とある漁村の話にゃわー。最初の報告『蛇姫伝説』よりも、もっともーっと未来の話にゃよ。とある漁村に一人の女性がやって来たにゃ。その漁村の名前も今となってはしっかりした記録が残ってないので、何ともにゃんにゃんにゃけど、その漁村をまとめつつ、ニシンか何かの漁で莫大な富を築いた男がいたにゃ。しかもその男、まだ若いというのに富を築いただけでなく、何かと村の者たちとも気さくに接して楽しくやっていたという、なかなか良い感じの者だったようにゃ。誰もが彼を「旦那様」と呼んで、村が一つにまとまっていたにゃわ。その旦那様が持つ蔵の数は48、それにちなんでこの漁村は「いろは村」と呼ばれていたにゃ。お屋敷は高台にあったから、そこから海もよく見えたにゃ。
そこに一人の女性がやって来てしまったにゃ。彼女は蛇姫様に忠誠を誓った一人で、正体は水晶の化身にゃ。でっかい水晶がうろうろしているようなもので、もし正体が知れれば高値で取引ですにゃよ。もっとも、あの蛇姫様の忠実なしもべになるくらいなので、捕まえようとしても返り討ちにされるのがオチですけどにゃ。胸を一撃、水晶の柱で貫かれるにゃ。ちょっとだけゴージャスではあるにゃ。ちなみに、名前は杏といったにゃ。蛇姫様がつけてあげた名前にゃ。
そして。さてさて、ちょっと困った事態が起きたにゃ。もう予想はつくだろうけど、あの旦那様が杏をめっちゃ気に入ってしまったにゃわわ。早速お屋敷にあげて、日々アプローチするにゃ。そして、そこは人が良い旦那様、いざとなったら押し倒す!なんてことはまったく考えが及ばず、なんかもー毎日振られまくっていましたにゃ。なんかもー一種のお約束展開のごとく振られまくっていましたにゃ。旦那様も旦那様で純情一直線、妾も取らずに相変わらず振られまくりにゃ。なんかもー見てる方がイライラしてきて「押し倒せやおらあ!!」とか思っているけど、まーこんな感じなので平和な村でしたにゃ。
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まあ、杏も杏で、彼女も旅をしていた理由がありますにゃ。彼女は消えてしまった蛇姫様を探していたのにゃ。本当は蛇姫様の居場所を教えてあげてもよかったにゃ。でも、私は見ているだけなのが規則なので、あえて教えてあげなかったにゃ。
んで、一方、村には一人だけ楽しくやっている輪に入れない少女がいましたにゃ。彼女の名前は夕凪、いつも一人で素潜りの漁に行って、わずかな収入だけでなんとか生きていたにゃ。彼女はとにかく無口で表情も変わらないし、淡々と生きているだけなので、村人からすれば不気味な存在に見えていたにゃ。それでも彼女は淡々と生活をしているし、村で困ったことがあれば来てくれるので、村人たちも夕凪と仲良くしたかったにゃ。
そうして、杏が初めて村を訪れた日、杏と夕凪は砂浜で逢ってしまったにゃ。杏は夕凪を忘れられず、その後もほぼ毎日砂浜まで逢いに来るという日々だったにゃ。夕凪も初めて見たはずの杏に魅かれ、声に出さずとも「今日も来ないかな?」と砂浜で待っている日々だったにゃ。やがて二人の噂は旦那様の耳にも届き、その時の旦那様の「キタコレ!」という叫びは迷言として村の記録に残ってしまったにゃ。てゆーか、お前もアプローチしてたろうが。にゃにゃ。
そして、杏と夕凪と旦那様とで、何とも言えない微妙な絶妙な珍妙な三角関係で、村の者たちも話の種に困らず、みんな面白おかしく日々を過ごしていたにゃ。
