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Chit Chat #12
映画を見た
S「昨日の夜さ、久し振りに映画館行ったんだ。」
D「ああ、だから、昨日はお前、ここに来なかったんだな。」
S「あんた、昨日も来てたの?」
D「昨日今日だけじゃなく、ほとんど毎日来てるぞ。」
S「週に1回か2回だけかと思ってた。俺みたいに。」
D「週に1回か2回は、来ないこともあるがな。」
S「でも、俺がここ来ると、100%あんたいるじゃん。」
D「たまにいない。ディナーに誘われたりもするんでね。」
S「へえ、ディナー。……デート?」
D「いや、仕事関係の。」
S「期待して損した。」
D「で、どうだった?」
S「“ちぇっ、つまんねえの”って感じ。」
D「と言うと、前評判はいいくせに、実際に見てみると、盛り上がりに欠けるイギリス映画か?」
S「は? あ、ああ、違う違う。映画のことじゃなくて、あんたがデートでフレンチか何か食べに行って、その後、洒落たバーで薀蓄垂れて、運がよければその後に食後の運動したのかと期待したのに、それがあっさり否定されて“ちぇっ、つまんねえの”なわけ。」
D「俺は、お前が昨晩見た映画について聞いたんだ。改めて聞くぞ。で、どうだった?」
S「エアコンが壊れてて臭かった。」
D「また臭い話かあ?」
S「臭い話じゃなくてもいいんだけど、昨日の映画の感想としちゃ、第1は“臭かった”。」
D「何がそんなに臭かったんだ? 言っておくが、俺は常識人ゆえ、焼け焦げたイームスの椅子や天寿をまっとうした冷蔵庫が映画館にあるとは思ってないからな。」
S「臭かったのは、十中八九、小便。誰か漏らしたのかも。」
D「また漏れる話か……。」
S「俺たち、話題が限られてんのかなあ?」
D「臭いのも漏れるのもいいとして、つまり、お前が行ったのは、最新設備の映画館じゃなくて、古ぼけた再映専門映画館もしくはポルノ専門館だったってわけか。」
S「再映の方ね。」
D「何やってた?」
S「座って映画見てた。」
D「お前がそこで何をしていたかは誰だって了解してるさ。俺が聞きたいのは、そこで何を上映していたのかってことだ。」
S「西部劇。タイトルは忘れた。」
D「ほう、今時、西部劇を上映することなんかあるんだな。西部劇は20年以上前に死滅したものだと思ってたが。そして、西部劇を見たい奴もその頃に死滅し始め、今頃は死滅していると思ってた。」
S「結構面白かったよ。バンバン撃ち合いしてて。」
D「お前、西部劇が好きなのか?」
S「別に。」
D「じゃあ何で、小便臭い古ぼけた映画館で西部劇なんて見たんだ?」
S「昨日は夜遅い仕事もなかったし、早い時間に食事も出されちゃったし、やることなかったから、何となく、久し振りに映画館で映画でも見るかな、と思って。」
D「なら、ポルノ映画でもよかったのか。」
S「いや、あれは疲れるから。」
D「力を入れて見るもんじゃないだろう、あの手の映像は。“あー、やってるな”くらいの感じでダランと眺めるんじゃないのか。」
S「それ、終わってない? 男として。」
D「ほう。終わってると仰いますか。じゃお前はあれか、場末の映画館の破けた赤ビロードの座席でズボンの前を膨らませて鼻息荒くポルノを見るのか? 男子中学生みたいだな。」
S「違う違う、俺はね、女優を見るの、女優を。」
D「ああいう映画に見るほどの女優は出てないだろう。」
S「いや、結構出てるもんよ。鼻先ちっちゃくする前の***とか、オッパイ作る前の***とか。」
D「やな奴だな。放っておいてやれよ、過去のことなんだから。」
S「意地悪な眼で見てるわけじゃないよ。推理するのさ。この人とこの人の豊胸やった医者は同じだなとか。」
D「……それを知ってどうするんだ。」
S「どうもしない、ただの頭の体操。ほんのちょっとの目尻の皺とか、胸脇の肉のツッパリ具合から共通点を探さなきゃならないから、観察力と洞察力のトレーニングにもなる。」
D「大変趣深い見方だとは思うが、それを推理したって、誰も正解を教えてくれないだろう。」
S「身近に詳しい人がいてね。“当たり”とか“多分そう”とか判定してくれるんだよ。」
D「随分下世話な奴と知り合いなんだな、お前。どこの爺さんだソイツ。」
S「お客さんじゃなくて、もっと身近な人。あんたにも身近。」
D「……アイツか。」
S「うん。すっごい詳しいぜ。」
