秋の気配が漂い始めた夏の終わり。蛇姫様とクダギツネの二葉はとある北の方の村を訪れたにゃ。「美鈴様、この辺りなんですか?」「この辺りらしいね。今回はそれさえ確認出来たらすぐに出発するからね。でも一日じゃ無理だし、どこかの宿で何泊かしないといけないかな」「せっかくだから一月くらいのんびり滞在していきましょうよー」「だめだめ、これでも急いでいるんだから」そんな会話をしながら二人が歩いていくにゃ。要はこの村になにかを探しに来たのにゃわー。

 二人は村の中を歩きながら宿を探していたにゃ。周囲は田んぼで、まだ青々とした稲がよく伸びているにゃ。とにかく家から家の間がかなり離れているところが多くて、なかなか宿までたどり着けないにゃ。いい加減歩き疲れてきた二葉が「美鈴様、これじゃあ日が暮れちゃいますよおー」と言っているにゃ。「仕方ない、そこの木陰で休憩しようか」蛇姫様と二葉は木陰に入り、石に腰かけたにゃ。水筒の水を飲んでいると、なにか視線を感じたにゃ。二人が辺りを見回してみると、向こうの木の陰から子供が覗いているにゃ。「ああ、なんだ。二葉、あの子が見てたんだね。余所から来たから珍しいんだろうね」「女の子ですね」蛇姫様は手招きして「こっちおいで」と呼んだにゃー。
 女の子はにこっと笑って近づいてきたにゃ。赤い着物を着た女の子は蛇姫様を見て「巫女さんだー。どこから来たの?」と言ったにゃ。ただ、蛇姫様の来てる服は男装なので、どっちかというと神主さんに近いかと思うけどにゃー。そこは話を合わせて「巫女さんじゃないんだけどね。ほら、お菓子をあげようか」と干菓子をあげていたにゃ。女の子は二葉の耳やしっぽを見ると「わんこ?」と言い、二葉は「キツネだよ!」と言っていたにゃ。「キツネって、人の姿の時は耳もしっぽも隠すって教わったのになあ」と女の子に興味深そうに言われて、二葉のしっぽがしゅんとしぼんでいたにゃ。
 すると女の子は「巫女さん、オシロイ様って知ってる?」と言ったにゃ。蛇姫様も二葉も飛びあがりそうなほどビックリしたものの、蛇姫様は「うん、知っているよ」と笑顔で答えたにゃ。というか二葉は飛び上がっていたけどにゃ。女の子によれば、オシロイ様は神様の一種で、犬のような人形、と言っていたにゃ。それに、とても危険な神様とのこと。森に棲むキツネや熊やらはこの人形があると怖がって寄って来ないんだそうにゃ。でも、そんな神様を蛇姫様は実際に知っていたようで「私も飛騨から北陸に旅をした時に見かけたよ。キツネさちは怖がっているけど、そんなに心配しなくても大丈夫よ」と言ったにゃ。
 その後、しばらく話をしているうちにすっかり打ち解けた蛇姫様たち。女の子は「泊まるところを探しているんだっけ。じゃあ、私の家に泊まっていって!」と言ったにゃ。ちょっと驚いた蛇姫様たちだけど、ちょうど良かった、と女の子の誘いに甘えることにしたにゃ。ずっと旅をしていたから、途中で何度かこうして誘われて、行ってみたら夜中に金品を奪われそうになったこともあったにゃ。そこは二人とも化け物みたいなものだから、割と余裕で切り抜けてきていたので、誘われてくっついて行っても何とかなるのにゃ。
 女の子は「こっちこっちー」と駆けて行き、ところどころで立ち止まっては振り向いて手を振っているにゃ。蛇姫様たちはその様子を微笑ましく見ながらついて行くと、到着したのは村でも一番の大金持ちの屋敷だったにゃ。なんというか、こう、こじんまりとした、いかにも民家というところを予想していた蛇姫様と二葉は度胆抜かれたにゃわー。「巫女さんとキツネさん、さあどうぞ!」と女の子が手を引くにゃ。「ちょ、待って待って!なんか違う、こんな豪華なところ本当に大丈夫なの?」と二葉は大慌てにゃ。そこへ「どちらさんですか?」と声をかけられたにゃ。門の前で大騒ぎしてたから、召使いが様子を見に来たにゃわー。二人が事情を説明すると「ん?そうですかい、ちょっと旦那様にきいてくるから、ちょっと待っててな」と召使いは屋敷に入って行ったにゃ。なんだか様子がおかしいので蛇姫様は「あなた、ここのお屋敷の子じゃないの?」と訊いてみると、女の子は「違うよー」と言ったにゃわ。「ちょっとちょっと、勝手によその家に私たちを案内しちゃダメじゃないの」と二葉。でも女の子は「だけど私の家だよ」と言うのにゃ。
 やがて屋敷の主人が召使い数人と一緒に出てきたにゃ。「なるほど、あなたたちか。ああ、好きなだけ泊まっていってくれ。なにも不便はさせんよ」と主人が言ったにゃ。「さあ、客人を部屋に案内してやれ。失礼のないようにな」「はい」召使いたちが蛇姫様たちを連れて部屋まで案内していくにゃ。途中、二葉が振り向いてみると、あの女の子は廊下の向こうで手を振っていたにゃ。
 部屋に通された後、二葉は蛇姫様に言ってみたにゃ。「美鈴様、あの子おかしいですよ。このお屋敷の子じゃないのに、ここに住んでいると言うし。あと、もしかしたら他の人たちにはあの子が見えていないのかも…」「ああ、二葉も気づいていたんだね」蛇姫様は部屋を見渡しているにゃ。部屋にはたくさんの人形や玩具。「あの子はザシキワラシだね。ここのご主人もザシキワラシが連れてきた客をぞんざいに扱えないと思ったんだろうね」二葉も納得したようだったにゃ。何はともあれ、ザシキワラシのおかげでしばらくの寝泊り場所が決まったにゃ。そしてその夜は歓迎の宴会が行われたにゃ。