やがて、杏は村の人たちから、村に伝わる話を聞いたにゃ。この村の沖合には『貝の墓場』と呼ばれる場所があるとのことにゃ。海の深くにある『貝の墓場』には、海で死んだ人の魂が集まって行き、そこへ行った魂は貝になり、何十年も何百年も悲しげな声で歌を歌っているそうにゃ。そこへ行けば貝になるけど、もし肉体を伴って行くことが出来れば、何でも願いを叶えてくれるそうですにゃ。ただし、行く為には『海底の火』が必要で、その火で照らさずに行かなければ海流に飲まれ、帰らぬ者に。仮にたどり着いても、『海底の火』を持っていなければ墓場に入れない。そんな伝説にゃ。杏は「もしかしたら、私が『貝の墓場』へ行くことが出来れば、蛇姫様とすぐにでも再開出来るかしら?」と思ったものの、彼女は水晶の化身、水に入ると沈んでしまって動けないにゃ。だからすぐに「まあ、私にはたどり着けない場所ですわね…」と諦めたにゃ。そもそも、実際に誰も『貝の墓場』を見たことがないにゃ。あくまで噂話にゃわ。
そんなある日、急に村の雰囲気が一変したにゃ。村の者全員がもれなく暗いにゃ。どよーんにゃ。杏も怪しく思って旦那様始め様々な人に話を聞いたにゃ。すると皆が皆、同じようなことを言うにゃ。「赤クラゲがやって来るんだ…」と。杏は「ん?クラゲ?」と頭の中ではミズクラゲを思い浮かべながら話を聞いていたにゃ。アカクラゲは実際にいるけども、この村で言うアカクラゲはどうやら様子が違ったにゃわー。そいつはアホみたいにでかくて真っ赤で、生け贄の女性をさらっていくにゃ。村の者たちは「生け贄はどうしたら…」と悩んでいたにゃ。赤クラゲは数年に一度、生け贄の女性をさらっていくにゃ。
さすがに杏は怒ったにゃ。「そんな古臭い慣習なんて!だったら私がそのクラゲをぶち殺して差し上げますわ!」いつも通りおしとやかな口調でぶち殺す宣言をする杏を村人みんなが止めたにゃ。「いくらあんたが特別だからって、水晶だろ、石じゃないか!海に引きずり込まれたら沈んで終わりだぞ!」と誰もが止めたにゃ。とゆーか、杏が人間でないことをかるーく受け入れてしまっているあたりに、この村がいかに包容力があったかがうかがえるにゃわ。んで、杏ももちろん、これを押し切ったにゃ。「こんな慣習は終わらせるべきです!こんな時こそ、人の身ではない私が行かずにどうしますか!」と、静止を振り切って砂浜へ駆けたにゃ。
ただ、砂浜では、すでに生け贄として捧げられていた娘が、血のように真っ赤な色をした、超巨大なクラゲに持っていかれようとしていたにゃ。杏は「ふんぎゃあああー!」と変な声をあげながら赤クラゲに向かって行ったにゃ。結果は言うまでもなく、海に放られてオシマイだったにゃ。「やっちゃったなぁ、蛇姫様を探してただけなのになぁ…」とか思いながら沈んでいくにゃ。
と、そこへ、お約束通りに夕凪がやって来たにゃ。もう必死な様子で、すんごい速さで泳いできたと思ったら、杏を抱えて行こうとするにゃ。けど、そこは女性の姿とはいえ石。海中とはいえ重いにゃ。素潜りに
慣れているおかげか、夕凪はかなり長い間呼吸を止めていられるにゃ。夕凪は海中で必死にもがいて、ずるずると杏を引きずっていったにゃ。ようやく浜まで杏を引きずっていった夕凪、そうこうしているうちに、恐ろしいほどの赤クラゲは去っていってしまったにゃ。結局、娘は持っていかれてしまったにゃわ。「これじゃあ、また赤クラゲがやってくる、仕留められなかった私のせいだ…」と落ち込む杏を、夕凪は何も言わず、優しく抱きしめるにゃ。夕凪にとって、杏はもはや特別な存在だったのにゃ。
今回の犠牲になった娘の家には、旦那様から莫大な見舞金が贈られたにゃ。旦那様は「我々人間ではどうしようも出来ないんだ…」と肩を落としたにゃ。「人間ではない私ですらダメなら、一体どうしたら…」と杏も肩を落とすのでしたにゃ。
それから、さらに月日が過ぎていきましたにゃ。杏は日々の生活に何の不満もなく、仕事が終われば浜へ降りて夕凪と過ごしていたにゃん。ただ、杏は元々は蛇姫様を探していたにゃ。だけれど、ここでの生活が思いのほか楽しい、再び旅に出るに出られなくなっていたにゃ。「さすがに長く居過ぎてしまいましたわね、そろそろ出なくては…」と杏が考えていたある日、また次の事件が起きたにゃわー。
