ヘレーネ・ヴェアテマン
「神には栄光 人の心に喜び―J.S. バッハ その信仰と音楽」

村上茂樹訳、日本キリスト教団出版局(2006年2月刊) amazon.co.jp

 

本書は1985年のバッハ生誕300年の年に、スイスの宗教家・バッハ研究家であるヘレーネ・ヴェアテマンにより書かれたものであるが、20年以上たった2006年に邦訳が出版されたので、読んでみた。

本文は100ページ足らずのものであり、内容として紹介されているバッハに関するエピソードや資料は、既に他の定評あるバッハ書にあるものばかりであるが、バッハの生涯を信仰という側面で整理した点がユニークであると思う。

全体は4章(バッハの生涯、バッハの人柄、バッハの信仰、バッハの作品とその影響)から構成されているが、先の特長から、第1章「バッハの生涯」よりも、「人柄」「信仰」の第2,3章が本書の中核であり、面白い部分であった。ルター派の敬虔な信者であったバッハとカルヴァン派であるケーテンの宮廷環境や、ザクセンのカトリック教徒であるアウグスト3世とその宮廷作曲家としてのバッハの関係における微妙な陰影、また、都市に台頭してきた合理主義である啓蒙思想と、敬虔なクリスチャンとしての思いの不協和音などの側面が、簡潔であるが丁寧にまとめられている。

また、今日ではほとんどがコンサートで聴かれるバッハの宗教曲が、あくまで教会での礼拝の一部を構成していることから、その側面からのアプローチの大切さも語っている。その意味で、2000年のバッハ没後250年に指揮者ガーディナーにより行われた、教会暦にあわせて教会で演奏したバッハ・カンタータ全曲演奏へのアドバイスを早くにしていたことになるのだろう。私事ではあるが、この演奏に感じる(演奏技術を超えた)感動や、このバッハ巡礼のプログラムに参加したアーティストが異口同音に記している新たなバッハ音楽の理解は、本書の切り口なしではありえないのだろう。

初心者向きのバッハ解説書ではないが、既に知っているバッハ関係の事柄を新たな角度で整理することができる佳書であると思う。

(SH、2007年1月)