松任谷由実の創った膨大な曲の中から一曲だけ選べといわれれば、多少の躊躇の後、私はこの曲を選ぶ。どうしようもなく美しい曲だ。 同名のアルバム「VOYGER」には収録されておらず、シングルとして発売されている。ベストアルバム「Neue Musik」にはもちろん収録されているので、見かけることがあったら是非手に取ってみて欲しい。そして聞いてみて欲しい。この歌が、その心が、もし伝わったなら、私は心底嬉しい。 歌詞はいかにもこの人の作らしく、まったく隙がない。無駄な言葉は全くなく、緊張感溢れる言葉遣いで、勇気を、愛を、生を、死を歌っている。 忘れない 自分のためだけに 生きられなかった淋しいひと こういう表現は既に死に絶えたのかもしれない。現代日本のように肥大した自我が蔓延し自家中毒をおこしているような世界では、このような詩の心は伝わらないのかもしれない。他人のために命を落とす男、それを淋しいひとと受け取る女・・・、こういうやさしさ、強さを私たちは失って久しいように思う。 冷たい夢に乗り込んで 宇宙(おおぞら)に消えるヴォイジャー いつでも人々を変えるものに 人々は気づかない そうなのだ、無数の人々の勇気ある行為、そして死が世界を変えて行く。けれども、そんな勇気あるものたち、一見無意味に散っていくいのちに私たちが気がつき、感謝することはないのだ。 この曲を聴くたびに、私の心の中に宿る様々な知識、経験がそれぞれに奮い立ち、一種フラッシュバック現象とでもいうか、巨大な波となって私を押し流す。若くして死んだ家族、友人、名前すら知らぬ先祖達、私の足下の無数の死者達・・・、この素晴らしい世界を実現させてきたのは、間違いなく過去に生き、既にその生を終えた無数の人々である。私たちはそんな無数の物言わぬ死者からの無償の愛に育まれて生きている。 けれども、そんな過去の人たちに「ありがとう」を伝えるすべはない。既に無へと還った魂には何ものも届きはしないのだ。それでも、古来から行われてきたように、せめてもの気持ちを込めて、私たちもまた歌を手向けようではないか。死者を弔い、心からの感謝を顕わす魂の歌を。 そして、既に生を終えた人々がそうであったであろうように、私たちもまた日々を生き、勇気を持って前を向いて歩いて行こう。次の世代を育み、愛を伝えて行こう。それが死者達に報いる唯一のすべなのだから。無数の死体の山に私たちもまた埋もれるであろう、その日まで。
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