その日は不気味な夜だったにゃ。杏は寝ようと布団を敷いていたにゃ。ふと、杏が窓の外に目をやると、なにかおかしいことに気づいたにゃ。杏は窓から海の方を見てみると、海の一部が妙に明るかったのにゃ。月は出ていたけど、海に映る月明かりとは別に、海の中が明るかったにゃ。それを見て杏は息を飲んだにゃ、「あれが『海底の火』ですか…」と思ったにゃ。ただ、何度も言ってる通り、杏は海には入れないにゃ。見つけたところで取りに行く手段がないにゃ。「夕凪さんに頼んでみようか…」とちょっと思うも、さすがに危ないことには巻き込めないな、と諦めたにゃ。しばらくぼんやりとそれを眺め、「さて、寝ましょうか」と布団に入りかけたところで、外が騒がしいことに気づいたにゃ。火事か何かと思うも、騒ぎが尋常ではないにゃ。杏はもう一度窓から海を見てみると、海から馬鹿でかいウナギがずるずると浜に上がって来ていたにゃ。「ぎゃあああ、夕凪さあああん!」と大慌てで飛び出す杏、すでに屋敷の中でも大騒ぎで、旦那様は「村の人たちを早くここへ誘導しろ!」と指示を出していて、飛び出して行く杏を見て「行っちゃダメだ!」と止めたにゃ。「夕凪さんを助けに行きます!」と杏は出て行ったにゃ。
もう村の中は大騒ぎにゃ、馬鹿でかいうなぎは家々を次々破壊しながらずるずると移動しているにゃ。馬鹿でかうなぎの進路から離れながら、なんとか杏が浜にたどり着くと、もろに巻き込まれていたらしい夕凪が倒れていたにゃ。「夕凪さああああん!」と駆け寄り、揺さぶっていると夕凪が気が付いたにゃ。わあああんと泣きつく杏、夕凪は「心配かけました…ちょっと巻き込まれてしまって」とクールですにゃ。やがて杏は「どうして巻き込まれたのに夕凪さんは無傷なのですか?」と気づいたにゃ。夕凪はしばらく迷っていたものの、杏の目の前に腕を突き出したにゃ。腕は楔形の刃物に変化していたにゃ。「私の母は鉄を操るあやかしでした。私の小さい頃に死んでしまいましたが。私はそれを受け継いだようです。私も杏さんと同じく、人間ではありません」と夕凪。髪の毛一本一本の先にも楔針がついていたにゃ。杏は驚いて少し呆然としていたにゃ。「巻き込まれはしましたが、同時に切り刻んでやりました。あの大きさではかすり傷にもなっていませんが」そうして夕凪は馬鹿でかうなぎを睨み「今度は輪切りにしてやる」と駆けだしていこうとしていたにゃ。すかさず杏は止めたにゃ。夕凪に抱きつき「ダメですわ!あの大きさでは夕凪さんにも無理です!私でも手に負えません!帰るのを待つしかないですよ!」と止めたにゃ。杏に抱きつかれたら、さすがの夕凪でも重くて動けなかったにゃ。海の中ではないから浮力もないにゃ。夕凪は悔しそうにしていたものの、おとなしく馬鹿でかうなぎを見ていたにゃ。そこで杏は訊いてみることにしたにゃ。「夕凪さん。お母様のお名前を教えてくださいませんか?」「え?…私の母の名は時雨ですが?」夕凪が言うと杏は息を飲んだにゃ。
かつて、杏と一緒に蛇姫様に忠誠を誓い、共に旅をしていた仲間の一人に時雨がいたにゃ。杏とも特に仲が良かったにゃ。時雨は鉄を操るあやかしだったにゃ。一行が離れ離れになったあの日にも、再開を誓っていたにゃ。その時雨がすでに死んでいて、目の前にいるのは彼女の娘。杏はめまいがして、その場に突っ伏したにゃ。夕凪もかつて母から話を聞いてはいたのにゃね。だから薄々、杏が母の言っていた杏のことと、前々から気づいていたにゃ。突っ伏した杏をすぐに介抱する夕凪。夕凪は「すみません、母はもういませんが…代わりに私がずっとそばにいます」と言ったにゃ。すると馬鹿うなぎは急に方向を変えて、ゆっくり海へ帰っていったにゃ。
皆が「やっと帰ったか…」と思っていると、海では大騒ぎはまだ続いたにゃ。あの赤クラゲが突然海から現れ、馬鹿でかうなぎを叩き始めたにゃ。うなぎも赤クラゲにかみついたりして、もう大乱闘にゃ。もはや怪獣映画にゃ。村人たちは「この村も終わりだ!」と大騒ぎ。ただ、赤クラゲも馬鹿でかうなぎも、浜には来ずに沖合で大乱闘だったにゃ。やがて、うなぎが逃げていくと、赤クラゲも海へ消えて行ったにゃ。さすがの杏も腰が抜けて動けなかったのにゃ。
