「こちらA棟二階フロア!敵の襲撃を受けています!今二人……三人倒されまし!?こっちに来てます!駄目です抑えられ……うわぁぁぁぁぁ」

 普段は静かな廊下に、重い打撃音と壊れたトランシーバーの雑音が響き渡る。そこに広がるのは、倒れる姿は違えど、同じように苦しんでいる黒服の男達の姿。そして、それを為した黒いエプロンドレスの少女は、己の足跡を振り返り、一人、冷静に呟いた。

「これで残すは最上階……大旦那様、待っててください」

 警備員に打ち付けた拳を刀を鞘に収める侍のように振り、その艶やかな黒髪をなびかせ、俊足で階段を駆け上がった。

 少女はその存在感を鮮やかなまでに辺りに放っていた。この屋敷には珍しい東洋人。だが、彼女が鮮やかなのはそれだけではなかった。皺の無いメイド服と、そして良く手入れされた艶やかな腰まである黒髪。その顔には、活き活きとした生気を放っていた。

「止まりなさいっ!!止まらないと……ひっ!!」

途中、同じ服装の女性が立ちはだかるが、その俊敏な身体は、その防壁をあっさりと

「邪魔です!!」

 力任せに噛み砕いていった。見目麗しい美少女が無数の敵を拳で薙ぎ倒す。それは本当に……異様な光景だった。若き闘神、天瀬エマ。今の彼女はまさに通り名のまま奮迅していた。

 幾つの敵を粉砕していったのだろう。エマが最上階に到着した時、そこには十数人の女性が構えながら廊下に整列していた。無手の者、スタンバトンを持つ者、そして指でスディールナックルを回しながらスタンバイしている者。そこは絢爛な修羅界だった。

「天瀬エマ、あなたには最上階への立ち入り許可は出ていません。速やかに立ち去りなさい。立ち去らない場合は全力を持って排除します」

 そのメイドを統べているらしき責任者のメイドは、勤めて冷静な声でエマに警告を発した。その手には鞘に入ったままのサーベル。いつでも抜けるようにすでに鯉口を切っている。

「ライカさん、ごめんなさい。どうしても……どうしても私は大旦那様に会わなければいけないのです!!……どうか、そこをどいてください。あなたたち相手じゃ手加減は……できません」

 エマの嘆願が、天井高い廊下に響き渡る。多くのメイドはその光景を落ち着き無く見ている中、ライカと呼ばれたメイドだけはただ一人勤めて冷静に、差し込む陽光の中であっても冷たく感じる声を響かせた。

「申し訳ありませんが、現在大旦那様は執務中です。速やかにお引取りして自室で謹慎していてください」

 暫しの沈黙の後、エマがゆっくりと赤い絨毯を踏み進んだ。それが彼女の返答だった。

「総員攻撃許可。目の前に居るのは賊です。全力で叩き潰しなさい」

 ライカは一瞬悲しそうに蒼い瞳を伏せ、そして……良く通る声でメイド達に制圧の指示を出した時には、すでに戦意が漲っていた。もはや目の前の者は敵。己の全てを費やして葬る。それが彼女の覚悟だった。

「エマさんごめんなさい、これも仕事なんです」

「大人しくして……くれないんだよねぇ」

 ライカに命令され、警備メイドたちは溜息混じりに、しかしどこか嬉しそうに身構えた。

 警護メイド。それは当主の身辺を自然な形で警護する為に編成されたとされる部署である。一人一人が百戦錬磨の戦闘能力を秘め、勇猛無双を内に可憐を外に現したスペシャリスト。それはメイド長と並ぶこの屋敷の恐怖を司っていた。

「1、2、3、4……19人。大丈夫、私なら……いけるわ」

 しかしそれでもなお、エマは後の無い者特有の決意の目と、闘う者特有の笑みを見せていた。その表情は……ライカ以外全員浮かべている。戦いに堕ちた可憐な乙女達は、その存在を兵に変化させていた。

「庭管理責任メイド天瀬エマ、旦那様にお目通り願いたく参った。邪魔するものは容赦しない!」

 エマの時代がかった叫びが廊下に響き渡り、戦いの火蓋は派手に切って降ろされた。

 最初に弾かれたように動いたのは無手のメイドだった。美しく凄惨な笑みを浮かべた彼女は、躊躇無く貫手で彼女の首を狙った。風を断つほどの鋭い突きはしかし、彼女に突き刺さることは無かった。

「一人っ!」

 彼女から見たらエマが掻き消えたように見えただろう。だが、エマは貫手の風圧に髪を幾房か巻き上げ、まさにそれを紙一重でしゃがんで回避しただけだった。そして両手を地面についてクラウチングスタート。一気に初手のメイドをすり抜けて行った。

「このぉっ!」

 二人目のメイドは、手にした棍を上段から振り下ろす。絶対の自信を込めたその一撃は、低い体勢で駆け抜けるエマに襲い掛かった。

「二人っ!」

 しかし、エマはそれを避けることなく、身体の中で一番固い箇所……足の裏で受け止めた。靴底を叩く重い音が響き、エマは痛みに顔をしかめながら

「せぇいっ!!」

「しまっ……!?」

そのまま宙返りで棍を払う。その一撃で宙を舞う棍を空中でキャッチし、着地した時すでにそれは彼女の武器となっていた。

「警護メイド……これでは話になりませぬ。あなたがた」

 手にした棍を手にくるりと回る。広い廊下のステージと、差し込む陽光のスポットライトを受け、それは演劇のように周りのメイドを魅了していた。そしてエマもそれを理解しているのか、ややオーバーアクションで棍を振り回し、絨毯に叩きつけ、再び身構えた。

「弱いです」

「え・・・ええいっ、多人数で押して行け!」

 その場の全員が見とれる中、真っ先に魅了から解き放たれたライカは、自分の為すべきことを思い出した。自分の為すべきこと。それは主人に害為す不埒者を止めること。サーベルを抜き放ち、気合の篭った声で部下のメイドに、そして自分の心に活を入れた。

『はいっ!』

 ライカの声に反応したと同時に、四人のメイドが広い廊下を塞ぐようにエマに殺到した。一人討ってもあとの三人に取り押さえられる。ある意味正しい布陣。だが、それでもエマの顔から余裕は消えなかった。

「3、4、5、6!!」

その表情のまま、彼女は迫る四人のメイドに向かって走り出した。

「え…?」

 瞬間、誰もが絶句した。あまりにもそれは理不尽な光景だった。そう、彼女はメイドの防壁を飛び越えたのだ。

先ほど手に入れた棍を深い絨毯に突き刺し、棒高跳びの選手のように飛んだ。棍はしなり、そしてエマもあらん限りの力で飛び、四人が到達した頃には、すでにエマは最高到達点に到達していた。

