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マンスリーコンサート / Jean・Jean
ジァン・ジァン

東京都渋谷区宇田川町19−5 山手教会B1F
渋谷駅より徒歩5分
客席:114席(可動)

夜の部 6:30P.M.開場/7:00P.M.開演

注意 : 現在は営業しておりません
(現在は喫茶店 ルノワール)


What's Jean・Jean
 

2000年4月25日ジァン・ジァンが、30年余の歴史に幕を閉じた。
この小劇場は当時演劇青年であった高嶋進氏が、
公園通りの教会の地下を借りて1969年7月27日にオープン。
若者文化の発信地として、かなり前衛的なライブハウスだった。

 

キャパが150人というこの小さな劇場は、さまざまなジャンルの出演者と
異常に近い距離で劇やライブを堪能でき、身近に触れ合う事のできる特異な空間だった。
音楽、演劇、ダンス、トークなどのアーティストが数日交代で出演、ほぼ無休で運営していた。



最後の公演となったのは、寺山修司氏作の演劇『血は立ったまま眠っている』
すでに始まっていた解体工事を一時中断しての上演に、
300人の観客が詰め掛け、閉館を惜しんだ。

高嶋社長は以前から「20世紀の終わりに閉館する」と表明しており、その方針を貫いた。
 
ユーミンとJean・Jean
    

ジァン・ジァンにユーミンが出演したのは
1974年8月から1975年1月まで、月1回のペースで、6回のコンサート。
アルバムも「ひこうき雲」と「MISSLIM」がリリース直前という持ち歌の少なかった時代。
同じ楽曲を3回歌った(^^; という…恐怖の「12月の雨」事件もあった。



'99/2/22「佐野史郎の音楽的生活」松本隆氏との対談時に…

「一番影響された作詞家は松山猛さんです」
ジァン・ジァンでのMCで、ユーミンが話していたと記されている。


もっとも、その話やダディー・オー、コズミック・ララバイの話を佐野さんが
ユーミンに振っても返事はしてくれないそうだが。

松本氏の見解では…
「みんな、昔の都合の悪い話は抹消したがるから(笑)。」 だそうだ(^^;


(松山猛氏 : 加藤和彦氏や加藤氏率いるサディスティック・ミカ・バンドに詞を提供)

   
report by たぬき@東京さん 

  当時マンスリーコンサート(Jean.Jean)に参加されたたぬき@東京さんが
レポートをYML(ユーミンメーリングリスト)に投稿されました。
その貴重な投稿をここに転載させていただきました。

     

< 不完全&完全保存版 ユーミン・ジャン・ジャン コンサート記録 >



第1回 1974年8月30日(多分)
   曲順 不明 : 演奏 不明 (多分、ダディー・オー) : 入場料 多分300円

不明があるので、タイトルが、不完全保存版の由来です。 
言い訳すると、間近に見る生ユーミンに感激して、興奮して、舞い上がってしまいメモるのを
すっかり忘れてしまい、渋谷駅に帰る途中、同行した友人に指摘され
ハチ公前の交差点で、呆然として立ちつくしたのを今でも覚えています。

 でも、開き直ってけつをまくってしまえば(下品な表現で済みません)、
このと
きのユーミンの持ち歌は、アルバム「ひこうき雲」と、
その年の10月に出る予定の「ミスリム」の中から何曲かしかないので、
2回目の時と大差はないはずです。

そのことを証明するエピソードを紹介します。

 このときは1部で何曲か歌って、いったん引っ込み、別の男性がソロで(お名前失念)
ギターの弾き語りをして「今日はジャン・ジャンの入場者の新記録です」と言ったりして。
さすがユーミン。
そのあと2部で何曲か歌って、最後アンコール1曲歌っておしまいだったはずです。

この時に起こったのが、後世に恐怖の「12月の雨」(ユーミン談)として知られる事件です。
 「12月の雨」は10月に出る「ミスリム」からシングルカットされる曲で、
8月からラジオでよく流れていました。
1部で「今度出るシングルです」(やった
ー)と言って歌い、
2部でもまた「これが売れないと困る」と言いながらまた歌って(ラッキー)
なおかつ、アンコールでも歌って(おいおい)
都合、3回同じ曲を歌ったんですよ。信じられますか?
今なら「14番目の月」を1日3回歌ったら、お客のうち何人かは酸欠になると思うよ。
それだけ、持ち歌がなかったっていう訳です




 第2回目 1974年9月28日(土)