 次の日、ちょっと気を緩めてしまい、寝ている間にヘビの姿に戻っていたところをザシキワラシに見つかってしまった蛇姫様。ただ、ザシキワラシはヘビなのに「可愛い可愛い」と喜んで抱き上げていたにゃ。というかまるでオモチャだったにゃ。
 そんなハプニングもあったものの、蛇姫様たちは数日間にわたり、村の人たちから村に伝わる民話を聞いたり、村のあちこちを探索して過ごしていたにゃ。何かを探しているようだけど、いまだに旅立つ気配が無いので、探し物は見つかっていないのにゃ。ついでにお屋敷の中も探索したりしてるけど、もちろん探し物は見つからないにゃわー。ただ、お屋敷のあちこちに女性用の服やら道具やらがあるのを見て蛇姫様たちは不思議に思っていたにゃ。子供用の物ではなく、奥様の物のようでもなく、召使いの女性たちの物でもなく、年頃の娘さん用の物だったにゃ。このお屋敷にはご主人の後を継ぐ予定の息子はいて、初日の宴会ですでに顔合わせしたにゃ。でも娘さんには会っていないにゃ。どこかに隠されているのか、死別したのか、最初からいないのかはわからないにゃ。そこで、とりあえずザシキワラシに訊いてみることにしたにゃ。
 基本的に他の人間たちには見えないだけで、蛇姫様たちにはずっと姿が見えているにゃ。呼べば来てくれるにゃわー。「わら子ちゃん、どこー?」と蛇姫様は呼んだにゃ。「はーい、いますよー」と障子を開けてザシキワラシが部屋に入って来たにゃ。というか、このザシキワラシには「ざしきわら子」という適当にも程のある名前が付いていたにゃ。本人曰く「私にはずっと名前が無かったから、こんな名前でも嬉しかったんだよ」と気に入っていたのにゃわ。早速、蛇姫様はお屋敷内にある女性用の道具などについて訊いてみたにゃー。「わら子ちゃんのじゃないようだし。どうしてこんなに着物や道具があるのか気になっていたんだよ」「あー、それ。みんな昔ここにいた娘さんの物だよ」わら子はさらっと答えたにゃ。やっぱり娘さんがいたのか、と蛇姫様たちは納得にゃ。「その人は今、どうしてるの?」そう訊いてみると、さすがに今度はわら子も言おうかどうしようか迷っているようだったにゃ。出て行ったのか、死別したのか。やがてわら子は答えたにゃ。「娘さんは今は山のどこかにいるよ」「あ、ごめんね。何か深い事情があること訊いちゃって」でもわら子は続けたにゃ。「あの子は、もう人間ではないから、ここに帰って来られないの。私が旦那様からあの子を奪っちゃったんだよ」