「そしてさらに7から省略17!!」

 理不尽な所業はまだ続いた。最高到達点から棍を手放し、そのまま吊り下げられていたシャンデリアを鷲掴みにし、身体を振って勢い良く飛んだ。

「迎撃!早く!」

「無理です!高すぎます!」

「くそっ、間に合わないっ!!」

回転し、距離を稼ぎ、密集地帯を抜け、天井を蹴って高速で着地して迎撃も追い討ちもさせない。その行為は、その場の空気を一瞬にして凍りつかせた。

「に……日本の大和撫子は化け物か!?」

そして唖然としている18人目のメイドの顎を掌底で打ち抜き昏倒させ、倒れる音と共にエマはライカに余裕の笑みを浮かべて向き直った。

「そんな…18人のメイドが3分も経たずに…非常識にもほどがある!」

 ライカが、自分の見たものを信じられないと吐き捨てるように叫んだ。

彼女自身、今日の今という瞬間まで指揮官としての知だけでなく、部下達の信頼を勝ち取るほどの武も兼ね備えていた。だが、エマの動きはその範疇を大きく逸脱していた。そう、全てにおいて非常識だった。

「こんなこと非常識でもなんでもありません。そう、下僕が主人に直訴する。この時点ですでに非常識です……よね?」

「くっ……」

 後が無い。その焦りと気負いに押し潰されそうになりながら、ライカはサーベルを構えた。

「どうしても……ですか。分かりました」

そしてエマもその気を受け、静かに再び拳を構えてライカに向き直った。抜けられたメイド達もその静かな均衡を感じ取り圧倒される中、その均衡は容易く打ち砕かれた。

「確かに……その通りですねエマ。メイドが仕事をほっぽり出して直訴とは。私はそのように教育した憶えはありませんよ」

 刹那、その場に戦慄というべき何かが走った。何も無い空間から現れたように初老の男がライカの後ろに立ち、自然体でライカの肩越しにエマに語りかけていた。

「あ…あのこれは…申し訳ありません!!」

「宜しいのですよ。2分少々…避難するには十分な時間です。皆さん、よく守ってくださいました。本当にありがとうございます」

 それはこの屋敷の大旦那付き執事だった。執事は手にしたストップウォッチを懐に入れ、叱責することなく、優しく彼女と部下に囁きかけた

 ライカはサーベルを投げ捨て、新たに現れた執事に振り向いて必死に謝罪した。もしこれが命を狙う刺客だったら、そして執事が現れなかったらどうなっていたか。彼女は屈辱と敗北感に顔を歪ませ、必死に頭を下げ続けた。

「……!?申し訳ありませんっ!!」

部下のメイドも呆けた表情で見た次の瞬間、異口同音に同じ行為をし始めた。しかし執事は笑顔でライカの両肩に手を置き、年月を感じさせる優しい声で彼女に語りかけていた。

「あなたは優秀です。私が出てくる暇を与えてくれたこと、本当に感謝いたします。年甲斐も無く申しますが、か弱き女性を守ることこそ男子の本懐。貴女方は私の無事を祈ってください。私は貴女方のため、そして大旦那様の為に戦います」

そして泣きながら謝罪するライカの横を静かに通り過ぎ、執事は軽く息を吐きながらエマの前に立ちはだかった。

「さてと、どのような用件で参ったのですかな?申し訳ありませんが、大旦那様へのアポイントメントは三ヶ月先まで決まっております。理解していただけましたらお引取り願います。さもないと」

 執事は上着を颯爽と脱ぎ捨てた。布の落ちる軽い音が立つ中、執事はその拳をエマに向け、幾分の気迫を乗せた声で宣言した。

「少々肉体言語で語り合わなければなりませんが…宜しいですかな?」

 エマはふと巨石と対峙しているような錯覚を覚えた。堅牢で隙の無い、長年血の滲む修練の末の結果。広い廊下が針の穴ほどの隙間しかないように感じ、足も赤絨毯に絡みつかれたように動かない。

しかし、エマは足を地面に叩きつけて己を鼓舞した。そう…それが

「申し訳ありませんが、私はどうあっても直接大旦那様にお聞き願いたいのです」

 それこそが彼女の選択だった。静かに再び構えを取った彼女の目には、一点の曇りも存在していなかった。

「良い目をしておいでですね。最早何を申しても無駄ということでしょう……畏まりました。病院のベットの上で辞表か休職届け、好きな方をお書きなさい」

 それ以来無言で、二人は構えたまま立ち尽くした。

空調が行き届いているにも関らず、じっとりと熱気を帯びたような空気が廊下を流れ、メイド達もその風に当てられたかのように固唾を飲んで見守っていた。

『……………』

 そのまま一分、すでに二人は意識の上で何度も組み合っていた。執事の胴を打ち抜こうとしてカウンターを食らい轟沈するエマ。執事の正拳突きを見切り、そのまま関節を決めて粉砕するエマ。二人が同時に見たものは、全て自分が打ち砕かれるビジョンだった。

そして数秒とも数十分ともつかない間を費やされた数百度の打ち込みの後

「気が変わった…まさか」

「どうしたの?」

「そんな…あの二人、絶技態勢に入ったわ」

「な…!?」

 エマは唯一今の自分に打てる手を見出した。構えを解き、体中の力を押し込めるかのようにしゃがみ、爆発する瞬間を待つかのように呼吸を整えている。そしてそれに呼応するように執事も静かに息を吐いて気を練り始めた。静かで、そして危険な呼吸音がこの間を震わせていた。

 絶技…壮絶にして絶対なる技。これを打ち損じたら後に残るは無残な骸。二人の達した結論はまさに同じだった。震える手を押えつつ、最初にエマに打ち込んだメイドは悲壮な声を上げた。

「や……止めてください!!殺し合いになるなんて……そんなの変じゃないですか!!」

 しかし彼女の思いも空しく、その声が壮絶なる瞬間への引き金となった。

「せぇいっ!」

「……………」

エマは無言で飛び、そして執事はそれを見据えて真正面から正拳突きの態勢で迎え撃つ。己の全てを費やして気の遠くなるほど練磨した、絶対なる自信に裏打ちされた業がぶつかり合う。その場にいた全ての人間が、その後に起こる惨劇を想像して目を反らしたが、その瞬間は……ついに来なかった。

「はうっ!」

「何……?」

何か早い物がぶつかる軽い音と、一瞬遅れてどさりと重い物が落ちる音。そしてその場の全員を支配する者の声が廊下に響き渡った。

「少々大人気ないのではないのかね?わざわざ絶技に入るとは」

 目の前の敵が無力されたことを理解した執事は、その構えを解いて、この行為を行った者にいつも通りの恭しい礼をした。その仕草は心底服従した者が服従した相手に対する礼に溢れた物で、それをもって迎えるべき相手はこの屋敷においてただ一人しか存在しなかった。そう、それは