演奏 ダディー・オー
    メンバ : 大野久雄・ギター/平野融・ベース/平野肇・ドラムス/吉原真紀子・キーボード
入場料 300円

曲目
1.空と海の輝きに向けて
2.きっと言える
3.瞳を閉じて
4.海を見ていた午後
5.ベルベットイースター
6.12月の雨
7.マホガニーの部屋
8.そのまま
9.旅立つ秋
10.やさしさに包まれてたなら
11.雨の街を
12.返事はいらない
13.ひこうき雲
14恋のスーパーパラシューター
アンコール 12月の雨

この回からは、完全保存版です。
 見てもらえば分かりますが,アルバム「ひこうき雲」と「ミスリム」だけでしょう。
このときにみなさん注目するのは、7番目の「マホガニーの部屋」でしょうね。

ご推察の通り、後に曲はそのままで「翳りゆく部屋」と変わりましたが、
詩は半分以上変わっています。
ただ、「マホガニーの部屋」としては、雑誌や楽譜集には載らなかったと思います。
少なくても私のスクラップにはありません。

どんな曲か知りたい方は、コンサートのリクエストコーナーで希望してください。
1回ぐらいでは、ユーミンも譜面を用意できないでしょうから
初日、2日目は出来ないのを承知で希望して
3日目に歌ってもらうしかないと思います。
そこまでする必
要があるかは疑問ですが・・。
 こちらも、まさかあとで詩が変わるとは思いませんでした。
変わると知っていれば詩の断片でもメモしたんですけど。

 このときに、ピアノから立ちマイクの方へ移動するときに、機材をけっ飛ばすか、
ふんずけるかして、言ったのが
「ああー、こういうところに置く方がいけない
!!」のお言葉でした。
ステージが狭かったんです。今回のFRツアーで言えば、

ステージの広さにジャン・ジャンのステージと客席が入っておまけがくる感じです。

「ああー」という口調は、本当にびっくりした調子で
「こういうところに置くほうがいけない」は、明らかに開き直った調子でお願いします。

 おまけに1曲目の途中でとちって、歌い終わって言ったのが、
「放送中お聞き
苦しいところがあった事をお詫びします(笑い)」
のお言葉でした。
私もこのフレ
ーズを、カラオケを歌うときにとちったあと、使って笑いをとったことがありますが、
何度も使うとひんしゅくを買うので、良い子はまねしないようにしましょう・・・。


今回のFRツアーに何度か行って、最初のMCでユーミンが、
「20数年目のコンサ
ートのことを思い出して
緊張する」とか「胸が痛くなる」と言うようなことを毎回言っていました。
最初は、ステージなんだから緊張するのが当たり前だと思って、
聞き流していました。
が、今回ジャン・ジャンネタをまとめていてその気持ちの一端が分かったような気がします。

 松任谷由実の大がかりなアリーナクラスのコンサートから見ると、
この時期の荒井由実のコンサートは信じられないくらい、未完成だったといえると思います。

 まず、持ち歌が少ない。恐怖の「12月の雨」事件。
おまけに、歌唱力がない(ボカ)、本人が「鶏云々」言っていたから間違いない。

 当時学生だったはずで、時間がなくて練習してない(なんて事言うんだ) 慣れないステージで、
動きもぎこちない(こんなところに置く方が・・・)

こんな点が、あれだけ頭の回転の速い人にとって結構トラウマになっていたのでは、と思います。

聞いていた方は、とちっても、踏んづけても、何度同じ曲を聴かさ
れても
どうと言うことはなくて、思い出になるんですけれど。当事者にとっては辛いものがあったでしょう。

 最終日に行かれる方はどうぞ、こんなところを心に留めて、MCを聞いてください。
おそらく、ホールで79回もやるツアーはこれが最後だと思います。
次回はアリー
ナクラスで行われるでしょうから。
その次のときはユーミンの体力の問題で、今回のFRツアーの半分の
40ステージが限界だと思います。
でもホールで40ステー
ジでは、みなさんチケットが取れないでしょうから、
やっぱりアリーナでと言うことでしょうね。

 でも、私は「シャングリラ」も「センターステージ」も楽しいんですが、
本当に好き
なのは、今回のFRツアーのようなコンサートなんです。最終日楽しんできます。



第3回目 1974年10月25日

第1部 ブレッド&バター
第2部 荒井由実
1部と2部の間にセッションがあり。2部が終わってから又、一緒に演奏するスタイルでした。
開演 19:00 入場料 800円

