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Chit Chat #10 |
なくてはならないもの |
(2人が座るダイナーのテーブルの横を、3人連れの男が通り過ぎる。カメラ、一瞬パンして、3人組を追う。3人が席に着いて、奥のテーブル席は満員になる。) S「今日混んでるね、ここ。何でだろ?」 D「向こうの通りのクローバー・ダイナーが、改装工事で閉店した。」 S「クローバーの客が流れてるのか。で、いつまで休み?」 D「建物自体にゃ手を入れないから、ま、1週間てとこだな。50年代風な内装から、明るいフレンチ・カントリーに趣旨変えするらしい。まあ、50年代風ってのも店主が言い張ってただけで、実際は年代不詳のおもちゃ屋風だったし、そろそろ変え時じゃあないか。」 S「おもちゃ屋って言うより、ガラクタ屋風じゃない? どこもかしこも相当古かったもん。ウィンドウのクローバーの柄、ほとんど剥げてハーケンクロイツみたいだったし。」 D「古いだけじゃなくて、相当悪趣味でもあったな。どこもかしこも緑色で。」 S「そういえば俺、一度だけ入ったことあるよ、クローバー。クライアントと。店内だけじゃなくて、皿もカップも薄緑色でね、ナプキンだけピンクだった。内装と料理で心が荒んでたから、荒地で一輪のコスモスに出会ったみたいで心が和んだもんさ。」 D「心和むナプキンか。そりゃあいいな。ここでも導入してほしいね。」 S「何で? ここのナプキン嫌い?」 D「嫌いじゃないが、ホルダーにぎっちり詰め過ぎてるから、取り出せないじゃないか(怒)。1枚でいいのに、いつも3枚4枚取ることになって、2枚くらい無駄になる。それが俺のエコロジー精神に堪えるんだよ。」 S「和む色のナプキン導入したって、ぎっしり詰めすぎは解消しないけどね。……でもさあ、クローバー、ここより流行ってたんだよね。何でだろ、コーヒーのお代わりがセルフだからかな?」 D「客数で言ったら、どっこいじゃないのか?」 S「だって、今夜、明らかにいつもの倍以上の客が入ってるじゃん。クローバーの閉店の他に、急にここが流行る要因、想像つかないし。」 D「全く想像つかない。いちごフェアもやってないしな。でもまあ、いいことじゃないか、この店にとっては。これを機会に、クローバーよりこっちがいいって思って移動してくる客が少しでもいれば。」 S「そう? 無理だと思うけどね。」 D「言い切るなよ。薄々俺もそうじゃないかとは思うが。」 S「だって、あの奥のカップル、入ってから15分経つけど、まだオーダー取ってもらってない。あっちの客は、オーダーしてから30分経つけど、ビール1杯やって来ない。そして俺たちは、オーダーして……45分。コーヒーは来たけど、料理は来ない。」 D「こんな混んだ日に、稼働してるウェイトレスが奴1人なのが敗因だな。」 S「客の確保どころか、既存の客である俺まで逃げそうだよ。一刻も早いクローバーの再開を望むね。」 D「わかった。現場に言っておく。ちゃっちゃとやれば5日くらいできるだろう。」 S「あれ、あんたんちの受注工事?」 D「ああ、うちで取った。」 S「細かい仕事してんね。」 D「景気も悪いからな。最近は、あれだ、リフォームばっかりだぞ。バーンと建て替えりゃあいいものを、箱だけ残して内装変えてくれとか、2階建てを3階建てに積んでくれとか。」 S「緑一色の店内を、フレンチ・カントリーに変えてくれとか。」 D「色は、また緑みたいだけどな。今朝、店主が事務所で担当のジョナサンと打ち合わせしてたのを、出かける前にチラッと見たんだが、壁紙も、テーブルに嵌めるタイルのサンプルも、全部緑系だった。」 S「うへえ。絶対行くもんか。」 D「厨房に置く消火器まで緑にしてくれって言われて、仕方ないから、ジョナサン、消火器を入れる筒を作ったそうだ。」 S「消火器は赤だよね。