「申し訳ありません。私の知らぬ間に技量を高めたものと思われます…大旦那様」

 大旦那だった。手には野球グローブをはめ、休憩中だったのかネクタイを少し緩めたラフな格好で立っていた。そして廊下を転がるテニスボールと

「うきゅう…」

 目を回して大の字に倒れているエマの姿。その姿を見て、メイド達は深々と畏敬の念を込め、大旦那に頭を下げていた。

「まぁ良い。しかし、これが報告にあった賊か…この屋敷のメイド服を着ているようだが」

 物珍しいものを物色するような声で執事に問いつつ、倒れているエマの元に歩み寄った。

「申し訳ありません。それはこの屋敷のメイドの庭管理責任者、天瀬エマでございます」

 執事は恐縮しつつ、ありのままを報告した。

そして大旦那と執事以外の人間は、来るべき叱責を待っていたが、その第一声は感心の溜息だった。

「ほぅ、貴様に絶技を使わせるような奴がいた…と。貴様の腕が鈍ったか、エマの技量が貴様を上回ったか、それとも……」

 少し物思いに耽った後、思い出したようにその場にいた全員に目を向けた。視線を感じると同時に、全員整列して言葉を待った。一糸乱れぬ統制がライカの有能ぶりを示していたが、当の彼女だけは屈辱と恐怖で顔を複雑な色に染め上げていた。

「さてと、皆ご苦労。お陰で面白いものを見ることが出来た。少々込み入ったことになりそうだから、一時間程度休憩に入ってくれ」

 その声にメイド達は礼を持って答え、足早に、そして努めて騒がしくならないように心がけて、平静を取り戻した廊下から退散していった。階下から屈辱に染め上げられた叫びが聞こえたが、大旦那は意に介さずエマの傍らに座って彼女の頬を優しく叩いた。

「さてと、おい大丈夫か……って駄目か。脳を振った挙句に後頭部から落ちたか。致し方あるまい」

一人無人の廊下で溜息を吐いた大旦那は、そのままエマを軽々と抱き上げて自分の部屋に戻って行った。エマはまだ意識を取り戻してないらしく、その手足は力なく垂れ下がっていた。

 

 エマが目を覚ました時、そこは見たことも無い部屋だった。天井は高く、陽光が暖かく差し込み、そして煎茶の香りが漂っていた。額に残る鈍痛以外は全て心地よい空間だった。身体を包む清潔で陽の光を大量に吸い込んだシーツと、程よく身体が沈み込む快適なマットレス。そのまま眠りに落ち、幸せを満喫したかったが、頭痛はそれを許してくれなかった。

「あれ……私は」

 額のこぶをさすりつつ、辺りを見回すと

「うむ、久々だったから当たり所が悪いのではないのかと心配した。どうだ身体の調子は」

 自分を見上げる大旦那の優しい笑顔が待っていた。手には盆を持ち、エマの見知った茶道具が乗せられていた。どうやら、お茶の準備をしていたようだ。

「な!?も……申し訳ありませんっ!!無礼を働いた上にこのような寛大なるご処置!!どうかお許しください!!」

「まぁ、これを飲んで落ち着かないか?そう平伏されていては話がし辛くてかなわん。久々に煎茶を出してみたが、玉露の方が良かったのかね?」

「そんなことはありませんっ!!ありがとうございます大旦那様……」

 ひたすら平伏するエマを苦笑交じりに眺め、大旦那はお茶を湯飲みに注ぎ、エマにもそれを勧めた。ヨーロピアンテイスト漂う部屋と煎茶、果てなくミスマッチのような光景だったが、大旦那の動きは相容れないもの同士を容易く結びつけていた。ふと、故郷のことを思い出しながら、エマはどこかチープさの残る湯飲みを啜った。渋い味が、心を落ち着かせる。

「まずは褒めてやらんとな。ここまで侵入し、あまつさえ奴に絶技を使わせる心構えさえさせたとは。あの時とっさにテニスボールを投げてしまったが、すまなかったな」

 どこか感心したような眼差しでエマを眺める大旦那は、少しばかりの謝罪と共に羊羹をエマにそっと差し出した。遠い異国の地で故郷の物を感じる。きっと大旦那の心遣いだと感じたエマは、深々と礼をして羊羹を口に運んだ。

「私が止めなくとも、ひょっとしたら君が奴を葬っていたかも知れぬと思うと……あれは余計な世話だったかな?」

「そ……そんなことありませんっ!!あの時止めてくださらなかったらきっと私が倒されてました」

 エマはひたすら恐縮して頭を下げるが、大旦那はその姿を微笑ましく眺めお茶を飲んでいるだけだった。奇妙で暖かい、煎茶の香りが混じった空気が辺りに漂っている。

「まぁいい。で、報告では私にお願いしたいということがあるというが。君の奮戦に免じて、私に出来ることなら何でもしよう。部署異動かね?賃上げかね?それとも私の息子の正妻の座かね?」

 大旦那が思い出したように語った内容に、エマの顔は一瞬にして曇った。

「え……それは………」

 しかしエマはそのどれにも頷かず、視線を床に移し押し黙ってしまった。

「ふむ……じゃあここを出て一旗上げる際の投資かね。それとも……まさか」

 色々ぶつぶつああでもないここでもないと思案し、大旦那は思いつく限りのことを想像してみた。

「け……結婚は駄目だぞ。こんなおっさんと付き合っても何もいいことは」

 大旦那の考えが、突拍子も無い方向に飛びかけた時、エマは意を決したように湯飲みをテーブルに静かに置いた。

「違います……私の願いは」

 そして深呼吸した後、大旦那の予想の範囲を大幅に超えたとんでもないことを言った。

「あの娘を私にください!!」

 波乱万丈の人生を歩んだ大旦那が、久しぶりに目を点にして茶を取り落とすほどに驚いた瞬間だった。

 

 

冥土妄想伝〜愛は死にますか?〜

 

 

「はぁ……」

 エマは屋敷のバルコニーから溜息混じりに薔薇の植え込みを眺めていた。そこには鼻唄混じりに薔薇を剪定している女の子が一人。鮮やかな肩までの栗色の髪に細く小さい身体。その碧眼の大きな瞳をもって、降り注ぐ陽光の如く枝葉一つにも余す事無く愛情を注ぎこんでいる姿は非常に愛らしく、エマはその輝く姿をうっとりとした目つきで眺めていた。

「あの、エマ……どうしたんだい?まさか鉢植えに害虫とか病気とか」

「いえ、そんなことはありませんよ。数日前に栄養剤の投与も行いましたし、今のところは何もありませんっ。ほらこんなに鉢植えも元気です」

心配そうな顔をして現れた少年…若旦那に向かって、エマは焦ったように鉢植えを手渡した。それに呆気に取られた若旦那は、鉢植えをしばし眺めて元あった場所に置くと、エマが何をみていたのか理解した。

