9月4日(火) 映画「タイタニック」
何を今更の「タイタニック」ですが、テレビで放送されたようなので、ちょっと蘊蓄します。ちょっとだけです。
この映画をラブストーリーとして見た方、あるいはパニック映画としてみた方、中には史実の正確な再現フィルムとして見た方、様々だろうと思いますし、別にそんな見方に異をとなえる意図は全くありません。ありませんが、ここは一つ、別の見方もあるんだよという提案をしてみようと思うのです。
というか、たぶん上記のような一般的(でしょ?)な見方では、どうしても冒頭と末尾を飾り、途中にも挟まった現代のシーンの意味が、今一つ納得できないんじゃないかと思うのです。なんでこんなに多くの現代のシーンがあるのか、あるいは主演女優はなぜ、宝石を海中に投じるのか、その意味がつかめないのではと思うのです。
実は、これらの現代のシーンには、制作者の深い思いが込められています。その思いが伝わると、回想(再現)されたタイタニックの物語を、また違った角度から楽しむことができるようになります。いや、むしろ、なぜここまで正確な再現を試みたのか、客船タイタニックのディテイルに拘ったのか、制作者の思いがわかります。そして、この映画が真の傑作であることが納得できると思います。
結論から先に言ってしまうと、この映画はアメリカの歴史(あるいは非歴史というべきでしょうか)を描こうとしているのです。アメリカという国は、ヨーロッパ人だった人々が祖国を捨て、一から作り上げた国です。歴史を捨て、伝統を捨て、少なからぬ人々は言葉をも捨て、プロテスタント的なイデオロギーのみに依拠して、人の意志により、いわば人工的に作り上げた国です。
客船タイタニックは、そんなヨーロッパからアメリカへの移民船という性格を強く持っていました。特に船底の三等以下の船室には、故郷を捨てて新天地アメリカを目指す若者たちが大勢乗っていました。
その一方で、一等船客は階層社会であるヨーロッパの上層部、高い教養と知性を持ち、世界最高峰のヨーロッパ文化を担う人々が乗っていました。映画にも克明に描かれていましたが、あらゆる部分に高い文化のみがまとうことの許された美と退廃があり、そしてその周辺にはスノビズムがはびこっていました。つまり、ここにはヨーロッパの縮図があったのです。
そんな客船タイタニックが氷山と衝突し、やがて沈没するという過程には、ヨーロッパの没落が重ね合わされています。そしてそこからの脱出、生存というのは、アメリカの勃興を象徴しています。すべてを失うこと、そこからアメリカという国は始まったのです。
ですから、詳しくは書きませんが、アメリカという国は「歴史」を拒否します。西部開拓史という「神話」こそ用意しますが、それは歴史ではありません。現在もなお多くの移民を受け入れることで成立しているアメリカという国は、日本のように歴史を共有することで国を成立させることが決してできません。いや、逆に歴史があってはならない、そう考えるのです。
そんなアメリカという国の「歴史」あるいは「非歴史」を描き出す、えぐり出してみせることに、この映画「タイタニック」は挑戦しています。そして、私には、その目的をある程度は達成できているように思われます。
現代のシーンの謎解きはこうです。深海調査船による宝探しというのは、いわばアメリカ(人)の自分探し、自らの深層に埋もれている闇の捜索です。沈船タイタニックとは、捨て去り、忘れ去ったはずのヨーロッパの象徴です。多くのアメリカ人にとっては、意識すらされないような、しかしてタブーの世界です。
そこに宝石を戻す主演女優の意志、そして破顔一笑こそが、この映画の白眉となります。宝石は現代アメリカ人に深く静かに残存する、美化されたあるいは秘めやかなヨーロッパそのものです。こんなものいらない、返してやる、それはアメリカ、そしてアメリカ人の、ヨーロッパに対する勝利宣言なのです。
映画「タイタニック」とは、物語と表裏でいわばアメリカの精神分析でもあったわけです。この映画はアメリカの無意識を暴き、何事もなかったかのようにタイタニック、そしてヨーロッパを埋葬し終えるわけですが、そこはやはりタブーということで、青春の思い出にまぶされる形で映画は終わるのです。
もしかしてこの映画は、日本人がもっとも楽しめたのかもしれません。アメリカ人にとっては、気がつくかつかないかはともかくタブーに触れているわけですし、ヨーロッパ人にとっては喪失の記憶であり、苦々しい思い出と映るのかもしれません。
先にこの映画は真の傑作だと書きましたが、どうも制作者たち、ヨーロッパの深層の方はよくわかっていないぽくはあります。ヨーロッパに勝利するのは1000年早いというか・・・、それともあれは「勝利宣言」なんかではなくて、「父さん母さんありがとう」なのかなあ。そうは見えなかったけど、だとすれば心温まる(?)お話なんだけどな。