一人、若い女性が歩いて行くにゃ。彼女は身ごもっていて、臨月の大きなお腹をさすりながら歩いて行くにゃ。そして歩くたびにお腹からはカランコロン音がするにゃ。有り得ないにゃ。
 彼女は骨壷の化身にゃ。長い年月を経た骨壷が魂を得て、女性の姿で動いているのにゃ。物から人になった彼女には、世の中のすべての物が新鮮に見えていたのにゃ。やがて行きずりの男と仲良くなった彼女は子供を身ごもったものの、男はどこかへ行ってしまったにゃー。それを探してあちこち旅をしていたにゃよ。でも骨壷の彼女は、身ごもった子供がすでに胎内で骨になってしまっていることには、まだ気づいていなかったにゃ。

 さて、彼女がとある村に差しかかったところにゃ。遠くの方から彼女を見る者がいたにゃ。お面をつけていて、肌触りの良さそうな良い着物に身を包んだ女にゃ。佇むだけでただならぬ気配を発しているこの女性は、この村を中心に一帯の地域を守っている土地神だったにゃー。この土地神様はお腹をさすりながらよいしょよいしょと歩いて行く骨壷娘を眺めながら「これは良いな」とつぶやいたのにゃ。そうして骨壷娘に近づいていったにゃ。

「ごめんよっ」「ぎゃあああっ!」

 骨壷娘は突然現れた仮面の女にビックリして、腰を抜かしてそのまま倒れこんだにゃ。さすがの土地神もちょっとビックリして様子を見ていたものの、骨壷娘はゆっくりと起き上がったにゃ。「ああ、ビックリしたぁ。化け物かと思った…」言ってる本人も化け物の一種なんだけど、とりあえずは怖がりな性格なのにゃ。土地神も「いや、ビックリした勢いで陣痛でも始まるんじゃないかと思った…すまんな」と言っていたにゃ。骨壷娘は「あなたは誰なの?」と訊いたにゃ。「ビックリさせて申し訳ない。私の名はカグラ。この一帯の土地神だ」土地神と訊いて骨壷娘も安心したにゃ。少なくとも敵意は一切感じられなかったし、土地神がわざわざ出てきてくれたなら、少なくともこの土地では身の安全も大丈夫だろう、と。骨壷娘は「私はナツです。骨壷出身です、よろしくお願いします神様」と自己紹介したにゃ。

 そのままナツは、しばらくカグラのお世話になることになったにゃ。むしろカグラの方から「しばらく世話をさせてほしい」と言ったにゃ。もういつ出産してもおかしくないだろうから、このままでは困るだろうと。ナツも喜んで「お世話になります!」と返事したにゃ。そんで二人はカグラの家、要は神社に向かったにゃ。神社に祀られているものの、村の様子を見にしょっちゅう出歩いているような神様だったにゃ。
 しばらく歩いていると、ナツは何か村の様子に違和感を感じたにゃ。それは、どこを見ても、村人の姿はなく、誰一人として人がいないのにゃ。ナツは少し怖くなって「この村、誰もいないの?」と訊いたにゃ。「ははは、居るぞ?ほら、あそこでもちょうど田植えをしているよ」とカグラは田んぼを指さすけども、田んぼを見ても人どころか猫も犬も居ぬ。いよいよナツは気味が悪くなってきたにゃ。「この村、なにか呪われているの?」と逃げ出しそうな感じになっていたにゃ。ここで走らせたりしたら道中で産気づきそうなので、カグラはナツの肩に腕をまわしたにゃ。「すまん、怖がらせてしまったか?事情はお茶でも飲みながら話すよ」とそのまま神社まで連れていったにゃ。
 ただ、その神社に足を踏み入れた瞬間「あぎゃああああ!」とナツは叫んだにゃ。鳥居の柱にはびっしりと顔があったのにゃ。その顔は絵ではなく、もぞもぞと表情が変わるにゃ。「すまん、怖がらせたな……って、大丈夫か?破水していないか?」カグラもちょっと心配したにゃ。「な、なんとか持ちこたえました……あはは」腰を抜かしていたナツもようやく立ち上がって、カグラに手を引かれながら建物に入ったにゃ。

