ヘンデルとバッハ

カメラータ・ムジカーレ第43回演奏会 プログラム・ノート

(2003.9.28 横浜市開港記年会館、2003.10.12 自由学園明日館講堂)

 

ヘンデルとバッハ

ヘンデル(1685〜1759)とバッハ(1685〜1750)はともにバロック音楽を完成へと導いたドイツの大作曲家で、同年生まれということもあって、何かと比較されます。イタリアで武者修行したヘンデルは、25歳で渡英してロンドンの社交界に出入りし、オペラ劇団を主宰して華やかな興行の世界で成功を収めました。一方、バッハは生涯一度もドイツの外へ出ることなく、当時の多くの音楽家がそうしたように、各地の宮廷や教会に雇われて与えられた職務をこなしながらも、終生自ら理想とする音楽を追求しました。

作風もかなり違います。大衆的な人気を博したヘンデルの音楽は、雄大な曲想と表情豊かに歌う旋律の美しさが魅力です。バッハの作品は、緻密な構成の上に高度な作曲技法を駆使したものが多く、細部に至るまで彫琢がほどこされています。

ヘンデルの合奏協奏曲

「合奏協奏曲」はもともと弦楽合奏のための協奏曲で、いくつかのパート(ふつうは第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ)に「独奏」と指定された部分があり、全合奏と独奏の交替による強弱の対比の効果をねらっています。

ヘンデルの作品は、このような合奏協奏曲の基本に従いながらも、ヘンデルらしい力強さと機知に富んだ表現が特徴です。作品3(全6曲、1734年出版)では独奏楽器として管楽器が加わります。第1番の独奏楽器は、それぞれ2本ずつのリコーダー、オーボエ、ファゴット、ヴァイオリンで、楽章ごとにその組合せが替わります。一方、基本どおり弦楽合奏のみの編成による作品6(全12曲、1740年出版)は、わずかひと月ほどで書き上げられましたが、その完成度の高さから、バッハのブランデンブルク協奏曲とともにバロック協奏曲の双璧といわれています。第1番は第1楽章と第2楽章が続けて演奏されます。

なお、ヘンデルの協奏曲作品の大部分は、もともと自作の宗教的・世俗的な音楽劇の幕間に余興として演奏するために作曲されたもので、後に同種の曲がまとめて出版されました。

バッハのチェンバロ協奏曲

バッハは50代の半ばに、以前に書いた旋律楽器のための協奏曲を7曲まとめてチェンバロ協奏曲に編曲しました。これらは当時まだ珍しかった一般市民のための公開演奏会で、バッハ自身が独奏チェンバロを弾いて披露したようです。第1番ニ短調はヴァイオリン協奏曲の編曲ですが(原曲は消失)、鍵盤楽器の特徴を引き立たせるために大幅に手が加えられました。

ヴィヴァルディの影響を強く受けたバッハの協奏曲は、ヘンデルの合奏協奏曲とは異なり、音楽の枠組みをつくる合奏と名人芸を披露する独奏、という役割分担がはっきりしています。

バッハの教会カンタータ

カンタータ(イタリア語で「歌われるもの」)はもともと、世俗的な歌詞によるアリアとレチタティーヴォを交互に並べた独唱曲でしたが、バッハ時代のドイツ・プロテスタント教会で礼拝の時に演奏された音楽を、今日では「教会カンタータ」と呼んでいます。

キリスト教では毎日曜日と、降誕祭(クリスマス)、新年、復活祭(イースター:春分後の満月の次の日曜日)などの祝日に礼拝が行われます。これらの礼拝日を中心とした暦を「教会暦」といい、各礼拝日に朗読される聖書の文言とそれに基づく説教のテーマも決まっています(祝日は宗派により異同がある)。教会カンタータはこの説教のテーマを音楽で表現したものなので、教会暦に基づく年単位のレパートリーが作られ、繰り返し利用されていました(結婚式や葬儀などの儀式用音楽も教会カンタータに含める)。

バッハは生涯を通じて5年分約300曲の教会カンタータを作曲しました(現存するのは約200曲)。本日は三位一体祝日後第2日曜日(復活祭の10週後)用の「もろもろの天は神の栄光を語り」、葬儀用の「神の時はいと良き時なり」、降誕祭後日曜日(新年直前)用の「出で立て、信仰の道に」、枝の日曜日(復活祭の直前)用の「天の王よ、汝を迎えまつらん」から、器楽合奏曲を集めて演奏します。BWV182の終曲は合唱曲を編曲しました。

カンタータ「われは満ち足れり」(第2稿)

教会カンタータの上演に際しては、演奏上の都合により編成を替えることもありました。「マリアの潔めの祝日」(2月2日)用の独唱カンタータ「われは満ち足れり」はその好例で、4つの稿が残っていて、独唱パートが初稿ではバス、第2稿でソプラノ、第3稿でアルトまたはメゾソプラノ、第4稿で再びバスと替わっています。また、独奏楽器として活躍するオーボエが、本日演奏する第2稿ではフルート(フラウト・トラヴェルソ)になっています。

「マリアの潔めの祝日」(現在は「主の奉献の祝日」と呼ばれる)は、ユダヤ教の規定に従って第一子の奉献と産後の潔めのためにイエスの両親がエルサレム神殿を訪れたことを記念するもので、礼拝では神殿で幼子イエスに会い心満たされて死に赴いたシメオンの物語(ルカ福音書2/22〜35)が朗読されます。続く説教のテーマは、救い主であるイエスを信じる者に訪れる安らかな死で、カンタータの歌詞は死と来世への熱烈な憧れを表現しています。

なお、第3曲のアリアは、バッハがソプラノ歌手である妻に贈った楽譜帳に、伴奏を簡略にした形で筆写されました。ほほえましい家庭音楽会のひとこまが想像されます。