小林義武 『バッハとの対話 バッハ研究の最前線

(小学館、2002年6月刊) bk1

 

小学館の『バッハ全集』から、『精神のフーガ』(中村雄二郎)に続く単行本化である。『バッハ全集』各巻の書籍だけ欲しい(CDはいらない)、という筆者のようなバッハ・ファンにとって、このような出版物は大歓迎である。他の連載物などもぜひ続けて単行本化して欲しい。

本書では、ゲッティンゲンのバッハ研究所で新バッハ全集の校訂に携わっていた著者の作品研究を中心に、さまざまな話題が紹介されている。バッハが長兄の家に居候していた頃、兄の所蔵楽譜をこっそり拝借して月明かりの下で筆写していたのを見つかったというエピソードは有名だが、筆写譜まで取り上げられたのはなぜか、などということも、当時の楽譜筆写をめぐる社会習慣を背景に説明(推測)されている。

その他、ブランデンブルク協奏曲第5番の献呈稿におけるチェンバロの長大なカデンツァは献呈稿を浄書しながら作曲されたとか、マニフィカートの最終稿(ニ長調)はミサ曲ロ短調とともに就職活動の一環としてドレスデン宮廷用に書かれたのだろうとか、「フーガの技法」の最後の「未完のフーガ」は草稿譜では完成していたはずだとか、トッカータとフーガ・ニ短調の偽作説の根拠とか、とにかく興味深い話題が満載の本で、少なくとも一週間くらいは楽しめる。自筆譜や筆写譜のスタイルと、一つの作品中でのスタイルの混在から、いろいろな作品の成立時期や成立過程を推測するところも、面白い。

(ガンバW、2002年6月)