺。」 (W、頷いてDの前に皿を置く。残った方の皿を乱暴にSの前に置き、適当な場所にコークを2つ置いて去る。) S「おっ、美味そう。」 D「毎度のことながら、炭みたいに焼けてるよな、ここのパテ。」 (2人、しばし無言でケチャップをかける等して自分のハンバーガーを作る。) S「(マスタードをかけながら)ねえ、ギリアムが婚約したの知ってる?」 D「(パテにケチャップを盛大にかけながら)知らん。ギリアムって誰だ?」 S「俺の同僚。」 D「知るわきゃない。」 S「それがさあ、ギリアムの婚約者ってのがさあ……。」 D「ギリアムの説明はそれで全部か。」 S「うん。取り立てて特徴のない男だし。」 D「何でそんな、特徴もない赤の他人の話を俺にするんだ。」 S「だから先を聞けよ。ギリアムの婚約者ってのがさ、どうやら知ってる奴みたいなんだよ。」 D「ああ、そういう繋がりか。で、相手は誰だ? 俺の知ってる女か。」 S「ルシンダ。ヘソ出してんのに年中ブーツの。こないだ、婚約パーティで会ってびっくりした。向こうもびっくりしてたけど。」 D「ルシンダ!? ルシンダは、あれだぞ、ヴェッキオーネさんの愛人。」 S「だよね。前にそう聞いてたから、俺びっくりしちゃってさ。で、ギリアムはそのこと知ってると思う?」 D「知らん。」 S「やっぱり知らないよねえ。」 D「いや、そうじゃなくて、ギリアムがそのことを知ってるかどうかを俺は知らん。大体、ギリアム本体を知らないんだから、知るわけないだろ。」 S「どうでもいいけど、あんた、ケチャップかけすぎ。パテが真っ赤じゃん。それ、そのままバンズ乗っけて持ち上げて食ったら、絶対垂れるね。」 D「大丈夫だ。こうして……。」 (ゆっくりバンズを乗せ、両手で包むようにゆっくりと押す。) D「じっくりバンズにケチャップを染み込ませてだな……。」 S「うへ、不味そう。」 D「十分染みたら、こうやって……。」 (片手の人差し指と親指でアーチを作ってバンズを押さえる。) D「切る。」 (指の間にナイフを入れ、ハンバーガーを真っ二つに切る。) S「お見事。」 D「そして、もう1回。」 (D、半分になったハンバーガーを、それぞれ2つに切る。) S「そんなに切ってどうすんのさ?」 D「食うに決まってるだろ。4つに切れば、一口サイズになって食べやすい。」 S「それ、一口で食えんのか?」 D「ああ、一口だ。しかし、ダイエッターである俺は、この4口のハンバーガーを3口しか食べないことに決めた。」 S「3口で4つ?」 D「違う違う、3つだけ食べるんだ。」 S「じゃ、あとの1つはどうすんだ? 俺はいらないぞ、そんな赤いもん。」 D「俺だって、お前の食ってるそんな黄色いのはいらん。」 S「美味いぜ? マスタードの味しかしなくって。」 D「マスタードの味を味わいたいんだったら、ハンバーガーじゃなくてマスタードを頼めばいいだろう。」 S「メニューにマスタードないもん。」 (S、幸せそうにハンバーガーにかぶりつく。ハンバーガーの尻からマスタードがでろりと垂れ、皿の上に落ちる。) D「お前の味覚、狂ってるんじゃないか?」 S「かもね。俺、ケチャップ嫌いだし。」 D「ほう、珍しい。そんな人間もいるんだな。」 S「うん、いるんだ。トマトもトマトソースも平気だけど、ケチャップだけはダメ。……で、残り1個の真っ赤なヤツ、どうすんの? 廃棄?」 D「持って帰って、窓辺に置いておくんだ。」 S「何のために? 新しいおまじないか?」 D「窓辺にケチャップたっぷりのハンバーガーを置いておけば、今週の金運アーップ! ……てのは冗談で、ハトが食いに来るんだ。」 S「ハト? 鳥のハトか?」 D「他に何のハトがいる?」 S「ま、普通、ハトって言ったら鳥だけどさ。あの、平和のシンボルのハトだろ? 肉なんか食うのか?」 D「食うようだ。