蛇姫様と狐娘が古戦場を訪れていたにゃ。この狐娘は、蛇姫様にくっついて来た子供にゃよ。蛇姫様のクダギツネとして忠誠を誓った子にゃ。使い魔みたいなものですにゃ。名前は二葉。蛇姫様がこの子を拾った経緯は、またいつか報告するにゃわー。
 旅の途中、古戦場の近くを通った蛇姫様たちは、ちょっと見物がてらに立ち寄ってみたにゃ。まあ行っても今は何も無いけどにゃ。二葉は「美鈴様ー、何もないですよー。もう行きましょうよー」と即飽きていたにゃ。蛇姫様は「ここで遠い昔に戦があって、たくさんの人が亡くなった。それを偲んで感じるのよ」と言ってみるも「そういうものなんですねー」と二葉。まあ子供だしにゃ。飽きちゃったにゃ。でも飽きている場合じゃない事態が彼女を襲うにゃ。
 風景を眺めながていた蛇姫様、突然「二葉、今日はここで野宿しましょ」と言い出したにゃ。「ええーっ、こんな所でですか?人がいっぱい死んだ場所なのに…」さすがの二葉も嫌がるにゃ。蛇姫様は、この魂がたくさん漂っていそうな場所にあえて留まって、自身の使う術に使えそうな魂でも回収出来ないかな?とか考えていたにゃ。何かしらの気配を感じていたようにゃ。二葉もとにかく嫌がっていたものの「早速、野宿の準備をお願いね」と命令されてしまっては従わざるを得ないにゃ。しぶしぶ準備を始めたにゃ。
 …さてさて、これで何も無ければ問題無しだったにゃ。だけど何も無かったらわざわざ報告をしませんにゃわー。ここは多くの魂が今も漂い続ける場所だったにゃ。

 さて、夜。すでに食事も済ませたけど、蛇姫様はお酒飲んで酔っているにゃ。二葉を「可愛い可愛い」と撫でまわしていたりするにゃ。撫で上戸にゃ。ただ、二葉は二葉で蛇姫様にくっついて離れないにゃ。そして小刻みに震えているにゃ。昼間のうちは何も無い、と飽きていたけど、夜になればいかにも何かが化けて出てきそうで怖がっていたにゃ。「きっとー、お化けがー、二葉にー、逢いに来てくれるよぉー」と上機嫌な蛇姫様だけど、二葉は本気で怖がっていて眠れやしなかったにゃ。「脅かさないでくださいよ…」と丸くなって震えている二葉に「ほら、二葉ー。見てごらん。逢いに来てくれたねー」と蛇姫様。「もおっ、またそうやって脅かして…」と二葉がちらっと眼を開けてみると、ちょっと離れた場所に白い物がふわふわ浮いていたにゃ。しかもご丁寧にいかにもオバケっぽい姿で。「あばああああああああああっ!」と二葉が卒倒する横で、蛇姫様はキタコレ!と言わんばかりに立ち上がり、気合で一気に酔いを醒まし、二葉を抱えてオバケに向かっていったにゃ。この蛇姫様もけっこう無茶苦茶な人だにゃー。蛇姫様が近くまで寄ってオバケを見てみると、オバケは「おろろ」と言いながらくるっと振り向いたにゃ。しかも意外と可愛い顔してるにゃ。ケータイのオバケの絵文字、まさにそのものだったにゃ。「二葉、見てごらん、可愛いでしょう?」と二葉の顔を向けたにゃ。気を失っているとはいえ「見ろ」という命令なので、二葉はすぐに気を取り戻してオバケを見たにゃ。意外とまじめな子なのにゃ。で、二葉も「あ、可愛い…かも?」と思ってしまったにゃ。
 二人でオバケを眺めていると、オバケは「おろろ」と言いながらゆっくり離れて行ったにゃ。「追いかけよう」二人はオバケを追いかけてみるけど、オバケは相変わらず「おろろ」と言いながら離れていくにゃ。それでも追いかけていくと、今度はオバケが急に反対方向へ。そして上に行ったり、下に行ったり。その動きはとても二人から逃げているようには見えなかったにゃ。もちろん、どこかへ道案内しているようでもなかったにゃ。蛇姫様は「あのオバケは、別に逃げているわけじゃないよ。風や空気の流れで、勝手に流されているだけだね」二葉は「まじめに飛びなさいよ!」と突っ込んだにゃ。このオバケ、本当に何もしていなかったにゃ。なので風の吹き方によっては急に速度を増して飛んだり、木や石にぶつかったりしているにゃ。そのたびに「おろろ」と言うだけにゃ。「美鈴様、あんなの回収しても、何にも使役出来ないですよ?」と二葉。蛇姫様本人も「うーん…」とちょっと考えていたにゃ。木や石をすり抜けたりしないで叩きつけられるようなオバケだしにゃ。それでもしばらく、勝手に飛ばされていくオバケを二人は追いかけて行ったにゃ。やがて、森に近づいて行った時、蛇姫様は急に二葉を抱えて「行ってはダメ!」と言ったにゃ。二葉が「え?なんですか、突然…」と思っていると、森の木が飛ばされていったオバケを枝で捕まえて捕食したにゃ。「え?なにこれ…」と二葉がもう一度卒倒しようとしていると、蛇姫様は二葉を抱えたまま森から離れていったにゃ。「この古戦場の周囲の森は、戦で流れた血を吸って妖怪化したみたいだね。夜になると動き出すみたいだから、私たちが来た時は無事だったんだね」昼間に感じた何かかしらの気配の正体はこれだったのか、と蛇姫様は思ったにゃ。でも違和感も感じていたようにゃ。「二葉、どうも他にも何かいるね。気を付けるんだよ」「だから野宿なんか嫌だったんですよおー!」と大騒ぎ。しかし、朝になるまでは森を抜けられないのにゃ。

