Hoyt Rogers 訳 (Basic Books ; ISBN: 0465018629; 2002/07/31) amazon.co.jp
1999年にドイツで出版されたこの伝記は、バッハの伝記でも最新の部類に入る。2001年に英語に翻訳され、旅行先で見つけたので、題名に興味を感じ購入した。著者Klaus Eidam氏は、(不勉強で知らなかったが)旧東ドイツ出身の劇作家で、テレビ劇作者でもある。ヘンデル、ハイドンやバッハなどのTV番組でも有名な人らしい。
400ページを超える大作であり、バッハの出生から死後の数十年のバッハ受容までを、30章に分け、エピソードを主体につづっている。書評を書いておきながら申し訳ないが、70%読んで中断し、完全読破はしていない。読み始めてすぐ、シュピッタ、テリー、シュワイツアーなどの描いたバッハ像を批判し、著者の記述こそ「真のバッハ像」であると繰り返す論調が鼻についてくる。著者の年代と東独でのバッハ像を核にした発想なのかと思うが、「誰もそんなものだけでバッハ像を作っていないのに」と言いたくなる。今バッハに関する研究は上記の伝記時代から見て大きく変化しており、論文や著作も多いが、それらに触れることが少なく、論文としての証明材料も少ない中で、激しい論調で、19世紀の著作を否定するスタイルについていけないというのが本音のところであった。
むしろ、面白いところは、バッハのエピソードを活き活きと、(失礼を省みずに言うと)見てきたような語り口で伝えてくれる部分である。劇作家であり、自身がドイツの土地勘を持ったオルガニストである著者の特徴が遺憾なく発揮され、翻訳でも思わず引き込まれる。例えば、幼少期の兄の家でのバッハの生活や、徒歩旅行の話、オルガン関係のエピソードなど、読みながら、今までにない画像をイメージできたのは収穫だった。皮肉なことにこの著作は、題名の「真の生涯」を期待して読むのではなく、また、多くのページが割かれている古い音楽学者の伝記への批判を読むのではなく、様々なエピソードを、想像力と直感をはたらかせて、生き生きとしたイメージとして訴えかける創作として読むべき著作であり、羊頭狗肉をさけるのであれば、過去の伝記批判部分をカットし、半分くらいの伝記読み物とすればよかったのにというのが正直な印象である。このままでは、ちょっと癖のある著作で、誰にでも薦められる本ではないなと感じた。
(SH、2002年12月)