 神社には誰もいなかったにゃ。「まあ、そんなに人が多い村でもないからな」と祀られている神様のカグラ自身がお茶を入れてくれたにゃ。地域密着型だにゃ。ついでにお茶請けも用意してくれているにゃ。ナツは「お腹が大変だろうから、楽な姿勢で良いぞ」と言われたので、寝転んで頬杖つきながらお茶を飲んでいるにゃ。「すごい助かりますー」って、いくらなんでもゆる過ぎるにゃ。優しい神様で良かったにゃ。しばらく談笑してから、カグラは「さて、この村のことなのだけが…」と切り出したにゃ。


 この村自体は、何の変哲もない東北の村だったにゃ。そこへ十数年前、一人の巫女がやって来たにゃ。彼女は水の姫神『御簾姫』に仕える巫女で、とある用事で旅をしている途中だったにゃ。だけどこの巫女、道中で良い相手が居たらしく、この村に来た時には子を身ごもっていたにゃ。で、やっぱりそれを助けて面倒みたのもカグラだったにゃ。やがて巫女は女の子を出産、咲と名付けて、ある程度大きくなるまでは村で過ごすつもりだったにゃ。
 巫女はお供として、一体の人形を連れてきていたにゃ。人形自身が魂を持ち、意志を持ち、自由に動きまわる生き人形にゃ。この人形の名前が月子にゃ。凄まじい妖力を持っていて、巫女を守っていたにゃ。ぶっちゃけ、ご主人様である巫女自身よりも強い力を持っていたけど、人形はこの巫女に絶対服従を誓っていたのにゃ。
 やがて、咲も成長したにゃ。月子は咲が産まれた当初から「どうか、この子を守ってあげて」と巫女から言われて以来、咲を守るために生きていたにゃ。咲が赤ん坊の頃は、当然のように子守役として。咲が五歳くらいになって自我もしっかりしてきた辺りから、人形は咲を新たなご主人様として絶対服従を誓ったにゃ。
 そして咲が七歳になった頃。月子は立派に成長していく咲に誇りを感じながら、咲に思いっきり甘えるようになっていたにゃ。そりゃ人形と人だからにゃ、身長差は相当にゃ。おまけに守られていたはずの咲が、逆に月子を思いっきり可愛がるようになっていたからにゃ。傍から見れば、猫をじゃらす少女、みたいな感じだったにゃ。
 実は月子に宿っている魂は、猫そのものだったにゃ。猫がそのまま振る舞っているものだから、甘えたりしたら猫の動きそのものになるのは仕方ないことにゃ。そして月子自身は猫だけど、人形に猫耳が付いていないのは特に気にしなかったにゃ。むしろ人形ではあるけど、人の姿になれているのが嬉しかったりもするのにゃ。動きの幅が広がるからにゃ。

 で、咲が七歳の頃、事件はとうとう起きてしまったにゃ。この村は元々、土地神カグラを信仰していたにゃ。そこへやって来た御簾姫の巫女。いくらカグラ本人が巫女を保護しているとはいえ、異教の者、しかもよりによって巫女が居るなんて、とても我慢出来ない者がやはり居たのにゃ。いくら説得しようとも、彼らにとっての神は土地神カグラだったにゃ。なので、とうとう彼らは行動を起こしてしまったにゃ。巫女が留守にしていて、家には咲と月子だけの時。彼らは咲を襲撃したにゃ。月子は咲を守るために奮戦したにゃ。だけど、まだ人形の身体に馴染んで日が浅い頃にゃ、多勢に無勢で、月子はバラバラに破壊されてしまったにゃ。目の前で月子を破壊された咲は気が狂わんばかりに叫び泣いたにゃ。だけど、もちろんそのまま命を散らしたにゃ。


