ヘンデルとテレマン

カメラータ・ムジカーレ第44回演奏会 プログラム・ノート

(2004.10.2 横浜市開港記年会館、2004.10.10 自由学園明日館講堂)

 

●ヘンデルとテレマン

バロック時代の音楽家の多くは教会、宮廷、都市などに雇われ、礼拝や儀式、宴会のための音楽を作曲し演奏することが活動の中心でした。今日の音楽家のような自由業ではないので、聴衆の人気や評判が収入に直結するわけではありません。しかし彼らは、よりよい待遇を求めて各地を転々とすることも多く、また雇う側も常によりすぐれた音楽家を得たいと望んでいましたから、音楽家としての名声には大きな価値がありました。

ヘンデル(1685〜1759)とテレマン(1681〜1767)は、ともに生前その名声がヨーロッパ中にとどろいたドイツの音楽家です。楽譜出版がまだ珍しかった当時にあって、彼らの作品には出版されたものが多く、いずれも好評でした。そして二人とも、雇用主である権力者・上流階級のみならず、当時台頭しつつあった新興市民階級にまで絶大な人気を博した点で、新しい時代の到来を予感させる音楽家でもありました。

ドイツとイタリアの各地で研鑽を積み、25歳で渡英したヘンデルは、巧みな処世術により英国王の寵愛を得て、王室礼拝堂作曲家となり、年金を支給されました。一方で自ら歌劇団を主宰し、気まぐれなロンドンっ子たちを相手にオペラやオラトリオ(宗教的音楽劇)を作曲し続けました。

若い頃からドイツ各地とボヘミアで宮廷楽長や教会合唱長などの要職を歴任したテレマンは、後半生をドイツ最大の自由都市ハンブルクの音楽監督として送りました。そして多忙な公務のかたわら、一般市民の教育と啓蒙を目的に、著述活動に励み、公開演奏会を主催し、膨大な数の作品を提供しました。

さて本日は、この二人の人気対決、いや実力勝負です。

●ヘンデル:水上の音楽

この有名な作品はさまざまな舞曲を中心とする20以上の小品から成り、壮麗で色彩豊かな響き、しっとりした優美な旋律、舞曲の軽快なリズムと、曲想は変化に富んでいます。それらの大部分は国王ジョージ1世がテムズ河で船遊びを催したときに、船上で初演されました。そのときは70〜80人の大編成で演奏されたそうです。なお、かねてから国王に不義理を重ねていたヘンデルが国王のご機嫌を取るためにこの曲を披露し、めでたく二人は和解したという逸話が伝えられていますが、これは史実ではありません。

「序曲」と「アダージョ・エ・スタッカート」は続けて演奏されます。「アラ・ホーンパイプ」は原曲ではトランペットとホルンが加わりますが、本日は代わりにオーボエとファゴットで演奏します。

●テレマン:音楽の練習帳

イタリア語で「Essercizii Musici」と題されたこの曲集は、テレマンが出版した最後の作品で、愛好家が家庭で音楽を楽しめるように、リコーダー、フルート、オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロのための12の独奏曲(通奏低音付きソナタ10、チェンバロ組曲2)と、これらの楽器のさまざまな組合せによる12の三重奏曲(トリオ)が集められています。どの曲も比較的小規模ながら、形式とスタイルは多様で、また各楽器の特徴が活かされています。

リコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のための三重奏曲はその中で最も有名で、3つの声部の模倣的な掛け合いの部分と独奏的部分が交替します。

●テレマン:食卓の音楽

「食卓の音楽」とは宴会用のBGMのことで、当時はこのようなタイトルの曲集がいくつか出版されました。フランス語で「Musique de table」と題されたテレマンの作品はその中でも最も有名で、テレマン自身が友人への手紙に「この作品はいつの日か私の名声を高めてくれるでしょう」と誇らしげに書いています。予約購入者名簿には「ロンドンの音楽博士、ヘンデル氏」の名前もありました。

全体は3部に分かれ(第1集〜第3集)、各集とも管弦楽組曲、四重奏曲(カルテット)、協奏曲、三重奏曲(トリオ)、独奏曲(通奏低音付きソナタ)、終曲という共通の構成。しかし、各曲の楽器編成はさまざまで、当時の器楽合奏音楽の百科全書といった趣です。