ケチャップも。……いや、肉はついでで、ケチャップが目的なのかもしれない。」 S「バンズが目的なんじゃないか? スズメにパン屑やったりするんだし。」 D「カラスは肉食うぞ。」 S「でも、ケチャップだけ置いておいたって、カラスはケチャップ舐めないだろ。」 D「実験したのか?」 S「してないよ。うちにはケチャップすらないんだし。」 D「その実験をする場合、ケチャップの蓋は開けておく必要があるな。」 S「何で?」 D「カラスは蓋を開けられないからに決まってるだろ。」 S「そうじゃなくて、俺は、何でそんな実験するんだ、って意味で聞いたの。」 D「カラスがケチャップ愛好家かどうかを確かめるために。」 S「何でカラス?」 D「カラスは肉を食うことが確かめられているからさ。」 S「それは俺も聞いたことがある。でも、俺たちハトについて話してなかったっけ?」 D「ハトもカラスも同じ鳥類だ。」 S「じゃあスズメで実験した方が穏やかそうな気がするけど。」 D「そうだな、カラスに突つかれたらかなりダメージが高そうだ。」 S「ってかさ、鳥のことだったら、あいつに聞いてみりゃいいんじゃないかな?」 D「テリーか!」 S「鳥ババアでも可。」 D「しかし、奴に相談する前に、1つ俺のエピソードを聞いてくれ。」 S「聞いてやる。」 D「あれは俺がまだ公園の向かいのオフィスに勤めていた時のことだ。」 S「どこの公園?」 D「そこの。」 S「あの辺に勤めてたことあったのか。」 D「あったんだ。当時、ランチは公園のベンチで食べることにしてたんだけどな、天気のいい日は。」 S「俺、雨ザーザーの日に公園のベンチに1日中座ってたことある。」 D「何だと? そんなことしたら風邪引くだろ。何でそんなことしたんだ?」 S「風邪引いて肺炎起こして死ねたらいいのにって思ったから。」 D「でも死ななかったんだよな?」 S「まあね。風邪は引いたよ。そんで、俺の風邪が移って、ガードナーさんが肺炎になって死んだ。」 D「誰だ、それ?」 S「当時仲よかった人。」 D「そりゃ今は仲よくできないだろうしな。」 S「うん。あん時はだいぶヘコんだよ。ブレークさんが死んだ直後だったし。」 D「お前、死神か? なぜお前の周りでそんなに人がバタバタ死ぬんだ?」 S「みんな年だから。」 D「ああ、そっちの方面のオトモダチね。……さて、話を戻すぞ。暗い顔してんじゃない、口の横にマスタードつけて。ある日の昼、俺はハンバーガーを買って、マイ・ケチャップのボトルを横に置いてベンチに座った。」 S「……。」 D「突っ込み入れろよ。」 S「ごめん。えと、マイ・ケチャップなんて持ち歩くなよ。」 D「ありがとう。別にいいだろ、ケチャップ好きなんだから。そして、ハンバーガーにケチャップをたっぷりとかけた。今日みたいにな。そうしたら、どうなったと思う?」 S「ハトが来た?」 D「そうだ、噴水の周りにいたハトが一斉に俺の方にやって来た。それも、徒歩で、だ。クルックー、クルックー、のしのしのしのし。頷きながらな。ありゃあ恐かった。」 S「で、ハンバーガーはどうなった? ハトに食われた?」 D「公園のハトとは別のハトに取られた。」 S「公園のハトとそのハトはどこに違いがあるんだ? 俺にはどのハトもただのハトに見えるけどな。」 D「あれは伝書バトだった。脚に筒がついてたから間違いない。飼いバトのくせに、俺のハンバーガーを丸ごと1個盗んでいったんだ。」 S「丸ごと? どうやって?」 D「ハンバーガーの包み紙がこうあって……。」 (D、正方形を示す。) D「ここにハンバーガーが乗ってて、こう、くしゃくしゃってなってるだろ。」 (架空のハンバーガーを包装紙で包む素振り。) D「で、こう開いて、こう持つ。」 (片手でハンバーガーを持っている振り。) D「この紙の端のところを、うまくクチバシと足で掴んでいったんだ。」 