「あ、あれは……アリシアちゃん。今日は確か非番だったはずじゃ」

 そしてまた彼も、さきほどエマが浮かべていた表情を浮かべ始めた。

「あれが彼女なりの休日の過ごし方なんですって。本当に可愛らしいわ……ふふふ」

「そうだね。僕もそう思うよ。それよりエマ、鼻血出てる」

「あら私としたことが。ありがとうございます若様」

 差し出されたハンカチを笑顔で受け取り、エマは鼻を拭う。しかしその最中にも、二人の目が動くことは無かった。四つの暖かい……むしろ熱いぐらいの眼差しは、草木と戯れている少女を射抜いていた。

「僕も……あんな風に世話されたいなぁ」

 若旦那が溜息混じりに洩らした言葉に、エマも同じ溜息を洩らして夢想した。

「いいですわねそれ……むしろ私が世話したいぐらいですわ。あんなこととかこんなこととか……」

「あんなこととかこんなこと……」

 ふと前かがみになる若旦那と妙なシンパシーを感じつつ、エマはこっちを見たアリシアに向かって大きく手を振った。

「あ、エマさんに若様。どうなさったのですか〜?」

 剪定用の鋏を持った手を、屈託も無い笑顔で振りながら、アリシアは大声で二人に呼びかけた。頬に付いた土ですら、今の二人には魅力的に見えていた。暫し眺めた後、二人は顔を見合わせて大声で同じようにアリシアに話しかけた。

「あ、え〜と……そうそう、今日の仕事は若様の部屋の鉢植えのお世話なの。偶然……そう、偶然アリシアちゃんが見えたから手を振ってみたのよ。どう?久しぶりの休日は」

「そ…そうそう。僕もちょっとアロエの鉢植えの調子がちょっと心配で。偶然アリシアちゃんが見えたからどうしたんだろうって思っただけだよ。そう偶然。あっはっは」

 二人とも果てしなく大嘘吐きである。

「そうだったんですか。あの〜、ちょっと遊びに行ってもいいですか?あっ、でもエマさんの仕事の邪魔になっちゃうし……ごめんなさい」

 そう言った次の瞬間、自分の軽薄な物言いにふと気付き、しゅんと項垂れるアリシアだったが

「そんなことは無い!!断じて無いっ!!アリシアちゃん、若旦那であるところの僕の暇つぶしに付き合ってくれ。いやください。丁度クッキーとお茶を貰ったんだ」

「そうそう。私一人だと何か見逃しそうだし。それに一人よりも二人。仕事もきっとはかどりますわ」

 二人とも熱意だけで組み合ったコンビネーションで、澱みなくお互いがお互いのフォローをし合う。ある意味理想的な主従関係がその場に生まれていた。

「本当ですか?それじゃあ喜んでお招きにあずかりま〜す」

 眩い限りの笑顔と共にアリシアが屋敷に入った後、二人は顔を見合わせ破顔し、手を叩き合わせて悦びを分かち合っていた。

「若様、今日ほど若様を素敵だと思ったことはありません。一生付いて行きます」

「君こそ最高のメイドだよ。僕は君がいたことを誇りに思うよ」

 二人はお互いの手を取りバルコニーの上で見つめあい、笑顔で寄り添っていた。遠くから見ればその姿は美しい恋物語に見えるが……二人の内なる心には打算と欲望が渦巻いているだけだった。

 

「エマさ〜ん、こっちの鉢植えの土、ちょっと弱ってるみたいですよ〜」

「ありがとうねアリシアさん。私の仕事を肩代わりさせちゃったみたいで」

 あれから暫し後、エマは据付のキッチンでお茶の準備をし、そしてアリシアは鉢植えの世話をしていた。最初は若旦那も手伝おうと言ったものの、二人のメイドに固辞され、仕方なくアリシアの後ろからその仕事振りを眺めていた。二人とも手馴れた様子で仕事に励み、アリシアは綺麗な鼻唄を歌って一鉢一鉢丁寧に様子を見ていた。

「あ、この鉢植え」

「どうしたのアリシアちゃん。何か問題でも?」

 アリシアが笑顔で持ち上げた鉢植えには、すみれの花が風に揺れていた。手入れも他の鉢よりも行き届いているようで、健康な葉が瑞々しい緑を風にそよがせていた。

「いえ……私が誕生日にプレゼントした鉢がこんなに元気に。若様、ちゃんと育てて、しかも身近に置いてくださったのですね。本当に私、嬉しいです」

 感情のままにアリシアが若旦那に抱きついた時、キッチンから陶器に皹が入るような音がしたが、浮ついた若旦那の耳にそれが入ることは無かった。

「あ、当たり前だよ。僕本当に嬉しかったんだ。多分誕生日に貰ったどのプレゼントよりも嬉しかったんじゃないのかなぁ?この鉢だけは僕が精魂込めて手入れしているんだ」

「(まずい…若様とアリシアちゃん、ラブラブ一歩手前じゃないの)」

 それは見ていて本当に微笑ましい光景だった。若旦那に無邪気な笑顔を向けるアリシアと、そしてそれを照れたような顔で受け止める若旦那。本当にそれは理想的な恋人に見えた。そう、エマ以外にとっては。エマはその光景を見て、どす黒い感情と、危機感を心の奥底から噴出させていた。

「いつっ…」

 突然、若旦那が顔をしかめた。困ったような顔を浮かべて鉢を置き、アリシアはその仕草に不安の表情を浮かべた。

「若様、どうなされたのですか!?」

 若旦那は人差し指をアリシアに向け、苦笑を浮かべた。鋭く切った指先に、ぷっくりとした血玉が出来、それが滴り落ち始めていた。

「ああ、ちょっと鉢の欠けたとこで切っちゃったみた…い!?」

「んむっ…」

 気付いた時には、アリシアはその指を咥えてそれを吸っていた。唇の柔らかい感触と、暖かくぬめった口内の感覚に若旦那は困ったような嬉しいような表情を浮かべ、エマはそれを見て嫉妬の炎でその身を焦がしていた。

「(だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ)」

「はい。これでおしまい…ってエマさんどうしたんですか!?」

「ねぇちょっとエマ……エマさ〜ん……」

 気付いた時にはエマは嫉妬に狂った表情で走り出し、二人は呆然と開け放たれたドアを見つめていた。あの時から一時間以上前の出来事だった。

 

 

「んんぅ……あれぇ」

 アリシアはふと、冷たい外気を感じた。寝る前にはちゃんと布団を被った記憶があった。そして寝る前に感じたことの無い四肢の重み。戯れに動かすと、それは重い金属音を響かせる。聞いたことの無い音にしばし興味を持って動かしていたが、脳が覚醒するにつれてふと何が起こっているかアリシアは考え始めた。見慣れない暗い天井と、石壁から垂れ下がった鎖に三角形のオブジェクト。色々屋敷を案内されたり立ち入ったりしていたが、こんなものは見たこと無い。