緑じゃ消える気しない。もしくは、消火剤じゃなくて、毒液が吹き出るような気がする。」 D「ああ、やっぱり消火器は赤だ。黄色だとバナナの匂いの何かが噴出しそうだし、紫だとスミレの匂いのシャンプーが出そうだ。ところでお前んち、消火器あるか?」 S「うち? ないない。」 D「1本もか。」 S「だって、集合住宅だから、煙とか火が出りゃスプリンクラーが回るし。……1本もかって、たとえ持ってたって1本でしょ、消火器って。そんなに何本も必要なものじゃない。」 D「お前、消火器1本で火がすべて消えるとでも思ってんのか?」 S「消えるんじゃないの?」 D「これだから、消火器を知らない奴ってのは恐いね。一般家庭用の消火器、こんくらいの太さのやつな。」 (D、両手の親指と中指で輪を作る。S、同じように輪を作ってみる。) D「で、高さはこんくらいの。」 (D、両腕を横に広げて、消火器の長さを示す。S、同じように腕を広げる。) D「あれが何秒間、消火液を吹き出すか知ってるか?」 S「知らない。30秒ぐらい?」 D「甘い、10秒ちょいだ。」 S「10秒ちょい? そんなに短かったら、火、消せなくない?」 D「そう、消せない。その上、予想外の強烈な勢いで薬液が噴出するもんだから、よっぽど消火器の扱いに慣れてない奴以外は、火元に命中させることができない。下手すると、噴出の勢いで転ぶ。さらに、火が上がってる時ってのは大体みんなパニクってるわけだから、気がついた時には消火器1本、使い終わってる。」 S「なるほどね、だから2本必要なわけか。」 D「2本と言わず、何本でも。お好きなだけ。それに、あれだ、消火器には本来の使用目的以外にも、素晴らしい使い途がある。俺は消火器を、主にそっちの目的で使ってるんだけどな。」 S「あんたんち、一体、消火器何本あんの?」 D「3本。リビングに1本、キッチンに1本、ベッドルームに1本。あとバスルームに1本欲しいとこなんだが。」 S「1部屋に1本か。で、それを、火を消す以外の何に使ってんだって?」 D「ドアストッパー。」 S「ドアを開けときたいなら、ドアストッパーとして売ってるドアストッパー使えばいいだろ? 何もドアストッパーが消火器である必要はないじゃん。」 D「ドアストッパーはドアストッパーとしてしか使えないだろ? 一方、消火器は、消火器としても使えるし、あんまり使えないし使いもしないがな、ドアストッパーとしては超1級品だ。どんなドアでもたちどころに固定できる。たとえば、ドアの下んとこと床との間隔が広くて、市販の挟み込むタイプのドアストッパーが挟めない時にも、消火器ならば問題なくドアを押さえられる。」 S「ドアって、そんなに開けておきたいもん?」 D「夏場はな。」 S「うち、エアコンあるから、消火器いらないよ。正しい用途の方だって、スプリンクラーあるし。」 D「甘い。スプリンクラーが火事の時にちゃんと作動するって保証はあるのか?」 S「年1回は点検の業者が来るよ。」 D「あれは、センサーが熱やガスや煙を感知するか調べてるだけだ。水が出るかどうかを調べてるんじゃない。さらに言えば、火が出た時に、スプリンクラーの水がその火を消せるかどうかを調べてるんでもない。」 S「そう言やそうだ。うち、スプリンクラー本体は水槽の上にしかない。センサーは至る所にあるけど。」 D「それじゃキッチンで火事になっても、キッチンの火は消えるわけもなく、スプリンクラーは水槽に水を溜めるだけだ。」 S「それにさ、思ったんだけど、キッチンにスプリンクラーがついてたとしても、揚げ物しててそこに火が点いた場合、水がかかったら余計に大変なことになるんじゃないかな?」 D「なるだろうな。水飛沫がかかって、油が飛び散って、それが燃えて、キッチン中が火の海になるだろう。」 S「じゃあスプリンクラーは役に立たないってわけだね。」 D「そうだ。ま、センサーが“火事だ”って認識した後、それが近隣の消防署に通報されるけどな。