 やがて。月子は人形の身体を破壊されただけだったからにゃ、咲を殺されたという凄まじい怒りによって、人形の身体を再生したにゃ。だけれど、産まれた時から見守り、そして自身を可愛がってくれた咲のことを思うととてもじゃないけど怒りが収まらなかったにゃ。月子は咲を殺した者を、同じく殺すことを決意したにゃ。むしろ殺すというより、魂の欠片すら残さず消滅させるつもりだったにゃ。ただ襲撃を受けたのが夜だったのと、とにかく咲を守ることを優先していた為に、襲撃してきた者たちの顔をよく見られなかったにゃ。だから月子はこの村の人間すべてに激しい敵対心を抱いたにゃ。……それから村では、強烈な呪い人形と化した月子により、村人がどんどん死んでいったにゃ。


 カグラはその話をしながら「私はなんとか月子を鎮めようとしたがダメだった、その結果、村人の顔を奪うに至った」と言いながらおかわりのお茶を入れたにゃ。「顔を奪うことによって人ではない存在にしている。そのせいで月子人形には村人は見えないんだ。要はアヤカシの類からは姿が見えない。だからナツ、お前にも村人は見えていないだろう?」と言ったにゃ。ナツは「そっか、それじゃ誰もいなくて当然だね」とよくわかったような、よくわかんないような感じで頷いたにゃ。カグラは「村中の者の顔を持ってきたから、鳥居の柱だけではとても保管出来なくてな。この建物の壁や、、、そうだ、ここにも少し保管しているぞ」と着物のすそを見せたにゃ。着物のすそにも顔がいくかあって、普通に動いていたにゃ。「あびゃああああああああああああ!」とナツは叫んだにゃ。

 カグラはしまった、とばかりに頭を抱えていたにゃ。今のが決まったのか、ナツは破水してしまったにゃー。「あーあ…」と言っているナツに、カグラは「もうどうしようもない、布団を用意するから出産が終わるまでおとなしくしているんだ」と言ったにゃ。が、ナツは「待って、まだすぐに産まれるわけじゃないし、村を歩いてみたい」とか言い出したにゃ。「ばかっ、今から出産が始まるのに何を言ってるんだ!」「気晴らしだよ、出産は怖いから。ちょっと散歩して、気を晴らしてからじゃないと…」ナツがどうしても行くと言うので、カグラも仕方なくついて行ったにゃ。もちろん、途中で何かあった時のためにも。


 カグラとナツは、とある家の前に来ていたにゃ。「ここが巫女の家だよ。今は誰もいないけどな」「ここで咲さんが殺された…」ナツが家の壁を撫でながら悲しそうにしているにゃ。「…もういいかい?ここに来ると私も胸が痛い。帰ろう」カグラが言うと、ナツは「うああああああああ!」と苦しみ始めたにゃ、陣痛にゃ。「だからおとなしくしていろと言ったのに、ほんとにもー!」少しするとナツはケロっと元気になって「陣痛おさまった♪ちょっと中を見てみたいです」と言って家の中に入って行ったにゃ。カグラは「もしかしてめんどくさい者を拾った?」と思いつつもついて行ったにゃ。
 家の中は散らかったままにゃ。一部、床に染みがついている所は、咲の血液跡なのにゃ。カグラも胸が潰れそうな気持ちでそれを見ていると、突然ナツが「わあー♪」と歓声をあげたにゃ。なんなのかと見てみると、窓辺に人形が二体。互いにもたれて眠っているようにゃ。同じ容姿をしていて、背中に翼があったにゃ。ただ、それぞれが片翼。ナツはもう喜んで「これ西洋の人形でしょ、可愛いー!」と言っているにゃ。カグラも初めて見る人形にゃ。「なんだこれは」と人形を眺めていると、二体の人形は突然目を開けたにゃ。「「ごきげんよう!」」いきなり人形がしゃべったので、ナツもカグラも大いにビックリしたにゃ。ついでにナツは陣痛が再び来たようにゃ。
 二体の人形は声を合わせて「「私たちは鏡像人形、鏡から鏡へ旅します」」と自己紹介したにゃ。「きょ、鏡像人形?……うっ!うぐぐぐぐ」人形を撫でようと手を伸ばすナツ。陣痛を我慢してでも、興味を持った鏡像人形と交流したいのにゃ。この子、もしかして、おバカにゃ?
 カグラもビックリしながらも「旅をするとはどういうことだ?」と質問したにゃ。「「私たちは鏡から鏡へ、過去も未来も関係なく移動出来ます」」と自己紹介する鏡像人形。「それはすごいな。しかし、お前たちは一体何をしにこの村へ来たんだ? 何も無くて退屈だろう?」とカグラ。しかし鏡像人形は「「いえ、私たちはどうしてもこの時間のこの場所へ来たかったのです」」と言ったにゃ。さすがのカグラも?マークが飛び交っていると、鏡像人形たちは「「私たちは月子様をお迎えに来たんです」」と言ったのにゃ。「お前たち、月子の知り合いなのか」「「いえ、まだ会ったことは有りません、ですけど、私たちの一番憧れる人形なんです」」鏡像人形たちは「ねー♪」と笑いあう。なんだこいつら、ほのぼのかにゃ。陣痛の治まったナツは鏡像人形の羽根をもふもふしながら「私たちも月子ちゃん探すの手伝ってあげようよ」と言い出したにゃ。「ばか! 下手すればお前が死ぬんだぞ! というかすでに陣痛が来ているというのに」「だって、こんな可愛い子たちのお手伝いしたいもん」ナツも相当のんびりしているにゃ。