「えっとぉ……ん〜と……」

「目が覚めたようねアリシアちゃん。気分はどう?」

 その声を聞いた瞬間、アリシアの脳は弾けたように覚醒した。辺りを見回し、元凶の姿を認めて叫んだ。

「エマさん……これは一体どういうことなんですか!?」

 そこはやはり自分の見知った部屋ではなかった。閉塞感を促進する石壁が自分を取り囲むようにそそり立ち、自分の四肢には拘束具が装着され、場違いなほどに立派なベットに拘束されていた。

「そうね……アリシアちゃんがあまりにも可愛らしかったからいけないのよ。もう、私はどうすればいいのか分からなくって、つい大旦那様に相談に行ったわ。そしたらね」

 エマは、その瞳を喜びに染め上げながら、ハンディカメラをセットしながら思い出話をするように静かに語り始めた。

 

「オーケイ落ち着け俺。つまりだ、どういう……ことだ?」

 呆然とした大旦那は、混乱した心を落ち着かせるようにエマに噛み含めるように尋ねた。

「つまりは、アリシアちゃんを私の好きなようにしていいという許可が欲しいのです」

 エマは、心持ち切羽詰った表情で大旦那に話を切り出していた。普通に考えれば即答で駄目と言われるような願い。だが、彼女にとってはそれが最後の手段だった。

「そうだな、一つだけ聞こうか」

 深呼吸して、真面目な目になった大旦那は、何かを思いついたように問いを投げかけた。

「はい、なんでしょうか……?」

 気圧されて、エマは無言になる。時計の音が響く室内で、大旦那はエマが始めて見るような真剣な表情で言葉を続けた。

「……ビデオ撮影はありかね?」

 そして悪魔の契約は締結されてしまった。

 

「というわけで、アリシアちゃん。あなたをこれから私の好きなようにするわ。悪く思わないでね」

 笑顔でビデオカメラのセッティングを終えたエマは、足取り軽くカメラの前に立ち、それに目線とポーズを合わせて宣誓した。

「わぁ〜んっ!?大旦那様の鬼!!悪魔!!外道〜!!私の人権はどこに行ったんですかぁ〜!!」

 可愛らしい声で大旦那を罵倒したアリシアに振り向き、悲しそうな目でエマは悲しい事実を静かに告げた。

「そうね……大旦那様の許可を取り付けた時点で無くなったわね。残念なことに」

「あう……」

 そして力なく項垂れたアリシアの傍らにゆっくりと近づいたエマは、その手をアリシアの頬に置いてくすりと笑った後

「それよりアリシアちゃん、さっきの罵倒は駄目よ。大旦那様を罵倒するなんて、メイド失格だから……その分」

「きゃあっ!!」

「お仕置きも追加して差し上げますわよ」

 白い簡素なパジャマを胸元から力任せに引き裂くと、エマはその露になった双丘の頂点を指で弾きつつ、そのままアリシアに馬乗りになった。

「それにしても、着替えの時見たけど……本当に大きいのね。こんなに可愛い顔なのに、同じ女として嫉妬しちゃうわ」

「はぅっ!!ねぇ、やめてよぉ……エマさん…!?駄目ぇ」

 歳不相応の瑞々しく大きな胸は、エマの手で揉まれる度に、柔らかくその形を変えていた。そして舌で責める度、頂点の固さは増し、そしてアリシアの声も悲鳴から艶のあるものへと変えていった。

「ひぅっ…駄目ぇ……おねがい、もう止めてぇっ…あぅっ!」

「駄目。まだ始めたばかりよ。それにまだここだって残ってるのに」

 左手と口でアリシアの胸を弄びつつ、エマはその右手をアリシアのショーツの内側に伸ばしていった。

「え……きゃあっ!!駄目っ!!そこは!!」

 布の中に手を伸ばし、直接秘裂を撫でたエマは、指に何かを感じ取って勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「あら、もうこんなになってる……アリシアちゃん、本当にこんな可愛い顔して」

 淫乱なのね。そう言ってエマは、アリシアの目の前に濡れた指を差し出した。正視出来ないアリシアは、それから目を反らし、赤い顔と熱い吐息を隠すようにエマから視線を逸らした。

「もぅ……我慢しなくていいのに。実はエッチなこと大好きなんでしょ?ほら」

「きゃっ!?いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 とうとうエマは、唯一まともに身につけられていたショーツを一気に引き千切るように引き下ろした。羞恥に悲鳴を上げ、四肢を動かそうとするが、重い鎖の音が響くだけだった。

「いや…やだよぉ…」

 アリシアの薄めの陰毛に隠された秘裂は胸の刺激だけで濡れ、見ているだけでもすでに雫が滴り落ちていた。エマは自分のが滴り落ちるのを感じつつ、頭をアリシアの足の間に入れ、その秘裂を舌で抉じ開けようと顔を近づけた。

「や…やだ…若様ぁっ!!」

 そのアリシアの必死の声にエマの動きは止まり、一瞬アリシアは止めてくれたと思ってエマの頭に視線を向けるが……

「え……!?」

 アリシアを見つめているのは、エマの愉快そうな笑みだった。

「そう、そんなにあの男が欲しいの?私だけで満たしてあげようと思ったのに……そう、アリシアちゃんのお願いなら仕方ないわ。持ってきて」

 唯一外界と繋ぐ鉄の扉に向かって命令すると、重い音を立てて一人のメイドが何かを転がしながら入ってきた。両腕が上がらないのか、そのメイドにしては珍しく無作法に足でそれ……樽を蹴り転がして入ってきた。

「そ……そんな、何でパトリシアさんまで!?」

 アリシアが驚愕の悲鳴を上げて侍従長であるパトリシアの姿を見る中、エマはその樽を受け取ってパトリシアに礼を言っていた。そして、パトリシアはアリシアの方を見る事無く陰鬱で淫猥な部屋を一瞥して、エマに確認を促した。

「あまり良い趣味とは言えませんが、これも大旦那様の命令ですので今回は何も言いません。こちらでよろしいでしょうか」

 その樽は、奇妙に動いていた。外面を見ると、余すところ無く五寸釘が打ち込まれ、そして樽の中からは痛いだの刺さるだのという微かな悲鳴を内容物が発していた。その声にふととある人物を連想したアリシアは恐怖にうち震え、この中で最も正常である筈のパトリシアに助けを求めることも出来なかった。