曲目
1.マリエ(ブレッド&バター・ピアノ・ユーミン)
2.僕と子豚と(ブレッド&バター)
3.キープ・オン・トラッキン(ブレッド&バター)

ここからユーミンだけの第2部
 演奏(ダディー・オー)
4.そのまま
5.返事はいらない
6.ベルベット・イースター
7.きっと言える
8.ひこうき雲
9.真昼日(ダディー・オーのみ)
10.野生の馬
11.海を見ていた午後
12.恋のスーパーパラシューター
13.旅立つ秋(ピアノ松任谷正隆)
14.私のフランソワーズ

ここから、ブレッド&バターとセッション。
15.たぶんあなたはむかえにこない
16.12月の雨 (ブレッド&バター)
17.ピンクシャドウ(ブレッド&バター)
18.野生の馬(ブレッド&バター)

ジャンジャンは、原則として、チケットの前売りはありま せん。先着順です。
私の場合、午後2時頃から並んだことが一度だけあります。

このときもそうですが、ほかの日もブレッド&バターだけの1部も聞いているんですが
記録していません。ブレッド&バターファンの方、ごめんなさい。

 このとき途中から、マンちゃんこと松任谷さんがピアノで参加しています。
ただ、ブレッド&バターの「野生の馬」をユーミンだけで歌ったんですが、
歌詞を間違えてしまい、終わって言ったお言葉が例の
「放送中1部 お聞き苦しいところがあったことを
お詫びします。」のフレーズでした。



第4回目 1974年11月29日
開演 19:00 入場料 800円

曲目
1. .真昼日(ダディー・オーだけ)
2.キープオン・トラッキン (ブレッド&バター)
3.野生の馬 (ブレッド&バター)

ここから第2部
4.きっといえる
5.瞳を閉じて
6.海を見ていた午後
7)マリエ(ブレッド&バターとピアノをユーミン)
8.そのまま
9.返事はいらない
10.ひこうき雲
11.旅立つ秋
12.恋のスーパーパラシューター
13.私のフランソワーズ
 
ここから、ブレッド&バターも加わる

14.12月の雨
15.たぶんあなたはむかえにこない
16.ピンクシャドウ
アンコール : ライオンは寝ている

目新しいのは、アンコールで歌った「ライオンは寝ている」ぐらいでしょう。
大分練習したと言っていました。

 この時、コンサートでユーミンが言ったお言葉で一気に盛り上がったのが
あの「悪夢のようなミュージック・フェアー事件」(ユーミン談)発言です。

 このコンサートの前に、ユーミンが出演したのが現在も続いている
「ミュージック・フェ
アー」なんです。
このライブの直前に放送された物です(1974.11.26)
テレビでご覧になった方もいらっしゃると思いますので詳しいことは省略しますが
本人の出来がいまいちだったんです。

 かなり控えめに言っていますが、本当のことを言うとみなさんに怒られて、
背中に火をつけられかちかち山のたぬきになるので、これ以上はご勘弁ください。

「ミュージック・フェアーを見て、今日はお客さんが来ないんじゃないかと思ってました」
とユーミンが言うと、ブレッド&バターの一人が「僕も見たよ」といい。

付け加えて「よかったよ!!最高だったよ」のひとこと。
お客は大笑いで、盛り上がったんですが、ユーミンがすねてしまい
「来月もブレッド&バターとセッションの予定だけれど今月で最後ね」との捨てぜりふ。
またまた、みんなは大笑いでしたがユーミンの目が笑っていなかった気がしました。

次の曲の準備にかかって、さあ始めようと言うとき
またまたブレッド&バターが
「ミュージック・フェアー、よかったよ!!」のひとこと。
 ユーミンも苦笑しながら「今日は、みんなにからかわれると思ったんだ」
とのお言葉で
した。
個人的には、このときの「悪夢のようなミュージック・フェアー」出演が、
ユーミンが、テレビの音楽番組にほとんど出ない一つの原因になったと思います。

この後'76年に再度「ミュージック・フェアー」に出たんですけど、
これもまた悪夢のような出来事でした。




第5回目 1974年12月16日
開演 19:00 入場料 800円

曲目
1.ベルベット・イースター(ピアノ弾き語り)
2.きっと言える
3.ひこうき雲
4.あなただけのもの
5.何もきかないで 
6.旅立つ秋 (ピアノ 松任谷正隆)
7.私のフランソワーズ
8.恋のスーパーパラシューター
 
