小さい女の子が一人、険しい山道を越えていくにゃ。空はすでに夕暮れにゃ。女の子は休憩だと、大きな石に腰かけてずっと遠くを見ていたにゃ。幾重にも連なる山並みと夕日はとても綺麗だったのにゃ。女の子は背負っていた荷物を降ろして握り飯を取り出したにゃ。美しい景色を見ながらの握り飯は格別だったのにゃ。ただし、女の子はまだ気づいていなかったにゃ。山を登り始める前から夕暮れだったのにゃ。何時間経っても夕暮れなのにゃ。ずっと夕暮れなのにゃ。
木の上から女の子を見ている者がいたにゃ。「これはまた面白そうなのが来たな」その者は頷くと木から飛び降りたにゃ。「あびゃああああああああああ!」握り飯を放り出して女の子が悲鳴を上げるにゃ。それもそうにゃ、木から飛び降りてきたのは長い綺麗な髪の女性だったけれど、全身真っ赤で、顔が無かったにゃ。あ、服はちゃんと着ていたにゃ。これが「どこから来たんだい?」と話しかけると、女の子は当然のように絶叫、「あびゃあああああああああああああああああ!」「大丈夫だよ、落ち着いて」女の子をなだめたにゃ。実はこの者、さるぼぼ人形の化身だったにゃ。さるぼぼが妖力を得て、人っぽい姿で動きまわっているのにゃ。ただ、後ろから見れば容姿の良い女性の姿まんまなのがポイントにゃ。これで前にまわってもらえれば「ばあ!」と驚かして楽しめるにゃんね。
やっと女の子が落ち着いたにゃ。「私はさるぼぼの化け物だね。さるぼ子って呼ばれてるよ」と自己紹介するさるぼぼ。名前の付け方が適当過ぎるのも、また良い味にゃ。女の子も「あの、私、わらびです…七つ先の村から来ました…」「七つ…って、相当遠いだろう? よく来たなあ」わらびもえへへ、えへへと照れつつ「私は御簾姫様にお仕えするために来たんです。この山を越えれば到着なんですよ…えへへ、私が巫女さんになるんです、うふふ」結構浮かれているのにゃ。さるぼ子も「そっか、あの女神様のところかい! あの女神様は良い人だよ、良いところへお仕えに行くんだね」とお祝いしたにゃ。ただ、少し顔を曇らせたにゃ。顔が無いじゃん、というところだけど、気にするにゃ、そういうものにゃ。「ただねぇ、時期が悪かったかもなぁ…。よりによってこんな時に…」「はわわわわ、、、な、なにか問題でも…?」わらびも急に心細くなったのにゃ。て言うか、観測を始めて以来、実際に「はわわわわ」と言う者は初めて見たにゃ。
さるぼ子は山のふもとを指したにゃ。「ほら、あの大きな湖が御簾姫様のお住まいになっているところだよ。その湖畔にある神社が御簾姫神社。湖を御神体に見立てて建っているんだ、わらびの仕事場もあの神社だろうね」「わあ、いいないいな、綺麗ですー」「御簾姫様には幾人かの巫女が仕えているんだ。彼女たちはそれぞれが特別な力を持っていて、ここを中心に一帯を治めているんだよ」わらびは少しだけ不安になったにゃ。「特別な力ですか…私、なにもできないです…」しゅんとしてしまうので、さるぼ子も慌ててフォローしたにゃ。「いや、大丈夫だって。巫女になることになっているんだろう? 御簾姫様は本当に滅多に新しい配下を取らないんだよ。巫女たちは御簾姫様に仕えるため、神の力で清められたせいで、全員が不老不死になっているんだ。だから最後の巫女が加わってから、一体何十年経っただろうね? そんな感じだから、わらびが選ばれたのは、何か特別な力があるんだろうね」「私に、なにか力が…!」笑顔になるわらびだけど、ちょっと顔が曇るにゃ。「不老不死、って、これ以上歳をとらないんですよね、、、私、永遠にこんなチビのままなのかな…」「だ、大丈夫だって、何とか良い年頃くらいまでは成長するでしょ、むしろそんなこと心配してたのかい?」さるぼ子は、こりゃしばらく面倒みないとダメだな、と思ったにゃ。そこでおもむろに人形を取り出したにゃ。名産品、さるぼぼ人形にゃ。ただ、このさるぼぼ、わさわさ動くにゃ。お決まりのように「あばああああああああああ!」と叫ぶわらびにさるぼぼ人形を手渡すさるぼ子。「怖がらなくて良いって、この人形は私自身だよ。この先は私が一緒に行くと目立つからね。代わりにこの人形を通して守ってあげる」