S「それ、飼い主に命令されたんじゃないか?」 D「ハンバーガー取ってこいって? 犬じゃあるまいし、伝書バトは手紙を届ける程度のことしかできないだろう。」 S「じゃあハトの自由意志で?」 D「ああ、多分な。どこかの国では、コンドルがトーフの加工品を盗むらしい。」 S「トーフ? ブラマンジェみたいなやつだよな。それを鳥がどうやって盗むんだ? 容器ごと?」 D「詳しいことは俺も知らん。恐らく、器用なんだろうよ。」 (Chit Chatのロゴが右から左に流れる。軽快な音楽。) (ダイナーの窓越しに、道端に置かれた真っ赤なハンバーガー1/4のアップが3秒。少しパンして、真っ黄色なハンバーガー1/5のアップが3秒。後、いつものアングルに戻る。) (S、時計を見ながら。) S「来ないじゃん、鳥。」 D「ああ、来ないな。」 S「やっぱりケチャップ多すぎるんだよ。あんたのバーガー、ここから見ると、血まみれの小動物の死体にしか見えないもん。」 D「お前のバーガーこそ、金髪の部分カツラに見えるがね。大体、マスタードの刺激臭が動物を遠ざけてるんだ。俺のだけなら、もう今ごろは鳩がダース単位で来て、くちばしを真っ赤に染めて歓喜の歌を歌っているはずだね。」 S「そうかなあ。」 D「まあ黙って見てろ。急いては事を仕損じる。人事を尽くして天命を待てだ。」 S「何それ。」 D「東洋の言い伝え。前者は、急ぐと碌なこたあないって言う意味で、後者は、やるだけやったらあとは神に任せろっていう意味だ。」 S「神って言うより、鳥任せだけどね。」 D「同じようなもんだ。」 S「神と鳥が同じようなもの? どの辺が?」 D「どっちも思い通りにはならない。」 S「大雑把な括りだな。」 D「そうかな、洒落た喩えだと思ったんだけどな。」 S「その括りで言うと、俺の顧客のほとんども神と同じようなもんってことにならない?」 D「思い通りにならないのか、顧客。お前、苦労してるんだな。」 S「もう大変よ。今日なんて、朝8時の約束でパーネヴィックさんの家に行ったんだけどさ、途中でローランドさんに見つかっちゃって、一悶着。」 D「ほう。」 S「わかってはいたんだよ。その通りにはローランドさんちがあるから、朝は気をつけなきゃいけないって。でもさ、パーネヴィックさんも急いでたし、俺も直行だったから、自分の車で行ったじゃん? まさか見つかるなんて思わなくてさ。」 D「でも見つかってしまったと。」 S「そう。足音立てないように何とかローランドさんちを通り過ぎて、パーネヴィックさんちの裏口に張りついた瞬間、ローランドさんちのバカ犬に吼えられて、パー。グラサンかけて変装までして行ったのに。」 (D、窓の外を見ながら。) D「ほほう。」 S「大体ローランドさんの担当は元々は俺じゃなかったんだよ。それをカーラが……カーラってほら、覚えてるよな、ボーリング大会であんたと同じチームで、こう、手の甲を前にした変なスピン玉投げる子ね。そのカーラがさ、人の名前のスペル覚えないんだよ。」 D「ほう。」 (D、聞いちゃいない。) S「だから、覚えてるのは俺の苗字とケンの苗字くらい。日本人2人に至っては、名前が混ざっちゃって、どっち宛ての指示書かわかんないものが上がってくるわけ。サナダとタナカなんだけど、タナナとか、サナカとかサダナカとかサダムとか、適当書きやがるのさ……。」 D「(小声で)来た来た!」 S「何? 鳥?」 (2人、窓の外に注目。) D「あれは……。」 S「猫だね。」 D「少なくとも鳥ではないな。」 S「間違いなく猫だって。匂い嗅いでる。」 D「俺のバーガーの周りを前足で掻いてるぞ。」 S「あれは、臭いものを埋める仕草なんだって。猫って糞を砂に埋めるじゃん。あの動作がそれ。」 D「俺のバーガーが糞レベルだってことか?」 