うなぎの襲撃と大乱闘から数日後。旦那様によって村の復興はどんどん進んでいたにゃ。その日はたまたま暇をもらっていた杏は、いつも通り浜へ行ったにゃ。夕凪と一日のんびりしようと思っていたにゃ。が、その日は浜がやけにざわざわしていたにゃ。杏も何事かと小走りで行って、人だかりに混じって見てみると、そこには人魚の死体があったにゃ。杏も人魚を見るのは初めてだから、目を丸くして興味深く見ていたにゃ。遠くで自分の小屋の修理をしていた夕凪も杏を見つけて寄ってきたにゃ。夕凪は「人魚を埋葬してやりたい」と言ったにゃ。人だかりが少し捌けてから回収しようと、機会を伺っていたのにゃ。杏も同じ気持ちだったから、村の人たちに言って、みんなで埋葬したにゃ。そこへ杏がでっかい水晶柱を立てて、墓にしたにゃ。「墓石なんですから、削って持って行ってはいけませんよ?」と杏。村人たちもちらほら仕事に戻って行ったにゃ。
夕方、杏と夕凪は一緒に海を眺めていたにゃ。ふと夕凪は「『貝の墓場』のことですが」と言ったにゃ。杏は驚いて夕凪を見たにゃ。彼女は『貝の墓場』のことも『海底の火』のことも知っていたにゃ。海の中を自由に泳ぎ回る彼女は、かなりの深さまでも潜れるらしく、すでに『貝の墓場』へたどり着いていたにゃ。「墓場へ行くのに『海底の火』なんか必要ありません。あれは人魚たちの持つ明かりです。夜になれば私たちが明かりを持つのと同じです。『貝の墓場』は人魚たちの墓です。昔、この海で人魚がたくさん死んだんです。今日上がった人魚は、その時死んだ人魚たちに関わりのあった子です。恐らく墓参りに来ていたんです」杏は呆然として言葉が出なかったにゃ。夕凪は続けたにゃ。「当時、私はまだ産まれていませんでしたが、母が人魚たちを見たんです。そして、あの赤クラゲは、人魚の一人が可愛がって連れていたものです。人魚たちの死体のほとんどは海の中にありましたが、二人か三人ほどの人魚の死体は浜に上がってしまいました。そのうちの一人がクラゲの主人。人魚たちの死体は高値で売られていきました。生き残ってしまったクラゲは村に恨みを抱き、高値で売られ村が繁栄した見返りに、数年に一度、村の娘を奪って行くんです。母から聞いた話ですが」はっとして杏は尋ねてみたにゃ。「では、あのうなぎは何なんでしょうか?」「あれはずっと遠い海から海へ回遊している化け物うなぎです。人魚たちが死んだのは、あのうなぎが襲撃したんです。うなぎは人魚たちの心臓だけを喰い、あとは置いて行きました。人魚の味を知ってしまったんです。今日の人魚は墓参りに来た日に、たまたまうなぎと遭遇してしまったんです。きっと人魚は浜から村へ逃げていたんです、それを捕まえたから、うなぎは急に帰って行ったんです。クラゲは仇のうなぎを殺そうとしたけど、逃げられてしまった。だから『貝の墓場』で聞こえるという歌は、墓参りに来た人魚たちの歌なんです」
正体見たり、なんとやらにゃ。村でもそのことを知っている人は遠い昔のうちに居なくなっていたにゃ、だからこそ伝説になっていたにゃ。杏も、かつての仲間が人魚を見ていたことに胸が熱くなったにゃ。ふと杏は思ったにゃ。「そういえば、なんでそんなにたくさんの人魚たちがこの海に居たのですか?もっと南の方に居るという話を聞いていたのですが」夕凪もちょっと困っているようだったにゃ。「母は、人魚たちは、人魚の姫を逃がすために皆で泳いでいた、と言っていました。それ以上の詳細はわからなかったようです」
やがて、遠くの方でたくさんの光が舞い始めたにゃ。夕凪は「龍灯です」と言って眺めていたにゃ。杏も「綺麗です」と、二人で一緒に眺めていたにゃ。今回の報告はこんな感じにゃ。