 さて、まだ夜は長いにゃ。というか、ちょっと暗くなった時点でおろろオバケたちが出てきたにゃ。丑三つ時とかまったく気にしないオバケたちにゃ。蛇姫様と二葉は、朝にならない限りこの古戦場から出られないので、とりあえず探索をしてみることにしたにゃ。もちろん、嫌がる二葉を蛇姫様が引きずり回している感じだけどにゃ。蛇姫様は「なにかないかなー」となかなか楽しんでおられるにゃわー。一方でオバケ嫌いな二葉はもうぶるぶる震えながらついて行くにゃ。ちなみにこの子、まだまだ修行が足りてないらしく、何にも化けられないのにゃ。オバケに対抗して私も化けてやる、というのも出来ないにゃ。「二葉、オバケの動きをよく見て学ぶのよ」「嫌ですようー!」と賑々しく歩いて行くと、前方に先ほどのおろろオバケが大量にいるのを見つけたにゃ。改めてオバケを見て「あばああああああああああ!」と絶叫する二葉。蛇姫様は一匹捕まえると、二葉の目の前に出したにゃ。「ばあああああああ!」「二葉、よく見なさい。まったく怖くないわよ」「あああああ…?」二葉もすぐに落ち着いたにゃ。もうケータイのオバケの絵文字そのままみたいな見た目だからにゃ、怖くないにゃ。二葉もさっき「そういえば、ちょっと可愛いって思ったっけ」と思い直したにゃ。そこまでいけば、もうこんなオバケ怖くないにゃ。蛇姫様からおろろオバケを受け取り、つっつきながら「やわらかいですねー」とか言ってるにゃ。気の抜けるような心霊体験にゃわー。
 そうこうしているうちに、たくさんのおろろオバケたちも、どんどん風で飛ばされていくにゃ。「美鈴様、なんとかしないとこの子たちみんな食べられてしまいますよ」「さて、どうしようかな…」とにかく数が多すぎるにゃ。おろろオバケたちは風で飛ばされ、木や石、もしくはおろろオバケ同士でぶつかるたびに「おろろ」「おろろ」と言っているにゃ。ただ「おろろ」と言うだけで、相変わらずそれ以外何もしないにゃ。まったくの無気力というか、オバケ界のニートというか、ある種すべてを達観する極致に達した者のような、そんなオバケなものだから、ぶっちゃけ蛇姫様も対応に困ってはいたにゃ。化け物樹木に食べられるのは可哀想だけど、たぶん助けても何にもならないにゃ。やがて蛇姫様は「これも自然の摂理よ。ひとまず探索を再開しましょう」と言ったにゃ。対応のしようがないから、一旦後回しにゃ。

