石のフクロウ 今にも飛び立ち 獲物へ向かって 鋭い爪をとがらせ 羽ばたきそうだが 石のフクロウは決して 飛ぶことはない ただ愛嬌のある目で こちらを見るばかり 狩りをするだけが フクロウじゃないさ まあゆっくりやんな などと言っているように 聞こえてしまうのは ぼくが石のフクロウを 信じていないからだと 首をかしげながら ぼんやり思うのである 2009.1.31 隙間風 雪国で育ったひとは 扉の隙間が気にかかる 南国のひとにはわからない 隙間風というやつを こいつが妙に冷たくて 毛穴のひとつひとつから 芯のほうまで入り込み 身を震わせてしまうのだ 雪国で育ったひとは 隙間風が入らぬよう 常に気を張りながら 扉の閉まる音を聴く 2009.1.30 別れのあいさつ いつかまた会いましょう ぼくはにんげん あなたもにんげん おとこのこはおとこになる おんなのこはおんなになる かみさまはかみさま にんげんはにんげん いつかまた会いましょう 2009.1.29 後戻り 人は生れ落ちた時から 後戻りできない運命にある そんなことはわかっている わかっているのに考えてしまう しかし考えた末に思うのだ 後戻りできたところで 同じ途を辿るだろうと 2009.1.28 話すときは目を見て 膝がぶるぶる動く 指が時を刻む 床の上のアリのように 狼狽するネズミのように みな急(せ)いている みな急(せ)いている 幼児は置いてけぼり 旦那は寿命を縮め 誰かの寿命も縮め 夜空もいつしか消えた 2009.1.27 大根 女は部屋を出て 姿が見えなくなる前に 立ち止まりこちらを見て 最後の台詞を言った 「どうして止めてくれないの」 女が部屋を出る前に その腕を掴まえて 行かないでくれと 渾身の台詞を言った 「何もわかっちゃいないのね」 男には女ほどの能力はない どうか赦してやってはくれまいか 2009.1.26 手を離そう 手を握ったままだと 本当に繋いでいるかどうか いつかわからなくなってしまう だから勇気を出して 一度離してみるんだ 怖いかもしれないけど 勇気を振り絞るんだ 手を握っているというのは 何も手にしていないことも 知っていなければわからない ねえ そうだろう? たとえ一度離れたって またひとつになるのさ ねえ そうだろう? 2009.1.25 獣言葉 うほっ うほっ ぐる ぐる ぎゃーん ちょ ちょ ちょ がああん おん ときどき原点に 帰りたくなるものだ 2009.1.24 ねじれたバトン 作り替えのきかない バトンがあったとして 人から人へ渡すとき 誰かがバトンをねじって バトンはねじれたまま 人から人へ渡ってゆき さらに誰かがねじると さらにねじれたままで 人から人へ渡ってゆき そんなことが繰り返され もはやバトンはぼろぼろ ついには人から人へは 何も渡らなくなるなど ねじった本人なんかが どうしてわかるものか 2009.1.23 わたしの仕事 わたしがこれから しなければならない 仕事のひとつとして 生命の息吹を 吹き込むという 厄介ではあるが 喜びに満ちた 仕事がある 立ち尽くす電柱 火の消えた街灯 落ちこぼれた片手袋 人を寄せぬ古いベンチ それらに言霊をもって 生命の息吹を 吹き込むのだ 2009.1.22 紙の上の生命 体育館ほどの いや校庭ほどの 真白く大きな紙に ひとり裸足で立って その上を思うがままに 跳んだり走ったり 倒立したり転がったり じっと座って見廻したり それらのすべてが 表現と呼べるもので あたかもまるで 筆で文字や絵をかくのと 同じといっていいほど 生命(いのち)の芸術なのである 2009.1.21 上に戻る さしせまり 誰かに追い抜かれて ようやく走る意味を知る 湖が干上がって ようやく喉の渇きを知る 耳鳴りが止まなくて ようやく被害者の気持ちを知る 大きな熊と向き合って ようやく非力さを知る 自堕落のまま歳をとり ようやく努力の意味を知る 自分の身に差し迫って ようやく大事な何かを知る 2009.1.20 間違い探し 無駄だよ 間違いなんて あるものか 2009.1.19 強度 強くないことを知ったとき ようやく強さの意味を知り 本当の強さの第一歩となる 強くないことを知ったとき ようやく優しさの意味を知り 本当の優しさの第一歩となる 2009.1.18 設計書 なんだって? 設計書どおりいかない? それでいいじゃないか 設計書なんて いくらでも書き換えられる 一番良くないのはね 変に生真面目になって 設計書を信じ込んで 全く不本意なものが 出来てしまうことだ そうなったらもう 直すのは大変なことだよ 設計書なんて いくらでも書き直せばいい 大事なのは 出来上がりなんだからね 2009.1.17 命綱 命綱を切るのが仕事です 前職は木を伐っておりました 山で足を滑らせて目を覚ますと 今の仕事を与えられました 苦しみながら生き長らえている人の 命綱をばさっと切る仕事です 同じきる仕事とはいいますが 木のようにはうまく切れません 少しでも迷いが生じてしまうと 逆に苦しめてしまうのが恐ろしい なぜ神様はこの仕事を与えたのか こんなことなら木を伐るのが良かった