その村にはザシキワラシがいたにゃ。言うまでもなく、これが居ると家が繁栄するという、あのザシキワラシにゃ。基本的に彼らは人前に姿を現さないし、仮に現しても人の目には見えないにゃ。村のいくつかの家に住みついていて、それぞれが大きな屋敷となって繁栄していたにゃ。

 で、その屋敷にもザシキワラシの女の子がいたにゃ。もちろん、他の屋敷には男の子のザシキワラシもいるにゃよ。ここの屋敷に住みついているザシキワラシは、名前をざしきわら子といったにゃ。なんのひねりもない、ふざけた名前にゃ。ただ、本人は気に入っていたのにゃ。
 今日もこの屋敷の娘さんが「ザシキワラシさーん、ご飯置いておきますよー」と、部屋の隅にお膳を置いて行ったにゃ。娘さんはわら子の姿は見えないものの、気配だけは感じているようで、わら子によく話しかけていたにゃ。それ以外の家の者はいまいち気配も感じられなかったようだけど、ザシキワラシがいるというのは知っていたにゃ。毎日こうやってお膳を用意するにゃ。ザシキワラシたちは人間ではないから、別に食べなくても死にはしないにゃ。でもお膳を用意してもらえるのともらえないのでは、そりゃ前者の方が気分が良いに決まっているにゃ。だから、あまりに適当な扱いをすると、ザシキワラシたちは他の家に行ってしまうのにゃよ。
 さて、このわら子。お供えされたお膳の物を適当につまみながら考えていたにゃ。「今日こそ、あの山へ行ってみよう!」この村は、周りを囲むように山が連なっていたにゃ。その中でも特に高い三つの山にはそれぞれ女神が住んでいて、女は登ってはいけないという決まりになっていたにゃ。よりにもよってわら子は、その中でも一番高い山に登ってみたい、とずっと思っていたにゃ。ザシキワラシは人間ではないからにゃ、それこそ数十年以上も望んでいたにゃ。いよいよ積年の念願を叶える時。

 それからまもなく、わら子は屋敷を出発したにゃ。別に出ていくわけではなく出かけるだけなので、この間に屋敷が没落する、なんてことはなかったにゃ。没落するのはザシキワラシ自身が「もうここにはいられない」と思った時にゃね。とりあえず、意気揚々と山へ向かっていくわら子。飲食不要だし、別に荷物もいらないので身も軽くどんどん進んでいくにゃ。夏の終わりの風が心地よくわら子の青い着物を揺らしていくにゃ。
 ザシキワラシは普通、赤い着物を着ているにゃ。誰が決めたわけじゃないけどそういうものらしく、他のザシキワラシはみんな赤い着物を着ていたにゃ。わら子はずっと昔にいた家でもらったらしい青い着物を愛用していたにゃね。

 さて、峠道にさしかかったところで熊が現れたにゃ。わら子の友人の熊にゃ。彼女は動物たちとも会話が出来たらしく、動物の友達がたくさんいたにゃ。熊はわら子の行先を聞いて「あの山は女は入れないんだぞ、ザシキワラシだって例外でないんだ。早くやめて帰れ」と心配していたにゃ。わら子は「ありがとう。でも、ずっと行ってみたかったんだ」と言って進んでいったにゃ。怖い物知らずにゃ。


 本当はこの後、わら子は様々なことに遭遇していったにゃ。迷い家という場所に行きついたり、森に棲む化け物たちに暇つぶし代わりに襲われたり。まあ、その辺は各自想像してくださいにゃ。早い話が、わら子はそれらを無事に越えて行ったにゃ。


 さて、屋敷を出てから5日ほど経ったころ。わら子はその一番高い山の山頂に立っていたのにゃ。「私はついに達成した!」と感涙にむせんでいると、空から花が落ちてきたにゃ。わら子は目を丸くして「霊華だ!」と叫んだにゃ。それは天から降ってくる花にゃ。この一番高い山の女神も、この霊華を手にしたおかげで三つの山の中で一番高い山をもらったのにゃ。その花をわら子は「ふおおおお…」と声にならない声で手にしたにゃ。そして「ありがとうございました!」と言うと、早速帰路についたにゃ。特に女神の天罰がくることも無かったにゃ。きっと女神も「もう、しょうがないなー」と見逃してくれたついでに、ご褒美をくれたのにゃ。