「それにしても大旦那様には恐れ入りますわ。私との約束を優先させて、本当に捕縛して持ってきてくださるとは。感服いたしました」

「大旦那様の命令は絶対ですので。そして、丁度良い時に若様に仕置きしていたのが私ですから、私が持ってきました。処理する手間が省けた分、感謝すべきことなのでしょうね。後始末、よろしくお願いいたします」

 パトリシアは力なく垂れ下がった手でバールのようなものをエマに渡し、最後までアリシアに一瞥することなく陰鬱な牢獄から立ち去っていった。

 アリシアは恐怖に高鳴る視界で、その光景を眺めていた。そしてそれに反比例するように、エマは楽しげに歌を歌いながらバールで樽を抉じ開けて中の物を石床に投げ出した。反響する歌声を己が耳に入る事は無く、恐怖に揺れるアリシアの眼差しはそれだけを見つめていた。

「本日のメインゲスト〜、若様で〜す」

「痛い……死ぬ……コロシテ………」

折檻の後が生々しい若旦那が、ズタボロの衣服を纏って床を転がった。全身に余す事無く付けられた引っ掻き傷と鋭い物で突いたような痕が、暗く陰鬱な部屋に不思議なほどマッチしていた。

「若様、若様。もう助かったんですよ。だから気を取り戻してください」

「いやだ……落ちるのは……まわるのは……え………?」

 冷たい外気と、久々に聞く優しい誰かの声。若旦那の正気を失った暗い瞳は、その光をゆっくりと、そして確かに点していった。

「……っ!!ここはどこだそしてこの俺は誰だぁっ!!」

「ここは地下の隠し部屋で、あなたは若様。それももう忘れてしまったのですか?嘆かわしい……」

 さらに混乱した若旦那に理解を求めるようにエマはゆっくりと説明してみたが、重苦しい部屋の重圧の洗礼は容赦なく若旦那の五感に注がれていた。

「知らないよ!!気付いた時には釘だらけの樽の中で攪拌されてたんだ!!強制ヨガ体験コース(強)をやったと思ったら……今度はエマと時代錯誤の拷問室だ。これは何かのジョークなのかよ!!僕が一体なに…を……」

 混乱と怒りで動いていた若旦那の口が、それを見て一瞬で止まった。その視線の先には、胸を露出させ足を開いたあられもない姿で横たわるアリシアの姿があった。若旦那の視界にまだ幼いアリシアの秘裂が入り込み、分身の首がもたげ始めたことを感じていた。

「だ…駄目ぇっ!?見ないでぇっ!!」

「あわわわわっ!?ごめんっ!!」

 赤くなって視線を逸らそうとした若旦那だったが、それはエマの手で止められてしまった。

「エマっ!?これはどういうことなんだよ!?」

 目だけでエマの方を見た若旦那はアリシアの惨状を問いただしたが、エマはその視線をまるで無視するように、己に酔ったような声で説明を始めた。

「これはね、私とアリシアちゃんの愛の儀式なの。私が全身全霊を込めて愛してあげようとしたのに、あなたを呼ぶものですから……アリシアちゃんのたっての願いということで、来ていただいたのです。それに」

 エマの顔が一気に凄惨な笑みに変わり、そして若旦那の顎を掴む手に力を込めつつ、エマは

「男に失望していただくにはもってこいの人材ですから」

 そう言い放った後、左手で若旦那の股間に手を置いた。

「エマっ!?な……何を!?」

「あら、もう固くなって。アリシアちゃんの姿を見て固くなったのですか?本当に男っていい加減ですね」

「そ…そんなこと言ったって……って何を!?」

 冷たい視線で若旦那の目を覗き込みつつ、エマは手探りで若旦那のズボンのベルトを外し、ジッパーを下ろし、そしてそれらに隠された若旦那の分身を外に出した。遠くでアリシアの悲鳴らしきものが聞こえたが、エマはそれに構わずそれを直視した。

「すごい……こんなに大きいんだ…」

 解放されたそれは立派に天を仰ぎ、その存在をエマに誇示していた。エマは一瞬唖然としたが、気を取り直してアリシアの方に向き直って言い放った。

「見てなさい。男のいい加減さを。男は誰とでもそんなことしても反応するってことを」

「エマっ!?そんなの変だよ!!一体どうしたんだ…あうっ!?」

 騒ぐ若旦那を黙らせるように、エマは意を決してその大きい肉棒を口に含んだ。その熱さとぬめっとした不意打ちのような感触に若旦那は言葉半ばにしてうめいた。

「んぁ……んぐ……んっ」

「エマ、やめてよっ!!今日のエマ、本当に変だよ!!どうしてこんなことをするんだよぉっ!!」

 暫くは混乱していたが、少し時間が経つに従って、若旦那はその行動に少し違和感を感じていた。

「ねぇ、エマ。答えたくなかったら答えなくっていいんだ」

「ぷはっ……なんですか?イきたくないからって時間稼ぎですか?」

 冷たい視線で若旦那を射抜くが、エマの視線を真っ向に受けつつ若旦那は感じた疑問をぶつけてみた。

「エマ……あまりフェラとかしたことないんじゃないのかな?その……ぎこちなかったし」

「!?」

 鋭い指摘を受けてエマの心が揺らいだ。実際、普段は女性ばかり相手にしているエマにとって、この行為自体始めてだった。今まで男性との接触はそう無く、思えばまともに男性器を見たのも触ったのもこれが初めてだった。だが、面と向かって指摘されるのは……彼女にとって非常に気に食わないことだった。

「そうですか、そんなに気持ちよくなかったのですか。それなら意地でも……出してもらいます」

「え、な、何を!?」

「黙って待っててくださいっ!!」

 一度深呼吸をし、エマは自らの服に手を掛けた。エプロンを外し、ブラウスとスカートを脱ぎ、そして下着を外して一糸纏わぬ姿になった。

「…………」

 その姿を見て、若旦那は呆けたように視線をエマに集中させていた。形良く整った綺麗なバスト、シミ一つない肌。鍛えられた均整の取れた肉体。そして毛の生えていない股間。

「……綺麗だ」

 全てのパーツが組み合わされて織り成す美は、若旦那の心を包み隠さず言葉として抜け、若旦那の瞳もそれに異議を唱える事無く見とれていた。

「!?心にも無いことを言わないでくださいっ!!どうせどんな女でもいいくせに!!それとも子供のように生えてない私のに欲情したんですか。この変態!!」

「ぐあっ!!」

 だが、その心からの言葉が癇に障ったのか、エマは怒りと共に若旦那を乱暴に組み伏せ馬乗りになった。

「アリシアちゃん見てて。若様がよがってイく瞬間を」

「エマ……やめようよ、こんなこと」

「うるさいっ!!黙ってて!!」

 そしてエマは自らの秘裂を指で開き、そそり立つ若旦那の肉棒をその中心にあてがった。その初めて味わう感覚に眉をひそめたが、それを堪えて腰を下ろし始めた。

「んぐっ!!痛っ……」

 ほんの少しめり込んだだけで引き裂くような痛みがエマを襲い、そして

「エマっ!!止めてくれ!!第一エマのまだ全然濡れてないよ!!」

 肉体で最も敏感な粘膜が締め付けられて擦られる痛みに、若旦那もまた顔をしかめていた。

「だから黙っててよ!!あなたは黙ってあの娘の前で無様な姿を晒しなさいよ!!私のことなんてどうでもいいから!!くぅぅぅぅぅぅぅっ!!痛…いっけ…ど…」

 ふと見ると、エマの目から涙が一滴垂れ、そしてどんどんそれが溢れてきていた。乾いた膣を引き裂かれる痛みに耐えているのか、屈辱に心を痛めているのか。若旦那はそれを見るたびに心の奥底から何かが湧き上がる感覚を憶えた。それは……怒り。理不尽な扱いに対する怒り。そして馬鹿げたことを行っているエマに対しての怒り。そして何より……その痛みを与えている自分に対する怒り。

