BAD EGOISM
第一章「灼熱の想い」
「おいおい!!だめだよ。そんなんじゃあ。。」
ヘッドホン越しにプロデューサーのダメ出しが聞こえる。。
「何回言ったらわかるんだー?もう歌う気がないのなら止めてもらっても
かまわんぞ。この曲は他のヤツにまわすからな。」
プロデューサー達は呆れて、席を立っていった。。
まただ…。せっかくのチャンス逃してしまった…。
アマの頃はこれでも通用できてたのに…。
プロの厳しさを痛烈に受け止めている自分がいた…。
俺の名前は高城裕二。イーンディーズ時代に
その当時人気のあるバンドだった「ZODIACK」のボーカルを担当。
20歳の頃、今のレコード会社のオーディションで優勝し
かれこれ一年が経とうとしていた…。
最初は有名ミュージシャンのプロデュースでデビューする予定だったが
そのときもダメだしばかり食らってしまい、結局は手放され
デビューもお流れとなってしまった…。
そしてその後も、いろんな人に曲をもらうが、どれも泣かず飛ばずで
結局、プロデュースしてくれる人もいなくなり…。
そして今回せっかく話を持ってきてくれて、
ようやく掴みかけたチャンスだった…。
俺って…なんて…ダメなヤツなんだろう…。
俺は気力が抜けフラフラとしながらスタジオを出る…。
そして行きつけのバーへと足を運んでいった…。
「おおっ!ゆうちゃん、いらっしゃい。どーしたのー?
なんか浮かない顔してさー。ゆうちゃんらしくないぜぇ。」
俺がカウンターへ座ると、笑顔でマスターが迎えてくれた。
「いや…大したことないよ…。それより…ジンバック作ってくれる?」
「ほいほい。わかったよ。」
マスターがカウンターで作業しているのをよそに
俺は店内を何気に見渡していた…。
みんな…楽しそうだよな…。
するとふとカウンターの端に座っている
華奢で色白の女の人が見える…。
「マスター…。あのさ…。端に座っている女性…誰か知ってる?」
するとマスターは少しニヤケ顔で答える…。
「ゆうちゃーん、なかなかお目が高いねー。あの子、美人だろ?
アマチュアのバンドやってる女の子でね。ボーカルやってるんだよ。」
俺はマスターの作ってくれたジンバックを飲みながら少し照れて答える。
「いやいや。お目が高いって…。ボーカルか…。どこのバンドかわかる?」
するとマスターはゴソゴソッと一枚のチラシを出してきた。
「これだよ。隣のライブハウスで来週の土曜日にライブするらしいよ。」
「へー…。un-Noizってバンド名か…。うん?女の子二人組なんだね。ユニットか。」
俺はチラシの隅々まで目を通す。
面白そうだな…。来週か…。行ってみる事にしよう…。
あれから一週間が経ち俺はチラシに書いてあったライブハウスへと向かった…。
俺は無造作に壁に貼ってあるインディーズライブの告知を何気に眺めていた。
すると誰かが俺の肩を叩く…。
「よぉ。ZODIACKのYU-Ziじゃねーか。俺だよ。覚えてるか?一緒に対バンした
Vision=RealでベースやってたSHINYAだよ。」
俺はその聞き覚えのある声と聞き覚えのあるバンド名に慌てて振り向いた。
そこには全身黒尽くめの長い銀髪の男が立っていた。
「おお。SHINYAか。久しぶりだな。覚えているよ。確かこのライブハウスだったな。」
「そうだよ。ここのライブハウスで俺らやったんだよ。かれこれ8年前の話だな。」
ヤツはビールを瓶ごとラッパ飲みしながら懐かしげに答えた。
「しかし、よくわかったな。SHINYA。俺だってことが。もう忘れ去られているのかと思ったよ。」
俺はドリンクカウンターでビールを受け取りながら答える。
するとヤツはピールをまた一口ふくみ、笑みを浮かべながら
「当たり前だろ。伝説のバンドのボーカルなんだからな。今でも風格はあのときのままだよ。」
俺の肩を軽く叩き、席を立つ。
「じゃあ…俺、今日ツレと来てるからまたな…。」