D「話を変えよう。俺が嫌な思い出に押し潰される前に。えーと、何の話をしていたっけな。西部劇だ、西部劇。で、面白かったか?」
S「うーん、微妙。主人公が生きてる間は面白かった。」
D「ちょっと待て。生きてる間は、って、主人公が途中で死ぬのか?」
S「うん、死んだ。」
D「それ、本当に主人公か? サブキャラじゃないのか?」
S「主人公だよ。だって最初のシーンで馬に乗って登場したんだから。酒場のドアもバーンと開けたし。」
D「うむ、酒場のドアをバーンと開けるのは、西部劇の主人公として必須の行為だな。馬には乗らなくてもいいが。」
S「徒歩で登場? ダサ。」
D「棺桶引きずってな。決してダサくはない。汚らしかったが。」
S「あんた、結構西部劇見てんじゃん。」
D「俺たちの年代の常識程度にはな。で、その主人公、その後どうなったんだ?」
S「ええとね、酒場のカウンターで酒飲んでた。」
D「酒場のカウンターで踊る西部劇の主人公はそうそういない。ギターを弾いて歌ってたのはいたがな。」
S「カウンターの上で? 壊れない?」
D「そう言えば、酒場のカウンターは壊れないな。喧嘩が起こっても、銃撃戦になっても。」
S「グラスは割れるよね。」
D「割れる割れる。西部劇の通は、映画の中で何個のグラスが割れたか数を覚えてるぐらいだ。」
S「あ、それいいね。俺も今度数えてみよう。」
D「お前に向いてる作業かもな。さて、酒飲んだ主人公はどうなったんだ?」
S「チンピラの脇役に絡まれて、店を挙げての喧嘩になった。」
D「よくある展開だな。最後に1人、脇役の奴が残って、主人公と2人で撃ち合いになったろ?」
S「なった。そこでは主人公、勝ったんだけどね。」
D「まあ、その時点で死なれたら、主人公とは言えんだろうしな。」
S「その後、村の女性が登場して、主人公を匿って介抱して、すったもんだあって、女性が殺された。」
D「殺された? まさか、主人公に殺されたわけじゃないだろうな?」
S「よくわかんなかった。誰か別の奴が殺したのかもね。でも、主人公が殺した可能性もなくはない。」
D「ヒロインを殺す西部劇の主人公なんて、主人公の風上にも置けん。」
S「じゃ違うんだ。」
D「ヒロインはどうやって殺されたんだ? 撃たれたのか?」
S「沼に浮いてた。うつ伏せだったから、その女性と同一人物でないかもしれないけど、服装は同じだった。」
D「いい加減だな。ポルノ女優の整形を探すのに使ってる観察眼はどうした?」
S「俺、女性の細部にしか興味ないし。」
D「おいスティーブ、それじゃまずいぞ、男として。」
S「そうかな? あんただって、奇妙な細部に惚れるじゃん。」
D「惚れる惚れないは、興味のあるなしとは違うぞ。とりあえず、男として、女のすべてに興味は持っとけ。」
S「んな、命令されても。」
D「すぐに興味は持てなくても、興味のある振りはしとけ。それが女性に対する礼儀ってもんだ。」
S「それは大丈夫。礼儀はわきまえてるから、生身の女の子と一緒の時は、必ず1人につき3箇所はさりげなく褒めるようにしてる。」
D「ほう、なかなか見上げた紳士的態度じゃないか。……待て待て、妙なもん褒めてたりしないだろうな? “ストッキングの電線がセクシーだね”とか“弛んだ二の腕が美味しそうだね”とか。」
S「そんなこと言うわけないだろ。安心してよ。」
D「安心できそうなことなら、話題に出したりはせん。お前は黒いマニキュアの存在を知らなかったぐらいだからな。そうだ、西部劇なんて見てる暇あったら、女性雑誌を読め。特に女性ファッション雑誌がお勧めだ。」
S「そう言えば俺たち、西部劇の話をしてたんだっけ。ええと、主人公が1対1の対決をすることになって、大通りで撃ち合いをするんだ。」
D「(小声で)逃げたな。」
S「それで主人公が死んじまって、生き残った方の男が放浪の旅に出る。」
D「生き残ったのが主人公なんじゃないか? お前の見間違いか記憶違いだろう。」
S「そんなことないって。だって、主人公は、寝てる時以外ずっと帽子被ってて、死んだのは帽子被ってた方だったぜ。」
D「西部劇の登場人物は、ほぼ90%の男が帽子被ってると思うが? ガンマンであれば、その確率は100%に達する。その“死ななかった男”は帽子被ってなかったのか?」
S「……覚えてない。」


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