 その後、ナツと鏡像人形に強制的に引っ張られる形でカグラは村を案内していたにゃ。途中でナツが陣痛でしゃがみ込むたびに「だから言ったのに! もう帰るぞ!」「「ナツさん大丈夫ですか!」」「…あ、、、よーし、波が引いた。今のうちに先を急ごう!」とやっているにぎやかな道中だったにゃ。基本的にカグラ以外には村人は見えないし、仮に会ったとしてもカグラが「いつ月子が来るかわからないんだから、早く家へ戻りなさい」と帰してしまうから、まったく月子が見つからなかったにゃ。代わりに付喪神には何度も会ったにゃ。そもそもナツは骨壺の付喪神みたいなものだからにゃ。類は友を呼ぶのにゃ。だけど付喪神たちも月子の居場所を知らなかったにゃ。

「ああああああっ!」ナツがうずくまったにゃ。歩き回っているうちに陣痛が促進されているのか、もうだいぶ陣痛の間隔が近く、強くなっていたにゃ。それでも陣痛が引くと「今のうちに行こう、早く!」一体どこからそんな元気が湧いてくるんにゃ、この子は。。。カグラもいい加減あきれながらもついて行っているにゃ。なんだかんだで本気でナツを心配しつつも、ちょっと応援し始めているにゃ。もう、日も沈みかけていて辺りが薄暗いにゃ。またナツがうずくまって呻いていると、ナツは何かに気が付いて「あ…」と言ったにゃ。見てみればちょっと離れたところに人形が立っていたにゃ。白い髪にボロボロになった着物を着た人形にゃ。鏡像人形たちは「「つ、月子様ああああ!」」と駆け寄っていったにゃ。ナツも「わあ、呪い人形っていうからどんなのかと思ったら……綺麗なお人形さんね!」と陣痛を我慢して近寄って行ったにゃ。で、なんかいきなり三人に揉みくちゃにされる月子人形。カグラは「お、お前たち、こら!」と言っているけど、三人の月子を撫でまくりの手は止まらないにゃ。月子は三人を跳ね除け「何をするにゃ、お前ら! 散れ散れ!」と暴れたにゃ。「お前ら、この場で始末されたいのかにゃ!? 人形二体と………この女は人間じゃないにゃ?」この脅しを聞いて、さらに喜ぶ三人。「語尾がにゃーなのね、猫だね、可愛い!」「「話に聞いた通りです、月子様、月子様!」」直後、三人の足元に亀裂が走ったにゃ。一瞬すくむ三人。月子が手を振り下ろしたら地面が切れたのにゃ。「お前たちが全力で走っても、私には止まってるのと同じにゃ。次は八つ裂きにするにゃ」月子人形が言うのはハッタリじゃなかったにゃ。月子は元々、猫のアヤカシみたいなものだったにゃ。人形の身体に馴染むにつれて、本来持っていた妖力が何十倍にも増大した結果、凄まじい高速で動けるようになったのにゃ。あまりの高速になると、今度は周りの物は動いていたとしても静止しているようにしか見えないのにゃ。速すぎて見えないから、村人からは呪いと勘違いされたのにゃ。で、月子はここにいる全員を文字通りいつでも瞬殺出来るにゃ。次の瞬間には死ぬかもしれないのにゃ。