 わら子は帰路はちょっとだけ急いでいたにゃ。出て行ったわけではないから大丈夫とはいっても、さすがに往復で十日近く留守をしてしまったので、ちょっと心配だったのにゃ。そして慌てていたせいか、石につまづいて転んでしまったのにゃ。「痛いー!」砂を払い落としながら、辺りを見回しているとわら子は水辺を見つけたにゃ。傷口の砂を洗い落とそうと水辺へ行ったにゃ。早速傷口を洗っているわら子だけど、彼女は辺りの異質な雰囲気に気づいたにゃ。見れば周囲の木には蜘蛛の巣が張られていたにゃ。それもかなりでかい蜘蛛の巣にゃ。途端にわら子は身をこわばらせたにゃ。この辺りの水辺には主が棲んでいて、それが大きな蜘蛛だというのにゃ。水辺で休んでいる人がいると蜘蛛の糸を絡めて、そのまま水中に引きずり込んでしまうという伝説があったにゃ。わら子も慌てて立ち去ろうとしていたものの、身体に蜘蛛の糸が絡まっていたのにゃ。「引きずり込まれる!嫌ぁ!」わら子が騒いでいると、クスクスと笑い声が聞こえてきたにゃ。見れば、蜘蛛の糸は近くの木の上の方に伸びていて、その木の枝には蜘蛛ではなく、一体の人形が座っていていたにゃ。蜘蛛の糸は彼女が握っていたのにゃ。ただ、わら子が知っている人形は木彫り人形だったり、後は雛人形みたいな物だったので、木の上でクスクス笑っている人形は見たこともない人形だったにゃ。フリルのついた黒いスカートを履いていて、胸には十字のペンダント。ただ、わら子は初めて見たので、変わった格好してるなー、くらいの感想だったにゃ。その人形は「ザシキワラシさん、わざわざ女人禁制の山に挑んで無事に帰るどころか霊華を持って帰ってくるなんて、凄すぎるよ。貴女は何か特別な力を持っているのかもしれないね」人形は木から飛び降りて近寄ってきたにゃ。「ザシキワラシって幸せを運んできてくれるんでしょう?」「え?あの、私自身は特に実感ないけどなぁ」それでも人形はなぜか嬉しそうに笑うと、わら子に石を手渡してきたにゃ。透き通った綺麗な石にゃ。

 てゆーか、この石、本当に特別な石にゃ。この子、本当に渡しちゃって良いのにゃ?

 まあ、その辺は彼女に委ねるとして。わら子は石を手に目をパチクリしているにゃ。「えっと、なんだかわからないけど、水中に引き込まれなくて良かった…」そんなわら子を笑顔で見ながら、人形は「じゃあね」と去って行ったにゃ。「幸せを運んでくる貴女なら、妹を助けてくれるかもしれないし…」と言い残して行ったにゃ。


 そして、わら子は無事に屋敷に帰り着いたにゃ。と言っても、帰ったかどうかなんて、誰も気づいていないけどにゃ。見えないからにゃ。それから疲れのせいで泥のように眠って、翌日起きた時には昼を過ぎていたにゃ。部屋の片隅に置いてあったお膳の物をつまんでから、わら子は出かけていったにゃ。
 わら子が仲良くしている娘は、本気で木に恋愛感情を抱いてしまった娘だったにゃ。以前の報告書でも出てきたにゃ。その娘は、いつもの木の下で本を読んでいたにゃ。そこへわら子は行って、一番高い山に登って来たことを報告したにゃ。「ええっ、女の人は登っちゃいけないのに、本当に行ったの?」とその娘も驚いていたにゃ。わら子はこの数日間のことを話し、最後に「そうだ、これあげるね!」と霊華を渡したにゃ。それ、渡しちゃって良いのかにゃ?よく見れば人形からもらった透き通った石も一緒にあげてしまっていたにゃ。その石はあげちゃダメにゃ!と止めたいところだけど、私は観測だけで干渉は出来ないにゃ。結局わら子は霊華も石もあげてしまったにゃ。


 そうして数年後、以前の報告書であった通り、木が切られてしまったにゃ。あの娘は木と一緒にいなくなったにゃ。わら子だけはいなくなった娘と木がどこに行ったのか知っていたにゃ。でも、その場所を教えると村の人たちが来てしまうから、わら子は絶対に誰にも言わなかったにゃ。
 ただ、わら子には一つだけ気がかりなことがあったにゃ。娘の家族にゃ。みんな凄まじい後悔に襲われ、もう見るに堪えない状態だったにゃ。さすがのわら子も「私が霊華を渡したからだ、私があの人たちから娘さんを奪ってしまったんだ」と反省したにゃ。
 それから数日後、ひっそりとわら子は娘の屋敷へ引っ越してきたにゃ。娘を奪ってしまったせめてもの償いとして、この屋敷を繁栄させることを決意したのにゃ。ただし、わら子はもう青い着物を着ていなかったにゃ。ザシキワラシのスタンダードである赤い着物を着ていたにゃ。
 あの青い着物は、前にいた屋敷に置いてきたにゃ。前の屋敷を出ていくのも後ろ髪を引かれる気持ちだったから、せめてザシキワラシの持ち物を置いてきたのにゃ。

 おかげで今も、わら子のいる屋敷は安泰だし、わら子が着物を置いて出た屋敷も、そこそこ繁栄しているのにゃ。さて、今回の報告はこれでおしまいにゃ。