 探索を再開した二人は、大量に骨が転がっている場所にやって来たにゃ。「あばああああああああああ!」「ただの骨よ。これくらいで怖がっていたら立派なキツネになれないよ」二葉をなだめながら蛇姫様は頭蓋骨を拾い上げたにゃ。すでに何十年、いや何百年経っているかわからない骸骨にゃ。かなり風化しているにゃ。蛇姫様は頭蓋骨を撫でながら「ほら、ここに刀傷。戦の戦死者たちね」「そ、それくらいわかりますよう!」と言いながら二葉は抱っこしているおろろオバケを抱く力を強くしたにゃ。「おろろ」強く抱かれたものだから、おろろオバケが鳴いたにゃ。ていうか、このオバケはぬいぐるみか何かかにゃ?「二葉、私はこんな壮絶な最後を遂げた強者たちの、身体から抜け出した魂がそのオバケだとはどうも思えないんだよね」「あ、美鈴様、私もそう思います。このやわらかオバケの正体がおっさんとか嫌ですよ」「では二葉、この亡くなった人たちの魂はどこ?」「え?」蛇姫様は古戦場を見渡すにゃ。「この人たちの魂は、どうも成仏出来ずに、この広い古戦場にとどまり続けている気がするよ。何かたくさんの霊気はするんだけど、どこにいるのかわからない」「このやわらかオバケたちの霊気じゃないんですか?」「その子たちの霊気なんで塵みたいなものだよ、ほとんど何も感じない」もう散々な言われようだけど、おろろオバケたちにしてみれば、別に何にも意味を成さないのにゃ。

 ふと、急に強い風が吹いたにゃ。あちこちから「おろろー」と声が聞こえるにゃ。二葉は「ああっ、やわらかオバケたちが!」と叫んだにゃ。さっきからおろろオバケを抱っこしていたせいか、怖さを克服したどころか気に入ってしまっていたにゃ。さてさて、おろろオバケたちはどんどん飛ばされて、森の方に近づいて行くにゃ。「あの森に入ったらオバケたちが食べられる!美鈴様、何とかしてください!」「仕方ないなあ」蛇姫様が何か呪文を唱えると、風の向きが変わったにゃ。強力な妖力を持つ蛇姫様は、別の方から強風を吹かせる、くらいはお手の物だったにゃ。ただ、森から遠ざけても、その風に乗って今度は反対方向の森に行ってしまうおろろオバケたち。「ああああっ、美鈴様、何とかしてください!」「キリがないよ」周囲が森に囲まれている古戦場なので、風が吹けば行きつく先は森だったにゃ。蛇姫様はどうしようもない、という感じで飛ばされていくおろろオバケたちを追って歩いていくにゃ。森の入り口についてみると、やっぱり木が枝を伸ばしておろろオバケを捕食していたにゃ。「ああ…やわらかいのに…」二葉には、もうオバケではなく毛玉にしか見えていなかったにゃ。
 すると背後から「何をしているの」と呼び止められたにゃ。二人が振り返ってみると、赤い髪にマントを羽織った女性が立っていたにゃ。蛇姫様はとっさに二葉を背後に隠すと「こんばんは、旅の途中で古戦場の見学です」と言ったにゃ。二葉は何が何だかわからないにゃ。「美鈴様ー、どうしたんですかー」と前に出て来ようとすると「下がっていなさい!」と言われたにゃ。?マークが頭の上に浮かんでいる二葉に「彼女は死神だよ」と言ったにゃ。「あばああああああああああ!」とやっぱり二葉が卒倒しようとしていると、死神は大鎌を背後に隠しながら「ご安心を。殺したりしません」と言ったにゃ。「え?し、し、し死神なのに?」とおろろオバケを壮絶なまでに強く抱っこしながら二葉が訊くと「死神は死にゆく人をお迎えする者です。殺し屋ではありません」と言ったにゃ。まったく敵意は無いことがわかると、二人は胸を撫で下ろしたにゃ。
 死神は二葉が抱っこしているおろろオバケを見て「その子たちは森の木々に任せるのが一番です」と言ったにゃ。「なんでっ、食べられちゃ可哀想ですよ!」すると死神は遠くの建物を指さし「その子たちはあの城跡からいくらでも湧いてきますから」と言ったにゃ。「だからって、食べられちゃ可哀想…やわらかいのに…」すると死神は森へ向かって手を振ったにゃ。それを合図にしたかのように、森から声が聞こえたにゃ。「呼んだかい?」その声の主の女性が、木の枝に腰かけていたにゃ。「あれ…?その木、人のこと食べちゃうのに危なくないの?」「あたしはこの森の木々の代表で出てきただけさ。ずっと昔、ここで戦があった。その時に大量の血が流れ、この辺りの木々はそれを吸ったんだ。おかげで妖力を持ったのか、みんな妖怪化しちまったんだな。まー、そこまでたくさん吸えたわけじゃないから、あんまり妖力強くないし。中途半端に、夜しか動けないのさ。夜に人が通ってくれれば捕まえて喰えるんだけどなー。ははは」木の妖怪はとっても良い人っぽかったにゃ。人じゃないけど。二葉は「じゃあ、自分たちの妖力を補給するために、このオバケたちを食べないといけないんですか。それなら仕方ないのかな、ここでの決まり事だし…」ようやく二葉がおろろオバケたちが食べられる理由に納得しかけた時、妖怪樹木の女が言ったにゃ。「いや、そいつら食べても何にもならないさ。妖力もほぼ無いし。霞を喰うようなものだな」「…えー。じゃあ、無駄喰いじゃないですか。可哀想…」二葉はぎゅっとおろろオバケを抱き締めたにゃ。「おろろ」
 すると樹木の女は「でも、実際はそいつらを喰ってるわけじゃないからな」と言い出したにゃ。「私たちがそのオバケ捕まえて喰う、というか体内に取り込むと、そのオバケが遠い国へ送られていく仕組みになっているんだ。転送装置?とか、そんなこと言われたような気がするな。いつだったか、その遠い国から来た女の人に仕込んでもらったのさ。あたしらは妖怪化したとはいえ木だからな、この場所から動けないし、飛んでくるオバケを捕まえれば良いだけだし。暇つぶしに引き受けたんだ」二葉の頭の上に?マークが浮くにゃ。「何なら、あんたたち中に入ってみるかい?遠い国へ行けるぜ?まー、実際どこに行くのかはあたしらも知らないけどね。帰って来られないかもしれないし」これを聞いて、ちょっとだけ考える蛇姫様、二葉は慌てて「え?いや、美鈴様、行く気ですか?だめだめだめだめ!」「いや、行かないよ。だけど、行く先はもしかしたら私が目指している場所かもしれない。どちらにしてもまだ準備が整っていないからね」二葉は良かった、と安心していたにゃ。

