Yale Univ Pr ; ISBN: 0300099665 ; (2003/12/01) amazon.co.jp
1996年から2000年まで米国バッハ協会の会長を務めた音楽史学者Staufferによる、バッハのロ短調ミサ曲についての解説書。解説書といっても本文だけで250ページ以上の大作であるが、丁寧に説明されているので、ページ数の多さが気になる部分は少ない。
Staufferは、最近の研究で「フーガの技法」に代わりバッハの最後の大作とみなされるようになった、この傑作について、いくつかの角度での論考を展開している。ミサ曲の構成、当時の一般的なミサ曲とロ短調ミサ曲の関係から解きほぐし、キリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス、アニュスデイと順を追って、その内容を掘り下げていく。すべてに触れることはできないが、この展開で明らかになってくるのは、以下の諸点である。
また本書では、バッハ死後の演奏変遷が、エマヌエル・バッハによる18世紀末の上演から、20世紀のアーノンクールなどオリジナル楽器による当時の演奏スタイルのリバイバルまでカバーして書かれており、興味深い。さらに、すべてのパート譜が残されていないため、演奏上考慮しなければいけない諸点――楽器編成、通奏低音の編成、オルガンかチェンバロか、合唱編成、アーティキュレーション、テンポなど――についても詳しく記している。特に、最近多く聴かれるようになった、合唱も各パート一人構成というリフキン提唱の演奏実践については、ドレスデンでの合唱の記録(各パート複数名)、ライプツィヒでのバッハの前任者からの習慣(各パート複数名)から、かなり否定的に扱っている。
巻末に、旧バッハ全集、新バッハ全集の問題点と、最近発見されたパート譜や筆写譜を参考にした新しい版(C. Wolff編)との違いを明示し、演奏者へのガイドを示している点も親切である。
全体に大変な労作で、礒山雅氏のマタイ受難曲と同じような充実した読後感を味わった。欲を言えば、論考の文章を少し短くしても、譜例をもっとふんだんに取り入れて欲しかったのと、ドレスデンの作曲家(ゼレンカなど)の影響をもっと体感するための譜例をさらに増やしていただけるとありがたかった。最近のような充実した電子化書籍やAV環境では、ロ短調ミサ曲とアフェクトや編成を共有する同時代のミサ曲を、音としても味わってみたいとも思えるのだが。
深みにはまったバッハ愛好家やバッハ作品の合唱などをされる方には、是非お薦めしたい本である。
(SH、2004年2月)