Rachel Brown "The Early Flute"

Cambridge Univ. Press ; ISBN: 0521890802 ; (2003/03/13) amazon.co.jp

 

著名なフラウト・トラヴェルソ奏者、レイチェル・ブラウンによるバロックから古典派のフルートの演奏ガイド。ケンブリッジ大学の歴史的演奏実践ハンドブック・シリーズの一冊として発行された。J. Solumの同名の著書(1992)を除いては総合的なフラウト・トラヴェルソの現代版の教則本がないので、待望の1冊である。本書はハンディーな130ページ余りのガイドブックであり、歴史的な資料(オリジナルの教本など)と楽器の歴史をバロック初期からベーム式の近代フルートまで概観した後、演奏上の技術的な事柄を詳しく説明している。(フルート自体の歴史については、演奏家であり、古典フルートの著名な製作者であるArdel Powellによる「The Flute」が、古代から現在まで詳しく書かれていて参考になる)

このハンドブックの良いところは、著者が演奏者であるため、短い表現ながら説得力あり、分かりやすい実用的な表現がされていることと、当時の教則本や曲から、多くの実例が掲げられていることで、トライアルをすぐに行える実用性にあると思う。音作りの導入、タンギングやビブラートなどについて特によく書かれている。また、演奏スタイルについては、バロックだけとっても書ききれないくらいの内容があると思うが、様式感、装飾、テンポやフレージングなど、ポイントを絞ってよくまとめられている。これからフラウト・トラヴェルソを演奏しようとする人、歴史楽器や歴史を意識した演奏法(Historical Performance)に興味のある人にとっては手元においておきたいハンドブックである。

ただし、総合的な分だけ、ひとつの時代意識(美学)や様式感に肉薄するのは難しい。著者も言っているように(なかなか手ごろに読めるものはないが)、興味の対象の時代に書かれたフルート演奏法や他の楽器の演奏本などの一次資料に勝るインスピレーションを与えてくれるものは無いと思う。その意味で、バロックのフルート演奏については、30年ほど前に楽器とともに手に入れた、当時のフランスの名演奏家・名楽器製作者J.M. Hotteterre(オトテール)の、極めて実用的で押し付けがましくないフルート教本(英訳)の価値が、改めて感じられる結果になった。まだ、邦訳がないのが不思議である。

(SH、2003年3月)