相席 かたや 若い男の熱血刑事 かたや 強盗万引き常習少女 ごくまれに 世の中は接近する しらずにまた 世の中は離れてゆく あとには 汁が残った器が二つ 2010.1.31 陽の当たる毒 毒蝮が呑み込んだ 毒蛙を呑み込んだ 双方が陽の目を失った 陽に当たり続けるのは 毒を毒と知らぬ者か 毒を毒と知る者かだ 2010.1.30 火の儀式 生々(しょうじょう)においては なんぞ大なるかや 大なるは天の気焔(えん) 其の渦(か)は魂(こん)の明(めい) この子六歳(むっつ)となりて ようよう魂(こん)を具(そな)え 天の命を伝いて 其の火(か)を預からん 天の命に背きて 獄火(ごくか)を放ちたる時 いかなる灼苦(しゃっく)をも 甘受すべしや 2010.1.29 刃の儀式 生々(しょうじょう)においては なんぞ大なるかや 大なるは天の惠(けい) 其の端(は)は魂(こん)の明(めい) この子五歳(いつつ)となりて ようよう魂(こん)を纏(まと)い 天の命(めい)を伝いて 其の刃を預からん 天の命に背きて 生道(しょうどう)を外したる時 いかなる斬苦(ざんく)をも 甘受すべしや 2010.1.28 落とし穴 誰が作ったものなのか 誰を落としめるものなのか 詮議するのもほどほどに ぼっこり落ちてやりました 連れがいるなら大袈裟に ひとがいなければ控え目に 落とし穴なんてのは ろくなもんじゃありません かけた相手は知らぬ顔 かけられた者は面(つら)に泥 わたしは何のことはない 泥に慣れているのです いいえ嘘をつきました 泥に慣れたいと思います 2010.1.27 蛤 高速道路を掘り返し ひとつの蛤(はまぐり)を拾い上げる ぷくりと気泡を膨らませ 夢から醒めたように弾けた 潮の匂いがついたまま 懐の中へしまい込み 掘り返した高速道路を 元のように埋め立てる 誰もかれも気づかない 蛤なんてもってのほか せかせかとどこかへ向かい 固い景色の殻で酔う 懐に入れた蛤は またひとつ泡を吐く 2010.1.26 馬中(ばちゅう)の人 馬に乗ってみたいなあ 今なら馬に乗ってみたい 馬は馬上の人を映す 馬の動きはその人の動き 迷い 暴走 怜悧 敬愛 気品 形を変えた平成の馬も 見事に馬中の人を表す まったく油断なさるなよ 馬中息のあがる方々よ 2010.1.25 車輪 車輪は 横にしたら 転がらない 縦にすれば 転がる 横にしたら 転がらない 縦にすれば 転がる 車輪は 2010.1.24 ふくれる ふくれるふくれる 餅がふくれる 腹がふくれる 肥やしがふくれる 飛行機がふくれる 火山がふくれる インド洋がふくれる ふくれてふくれて 破裂しちゃったら また元に戻るかな 宇宙船にいる人へ 窓から見えていたら しかと見届けて 餅でも食べて どうかお達者で 2010.1.23 義手 血が通ってないから ひどく冷たいだろう? 今まで奥の陰の中に ひっそりと隠してきた もう陽の下(もと)にさらそう 陰の中は冷たすぎる 陽の下にさらして 温(ぬる)ませてみたいよ あなたのお陰です あなたの陰は温(ぬく)かった わたしは怖れたくない もう陽の下へゆきたい 2010.1.22 鍵っ子 塀の上にいる猫に 誇らし気に語っている ぼくはおとなのいちいん ぼくはひとりでできるのさ ぼくがいえをまもっている ぼくはしっかりしなければ だけどなんだかさびしいんだ おとなってさびしいものなのかい まもるってさびしいものなのかい ぼくはしっかりしなければ さびしくてもしっかりしなければ 首から下がった塊が ぶらんぶらんと揺れている 2010.1.21 上に戻る ぐい呑み 決して大きからず ちくりちくりとして 喉を潤す器 姿は大きからず されど並々として 広さは大海の如し 小さきものの中に 大海を見るは 心の持ちようなり 友と交わす大海 独り案に干す大海 ちくりちくりとして これほど大なるは ぐい呑みの他なし 2010.1.20 牢 牢に入れば何がある 牢に入れば時がある 時があれば何になる 時があれば己(おのれ)になる 己になれば何がある 己になれば外(ほか)がある 外があれば何になる 外があれば想(そう)になる 想になれば何がある 想になれば念がある 念があれば何になる 念があれば天になる 天になるには牢が要る 牢には一時が籠っている 2010.1.19 案山子は横になっても案山子 案山子も 二宮尊徳も 食い倒れ太郎も 立ちっぱなしで 立ちっぱなしの強さも あるかもしれないが 人というものは 生き物であるからして 絶えず動くことが 自然のことであるから 自然であるということは 立ちっぱなしのときも 次の動きに向けて 常にとまらずに 在ることだ 2010.1.18 顔の話 顔が美しければ 四六時中損得がある 顔が美しければ 往々にして損得する 顔が美しくなければ 時として損得がある 顔が美しくなければ 往々にして損得しない まあまあそう激昂せずに 落ち着いて考えてみなさい 2010.1.17 溺れる者は大舟を掴む 泳げもしなくせに 大海原へ出ようとしている 舟がひっくり返れば ちぎれた海藻になるだろう ちぎろうとする大いなる力は 万(よろず)の神ほどの数がある 万といわずせめて百ほど 備えておくに越したことなし それこそが泳げなき者の 賢こき悪あがきというもの 