 十数年前。このお屋敷にはちょうど年頃の娘がいたにゃ。その娘はとある木の下でぼんやりしていたり、本を読んだりしながら、寝る時間以外のほとんどを木の下で過ごしていたにゃわー。お屋敷から迎えが来ても、なかなかそこから帰らなかったにゃ。村の人たちも娘のことはよく知っていて、娘が木に抱きついたまま全然動かず過ごしている様子なども見ていたにゃ。「あの娘さんは美しいのに、少し頭がおかしいらしい。気の毒にな」「しっかりした人が嫁にもらってくれれば良いのにな」とみんな話していたにゃ。その娘のところに、しょっちゅうザシキワラシが遊びに来ていたにゃ。当時のわら子は他のお屋敷に住んでいたらしく、青い服を着ていたにゃ。わら子にゃ。わら子は娘さんが子供の頃から仲良くしていたので、娘さんが頭がおかしい人ではないとわかっていたにゃ。むしろ、人間のはずなのにわら子の姿を見ることの出来る娘さんを「きっと何かすごい力を持っている人なんだろうなあ」と思っていたにゃ。わら子は木の下で娘さんと一緒に過ごしていたにゃ。ただ、他の人にはわら子の姿は見えないからにゃ、娘さんが一人できゃっきゃと楽しそうにしているようにしか見えず、頭がおかしい娘さん、という認識に拍車がかかっていたのにゃ。
 いつのことか、わら子が娘さんに花をあげたにゃ。「とっても綺麗でしょ、あげるね!」「本当に綺麗、ありがとう!」その花はこの世の物とは思えないほど綺麗で、うっすら輝いているようでもあったにゃ。不思議なことに、その花は放っておいても枯れなかったにゃ。

 ある日、ご主人たちが縁談を持ってきたにゃ。山を越えた向こうの街の富豪の家だったにゃ。娘さんの事情を知っていて、「生活に不便はさせないから、嫁に来てくれるだけでいい」という好条件だったにゃ。みんなが喜んだにゃ。着々と婚礼の準備が進んでいったにゃ。
 ただ、ある程度準備が進んでいたところで、とうとう本人に縁談の話を伝えたところ、喜ぶどころか大泣きしてそれを拒否したにゃ。みんなビックリして、なんでも良いから嫁に行けと説得したにゃ。もちろんダメだったにゃ。その様子があまりに異常だったので訳を訊いてみたところ、「私は愛してしまった人がいます、離れたくないので、縁談も断ってください」ということだったにゃ。こんな好条件なのに何を言っている、相手はどこの男だ!と誰もが娘さんを責め立てたにゃ。そこで娘さんも仕方なく、みんなを相手のところへ案内したにゃ。
 ただし、その相手こそが、いつも娘さんがいた木だったにゃ。当然、誰もがビックリにゃわー。「何をバカなこと言っているんだ!」「本当に頭がおかしいな!」「いや、むしろ相手が人でなくて良かった」「そうだな、木なら切ってしまえば良い」と、ぱぱっと伐採計画が出来上がったにゃ。当然、娘は怒り、大泣きし、やめて欲しいと懇願したにゃ。それを抑えている間に、ご主人は召使いたちにお屋敷まで斧やノコギリを取りに行かせたにゃ。もう、村をあげての大騒ぎにゃ。わら子も騒ぎを聞いて駆けつけてきたものの、あまりの騒ぎでどうすることも出来なかったにゃ。そもそも娘さん以外には姿が見えないので、どうしようもないにゃわー。
 やがて斧やらノコギリやらが到着すると、早速伐採が始まったにゃー。数人に押さえつけられ、身動きが取れない娘はとにかく泣き叫ぶしか出来なかったにゃ。もうすぐ木が倒れそうという時にゃ。突然、熊やオオカミが道の向こうから駆けてきたにゃ。突然のことに大騒ぎになる現場。実はその熊やらオオカミやらはわら子の友達だったにゃ。動物とも話が出来たわら子は、山に入ったりしては動物たちと遊んだりもしていたのにゃ。で、当然、娘さんを押さえつけていた男たちも慌てて逃げ出すにゃ。そこへわら子は駆け寄ったにゃ。そして娘さんに「本当に木と一緒に居たいなら、あの花を使って!」と言ったにゃ。
 そして木が倒れる寸前、木に娘さんが抱きついたにゃ。すると娘さんも木も光に包まれ、そのまま宙に浮くと、空の遠くへ飛び去って行ったにゃ。後に残った人たちはみんな呆然とするだけだったにゃ。


