水の影



アルバム「時のないホテル」収録の佳品である。この前後の彼女のアルバム収録曲には傑作しか存在せず、まさに絶頂期と言って良いと思う。

時は川

きのうは岸辺

人はみなゴンドラに乗り

いつか離れて

想い出に手をふるの

こんな風に歌われてしまったら、もうどうしようもない。言葉の美しさを堪能し、かつそこに込められた思いをかみしめるしかない。様々な人に、ものに、出会いと別れを繰り返す、人生とはまさにそんなものだろうが、同時に「ゴンドラ」に暗喩されるように、これは死出をも視野に捕らえている。

引用は控えるが、歌詞の冒頭では出会いと別れを旅として捕らえている。それが上記の引用部分では、流れ去り戻ることのない川の流れというイメージへと受け継がれる。と同時に川の比喩を通して聖と俗、生と死といった空間分節的な世界観に翻訳してみせ、やはり引用を控えるが次の部分では、ある程度具体的に男と女の別れの風景、つまり俗の表現へとつないでいる。この一連の流れの中で、旅が聖に属することが納得され、歌詞の中で聖俗の出入りが行われていることがわかる。

つまりこの歌には古き良き世界観、まだ神が死ぬ前の世界観がすかし絵のように見え隠れしているのだ。その空間分節のなかで生と俗、死と聖が二重写しになり、この歌詞に深い余韻と一種神聖さを与えている。そして、

よどみない浮き世の流れ

とびこめぬ弱さ責めつつ

けれど傷つく

心を持ち続けたい

ここに至り、それまでの空間分節的なある種やさしさは消え、世界は平坦になる。そして弱々しい自分と向き合うのだ。私たちが生きているのはここなのである。

美しさはもちろんだが、実に巧みな歌詞だと私は思う。紙背にどれだけの言葉が埋め込まれているのか、あるいはどれだけの言葉がそぎ落とされ研ぎ澄まされているのか、私の理解が及んでいないという感触がなんとももどかしい。





Return to my Homepage