 樹木の女と別れてから、二人は死神と一緒に歩いていたにゃ。死神は崩れた城跡の近くまで二人を案内すると「私が迎えに来た魂たちは、そのやわらかいオバケではなくてこちらです」と言ったにゃ。死神が手を叩くと、辺り一面にホタルが飛び交ったにゃ。「あ、綺麗…」と見入る二葉。「ここで亡くなった方たちの魂はホタルになり、今も飛びまわっています。数があまりにも多く、勝手に増えていくのでなかなか全部お迎えが出来ていません」「なるほど」蛇姫様はこの古戦場で感じた無数の霊気の正体を知ってスッキリしたようだったにゃ。「これじゃあ、回収して持っていくことも出来ないね」「そうですね」「そういえば二葉、その子ずっと抱っこしてるけど、朝になったら消えるからね」「えええっ!」いつの間にかぬいぐるみとしておろろオバケを気に入っていた二葉だったにゃ。
 死神との別れ際、蛇姫様は「この城には誰が住んでいたの?」と訊いてみたにゃ。死神は「この辺り一帯を治めていた一族がいました。双子の姫がいて、民からも慕われていました。姉の姫は馬に乗って遠くまで駆け回っていて、妹の姫は舞が上手でした。戦では姉の姫も馬に乗って出陣しましたが戦死しました。今でも戦のあった日には、彼女が可愛がっていた馬が、首の無い姿でこの地を駆けて行きます。あの馬の魂もお迎えしてあげたいのですが、年に一度くらいは走らせてあげるのも良いかと思い、いまだにお迎え出来ていませんが」二葉は「もう終わったかと思ったのに、また怖い話しないでくださいー!」とか言っていたにゃ。


 ずっと昔、その戦があった時にゃ。この死神は戦死した人たちの、大量の魂のお迎えで大忙しだったにゃ。あまりに多すぎて、とても全部回収出来なかったにゃ。範囲はこの古戦場だけでなく、かなりの広範囲に及んでいて、山を二つ三つ越えたところでも命を落とした者もいたにゃ。そんな感じだったから、死神は足を伸ばしてあちこちで魂をお迎えしていたにゃ。そうして、とある場所でとうとう姉の姫の遺体を見つけたにゃ。胸を突かれて一撃だっだにゃ、それ以外には外傷もなく綺麗なものだったにゃ。そして死神は、まだ近くにいた彼女の魂を見つけたにゃ。
 だけど死神は姫の魂をそのままお迎えしなかったにゃ。大事そうに手で包むと「きっと遠い未来、私の一番大事な人があなたにお世話になると思います。だからあなたは再び生きてください。よろしくお願いします」そう言いながら手を広げると、姫の魂は美しく輝く蝶になっていたにゃ。そのまま蝶は飛んでいき、戦火に包まれる城に戻って行ったにゃ。妹の姫は自分の周りを飛び続ける美しい蝶を見て「これは姉さんだ」と気づいたにゃ。すると、妹の姫も同じく美しく輝く蝶になったにゃ。そのまま二羽の蝶は遠くへ飛び去って行ったにゃ。

 さて、今回の報告はここまでにゃー。