ここから、ブレッド&バター参加

9.12月の雨
10.たぶんあなたはむかえにこない
11.ライオンは寝ている
12.ピンクシャドウ
13.アイリーン・グッドナイト
アンコール : 野生の馬

前回で最後と言ったはずなのに、今回もブレバタとセッションしています。
このときはユーミンが1部でブレッド&バターが2部でした。

 このときのユーミンのお言葉は、「マンタ」でしょうか。
ご存じの方も多いと思いますが、松任谷さんを呼ぶとき
「マンちゃん」とか「マンタ」といってました。

今回、松任谷さんを紹介して
「マンタと呼ばれているんだけど。女性のファンから手紙が来て、
あなたがマンタなら私は・・・よ。と言われた」との発言があり
ました。

当時、ある雑誌に「荒井由実は、八王子の歌姫と呼ばれて、お嬢様のようだが
コンサートで、必ず猥談をしてムードをぶち壊す」と書かれていた一例です。

 ・・・の部分は、適当に入れてください。



第6回目 1975年1月4日 ニューイヤーコンサート
開演 19:00 入場料 800円

日付にご注目ください。正月の4日です。
(ジャンジャン自体は、正月2日からやってました。)
このときはユーミンとダディー・オーだけで、ブレッド&バターは出ていません。
それでも彼らの曲で「野生の馬」を、マンちゃんがアレンジして歌っています。
この曲、ユーミンの持ち歌にしてもいいくらい、よかったです。
今度wowowで放送される、今年のセッションでも歌っているといいんですが。

曲目
1.空と海の輝きに向けて
2.ベルベット・イースター(ピアノ弾き語り)
3.きっと言える
4.そのまま
5.返事はいらない
6.雨の街を
7.ひこうき雲
8.恋のスーパーパラシューター
9.あなただけのもの
10.瞳を閉じて
11.やさしさにつつまれたなら(ピアノ弾き語り)
12.海を見ていた午後 (ピアノ弾き語り)
13.旅立つ秋 (ピアノ弾き語り)
14.たぶんあなたはむかえにこない 
15.生まれた街で
16.野生の馬
17.12月の雨
18.何もきかないで
19.私のフランソワーズ
アンコール12月の雨 ・空と海の輝きに向けて

このとき、さいしょのMCで
「今回は、風邪気味なので歌は少な目にして小話をたくさんします」
とのお言葉にお客さん大喜び。本当ですよ。

曲目リストでおわかりのように「ひこうき雲」と「ミスリム」からなので、
みんな聞き飽きていたと言うと怒られるでしょうか?

 お言葉通り、小話をたっぷりやりましたが、あまりなので、ここに書けるのは一つだけにします。
 冬なので、小さい男の子と女の子が、雪の上におしっこで字を書いています。
男の子はうまくかけるけど、女の子はうまくかけません。なぜでしょう。・・・以下省略





以上でジャンジャンでユーミンが出演したライブの記録はおしまいです。
以下は、私個人の感想です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

何でこんなことをこの場所(YML)で?…と思われたでしょう。
ファンクラブなり
いろいろなHPで、すでに記録されているはずと、私も思っていました。

 でも、○○さんや他の方にご指摘され気がついたのですが、
このジャンジャン・コンサートの時点ではまだユーミンのファンクラブは、
出来ていないか、
正式に発足していなかったんです。

ファンクラブの成立については、○○さんに書いていただきたいと思いますので
ここでは省略しますが、私の記憶では
このジャンジャンの客席でファンクラブを作るためのアンケートを書きました。

 会費をいくらにするかと言うので、500円と書いたら本当に500円になってました。

 そんなわけでこの時期のユーミンに関する記録は、抜けている部分が多いようです。
ジャンジャンに限っても、1月4日の分は忘れられています。

 また、ライブ評も私は1点しか見ていません。
10月のライブ評で「新譜ジャーナル」
1975年1月号に無署名で載っていました。
写真が1点あるんですが、ブレッド&バターしか写っていません。

おまけに記事の中に、こんな一節がありました。

「・・・・これで、彼女(ユーミンのこと)のボーカルが安定すれば、
一流の人になることは
間違いない・・・。」(失礼しました)

 
Special thanks
 
たぬき@東京さん、貴重なYMLへの投稿文の転載ご快諾、ありがとうございました。

2度と体験することの出来ないコンサートですが
まるでその場にいたような臨場感で、レポートを拝読させていただきました。
この時代の、これだけ詳細なレポートは他にみたことがありません。

心から感謝します。ありがとうございました。


尚、このページはたぬき@東京さんのご了承を得て公開しております。
画像及び文章の無断転載を禁止します。

                                                                                                                                        
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