ヤツの目線の先には、壁にもたれている一人の女性の姿があった。
「なるほどな。彼女とか。わかったよ。じゃあまたな。」
俺はヤツと軽く握手をし、ヤツは彼女のもとへと向かっていった。
そして激しいギター音とともにun-Noizのライブが始まった。
女とは思えないほど太く低い声。声量のある迫力ボイスに俺はただただ圧倒された。
見た目も美しく、何故にこんな華奢で弱々しい体からどこにそんなエネルギーがあるのかと
思うぐらいに凄まじいライブパフォーマンスで見るものを魅了していく…。
彼女が動くたびに、長いサラサラとした茶色い髪が揺れ、ユニセックスな衣装を身に纏い
長くて細い手足が、その衣装をより素敵なものに仕立てる…。
顔もクオーターのようなはっきりとした顔立ちで
赤いライトが彼女の顔を艶かしく彩る…。
俺はこの世の物ではないような、美しさに見惚れていた…。
彼女をもっと知りたい…。
それは時間が経つことに、募っていく…。
こんな事今まで一度もなかった…。
どんなに綺麗な女で好みの女でもここまで俺から惚れこむ事なんてなかった…。
勝手に好きになってくるのはいつも女のほうだった。
俺はそれをただ、簡単に受け止めているだけだったような気がする。
なのに…なんだろう…。この気持ちは…。ライブで一目見ただけなのに…。
そして彼女のMCが始まった…。
観客から「ユウキ〜」というコールが飛び交う…。
彼女…ユウキって名前なんだ…。
彼女はハスキーな低音ボイスで淡々とメンバー紹介を含めた会話をする。
そんな彼女の会話が頭に入らないくらい、彼女の容姿に見惚れていた…。
俺はその日を境にすっかりun-Noizのファンになっていた…。
そして、また俺自身のレコーディングが始まっていった…。
あのライブを見てから、俺自身のやる気も並じゃないくらいあがっていた。
今回は自分で作った楽曲も織り交ぜたアルバムを製作するためスタジオに篭っていた。
「裕二。今回すごいよ。いつものお前じゃないぐらい順調じゃないか。」
プロデューサーやスタッフ達があまりのペースの速い完璧な歌入れに驚く。
「本領発揮だな…。伝説のインディーズバンドZODIACKのボーカルの本当の凄さを見た…。
これはもしかしたら…、高城裕二の…代表作になるかもしらんな…。売れるぞ…絶対に…。」
俺のやる気がスタッフ全員に通じたのか、今までよりも熱心に力を入れた製作が進む。
ジャケ写撮影も順調で、レコード会社も本格的に売り出す方向へと向かっていった。
海外でのPV撮影も終え、俺は久しぶりに自分のマンションへと帰っていく…。
何年ぶりだろう…こんなに充実した毎日を過ごせたのは…。
いつも失敗ばかりしてきたけど…そんなの俺じゃない…。
これが本当の自分なんだ…。俺は本当の自分を見失っていただけだ…。
プロになってから、ZODIACKとは違うことをしようとそればかり思って
俺のあまり興味のない分野にまで首を突っ込もうとしていた…。
無理をしながら毎日やってきてたし、自分らしさをなくしていた…。
ZODIACKも俺自身だし、それも個性…。
俺のすべての始まりはZODIACKだったのだから初心に戻ればいい…。
初心を忘れていたんだよ…、おれは…。
それを教えてくれたのはun-Noizだ…。デジタルとアナログを併せ持つサウンド…。
そのサウンドに合う個性のあるボイスに個性のあるビジュアル。
すべてが斬新だった…。俺の胸をあんなに熱くさせたのは、その時の俺にはない自分自身。
見失った自分を呼び覚ましてくれたのは、
冷酷なほど冷たい表情を見せる彼女の胸の中で燃える灼熱の炎だった…。
己の中の魂を呼び起こし、激しく揺さぶりをかける…。
激しさとせつなさが入り交じる言葉たち…。
その言葉ひとつひとつが俺の中で溶けていく…。
俺は彼女のライブと彼女自身が忘れられないでいた…。
いつもいつでも思い浮かぶのは彼女の姿と彼女の声だった…。
第2章へとつづく…。