「いい加減にしろよ……」

「黙りなさいっ!!あなたはただこうして寝てればいいの!!痛っ……くぅぅっ!!」

 その一言で彼の中の何かが切れた。

「きゃあっ!?」

「いい加減に……しろよ」

 腰を下ろそうと四苦八苦しているエマを上体の力だけで跳ね飛ばし、、一歩一歩ゆっくりとした足つきでエマに歩み寄っていた。

「え……その…」

「……………エマ」

その目は伏されて表情をうかがい知ることが出来ないことと、静かで重い搾り出すような怒りの声がエマを打ち付け、彼女に恐怖を与えていた。

「いや……若様ごめんなさい……」

 立つことすらおぼつかないまま、エマは這って逃げ出そうとしたが、狭い部屋の中、すぐその逃げ道は塞がった。

「ひっ!?……え?」

 手が伸びた瞬間何かを覚悟したが、その手は優しくエマの頭に置かれただけだった。

「…………確かに僕は女好きかもしれない。今まで沢山面白半分にちょっかいをかけられて、それを相手にしてきた。でも、僕は相手に悲しい思いまでさせてこんなことをしたいと思わない。だから僕は」

 若旦那は上着とズボンを下着ごと脱ぎ、エマ同様一糸纏わぬ姿になってエマを抱きしめた。

「若……様?」

「僕は本気で君を抱く。浅ましい僕だけど、今だけは本当に君の事を」

 好きになる。その言葉を聞いた時、エマは自分の心の高鳴りを感じた。それは自分がアリシアに感じているのと同じか、それ以上の鼓動。高鳴る鼓動を治めるように視線を逸らそうとするが、エマは若旦那の顔から目を逸らせないでいた。

「んむっ!?」

 若旦那はそんな彼女の唇を塞ぎ、若旦那はその手をエマの身体のいたる処を這い回した。髪、胸、太もも、そして秘裂。

「あぅっ!?んぅっ!?はぅっ……あぅん!」

 先ほど自らが行った行為を受け、喘ぎの声はさらにエスカレートしていった。割れ目ともいうべき処は、若旦那の愛撫によってくつろげられて奥までその姿をさらけ出していた。

「エマ……すごい濡れてる」

 秘裂は愛液に濡れほそり、それが快感を感じている確実な証拠だった。若旦那は濡れた指をエマの前に伸ばすと、糸を引くそれを見せ付けた。

「言わないで……ください」

 恥ずかしそうにそっぽを向くエマを優しい目で見ていた若旦那は、その目を決意の色に染めて

「それじゃあそろそろいくよ」

「え……きゃあうっ!!」

 分身をあてがって、誰も立ち入ることの無かった場所へそれを進めて行った。太い処が通った時、何かが千切れるような感触を感じ

「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 裂ける痛みにエマは肺の空気を全て吐き出さんばかりに叫んだ。そして叫ぶ間にも侵入は進み、若旦那の分身は膣の奥底まで納まっていた。

「大丈夫かい?」

「こ……こういう時は心配しないでください。私のことなど構わずに」

 さっきまでの態度と一変し、エマはか細い声で囁き、若旦那にしがみ付いた。痛みに震える顔を見せたくないという行為なのだろうが、若旦那はそれを身体で感じていた。

「分かった」

 ただそれだけ言って、若旦那は動き始めた。狭い入り口から少し引き抜くと、分身は朱に染まり、そして流れ出す血は会陰を伝って床に落ちていった。しかしそれと前戯によって出た愛液のお陰で、きついながらもスムーズに出し入れすることが出来ていた。

「はぁ……くっ…痛っ!!くぅぅぅっ!!」

 痛みで膣が締め付けられる度、若旦那の限界はどんどん押し上げられていく。ぎりぎりまで堪えようとする若旦那の心を裏切って

「くぅっ!!」

「熱いっ!!熱いのが……でてる……」

 幾度目かの往復で、若旦那はエマの膣で果ててしまった。

 すこし萎んだそれを引き抜くと、処女血の朱と精液の白が混ざった桃色の液体が零れ落ち、終わったと悟ったエマは力なくその四肢を地に投げ出していた。

「はぁっ……はぁっ……!?」

 そして放出の快感が引いた若旦那はふと思い出したように部屋の中央を見た。

「若様ぁ……」

 そこには目を潤ませたアリシアが、あられもない姿で横たわっていた。鎖で四肢を縛られ、そして胸と秘所をさらけだされたままの姿を見て、若旦那の分身は首をもたげたが、若旦那はそれを振り払うように

「ごめん。今自由にしてあげるから待ってて」

 アリシアを縛る鎖を解き放った。

「若様……」

「あんなことしちゃって……本当にごめん」

 沈んだ顔で若旦那は謝った。自由になった時点でアリシアを解き放つべきだったのに、それを無視エマと事を行ってしまった。その罪悪感と共に視線を逸らすと

「はぁっ……ううっ………」

そこには放心したエマが横たわっていた。股間からはまだ血を流し、そして苦しげに胸で息をしていた。

「本当に……ごめん」

「いいんですよ。でも私が怒ってるとしたらぁ」

「え…ええっ!?」

 しかし、アリシアの行動は若旦那の想像を容易く超えていた。前に回ったアリシアは、そのまま若旦那の前にひざまずき、力なく項垂れた分身を口に含んだ。そして分身に付着する液体を拭うと、若旦那の目を見て悪戯っぽく微笑んだ。

「若様の味とエマさんの味。もう、どうして途中で入ってきちゃうんですか?その上二人で勝手に盛り上がっちゃうし……本当に寂しかったんですよ」

「アリシアちゃん……君は一体」

「だから、悪いと思ったら私にもしてくださいね」

 そしてアリシアは首をもたげた分身に吸い付き、口でそれをしごき始めた。それはエマと対照的に手馴れた様子で、少ししか経たずに若旦那の分身は限界近くまで張り詰めていた。