「その後、旦那様やみんなはとっても落ち込んでたし、反省してた。全部あの子の為だった、というのわかってはいたけど。私は旦那様からあの子を奪ってしまったから、せめてこの家が安泰であるようにって、前にいたところから引っ越して来ちゃった」とわら子は言ったにゃ。前のお屋敷の人たち、ドンマイにゃわー。「そっか、今もどこかで過ごしているんだね」と蛇姫様たちも納得していたにゃ。すると、わら子が急に立ち上がり「そうだ!そういえば、まだ巫女さんたちに見せて無い物があったよ!」と蛇姫様の手を引いたにゃ。「もうすぐご飯の時間なのにー」と言いながら二葉もついて行ったにゃ。
 わら子に手を引かれて到着したのは、山道を歩いていき、人気が無くなったところにあった民家だったにゃ。「このおうち、いつ来ても誰もいないんだよ。誰の家なんだろうね」とわら子。家の中にはたくさんのわらで作った人形があって、犬の形をしたような人形もあったにゃ。「ここが村でオシロイ様を祀っているおうちだよ。ここ一軒だけなんだよ」とわら子は言ったにゃ。目を丸くしている二葉。そして蛇姫様は「そっかー。ありがとうね!」とわら子の頭を撫でたのにゃ。


 次の日、蛇姫様たちは「行かないといけないから。とってもお世話になったね、ありがとう」とわら子に言ったにゃ。わら子はビックリして「ええ、そんな!行かないで!」と言っていたけど、わら子が少しお屋敷を留守にした間に、お屋敷の人に見送られながら旅立っていったにゃ。わら子が寂しがるから、本当は声もかけずに行こうとしていたようだけどにゃ。当然、帰ってきてみたら蛇姫様たちが旅立った後なので、わら子も呆然。慌てて外へ飛び出して、村中を駆けまわって蛇姫様たちを探していたにゃ。
 やがて、わら子はオシロイ様を祀っている家にも来てしまったにゃ。さすがにこの辺りまで来ると、いい加減わら子も諦めはついていたけどにゃ。「よし、今日はここへこっそり入ってみよう!」わら子はこのオシロイ様を祀っている家に、ちょっと忍び込んでみることにしたにゃ。「おじゃましまーす!」と元気に戸を開けて入って行く辺り、どこがこっそりなのかわからないけどにゃ。オシロイ様人形を間近でよく見ていたにゃ。ふと、手に取って裏返してみると、裏側には字が書いてあったにゃ。しかし、わら子は字が読めないのにゃわー。しばらく迷っていたわら子だったけど、好奇心には勝てなかったにゃ。人形を一つ持ち出したにゃ。
 道なき道をどんどん進んでいくと、突然開けて清流が流れている場所に出たにゃ。そこには周囲よりも遥かに大きい巨大な木。その木の下では、一人の女性が本を読んでいたにゃ。彼女はわら子を見つけると軽く手を振ったにゃ。
 ここはわら子が蛇姫様にも教えなかった秘密の場所にゃ。わら子は彼女の元に駆け寄り、オシロイ様人形を手渡して「読めないから読んで読んでー」とせがんだにゃ。彼女は人形を眺め、「これはね、白菖蒲 御簾姫 蜘蛛宮 雪紅葉 って読むんだよ」「ありがとうー!でも何のことなのかわからないよ。お経かな?」

 今回の報告はこんな感じにゃ。