さるぼ子人形を抱っこしながら、わらびが山道を降りてきたにゃ。やっとたどり着いた村は夕暮れに包まれていて、夏の終わりの風が心地よく吹き抜けていくにゃ。「わあ、やっと着いたあー」わらびがにっこり笑うにゃ。まずは早く神社に行って挨拶をしないと、と道を急ぐわらび。さるぼ子人形が少し身を乗り出すにゃ。「わらび、そういえばさっきから、何かおかしいと思わないかい?」「え? なにがでしょうか?」わらびは後ろを振り向いたり、辺りを見回したにゃ。「なにも変わりないですよー」「あー、気づかないか。仕方ないなあ」さるぼ子人形が空を指したにゃ。「空?」「そうだよ、ずっと夕暮れ時だ。わらびが山を越えている最中も、ずっと夕暮れでなかったかい?」「…あ!」わらびも、もう夕暮れだし山を越えるのは明日にしようかとしていたにゃ。でも、神社への到着があまり遅くなるのも嫌だったので、野宿覚悟で山越えしてきたにゃ。その結果、夕暮れ時に出発したのに、ずいぶん早く到着したんだなぁ、と思っていたのにゃ。実際は丸一日歩いていたのに、のんびりしているというか、体力が半端ないにゃ。
ある日、御簾姫に仕える一人の巫女が行方不明になったにゃ。よりによってその巫女は、この辺り一帯の時を司っていたにゃ。おかげで夕暮れのまま時が止まってしまい、本当なら秋風が吹いている頃なのに、まだ夏の名残の風が吹いているのにゃ。「出来るだけ早く何とかしないといけないんだ。あまり遅れると実際の時との差が大きくなって、復旧した時に何が起こるかわからない」「大変ですねぇ、、、」ふと、わらびは考えたにゃ。「だったら、別にこの一帯の時を操作しなければ良いんじゃないんですか?」「いや、まあそうなんだけど、御簾姫様の考えだからなぁ、わからないや」
やがてわらびは御簾姫神社に到着したにゃ。大声を振り絞り「ごめんくださーい、本日からお世話になります、わらびと申しますー。ごめんくださーい」しかし誰も出てこないにゃ。誰の気配もないのにゃ。「あれ…? お留守なのかな…」「仕方ないね、待たせてもらおう」わらびは縁側にちょこんと腰かけ、しばらく湖を見ていたにゃ。夕暮れの湖は大変綺麗だったけど、やっぱりいつまでも夕暮れにゃ、暗くはならないのにゃ。さすがにちょっと飽きてきたわらびは湖に近寄っていったにゃ。しゃがみ込んでのぞくと、魚が泳いでいるのも見られたにゃ。「わあ、いっぱいいるー」わらびがさらに覗き込むにゃ。「おい、この湖は急に深くなってるところもあるらしいから、気をつけなよ…」「あっ」さるぼ子人形が言うのと同時に、足を滑らせてわらびが湖に落ちたにゃ。「ばかっ、うわ、どうしよう」布の人形なので、水に入ると自分が沈んでしまうのにゃ。
わらびが起き上がったにゃ。「あれ? 水の中なのに息が出来る?」辺りを見回すわらび。上から見た時には透き通っていた水は、辺り一面淀んでいたのにゃ。そして、わらびに影がまとわりついてくるのにゃ。「やあああああ! いやっ! なにこれ、いやあああ!」わらびがもがいていると、奥からクスクス笑いながら少女が近寄ってきたにゃ。黒い髪で、巫女装束なんだけど、黒い服なのにゃ。それから、わらびからベリベリと影を剥がしたにゃ。それから手を振り下ろすと、影たちはバラバラに切り刻まれて消えていったにゃ。きっと爪で切り裂いたにゃ。
少女が振り向いてクスクス笑うにゃ。少女の目は左右で色が違っているにゃ、オッドアイってやつにゃ。わらびはもう怯えてしまって「はうううう…」と涙目にゃ。ていうか、観測を始めて以来、実際に「はうううう」と言う子を初めて見たにゃ。少女は観測している私に気づいたのか、こちらをチラっと見て、にこっと笑ったのにゃ。それからまたわらびに視線を戻したけど、、、おかしいにゃ? 私は誰にも見えないはずなのににゃ?