悪あがきが幸いすれば 小舟を大舟にもできよう 泳げないのであれば 泳げないだけのことをするまで 2010.1.16 運転士 交差点に差し掛かると 商店街の中を通ると 繊毛の神経を巡らしたような 絶対的猜疑心か 甲羅を背負って歩くような 絶対的な過信か そのどちらかでなければ とても務まるものではない 紙縒(こよ)りのような神経と ベニヤのような甲羅で 鼻歌を唄っている私には ますます務まるものではない 2010.1.15 手の上のコマ 手の上でコマが回る 止まったように回る 手の皺沿いに回る 眠っているように回る コマが目を覚ますと 左右に揺れだす やがて手の上を転がり 本当の眠りにつく コマはその大半の時間 眠りについているのだ コマが目を覚ましているのは ほんのわずかにすぎない 眠りと眠りの間の ほんのわずかにすぎない 2010.1.14 狼の羊 ある狼男は 満月を見ると 羊男になった 本性を隠し 羊であることを隠し スミレを見つけても 見ないふりをし 巣から落ちた小鳥も 耳を塞いで 痛々しいほどに 毛を逆立てては 歯をむき出して 内心ではビクビクと 満月の夜を 恐れている 2010.1.13 開閉 出入口はひとつ ちょいとレバーを握る 出入口は開閉する 誰がレバーを握るか 皆それ恐れおののき 時として見せる鬼形相 奴が握りやがった 急げ急げ急げ ああっこん畜生! あの方が握りなすった さあ順番に順番に 慌てなくてもいいぞ 2010.1.12 抗えぬ羽根 何も言わず 会うこともなく 別れゆくのは 罪でしょうか もしそうならば どうか許して わたしを許して すべてわたしが 悪いのです 翼になれない ただの羽根は 風のなすまま 吹かれるのです 2010.1.11 上に戻る 山の男海の女 山の男たちは 街の電柱を切り 海の男たちは 網で違法車を曳き 山の女たちは 吸殻やガラス瓶を摘み 海の女たちは カルキや鉄錆を剥ぎ取り 金にもならないことを 黙々とやってのけるのは 自分勝手な奴らのためじゃない 己れ良ければな奴らのためじゃない スギやクヌギやキノコや アジやスズキやサザエが 自分の子どもと同じように かわいいからでしょうが 2010.1.10 見えない数字 本日 新聞で海外のことを伝える 邦人死者 1 交番で見た交通事故 死亡者数 1 夜更けの張りつめた緊急手術室 蘇生者数 1 明け方助産婦が安堵する部屋 出産数 1 本日 見えない数字 2010.1.9 おふくろはシェフ お口に合いませんか ジーザスジーザス あのナニナニ丘の お上品なお味しか 受け付けませんか そうですそうです お家には無いとさ 地中海のレシピ 魅惑の香辛料 希少家畜肉 良いシェフ良いシェフ 細い管に繋がれた 過去の英雄たちだけが 絶え絶えに叫ぶ おふくろの味を! おふくろの味を! 2010.1.8 ある生命体の仮説 海に没する島あれば 氷が剥がれる島もある 滅亡する生命あれば 新種の生命体もある 夜空から消える星あれば 欲望広がる街明かりもある 愛が消えれば 憎しみが溢れ 憎しみが消えれば 愛が満ちてゆく そういうものだと この生命体は信じている 2010.1.7 壁に穴をあける者 硬い灰色のベッドで生まれ 粉が浮遊する液体を飲み 車の傍には行っちゃだめと 見知らぬ人と話しちゃだめと 危ないから危ないからと ガラス張りの部屋に入れられ やがてものごころついた頃に 壁穴を出入りする鼠に憧れ ぼくは鼠になりたいと ぼくは鼠になりたいと ガラスの下の床を掘り始め なんだか悲鳴のような音が 聞こえてくるけれど関係ない 鮮血がはねたって関係ない だってぼくは鼠になりたい だってぼくは鼠になりたい 壁穴を自由に出入りする 鼠になりたいんだもの 2010.1.6 雪の原 雪の原に 大の字に ばっさと 仰向けに 倒れた 起き上がり 大の字を しげしげと 見つめた もう一人の ぼくがいた やがて雪は ぼくの上に 降り注ぎ 埋(うず)めるだろう 2010.1.5 しょっぱい がぶがぶと 海の水を 飲み干したら ぼくが 海に なるのかな だけどぼくには 海のような 寛くてやさしく 荒々しい こころなんて 持ってないな 2010.1.4 月影 幼少のころ 屈託のない 笑顔の子が 無数にある 扉を開けて あるいは覗いて 突如雷に 打たれてしまって 太陽に月が 重なったように 美しい顔には 影が差して 暗みがかる ことがままある 太陽を月が よぎるまでは 2010.1.3 矢文(やぶみ) 風を切り裂き 矢が柱を突く 先には文(ふみ)があり 読まざるをえない 客人との商談も 親友との談笑も 男女での密会も 親子での和解も そこにしかない空気を 否応なく切り裂く 矢を放った者は その空気を知らない 知らないからこそ 放つこともできる 西暦二千十年一月 矢文が飛び交っている 2010.1.2 富士見坂 どこから見ても 富士が見えたら そんな名前など 付くはずもない 朝には米を磨ぎ 昼には着物を畳み 夕には豆腐を買い そうした合間の中で うっすらとてっぺんが見え まるで自分が聖人にでも なれたような気になり そうした空気を吸って 日々の血液に取り入れ ただの急な坂道が 特別になってゆくから どこから見ても 富士が見えては いけなかったのだ 2010.1.1 上に戻る