 するとナツが「可愛いね」と月子を抱き上げたにゃ。ちょっと呆然とする月子。ナツに一切の敵意が無かったせいか、ちょっと動きが遅れたにゃ。カグラも呆然としたにゃ。あの呪い人形の月子が抱っこされてしまっているにゃ。月子が叫ぶにゃ。「にゃんにゃんじゃ、お前らは! 私を迎えに来ただの、抱っこするなんて!」「だって可愛いのに」次の瞬間には喉笛掻き切られそうなのにナツはのんびりにゃ。「「私たちは月子様をお迎えにあがりました。救済に来たのです」」鏡像人形たちも月子に抱きついたにゃ。そして小声で「「私たちは主から話を聞いて月子様を知っていました。主の名前は…」」
 月子はその主の名前を聞くと「バカなこと言わないで!」とナツの腕を振り切り、あっという間に走り去っていったにゃ。「「ああーーーーん」」月子が行ってしまったので鏡像人形たちが泣いてしまったにゃ。「ううっ…」ナツも再びうずくまったにゃ。「仕方がない、帰ろう」カグラがナツを立たせようとしたにゃ。ただ、ナツはずっと呻いたまま、しかもさっきより苦しそうにゃ。「あああっ、痛い、痛いっ! 痛いっ、出そうだよ…出るっ!」「おいおいおい…」ナツを横にして、カグラが様子を見るにゃ。すでに胎児の頭が見え隠れしていたのにゃ。実はそんなギリギリ状態まで、月子や鏡像人形を撫でまわしたい一心で我慢してたのにゃ。月子が行ってしまったので急に気が緩んだにゃ。カグラも困ってしまったにゃ。「本当にお前は、もう! もう歩かせられないし、神社までも運べない…」「「カグラ様、どうしましょう?」」鏡像人形の二人もおろおろしているにゃ。「仕方がない、ここで産ませる。水を汲んできてくれないか? 出来るだけ多く」鏡像人形は「「はい!」」と元気よく駆けていったにゃ。

 それからどれくらい経ったか。ナツは子供を産んだにゃ。大きな子供だったけど…その子供は最初から骨で、生きてすらいなかったにゃ。カグラはあえてナツに見せないようにしていたにゃ。「ナツ。残念だけど死産だ。また次に頑張っておくれ」ナツは涙をこぼしたにゃ。「残念だなあ。ねえ、赤ちゃん見せてよ…」「見ると余計に別れがツラくなる。最初から死んでいたんだよ」本当は、普通の赤ん坊を想像しているナツに、最初から骨の赤ん坊を見せたくなかったのにゃ。鏡像人形が大きなたらいに水を入れて運んできたにゃ。「「カグラ様、用意出来ましたー!」」
 ナツは、何が用意出来たのだろうと体を持ち上げて見ようとしたけど、鏡像人形が「「まだ起きちゃダメです」」と寝かしつけにきたにゃ。「ううっ…」カグラが千切れたへその緒をつかんで、そのまま胎盤を引き出したにゃ。そしてカグラは「すまんな、ナツ。お前のお腹の子が最初から死んでいるのは知っていた。これを作るのに使えると判断したんだ」そう言ってカグラは骨の子と胎盤をたらいの中に入れたにゃ。「死んでいたとしても良い。胎児だ。胎盤があればさらに良いんだ。そして今夜は満月、月の光が水に降り注ぐ……これらを水に溶かすと銀星水が出来るんだ」「「銀星水…?」」鏡像人形たちは顔を見合わせたにゃ。「「カグラ様、それを月子様に?」」「そうだよ、これを与えれば心も体も癒される…ずっと昔、この村に流行病があった時に、村を守るために、私は産まれた直後の自分の子供を銀星水にしてしまったんだ。そう、ちょうどお前たちみたいな、双子で可愛い子だったよ…」鏡像人形たちは顔を見合わせたにゃ。