フルートとヴァイオリンのための協奏曲ではチェロもしばしば独奏に加わります。協奏曲にしては珍しく、すべての楽章が同じ調(イ長調)で統一されていますが、速いテンポの第2楽章と第4楽章では末尾近くで突然短調になり、独奏楽器がもの悲しい調べを奏でます。なお、第4楽章冒頭の主題旋律は後にヘンデルが合奏協奏曲「アレクサンダーの饗宴」に借用しました。

フルート、オーボエ、ヴァイオリンと通奏低音のための四重奏曲は、第2楽章でオーボエの独奏が目立ちます。この楽章では中間部がロ短調に転じます。同じくロ短調の第3楽章はわずか6小節と短く、すぐ続けて舞曲風の軽快な第4楽章が演奏されます。

●ヘンデル:カンタータ「ああ、つれない人」

イタリア語で「歌われるもの」を意味するカンタータは、宗教的作品もありますが、本来はイタリア語の世俗的な歌詞による独唱曲で、アリアとレチタティーヴォが交互に並びます。ヘンデルはイタリア時代に多数のカンタータを作曲し、その多くは貴族の館における芸術家たちのサークルで披露されました。「ああ、つれない人」はソプラノ用ですが、歌詞の内容は報われぬ愛に苦しむ男の独白で、女性の美貌に潜む「愛」の神(アモール=キューピッド)が定めた運命に苦しめられながらも、一途に彼女を想い続けることによって、嵐のように苛酷な彼女の冷淡さを降伏させ戦利品にしようとの決意を謳います。愛を女性のつれなさとの戦いに見立て、戦いを連想させる言葉をちりばめるなど、修辞学的な工夫が凝らされています。

ヘンデルの音楽は大きな振幅で、男の強い想いを表現しています。第5曲のレチタティーヴォでは合奏が嵐とその後の平穏な情景を描写し、続く最後のアリアではヴァイオリンの力強い同音連打が愛の勝利を確信させます。


ヘンデル:カンタータ「ああ、つれない人」(歌詞和訳)

1. ソナタ

2. アリア
ああ、つれない人、
心からあなたを想って流れる私の涙に
いつの日か、その美しい瞳を映しておくれ。
私の大きな苦悩を見れば
あなたも少しは気が変わり、
愛してやってもよいと思うだろう。

3. レチタティーヴォ
愛してやってもよいと思うだろう、あなたのことをこれほど
想っている者を。これほどにも想っているのは、あなたの顔に
「愛」がいて、そこに私の運命が定められたからだ。
こいつが私をさんざん嘆かせ苦しめる。
この苦しみ、嘆きはすべて私の一途な心の勲(いさお)、
あなたの美貌の標的、あなたのつれなさの印なのだ。

4. アリア
天が与えたあなたの美貌に負けず劣らず
私の一途な気持ちは美しく、
日に日に強さを増していく。
どんなに苛まれても、あなたを心から愛し、
あなたのつれなさを
それと同じくらい大きな希望と受けとめよう。

5. 伴奏付きレチタティーヴォ
空に稲妻が光り、よく実った畑を吹き荒れる嵐が、
まだ柔らかい麦の穂を揺さぶり、なぎ倒す。だがその後、
うららかな美しい太陽が雲を破り、光にあふれた一日が
戻ってくる。恐れおののいていた羊飼いは天に感謝し、
緑の草原と無事でいた可愛い羊たちを喜びつつ眺める。
同じように、いま私を苦しめているあなたの無慈悲な心も、
いつかその恐ろしげな姿を変えるだろう。そして私は、
降伏したあなたの残酷さと、かつてあれほど歓迎されなかった
私の愛を思って、二重の喜びを味わうだろう。

6. アリア
一途な愛の戦利品として
あなたのつれなさをしかと見るよう、
希望が私に合図する。
そして希望は言う、苦しめ、心よ!
苦しみはきっと喜びに変わるのだから、と。

(原作詞者不詳、訳協力:南條郁子)