バロック・コンサート

カメラータ・ムジカーレ第54回演奏会 プログラム・ノート

(2015.3.29 ラトリエ)

●ヘンデル/歌劇「リナルド」 序曲

ヘンデル(1685〜1759)はバッハと同年にドイツで生まれました。しかし、一生をドイツ国内で過ごしたバッハとは対照的に、20代前半はイタリアで歌心あふれるイタリア音楽を学び、その後イギリスに渡ってロンドンでオペラの興業まで行った、外向的で冒険心あふれる人物でした。

「リナルド」はそんなヘンデルがロンドン・デビューを飾った最初のオペラで、生涯に60回以上も上演される大ヒット作となりました。内容はエルサレムを占領しているイスラム勢力と聖地奪還を目指す十字軍の戦いを背景に、十字軍の将軍リナルドと許嫁のアルミレーナ、イスラムの王アルガンテとその恋人の魔術師アルミーダ、この2組のカップルの恋のさや当てが繰り広げられ、そして最後は十字軍が勝利し、アルガンテとアルミーダはキリスト教に改宗するというものです。劇中でアルミレーナが歌う有名な「私を泣かせてください」をはじめ美しいアリアが多く、また稲妻の演出に花火を使うなど、スペクタクル・シーンも満載のオペラです。

●バッハ/パルティータ 第2番 ハ短調

バッハ(1685〜1750)は40代半ばから十余年をかけて、「鍵盤楽器のための練習曲集」と題する全4巻のシリーズを出版しました。練習曲とはいっても、これらは内容が深く豊かで、しかも相当な難曲ぞろいであり、技巧と音楽性の両面で鍵盤楽器(チェンバロとオルガン)演奏の奥義を究めることを目的としています。その第1巻が6曲のパルティータです。「パルティータ」とは、やや自由な形式の組曲のことです。

この第2番はシンフォニアで始まり、続けて従来の組曲の定型であるアルマンド、クーラント、サラバンド(本日は省略)と3つの舞曲を配し、ロンド、カプリッチォで結ばれ、表現のうえでも自由で変化にとんだ楽想にあふれています。シンフォニアは3つの部分からなり、それぞれがフランス、イタリア、ドイツの代表的な形式とスタイルで書かれていますが、冒頭のリズムと和声進行がベートーヴェンの「悲愴」ソナタの第1楽章冒頭とよく似ていて、ベートーヴェンがバッハのこの曲から霊感を得たのではないかといわれています。

●ヴィヴァルディ/リコーダー協奏曲 ヘ長調

ヴィヴァルディ(1678〜1741)のフルート協奏曲集作品10は音楽史上最初に出版されたフルート(フラウト・トラヴェルソ)のための協奏曲です。全6曲中の第5番には以前に作曲された異稿、つまり初期稿(目録番号RV442)が存在します。この初期稿は独奏楽器がリコーダーで、第2楽章はヘ短調で書かれています。ヘ短調は当時、もっとも深い悲しみを表す調だという意見もあって、この曲でも印象深い楽章ですが、作品10に収められた編曲版ではフルートに適したト短調に移調されています。しかし、ト短調は第1楽章のヘ長調と関係が薄いので違和感もあり、ヴィヴァルディ本人の意思とはいえ出版のためのやっつけ仕事のように思われます。フルート用編曲版には他にもこのような安易な改変が散見されるため、本日はおおむねリコーダー用原曲にもとづいて演奏します。

全曲を通して伴奏の弦楽器に弱音器付きの指定があることと、全楽章に自作オペラのアリアが転用されていることから、小ぶりながらも印象的な佳品です。

●クープラン/トリオ・ソナタ「パルナス山またはコレッリ賛」

バロック音楽の代表的な形式の一つが、通奏低音の上に2つの高音パートが旋律を奏でるトリオ・ソナタです。イタリアのコレッリ(1653〜1713)はヴァイオリンによるトリオ・ソナタを数多く作曲し、同時代のヨーロッパ中の音楽家たちに多大な影響を与えました。フランスのクープラン(1668〜1733)も例外ではなく、1690年代にはすでにトリオ・ソナタを発表しています。そのクープランが生涯追い求めたのが、音楽におけるフランス趣味とイタリア趣味の融合でした。そして晩年、地位も名声も確立したクープランが両趣味の融合の結実として、コレッリをたたえるために書いたのがこの「パルナス山、またはコレッリ賛」で、クープランの合奏曲の頂点に位置する傑作です。

曲は7つの部分からなり、それぞれに標題(プログラム)が付けられています。パルナス(英語ではパルナッソス)山はギリシャにあり、芸術の神アポロンが祀られていて、文芸を司る女神ミューズたちが集っています。また、ヒッポクレネの泉の水を飲んだ者は詩的霊感を得ることができるとされています。

コレッリはパルナス山の麓でミューズたちに、仲間に入れてほしいと願う
コレッリはパルナス山で快く受け入れられたことに感激し、従者たちと一緒に喜ぶ
コレッリはヒッポクレネの泉の水を飲み、従者たちもそれに続く
ヒッポクレネの泉によって引き起こされたコレッリの陶酔
コレッリは陶酔のあとでまどろむ。従者たちも甘い眠りを楽しむ
ミューズたちはコレッリを目覚めさせ、アポロンのところへ連れて行く
コレッリの感謝

●テレマン/四重奏ソナタ ト長調

テレマン(1681〜1767)は当時、ヨーロッパ中で絶大な人気を博したドイツの音楽家です。アイデアとサービス精神に溢れたエンターテナーとして、教会や王侯貴族のためだけでなく、当時ドイツで台頭しつつあった新興市民階級(アマチュア音楽家)のためにも、おびただしい数の作品を遺しました。

彼はとくに、さまざまな楽器の奇抜な組み合わせで曲を作るのが得意でした。この四重奏ソナタもその一つで、ふつうの四重奏曲のような3つの高音旋律楽器と通奏低音という編成ではなく、中〜低音域のヴィオラ・ダ・ガンバが2つも起用されています。そして、旋律のやりとりをするフルート(フラウト・トラヴェルソ)とヴィオラ・ダ・ガンバの音色と音域の対比を効果的に使っています。しかし、第2楽章ではそれだけでなく、協奏曲の要素(リトルネロ形式)が組み込まれていて、楽章構成の枠組みを作る2つのヴィオラ・ダ・ガンバと、技巧的で華やかな独奏フルートというように、役割が明確に区別されています。

●バッハ/ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 (室内楽版)

バロック協奏曲の成果の集大成ともいえる「ブランデンブルク協奏曲」は、バッハがかつて別々の機会に作曲した6曲を、1721年に手直ししながらまとめて1つの曲集とし、ブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに捧げたため、後世この名前で呼ばれるようになりました(この献呈の目的は就職斡旋の依頼)。このような成立事情のため、これらの曲のいくつかは、それ以前の形(初期稿)が残っています。

第2番の初期稿は見つかっていませんが、弦楽合奏の役割がきわめて小さいことから、4つの独奏楽器(トランペット、リコーダー、オーボエ、ヴァイオリン)と通奏低音のみによる室内楽編成の初期稿があったとする説が近年発表されました。本日はこの「室内楽版」を基本としますが、トランペットのパートは演奏上のさまざまな問題から、オクターブ下げてオーボエ・ダ・カッチャ(狩りのオーボエ)で演奏します。