 カグラたちは湖に下る道を歩いているにゃ。出産を終えた直後なのに「私も一緒に行く!」と気力を振り絞ってついて来たにゃ。ナツも先ほどの銀星水を飲んできたのにゃ。この水はあらゆるものを癒す、特別な水だったのにゃ。カグラはこれを月子に与えて、心を癒そうとしているのにゃ。やがて一行は湖に来たにゃ。湖に来るのは、カグラの勘だったにゃ。
 湖のほとりには月子人形がいたにゃ。その横には一人の女性が。「こんばんは、お久しぶりですね。月子がご迷惑をおかけしました」女性が言ったにゃ。「久しぶりだな、何年ぶりだ…この湖にいたのか」カグラも言ったにゃ。この女性は、月子を連れてきた巫女だったにゃ。この村で咲を産んで育て、咲が殺されて以降行方知れずになっていたのにゃ。「私は月子の暴走を止めようとしましたが、どうしてもこの子は怒りを鎮めてくれなかった…この村を去ろうとしたこともありましたが、娘が死んだこの場所を離れることがどうしても出来ませんでした…」カグラが銀星水を巫女に手渡したにゃ。「これで月子を癒してくれるのですね。…でも、もしかしたら必要ないかもしれません」「え?どうしてだ?」カグラは月子を見たにゃ。月子はすっかり、触れれば八つ裂きにされそうな雰囲気は無くなっていたにゃ。巫女は月子を撫でながら「銀星水は心も体も癒して浄化してくれます。でも月子は、もしかしたらナツさんに抱っこされた時に浄化されてしまったんですね。あの日からずっと周りを敵視していた子ですから…。抱っこされたのが嬉しかったんでしょうね…私では慣れてるせいか、ダメでしたが」
 月子はカグラから銀星水を受け取ると、小さな手でぴょいぴょいと体に振りかけたにゃ。それからスッキリした顔つきで「ありがとう、もう大丈夫」と言ったにゃ。月子はナツに抱きつくと「あなたのおかげにゃ」と言ったにゃ。「たくさんの命を奪ったけれど、もう大丈夫にゃ、彼らの帰還を約束するにゃ。あ、でも咲を殺した者だけはダメにゃ」

 月子は鏡像人形たちと手をつないだにゃ。「菜子様、今までお世話になりました。またいつか。カグラさんとナツさんもお元気でにゃ」最後ににこっと笑うと、月子は鏡像人形たちと一緒に湖に飛び込んだにゃ。湖は月をそのまま映す、大きな鏡の役割をしたのにゃ。


 それから半年後。巫女はすでに元いた場所へ帰って行ったにゃ。ナツもカグラの神社の仕事をしながら、顔を返され、人間に戻った村人たちと交流しながら過ごしていたにゃ。「そういえばナツ、もう旅はしないのか? いや、それならそれで、ずっとここに居れば良い…」「残念でした! あと一月もしたらちょっと旅してきます!」それを聞いてちょっとだけ寂しそうなカグラにゃ。「大丈夫、ちょくちょく戻ってくるから。もうここは私の家でもあるからね!」カグラは、出来ればたまには月子も顔を出して欲しい、次は村人たちと仲良くして欲しい、そんなことを思ってたにゃ。

 今回はここまでにゃ。