もっと感謝して伐っていれば良かった 命綱を切ったときの本人や家族が 安堵の表情を浮かべてくれる時 ただその時だけが唯一の救いです 2009.1.16 鉄柵 行く手に立ち塞がるもの いつもいつも現れるもの うまくいっているときほど 行く手に立ち塞がるもの おれはそれを乗り越えるべきか それとも破壊してゆくべきか いずれにせよ行かねばならぬ その向こうへ行かねばならぬ おれは冷たいものに手を触れ どうするかを考えている 考えている 2009.1.15 土俵の形 狭くて高い土俵には 皆上がりたがらない 広くて低い土俵には 皆気付くと上がってる だいたい自分の土俵を持っていて だいたい自分の土俵で勝負したい 自分の土俵に上げるためには シコを踏んで鍛錬を怠らず シコを踏み続ければ 土俵も低くなってゆくだろう 2009.1.14 孤独なダンサー ダンサーは孤独だ 一人で踊っていても 大勢で踊っていても 体に刻み込まれた音 リズムにストーリーに 手の先 頭の先 足先 誰も助けてはくれない いつも念じているのだ 動け 動け 動け 音が止むまで ストーリーが終わるまで 体の隅々に吹き込む 動け 動け 動け 誰も助けてはくれない 孤独なダンサー 2009.1.13 散瞳(さんどう) 開いた瞳孔 これは仮死か まるで仏の世界 薄ぼんやり明るい 僕は死ぬのか もはや死んだのか 死ねばどうなる この景色と同じか 薄ぼんやり明るい あとは変わらない 変わらないのか もはや死んだのか なんだか腹が減った 夕焼け空が見えた 2009.1.12 扉を開けて外へ出ると 空があり 雲があり 樹があり 土があり 草があり 虫があり 水があり 川があり 石があり 家があり 人があり 少し遠くに 海がある 2009.1.11 上に戻る 小さな鰻屋 ひどく小奇麗な店内は 音楽など一切なく 数人の客がいたから その話し声などや 箸の鳴る音や 新香を噛む音が 聞こえるばかりで のれんの陰には ひとの良い店主ら 鰻はというと 雪のようなご飯に 小ぶりな身がのり 嬉しさのゆえか 山椒をかけること 忘れる始末で 焼き待ちの時間は するりと喉へ消えた 2009.1.10 止まったエスカレーター 足をかけても 両足をのせても いつまでたっても 目の高さは同じ 僕を上の方へは 連れていってくれない 止まったままの エスカレーター はじめからあてになど しなければ良かった 上の方を見ると 多くの多くの人が じっとまたはおろおろ 何かを待っている 僕はエスカレーターから ひとつひとつ降りた 降りれただけでも 幸運なことだった 2009.1.9 未明の梅花 まだ明けきらぬ深青(しんじょう)の まだ踏み初めし冬の庭 小春小春の続く日に 人知れず白き花となる 朝の光が差し込めば 雪化粧かとまばたきす ああ偽りなき正直さ 愛しくも遠き春を想う 2009.1.8 水車の趾 まわって まわって 水の 上を 時の 上を まわって まわって 水が 消えて 時が 消えて まわった まわった 水車も 消えた 2009.1.7 土を知らない子 土を知らない子は どこへ帰ってゆくのだろう 土を踏んで 土を触って 語りかけることもなく 問いかけることもなく やわらかさも知らず 温もりさえも知らず ただの平面で 硬い平面で 冷たい平面で 平面的な表情で いったいどこへ 帰ってゆけるのだろう 2009.1.6 絶対値 絶対値ってよくわかんない だけどなんとなく好きだな この頃ふとそう思うのです プラスが大きければ 絶対値は大きいでしょう? マイナスが大きくても 絶対値は大きいでしょう? プラスでもマイナスでも 大きくなればなるほど 大きくなるわけでしょう? なんとなく好きだな 2009.1.5 背泳 背泳ぎは好きだなあ だってこうして空を見ながら 息をしていられるんだもの 誰かと競争することもなく 浮かんでいることだってできる 風が吹いて浪ができれば どこかへ連れて行ってもくれる そしてまた泳ぎ出したりする 区切られた世界の中で 不透明な水底に背を向けて 息を止めることもなく いつまでも浮かんでいれたなら オリンピック選手になれたかな なれなかったかな どちらでもいいや 沈みさえしなければ 背泳ぎはいいなあ 2009.1.4 楔一生 一時(いっとき)の欲は 一生の楔(くさび) 迷われた時は なるべく大勢の人の 喜んでいる顔を想像して お選びなさい 2009.1.3 正月飾り まあ なんだ どうにかこうにか 年を越したわけだし 正月飾りでもすれば 御目出度いじゃねえか 正月ってのはさ その気になりゃあ誰でも 御目出度い日なのさ 2009.1.2 新年と三折坂(みおりざか) 人々が行列をなし 祝詞(のりと)を口ずさむ頃 私は私の人生のように 行列からこっそり離れ 普段なら下る坂道を ひとつひとつ登り始め 行き違う人もないまま 行列の先のその奥へ 辿り着いてしまったのだが 新年だから正月だからと もちろんそれも良いのだが 普段から親しんでいれば たやすく出来ることも多く 導いてもくださるのだと 明かりと賑わいに霞む中 気づいたことでございます 2009.1.1 上に戻る