少女は「お前人間かい? 危ない危ない、危うく斬ってしまうところだった。可哀想に、落とされてしまったんだねぇ…。でも、ここから先には足を踏み入れてはいけないよ? すでにここは御簾姫の聖域さ。しかし、お前は運が良いね。この場所で最初に出会ったのがこの私で…」とクスクス笑ったにゃ。「…黒い装束だけど、、、あの、もしかして、御簾姫様にお仕えする巫女さん、、、ですか?」とわらびは少し落ち着いてきたにゃ。「…私は御簾姫の黒巫女。聖域の中で最も穢れ多きこの場所で侵入者の片づけを仰せつかっている。なに、簡単な仕事さ…闇は心地よい…纏うのも、斬るのもね…」そのまま黒巫女が歩く…いや、泳いで行ってしまうにゃ。わらびは慌てて黒巫女を追ったにゃ。ここへ置いて行かれたら、間違いなく死ぬにゃ。あのまとわりつく影は、この地域一帯の様々な穢れが集まったものにゃ。これらを浄化する場所こそ、この湖の一角にゃ。人々からは忘れられた場所なのにゃ。
わらびが頑張って追いかけていったにゃ。「待ってくださいー…」黒巫女もにこっとすると、ゆっくり降りてきたにゃ。「お前、水の中は初めてだろう? 体力あるね」「あの、私、今日からお世話になるわらびです。よろしくお願いします!」黒巫女はクスクス笑ったにゃ。「…良い子だね。まあ、いいさ。出口はこっちだよ」黒巫女が岩に開いた穴を指したにゃ。「ここから出られる。出口までは案内してあげるよ。もっとも、もう会うことはないだろうけどね」黒巫女が穴に入ってどんどん泳いでいくにゃ。「ま、待ってくださいー」
途中、わらびは黒巫女の手を取って「一緒に行きましょうよ? ずっとここに居るんですか?」と訊いたにゃ。「私は皆の嫌われ者でね、不吉を呼ぶ黒き巫女、と呼ばれている。だからこの場所を守るように言われたのさ。…私はここから出られない。出てはいけないのさ」わらびはちょっとだけ、黒巫女が寂しそうに見えたのにゃ。とうとう出口についたにゃ。この間、わらびには何か感じることがあったのにゃ、「やっぱり一緒に行きましょうよ!」と言い出したにゃ。黒巫女はクスクス笑い、「残念だが、ここでお別れだ。もう二度と私に出会ってはいけないよ?」と言ったにゃ。「一緒に行きましょうよ…あっ」黒巫女がわらびの背中を押したにゃ。
「キミが闇に堕ちたいと言うのなら、話は別だがね…クスクス」
わらびが辺りを見回しているにゃ。さっき落ちたところとはまったく別の場所に出てしまったのにゃ。「あ、そうか。。。さっきの場所は湖の中でも特別な場所なんだ。ここはどこだろう?」遠くの方に御簾姫神社が見えるにゃ。どうやら湖の対岸に来てしまったのにゃ。とはいえ、湖はめっちゃ広いにゃ。元のところへ戻るまでかなり時間がかかるにゃね。「仕方ない、頑張って歩こう…」
わらびがちょこちょこ歩いていると、湖の中から視線を感じるにゃ。「…? さっきの黒巫女さんかな?」わらびが身を乗り出して湖を覗き込もうとすると、足を滑らせたにゃ。「あっ。また落ちる…! きゃあっ」すると、今度は湖の中から弾き出されたにゃ。「痛い痛い…助かったぁ」「…も、もう。危ないですよ…」湖から女の子が顔を覗かせていたにゃ。「ありがとうございます! あなたも巫女さんですか?」「い、いえ…私は、居候の蛟です…」蛟が女の子の姿に化けている子にゃ。でも、かなり気弱な様子だけどにゃ。「私、今日からお世話になるわらびですー。あ、そうだ! すみません、このまま私を向こう岸まで運んでもらえませんか?」「ひ、ひい…さすがに、それは…。まだあなたは、禊が済んでいませんから…。湖を横切らせたりしたら、あの、私が、、、」「ごめんなさいっ、御簾姫様にお仕置きされちゃうんですね…」「い、いえ、姫様は別に…。他の巫女様に怒られます…」