「アリシアちゃん……もう」

「うん、ここでおしまい」

 放出する寸前で、突然アリシアはその行為を止めてしまった。若旦那は信じられないような目つきでアリシアを見るが、アリシアはそれに構わずにエマに歩み寄り、その股間に顔を埋めて傷付いた秘裂に舌を這わせ始めた。

「あう……うんっ!え……アリシアちゃん?何を…」

 朦朧とした声でエマはそれを見るが、アリシアはそれを止めずに舌で丹念に血に染まった秘裂を舌で拭っていた。

「エマさんって処女だったんですね。だったら私が破りたかったのに……若様ずるいです」

「あ……ああっ!」

 包皮がめくれた肉芽を舌で触れられた時、エマは背を仰け反らせて跳ねた。そしてアリシアの攻めのせいか、秘裂からの出血が薄くなり、溢れるほどの朱交じりの液体が床に零れ落ち始めていた。

「若様、私にもしてください。折角ですから……それにもう我慢出来ないんです。おねがいします」

 そして、舐めながら切なくお願いをするアリシアの秘裂は、今までの己の行為のせいか誰に触られるでもなく潤っていた。

「ずっとずっと我慢してたんですよ。若様のを見てドキドキしちゃったり、エマさんの喘ぎ声聞いてドキドキしたり……二人とも酷いです。焦らしすぎです」

「ご……ごめん」

 ふと場違いな言葉を言ったような気がして、若旦那はばつの悪そうな表情を浮かべた。しかし、思い返してアリシアの後ろに歩み寄り、四つんばいになっている彼女の腰を抱いて、分身で一気にアリシアを貫いた。

「ひゃぁあぁぅんっ!!若様の……おっきいよぉ」

 一気に根元まで貫かれたせいでアリシアは背を仰け反らせたが、己のなすべきことを思い出して、さっきから続けていたエマへの愛撫を再開した。

「うんっ!ううっ……はぁうんっ!」

 さっきまで虚ろだったエマは、快楽の息遣いを見せ

「んっ、んむっ……んんっ!」

 アリシアは膣で若旦那の分身で感じ

「はっはっはっはっ……」

 若旦那はやわらかく包むアリシアのぬめる肉の感覚に夢中になって腰を動かしていた。

「駄目っ、アリシアちゃん……そんなにされたら私…もう」

「僕ももう…出そうっ!!」

 エマの切なそうな声と、若旦那の切羽詰った声を聞き、アリシアは二人に囁いた。

「いいよ……いつでも」

 そしてアリシアは、綺麗になったエマの秘裂からぷっくり出ている肉芽を口で吸い、そしてあらん限りの力で自分に入っている若旦那の分身を締め付けた。

「あ……ああぁぁあっ!!」

「くぅっ!!」

「熱っ……ひゃあああああんっ!!」

 冷たい地下室で、三人は絶頂へ導かれていった…………

 

 

「はぁ……」

 エマは屋敷のバルコニーから溜息混じりに薔薇の植え込みを眺めていた。そこには鼻唄混じりに薔薇を剪定している女の子が一人。枝葉一つにも余す事無く愛情を注ぎこんでいる姿は非常に愛らしく、エマはその輝く姿をうっとりとした目つきで眺めていた。

「あの、エマ……どうしたんだい?まさか鉢植えに害虫とか病気とか」

「いえ、そんなことはありませんよ。数日前に栄養剤の投与も行いましたし、今のところは何もありませんっ。ほらこんなに鉢植えも元気です」

心配そうな顔をして現れた少年…若旦那に向かって、エマは焦ったように鉢植えを手渡す。それに呆気に取られた若旦那は、鉢植えをしばし眺めて元あった場所に置くと、エマが何をみていたのか理解した。

「あ、あれは……アリシアちゃん。今日は確か非番だったはずじゃ」

 そしてまた彼も、さきほどエマが浮かべていた表情を浮かべ始めた。

「あれが彼女なりの休日の過ごし方なんですって。本当に可愛らしいわ……ふふふ」

「そうだね。僕もそう思うよ。それよりエマ、鼻血出てる」

「あら私としたことが。ありがとうございます若様」

 いつも通りのやりとりの後、若旦那はふと数日前のことを思い出していた。

「それにしても、僕たち結局アリシアに手玉に取られたね」

「はい。私の計画、途中まで成功してたのですが……誤算だらけでした」

 結局あの後、エマが膣での快楽を覚えるまで延々とアリシアがその場を仕切っていた。細かい指示と手さばきでエマの身体は開発され、絶妙な攻めのせいで若旦那の分身が衰える暇すら与えられなかった。ほんの少し前まで処女だったエマも、昨日戯れに交わった時にはあられもない姿で若旦那を求めていた。

 若旦那が父である大旦那にアリシアのことを聞いたところ、重い口を開いてただ一言「若さ故のあやまち」とだけ呟いた。どういうことか様々な憶測が出来る言葉だが、少なくとも大旦那が関っているということだけは確実で、二人ともそのことについてはもう触れるのを止めようと誓い合った。

「本当に誤算でした。大事に取ってたファーストキスも処女も若様に奪われてしまいますし……それに」

 エマはふと昨日のことを思い出して顔を赤らめた。そしてそれに釣られるように若旦那もまたそっぽを向いて赤くなっていた。どこか気恥ずかしい空気がバルコニーに流れる中、エマがその瞳を若旦那に向けて優しく微笑んだ。その微笑に心が揺られ、若旦那はまた別の方を向いて恥ずかしさをやり過ごした。

「お……えっとその……」

 しかしそれにも関らず、エマは若旦那の胸にしがみ付くように抱きつき、聞き逃させないように耳元で囁いた。

「私をこんな体にした責任、取ってくださいね。もちろん」

「若様〜、エマさ〜ん」

 下で二人を呼ぶ声が聞こえる。それを横目で見て

「アリシアちゃんも一緒に……ね?」

 困惑して視線を彷徨わせている若旦那に自分の方を向かせてエマは軽く口付けし、そのまま若旦那の部屋から立ち去っていった。そして一人でバルコニーに佇み、下で戯れる二人を眺めつつ、ぽつりと苦悩に塗れた言葉を呟いた。

「結局僕は……ただ巻き込まれただけなんだよな」

どうしてこうなったかを考えてみるものの、庭で微笑ましく太陽と草木に戯れている二人を見るうちにそんな考えはどうでも良くなっていた。

「……でも。それでいい。僕はこれでいいんだ。お〜い!」

若旦那は残った憂いを溜息と共に全て吐き出して、陰りの無い笑顔で庭に下りていった。奇妙な縁だが、あの日、そして今この瞬間に愛すると自分に誓った二人の下へと。

 

                                                End