バロックの午後

カメラータ・ムジカーレ第56回演奏会 プログラム・ノート

(2017.10.8 東京オペラシティ 近江楽堂)

●サンマルティーニ/リコーダー協奏曲 ヘ長調

ジュゼッペ・サンマルティーニ(1693〜c1750)はミラノ生まれのイタリア人作曲家で、1727年頃イギリスに移住しました。オーボエの名手として知られ、フルートやリコーダーも演奏しました。この協奏曲も作曲者が自ら演奏した可能性があります。当時は単にフルート(flauto)といえば縦笛のリコーダーを指し、中でもリコーダー人気が高かった英国では一般的なF管のアルト・リコーダー以外にもさまざまなサイズの楽器が用いられました。ソプラノ・リコーダーだけでも数種類ありましたが、サンマルティーニはC管のソプラノ(fifth flute)のために書いています。

第1楽章はリコーダーの技巧を縦横に駆使した華やかなアレグロ、第2楽章は哀愁漂う印象的なシチリーノ、第3楽章はジーグ風の主題の上でリコーダーが跳ね回るアレグロ・アッサイです。

●ラモー/クラブサン・コンセール 第5番

この曲集はジャン=フィリップ・ラモー(1683〜1764)による唯一の室内楽作品です。イタリア語の「コンチェルト」と同源の語であるフランス語の「コンセール」は、小編成の合奏を指します。編成の大小にかかわらず、ふつうクラブサン(チェンバロのフランス名)は合奏の中で通奏低音(鍵盤楽器+低音旋律楽器)を受け持ちますが、この作品ではむしろクラブサンが主役となり、それに2つの旋律楽器(高音声部と低音声部)が彩りを添えるように絡み合います。古典派のピアノ三重奏を先取りしたような編成です。

楽章タイトルの「フォルクレ」と「マレー」はどちらもヴェルサイユ宮廷で活躍したヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、またはその息子たちの名前です。「キュピー」は不詳ですが、やはり音楽家、あるいはラモーのオペラ・バレエで踊ったダンサーの名前と考えられています。当時フランスではこのように、貴族や著名人の名前を曲のタイトルにして、そのポートレートとすることが流行しました。

●テレマン/ハンブルク四重奏曲集より 組曲 第2番 ロ短調

この曲集は1730年に「6つの四重奏曲」(イタリア語でSei Quadri)と題して、ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681〜1767)が市の音楽監督を務めていたハンブルクで出版されたので、今日一般に「ハンブルク四重奏曲集」と呼ばれていますが、「パリ四重奏曲集」と呼ばれることもあります。そのわけは――当時のヨーロッパで音楽に関する最大の関心事は、イタリア趣味とフランス趣味の優劣でしたが、テレマンは両者の融合こそが最高の音楽を生み出すことをこの作品で示そうとしました。曲集の評判は上々で、気位の高いパリの音楽界も唸らせ、1736年にはフランス語のタイトルを付けてパリでも出版されました。そして翌年、パリの一流の音楽家たちがテレマンをパリへ招待し、この作品でテレマンと共演したのです。

全6曲はすべて同じ楽器編成ですが、協奏曲、ソナタ、組曲がそれぞれ2曲ずつ並んでいるので、本日演奏する組曲第2番は最後の曲です。なお、「組曲」とは、同じ調の舞曲を並べる形式です。

●ヴィヴァルディ/室内協奏曲 ハ長調 RV87

赤毛の司祭と呼ばれたアントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)は、当時ヨーロッパ中に名を馳せたピエタ女子孤児院の演奏者たちのため、数多くの技巧的な室内協奏曲を残しています。リコーダー、オーボエ、2つのヴァイオリンと通奏低音という珍しい編成のこの協奏曲も、そのうちの1曲だったのではないかと思われます。

第1楽章は冒頭、短いアダージョが主題を奏でた後に同じ主題を用いたアレグロが展開されます。ヴィヴァルディらしい底抜けに明るい楽章です。イ短調の第2楽章ラルゴは、打って変わって静かなシチリアーノ風の旋律を、リコーダー・ソロが通奏低音を伴って奏でます。第3楽章は明るいハ長調に戻り、爽快なアレグロ・アッサイの主題で曲が終わります。

●ルクレール/2つのヴァイオリンのためのソナタ(Op.3) 第5番 ホ短調

ジャン=マリー・ルクレール(1697〜1764)は、フランスのリヨンで生まれました。1723年にフランスで初めてのヴァイオリン・ソナタ集をパリで出版し、すぐれた独創性と美しい旋律で高い評価を得て、「天使のような演奏」と大喝采を浴びます。当時フランスにおけるヴァイオリンは、宗教音楽や舞踏会のオーケストラとして使用されることが一般的で、イタリアで起こってヨーロッパ中に広まった新しい様式のソナタとか協奏曲などの音楽からは縁遠い楽器でした。そのような中でイタリアの新しい様式とフランス独自の音楽趣味を統合させたのがフランソワ・クープラン、そしてルクレールです。1733年、ルクレールはルイ15世の宮廷楽団の指導者に任命されますが、晩年は不遇で、最期は貧民街で惨殺死体となって発見されました。

ルクレールが残した作品は100曲足らず。オペラ1曲を除くと、あとはすべてヴァイオリンのための室内楽曲と協奏曲です。その中で2つのヴァイオリンのための二重奏ソナタは12曲。低音声部がないという印象をまったく与えず、魅力的な旋律を2つの楽器が糸のように綾をなすこの12曲は、今ではヴァイオリンやヴィオラの2重奏ための重要なレパートリーとなっています。

●テレマン/「食卓の音楽」 第1集より 四重奏曲 ト長調

「食卓の音楽」とは宴会用のBGMのことで、当時はこのようなタイトルの曲集がいくつか出版されました。フランス語で「Musique de table」と題されたテレマンの作品はその中でも最も有名で、テレマン自身が友人への手紙に「この作品はいつの日か私の名声を高めてくれるでしょう」と誇らしげに書いています。予約購入者名簿には「ロンドンの音楽博士、ヘンデル氏」の名前もありました。テレマンはアマチュア音楽家たちのために大量の作品を出版しましたが、この作品は「ハンブルク四重奏曲集」などとともに、明らかにプロの音楽家集団のために書かれたようです。

全体は3部に分かれ、各部は管弦楽組曲、四重奏曲(カルテット)、協奏曲、三重奏曲(トリオ)、独奏曲(通奏低音付きソナタ)、終曲という共通の構成。しかし、各曲の楽器編成はさまざまで、さながら当時の器楽合奏音楽の百科全書といった趣です。

この四重奏曲は第2楽章でオーボエの独奏が目立ちます。この楽章では中間部がロ短調に転じます。同じくロ短調の第3楽章はわずか6小節と短く、すぐ続けて舞曲風の軽快な第4楽章が演奏されます。