ふと、頭上から「お届け物でーす!」と声が聞こえたにゃ。なんだろう?と見上げると、上からさるぼ子人形が落ちてきたにゃ。「あっ、ぼ子さん!」「いやー、まさかこんなところにいるとは。探したよ、わらび」「でも、どうして上から?」「送ってきてくれたんだ」すると、今度は巫女さんが降りてきたにゃ。「新人さん見つけたー。いやぁ、このさるぼぼがあなたを探してたからね。じゃあ、また後でねー」そのまま空を飛んで行ってしまったにゃ。「あ、あ、、、まだ自己紹介もしてないのに…」「わらび、今のは静子さんだよ。風を司る巫女だ。気まぐれだからね、すぐどっか行っちゃうんだよ」わらびは飛んで行った静子を眺めながら「いいな、いいな…」とつぶやいていたにゃ。「あ、あの、静子様は、空から見張っているんですよ…菜子様が、どこにいるかな、って」
菜子、というのが、さるぼ子や巫女たちが探して回っている、時を司る巫女なのにゃ。星の銀盤をまわして、星をめぐらせるにゃ。彼女がいなくなったおかげで、この一帯の時が止まっている原因なのにゃ。菜子さんがいなくなって以来、御簾姫様も巫女たちを使って方々を探しているけど、いまだに見つからないにゃ。果てにはその巫女たちも少しずつ行方不明になっている一大事、村人も村をあげて探し始めたものの、大怪我をする者が続出して、みんな怖がって家にいるようになったにゃ。なのでとうとう、さるぼぼが動きまわっていたのにゃー。
蛟は「あの、す、少なくとも、菜子様は湖周辺にはいないですよ…。湖は、私が見張っていますが、まったく姿も見えない、です…」さるぼ子人形がわらびの肩に乗ったにゃ。「わらび、湖から離れてみよう」「うん、そうする。あ、蛟さん、ありがとうございました!」蛟が恥ずかしそうに手を振りながら水中に消えて行ったにゃ。わらびは、湖から離れて、ちょうど目の前の広場へ向かって行ったにゃ。
だんだんと霧が立ち込めてきたにゃ。周囲の森の木は、みんな真っ白く変色していたにゃ。そして、目の前には朽ちた大鳥居があったのにゃ。「はううう、、、なんか、怖いところに出ちゃったよ…」むぎゅううううっと思いっきりさるぼ子人形を抱き締めるわらび。「わらび、わらび! あまり力を込めると、首取れるから! 首!」「あっ」ふと、わらびは鳥居の柱に、人形がもたれかかっているのを見つけたにゃ。布の人形ではなく、と言っても日本人形でもなく。黒髪で巫女装束の人形にゃ。こんな場所に人形がいる時点でさらに怖いけど、可愛いの好きなわらびは「わあ、可愛い!」と近寄っていったにゃ。すると人形が「こんにちはですにゃー」としゃべったにゃ。「あびゃあああああああああああああああ!」やっぱり悲鳴をあげたにゃ。「大丈夫ですにゃ? あ、新人の巫女さんですにゃ? せっかく来たのに、こんな状況でごめんね」人形がわらびを撫でているにゃ。「…あれ?」よく見ると、人形の目は青と黄のオッドアイにゃ。「あれ? さっきもお会いしました、よね? 黒巫女さんですよね?」「にゃー? 私は初めてお会いしましたにゃー」人形がクスクス笑うにゃ。