通報があって、消防士が消火の準備をしつつ消防車のエンジンを温めて、現場の場所を確認して、駆けつけてきた時にゃ、燃え尽きた後かな。」 S「……俺も消火器買おう。」 D「6本まとめて買うと25%オフになるそうだ。俺は今、1本欲しいから、お前、5本いるか?」 S「そういう魂胆だったのか。5本は必要ないな。そんなに置いとく場所ないし。」 D「例の水槽、空なんだろ? その中に5本入れといたらどうだ?」 S「空じゃないよ。」 D「何か飼い始めたのか? フグの子供、可愛いって話だな。いや、待て、お前の性格から言って、フグじゃなくて……エビか?」 S「いや、水槽に入ってるのは、生き物じゃなくて。」 D「死骸か? 趣味悪いぞ。って言うか、臭くないか?」 S「元生き物でもなくて。」 D「……まさか、水槽一杯に消臭剤入れてるんじゃなかろうな?」 S「どうして消臭剤?」 D「ふと思いついただけだ。消臭剤でもないんなら、何入れてるんだ?」 S「ガラクタ。」 D「デビーに押しつけられたやつ?」 S「そう。捨てるわけにもいかないし。」 D「捨てていいと思うぞ。じゃなかったら、爺さんたちに押しつけろ。」 S「わかった、そうする。」 D「そして、そこにフグの子供を飼え。」 S「やだよ、フグなんて。フグってったら海水魚だろ? 熱帯魚以上に面倒じゃん。」 D「結構詳しいんだな。海水魚マニアの爺さんでもいたのか?」 S「いた。家の中が常に塩っぱかった。磯臭いって言うか。」 D「臭いって言えば、あれだ、冷蔵庫。」 S「何を唐突に……。」 D「冷蔵庫、どこの家にもあるだろ?」 S「あるね。うちにもあるよ。あんたんちの冷蔵庫には、確か携帯が入ってるんだよね?」 D「入ってる。卵の隣に並んでる。それはまあいいとして、使ってる時の冷蔵庫は、そう臭くないよな?」 S「うん、脱臭剤入れてあるし。そんなに臭いもんも入れてないし。」 D「それがだよ、使ってない冷蔵庫は臭いんだ。途轍もなく。」 S「イームスの椅子の燃えカスより?」 D「どっこいってとこかな。」 S「それ、中に入ってたもんが腐ってんじゃない?」 D「いやいや、何も入ってなくても、だ。プラグを抜いたってだけで、中身を全部新しい冷蔵庫に移してもなお、異様に臭い。ありゃあ冷蔵庫固有の何かの臭いだな。」 S「あんた、どうしてそんな使ってない冷蔵庫の臭いなんて嗅ぐ機会あんのさ? 俺、生まれてこの方、使ってない冷蔵庫の臭いなんて嗅いだことないよ。」 D「そりゃまあ、仕事柄ね。」 S「仕事柄、使ってない冷蔵庫に出会う確率が高いのはわかるけどさ、何でわざわざ開けて臭い嗅ぐの?」 D「運び出す時に、ドアを開けないと手掛かりがないだろ? それで仕方なく開けるんだ。“ああ、この元冷蔵庫も臭いだろうな。ああ、やっぱり臭かったな”って。」 S「……オシャカになった冷蔵庫を運び出すのも仕事なわけ?」 D「そうだぞ。本当にオシャカになった冷蔵庫を運び出すことは滅多にないけどな。オシャカ寸前の冷蔵庫が残されてることは、しばしばある。」 S「オシャカになった冷蔵庫には何も入ってないだろうなって思うけど、オシャカ寸前の冷蔵庫には何か入ってるんじゃない?」 D「そう。いろいろ入ってるんだよ。よく知ってるな、お前。」 S「うちにも1台あるからね、オシャカ寸前の冷蔵庫。来月辺りオシャカになりそうなやつが。……で、何か変なもん入ってたことある?」 D「変なもの?」 S「うん。年代物の食料とか。」 D「それは“普通の”物だ。“変な”物じゃない。たとえ80年代のハムが出てきても、オシャカ寸前冷蔵庫の中身としては、至って普通だ。」 S「20年前のハムか……ビンテージ品だな。じゃあ、あんたの基準で言う変なもんって何よ?」 D「そうだなあ、一番驚いたのは、目玉だな。」 S「目玉? 人間の?」 D「ああ。人間の。グリーンの綺麗な目だった。」 