S「そうなんじゃない?」 D「今度はお前のバーガーの匂いを嗅いで――」 S「……逃げてったな。」 D「一目散でな。……お前、猫飼ってるんだっけ?」 S「何も飼ってないって前に言ったろ。」 D「そうだったか? じゃ何で猫の行動に詳しいんだ? 実はダイアンの猫を密かに可愛がっていた過去があったとか?」 S「パーネヴィックさんちやガードナーさんちにいたからさ。」 D「うん、お前がその2軒にいただろうってことは、話から推測できる。で、それと猫の糞と何の関係が?」 S「いたのは俺じゃなくて猫! 俺もいたこたいたけどね。」 D「ああ、ああ、なるほど、猫な。お前、猫のシモの世話までしてたのか?」 S「猫は俺の担当じゃない。動物の係がちゃんといる。もとい、いた。」 D「死んだのか?」 S「まだ。もうちょっとってとこ。」 D「何だよ、それ。今、危篤状態なのか?」 S「いや、危篤じゃないけど。話しただろ?」 D「どの話の誰――お、来た来た!」 (D、窓の外に顔を向け、テーブルの上のSの前腕をバンバン叩く。) S「どれ?」 D「鳥だよ、鳥!」 (D、さらにバンバン叩く。が、Sは腕をその場所からどかす。) (Wが来て、Dのカップにコーヒーを注いで去る。) S「ホントだ、鳥だ、飛んでる飛んでる!」 D「俺のバーガーの上でグルグルパタパタ飛んでるぞ。」 S「蝶みたいに飛んでるね。ハチドリかな?」 D「いやあ、あの飛び方はハチドリじゃなくて……。」 S「じゃなくて、何?」 (D、座り直してSの方を向き、視線をSから外してコーヒーを啜る。そして溜息。) D「ハチドリじゃなくて、あれは……コウモリだ……。」 S「コウモリィ?」 D「よく考えてみようじゃないか、スティーブ。今、何時だか知ってるか?」 S「0時ちょい前。」 D「鳥ってのは、フクロウやミミズク以外、夜目が利かない。したがって、この時間、鳥と言ったらフクロウかミミズクくらいしか活動していない。ハトやカラスやスズメは、現在、ぐーっすりとお休みになっておられる。」 S「ってことは、今いくらハンバーガーを眺めていても、フクロウ、ミミズク、コウモリ、猫以外は現れない、と。」 D「ネズミも来るかもしれんが。人も。」 S「でもさ、俺の気のせいかもしれないけど、コウモリ、ケチャップ舐めてる。」 D「何だと?」 (D、窓にへばりつく。) D「おおおお、舐めてるよ舐めてる。美味そうに。」 S「あ、2匹になった。」 D「超音波で仲間を呼んだんだ。“美味いものがあるぞ、キーキー”って。」 S「俺のバーガーには見向きもしないな。」 D「食いもんじゃないって判断したんじゃないか?」 S「マスタードは大人の味だから、コウモリにはまだ無理かも。」 D「まだってことは、いつかコウモリも年を取ればマスタード好きになるかもしれないって言ってるのか、お前。」 S「そういうわけじゃ――危ない、車!」 (窓の外、ハンバーガーのある辺りを車が通過する。その途端、窓に赤いものが降りかかる。) (D、窓ガラスについた赤いものに目を向ける。) D「これは……ケチャップか?」 S「もしくは、コウモリの血……だな。」 D「超音波で、車が来るのを感知できなかったんだろうか?」 S「きっとケチャップに夢中になりすぎたんだよ。」 D「……俺は今、途轍もない後悔の念に駆られている。俺のせいで、2頭のコウモリが、その無垢な命を落としてしまった。俺が彼らにケチャップの味を教えてしまったばっかりに……。」 (D、テーブルに顔を伏せる。) S「たかがコウモリ2匹じゃん。くよくよすんなって。オネエさーん、コーヒーお代わり! あと、窓が汚れたから拭いといて!」 (明るい顔で、Sが空のカップを振る。) |
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