「その子は雛子っていうの、中身は猫よ。撫でると喜ぶわよ」ふと声がしたにゃ。鳥居をくぐりながら、また別の女性がやって来たにゃ。それから雛子人形を抱き上げると、よーしよしよしと撫でまわしたにゃ。雛子も「にゃーにゃにゃ」と喜んでいるにゃ。「ほら、あなたも撫でる?」「はいっ、ぜひ!」さるぼ子人形が慌てて間に入るにゃ。「わらび、わらび! その人形は菜子さんの人形だから、ちゃんと手加減して! ていうか、このお方が御簾姫様だよ!」「…ひゃああああ!」わらびは雛子を放り出して土下座したにゃ。「失礼いたしました! 私、今日からお世話になるわらびです! よろしくお願いいたします!」御簾姫様も喜んで「可愛い子が来たわねー。頑張ってね」とわらびを撫でているにゃ。あまり神様っぽい雰囲気ではないけど、水の女神様にゃ。「ていうか、あなたも妙な人形連れているわねー」「姫様、通りすがりのさるぼぼです。さすがに時が止まったままはまずいので、私も菜子様を探していたところです」御簾姫様は「へぇー」とさるぼ子人形を見ていたにゃ。「迷惑かけるわね。それで、なにかわかった? なにか知ってたら教えてほしいんだけど」「はい、居場所の見当はついたんですけど…」「なるほどー。それでさるぼぼ人形を動かしているのね?」なんやかんや言っても、一応は神様にゃ。さるぼ子の本体は別にあるのくらいは見破ってたにゃ。「あなた本体が近づくと危ない場所なの?」「あー、気づかれましたか、、、ちょっと危ない場所なので」「だったら私たちに知らせてくれれば良かったのに」「そうなんですけどね…。出来れば、何も知らない新入りの子と一緒に、秘密裏に片付けたかったんですよ」それを聞いて御簾姫様が目を丸くしたにゃ。「え? なに? 出来れば私たちが知らない方が良かった事態なの?」さるぼ子人形も、仕方ない、という風に言ったにゃ。「この事態を引き起こしたのは、あの椿娘ですよ」
御簾姫様はちょっと言葉を失ったにゃ。すぐに気を取り戻して「なんでよ!」と言ったにゃ。「いえ、や、なんでもなにも、、、私本体が行くと、妖力を察知されてしまうので、この人形で探っていたんですよ。わらびに言ってしまうと、たぶん怖がるだろうから、なにも知らさないでおいたつもりです」わらびは「ええー、私、そんなに怖がりに見えますか?」とのこと。何度も変な絶叫してたのは誰にゃ。すると空から「おまたせっ」と静子が降りてきたにゃ。「姫、あとはこの子たちに任せて、姫は帰りましょう」「なによ、迎えに来たの?」「姫にはつらいでしょうけど、こんな事態になっているんですから。仕方ないです」御簾姫様は椿娘と仲が良かったにゃ。仲が良いどころか、互いが小さい頃から知っているからにゃ、もう姉妹みたいに思っていたにゃ。そりゃ、椿娘を始末するのは気が引けるのにゃ。でも、飛んでもない事態になっているし、巫女たちや村の人たちの目があるにゃ、じゃあ許す!なんて言うのは出来なかったにゃ。静子は西の方を指したにゃ。「その椿が咲いているのは、向こうの方。椿が他の木々の気を吸いこんでしまっているので、この辺りの森はかなり離れた場所までも白色化しているんだよ。新人のあなたには申し訳ないけど、もうあなたしか動ける巫女がいないから…」わらびは元気よく答えたにゃ。「大丈夫です! 私も今日から巫女です、頑張ります!」