S「それってもしかして、殺人現場の清掃? 社会に裏切られたと感じている40代の白人男が、憎しみの対象を移民の娼婦に求めて誘拐、陵辱の後、殺して、戦利品として眼球をくり抜いてホルマリンに漬けて冷蔵庫に並べてたとかいう話? へー、あんたの会社、そういう仕事もやってんだ。」 D「違う違う、殺人でも猟奇でもない。(呆れたように)しかし想像力豊かだなー、お前。感心したぞ。」 S「それはどうも。」 D「だてに元・引き篭もり児童で、箱庭ばっかり作ってたわけじゃないな。」 S「ブッ!」 (S、コーヒーを吹く。) S「(慌ててナプキンで膝を拭きながら)どうして知ってるんだよ、俺の過去を!」 D「隠し事のない美しい夫婦だった時代がなあ、俺たちにもあったんだよ(遠い目)。」 S「美しくない!」 D「そうだな、今考えれば、夫婦のベッドでの会話が、“弟の引き篭もり時代”ってのは美しくないかもしれないな。」 S「……あんた、他にもいろいろ知ってるね? 俺の過去。」 D「どれの話だ? 1ドルで買ったスニーカーのせいで溺れかけた話か? 野球の試合で尻が燃えた話か? サマーキャンプの礼拝中に神父の話に感動して大泣きした話か? それとも……。」 S「もういい。俺が悪かった。忘れてくれ、何もかも。」 D「どうしてだ? 重宝してるぞ、お前の逸話。」 S「人に話したの!? 傷つきやすい俺の少年時代を!?」 D「ああ、お前の小ネタって、知り合ったばかりの女の子を笑わせたい時にうってつけだからな。心配するな、名前は出してないから。“前に弟だった奴が”とは言ったかもしれないが。」 S「バレバレじゃん! それ、俺だってバレバレじゃん!」 D「大丈夫だって。共通の知り合いには話してないし。」 S「誰が共通の知り合いかなんてわかんないじゃん。ああもう嫌だ、何だか疲れた……。」 (S、椅子から半分ずり落ちる。通りかかったW、無言でSの首の後ろを掴み、椅子に引き上げる。) S「あ、ありがと。ついでにコーヒー……いや、ビール。ビールちょうだい、ビール。あと、ウォーターメロンパフェ。」 (W、無反応で立ち去る。) D「西瓜のパフェか。荒れてるな。」 S「誰のせいだよ。……で、眼? 眼球? って、何だったのさ。」 D「ああ、眼球ね。種明かしをするとだな、ナマモノじゃなくて、義眼だったんだ。」 S「義眼?」 D「ああ、依頼人が義眼の男だったんだけど、引っ越しであまりにも忙しくて、外したまま忘れてたらしい。」 S「忘れるもんかね、義眼なんて。」 D「着けてても着けてなくても、視力に影響がないからな。忘れやすいんじゃないか。」 S「そりゃそうだな。そういう意味では、コンタクトレンズとか入れ歯の方が忘れにくいかも。」 D「カツラとかな。」 S「カツラは冷蔵庫に入れないでしょ。」 D「まだ冷蔵庫の話を引っ張ってたのか。確かにカツラは冷蔵庫には入れない。でも、入れたら気持ちよさそうじゃないか? 夏の寝苦しい夜とかに。」 S「氷枕の替わり? すぐぬるくなっちまうだろ。」 D「じゃあ、カツラの中に保冷剤を仕込んでおくんだ。よさそうじゃないか。真剣に開発したら、ヒット商品になるかもしれん。」 S「俺はエアコンの方がいいけどね。フリーザー開けたらカツラが入ってるなんてゾッとするし。」 D「フリーザー?」 S「だろ? 氷枕は冷蔵庫じゃなくてフリーザーだ。」 D「そう言われてみればそうだな。」 S「だろ? フリーザーの中の、アイスクリームと冷凍ブルーベリーの隣にカツラって、嫌でしょ。」 D「お前んちのフリーザー、そんなものが入ってるのか?」 S「何だよ、“そんなもの”って。ブルーベリーは目にいいんだぞ。アイスはパンケーキの時の必需品だし。」 D「パンケーキにはメープルシロップだって。」 S「……またその話になるの?」 |
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