ふと、御簾姫様はわらびを座らせたにゃ。そして頭の上に手をかざしたにゃ。直後、手からすごい量の水が出て、わらびはずぶ濡れになったにゃ。「ひゃあああ…」「こんな場所でごめんね。今のが私の巫女になる為の儀式よ、超簡易版だけど。今からあなたは、私の巫女」御簾姫様は雛子を抱き上げたにゃ。そして「それでは早速、用事を言いつけていいかしら? あの赤い花を、散らしてきてください」と西の方を指したにゃ。
雛子が御簾姫様の護衛として、一緒に湖に帰っていったにゃ。御簾姫様はつい最近、子供を産んだばかりにゃ。あまり無理は出来なかったのにゃ。それでも、菜子さんの行方を何とか探ろうとはしていたのにゃ。
わらびが意気揚々と歩いていくにゃ。新人とはいえ、もう完全に巫女にゃ。足取りも軽く、椿娘のいる西の森へ向かっていったのにゃ。手にはたいまつを持っていたにゃ。椿をさっさと燃やしてしまう作戦にゃ。
「にゃー。ご機嫌ですにゃー」ふと木の上から声をかけられたにゃ。わらびが木を見上げると、今度は白い髪の人形が木の枝にいたにゃ。やっぱり巫女装束で、こちらはオッドアイではなく、両目とも白い瞳だったにゃ。さすがにちょっと慣れたのか「こんにちは、本日から巫女になったわらびです!」と人形に言ったにゃ。「知ってるにゃー、さっきから見てたにゃよ? 雛子がいたにゃ? あれは私の妹にゃ」人形が木から降りてきたにゃ。「じゃあ、あなたも中身はねこさん?」「そうだにゃ、ねこにゃ。名は月子。この人形が可愛かったから姉妹で憑依したにゃ」わらびは月子人形を抱き上げたにゃ。「わらび、その人形も菜子さんの人形だから、丁寧にな」さるぼ子人形が言ったにゃ。「動くお人形を二人も従えているなんて、菜子さんすごいね!」「私は月で、雛子は太陽にゃ。夜と昼を司っているにゃ。だから菜子様は私たちを従えているから時を司るにゃ」
一行は西の森に到着したにゃ。進んでいくと、大きな椿の木があったにゃ。これが椿娘の本体にゃ。木の後ろから娘が出てきたにゃ。「へぇー、そのさるぼぼすごいねー。私のことを突き止めるなんて」白色化した木々は、どうやら椿娘の一部になっていたにゃ。御簾姫様との会話も全部聞かれていたのにゃ。「菜子さんは返す気はないよ」「あの、でもみんな困ってますから、返していただけると、嬉しいなーって…」早速、気迫で負けてるわらびだったにゃ。すると、月子が飛び出したにゃ。「菜子様を返せにゃあああ!」次の瞬間には思いっきり蹴飛ばされて、ポーンと遠くまで飛んでいったにゃ。まだ人形の身体に馴染み切ってない頃だったからにゃー、めっちゃ弱いにゃ。「ああっ月子さんっ」椿娘はわらびを見たにゃ。「引き返すなら、別に何もしない。それでも私とやりあうなら殺すわ」それでもわらびは「姫様のご命令ですから、私はあなたを討つんですうー!」とたいまつ片手に向かって行ったにゃ。あ、いかん。普通に返り討ちにされるパターンにゃ。すると地面から、いくつも根っこが飛び出してきたにゃ。わらびが串刺しにゃ。
「うわあっ」さるぼ子人形が飛び出し、わらびを蹴り飛ばしたにゃ。直後、さるぼ子人形は根っこで串刺しになって動かなくなったにゃ。「ぼ子さんっ、私をかばって…」椿娘がわらびを見たにゃ。「それ以上向かってきたら、次はあなたも串刺しね」「ううう…」動けないわらび。すると、向こうから飛ばされていった月子が駆けてくるのが見えたにゃ。「あっ、また来た! 菜子さんには悪いけど、破壊してしまうわ…!」いくつも根っこが月子向かって飛び出していくにゃ。この頃の月子は戦っても弱かったけど、動きだけはすばしっこかったにゃ。根っこを避けながら向かってくるにゃ。椿娘は完全に月子に集中していたにゃ。
「わらび、お疲れ様」わらびの近くに転がっているたいまつを拾い上げた者がいたにゃ。「ぼ子さん!」さるぼ子本体が来ていたにゃ。さるぼ子はたいまつを手に椿の木へ向かって行ったにゃ。そのまま木に火をつけたにゃ。「あっ! お前っ! 消せっ、消せえええ!」やっぱり木にゃ。火には弱かったにゃ。木が燃え上がると、椿娘もその場に倒れこんだにゃ。
火はそのまま燃え広がり、西の森は大火災になっているにゃ。わらびたちは素早く逃げたけど、わらびは椿娘を引きずって一緒に連れてきていたにゃ。「ごめんなさい…」と椿娘を抱き締めるわらび。息も絶え絶えの椿娘は「あなたは、良い巫女になれるわね…」と言うと、泡のように消えていったにゃ。ちょくご、湖から水柱が立ち、炎上中の森に倒れこんだにゃ。火災は一瞬で消えたにゃ。
すっかり燃えきった森にわらびたちが入ると、向こうの方で何人も巫女が倒れていたにゃ。菜子さんと、探しに行ったまま行方不明になっていた巫女たちにゃ。みんな椿の木に囚われていたにゃ。「な、菜子様あああ!」月子が駆けよっていって抱きついたにゃ。「うう…つ、月子…。ありがと、死ぬかと思ったけどね…」菜子さんが月子を撫でたにゃ。それからわらびを見て「はじめまして。ありがとうね、期待の新人ね…」「えへへ、えへへ、、、はい♪」わらびも照れたにゃ。「おねえちゃーんっ」向こうから雛子が駆けてくるにゃ。その後ろから御簾姫様や他の巫女たちもやってきたにゃ。御簾姫様はわらびの頭をぐりぐり撫でたにゃ。菜子さんは銀盤を取り出したにゃ。それからわらびを見てにこっとしたにゃ。「さあ、星を回しましょう。明日にはきっと秋風がやって来ますよ。巫女になったばかりのあなたをお祝いしに」
椿娘は、自身の木が、もうまもなく枯れることを知っていたにゃ。木が枯れれば、椿娘も消えちゃうにゃ。でも彼女は御簾姫様と一緒にいたかったにゃ。そこで時を止めてしまうことにしたのにゃ。でも、この理由は誰も知らないにゃ。観測していた私だけが知っているにゃ。だから「なんであの子が…」と御簾姫様はずっと残念がっていたのにゃ。
そして、役目は終わった、とばかりに、それからさるぼ子は姿を見せなかったにゃ。
さて、今日は秋祭りにゃ。他に娯楽のない村だし、村の誰もが楽しそうにゃ。神社では巫女たちの舞も奉納されたにゃ。わらびもその舞に加わっていたにゃ。そして向こうの柱にさるぼぼ人形がもたれかかっているのを見つけると、にっこり笑ったにゃ。舞を見る人たちの中には、さるぼぼ人形が「立派な巫女になったね」というのを聞いたという者もいたそうにゃ。
今回の報告はここまでにゃー。