BAR 『しんぐるらいふ。』 (第1回:ターザン・ボーイ)



 その街の片隅に、小さなバーがある。
 小洒落た音楽を聴きながら、美味しいお酒を飲める店。それがBAR 『しんぐるらいふ。』。毎晩、都会の喧騒に疲れた音楽好きたちがどこからともなく集まり、一晩中物想いに耽っている。彼らの心に響く今夜のBGMは、いったいどんな曲なのだろうか…



冬 「…マスター。マスター! なに物想いに耽ってるんですか。全然ビール出てこないっすよ。だいたい客を前にマスターが都会の喧騒に疲れててどうするんですか(笑)」

マスター 「…はっ。すまんすまん。えっと、オーダー何だっけ?」

冬 「『冬物語』ですよ。季節限定ビールはその季節に飲まなきゃ意味がないんです。何だっけじゃないっすよまったく」

マスター 「まあそう怒るなって… はいよ、『冬物語』」

冬 「それにしてもこのバー、ちっとも客が入りませんね」

マスター 「音楽も洒落てるし、お酒も豊富なのにね」

冬 「マスターそれは違うでしょ。音楽はCDシングルしかないし、お酒はビールと発泡酒しかないじゃないすか。しかもお店の名前もまるでマスターの気ままな独り暮らし人生を象徴してるみたいだし。これじゃすげー偏った客層しか呼べないっすよマジで」

マスター 「例えば… 冬クンみたいな?(笑)」

冬 「(怒)うるさいですよ。何だかんだ言っても、これだけCDシングルが揃っていて、『シングル盤コレクター人生。』の名に相応しいバーなんて他にないから仕方なく通ってるんです。それより、今日はどのシングルをかけてくれるんですか」

マスター 「良くぞ聞いてくれた。今日は秘蔵のコレをかけよう」

冬 「あーっ! バルティモラ(Baltimora)の『ターザン・ボーイ(Tarzan Boy)』じゃないすか。1986年全米最高13位、惜しくもトップ10を逃したという…」

マスター 「チッチッ。よく見なさいって。邦題が『帰ってきたターザン・ボーイ』になってるだろ? これは1993年に映画 Teenage Mutant Ninja Turtles III で使われてリバイバルしたヴァージョンなんだよ。93年の時は最高51位と大幅にダウンしてるんだけど」

冬 「おお、いきなりこの雄叫びのようなコーラス! ウォオウォオウォオオ〜♪ 正直、ノベルティに近い存在だと思うんですけど、やっぱり80年代洋楽ファンとしてはたまらないっすね。ヴァージョンはどうなんですか?」

マスター 「このCDシングルでは1993リミックスが1曲目に来てるんだけど、チャート本などによるとリミックスはB面扱いで、結局85年リリースのオリジナルヴァージョンが正しいのかもしれない。どっちにしろ、この日本盤シングルの3曲目に入ってるから安心だけど」

冬 「なるほどー。ていうか日本盤8cmCDシングルが出てること自体がかなり異常な状況だと思うんですけど(笑)」

マスター 「いやいや、この曲をアメリカでリリースしたSBKレコードといえば、90年代前半はヴァニラ・アイスやウィルソン・フィリップスを抱えて大ブレイクしたレーベルだよ。93年ごろはさすがに勢いが落ちていたけれど、だからこそ夢よもう一度とばかりに意気込んでプロモーションした東芝EMIの洋楽部門の藁にもすがりたい気持ちを読み取らなくてはならない。そういった面も含めて、コレクションはやっぱりCDシングルに限るね」

冬 「というと?」

マスター 「やっぱさ、この曲とか下らないわけだよ。いや俺も好きなんだけど、好きかどうかは別にして猛烈に下らない。するとね、例えばこの曲だけが欲しいのにアルバム1枚買わされるのは屈辱的なわけ。そりゃ確かに他にもいい曲が入っているかもしれない。だけど人生には限りがある。この次の瞬間に落雷に打たれて死ぬかもしれないんだよ。とすると自分が聴きたいヒット曲以外のさらに下らない曲に割り当てられる余った時間なんてないわけ。だいたい墓碑銘に『バルティモラのアルバムの4曲目を聴いていて落雷に打たれました』とかさ、恥ずかしくてもう生きていけないわけよ」

冬 「ていうか死んでますから(笑)。まあ、ある意味チャートファンとしてはカッコいい死に方とも言えるような…」

マスター 「で死ぬんだけどさ、その時にやっぱり手にはこういうダサいヒット曲のCDシングルを握り締めていたいわけだ。屈辱的なアルバムじゃなくてね」

冬 「屈辱的ってのは言い過ぎかもしれませんけど、シングルって面白いですよね。カップリングのリミックスとかライヴヴァージョンのカッコよさとか、あと特に日本盤だといろんなことが書いてあってそれも面白い。ええとなになに、『ウォオウォオウォオオ〜 ウワサのアイツが帰ってきた!! 8年間のジャングル生活から再び都会へやって来た。日本にも"ターザン・ボーイ・ブーム"が!』だって(笑)」

マスター 「8年ぶりのリバイバル・ヒットであることを『8年間のジャングル生活から』だなんて冴えてると思わない? 残念ながら日本には「ターザン・ボーイ・ブーム」なんてちっとも起こらなかったみたいだけどな(笑)」

冬 「だいたい、ブームが起こったことなんてあるんですか」

マスター 「93年に『ニンジャ・タートルズ3』のサントラに使われたことはさっきも言ったけど、他にもアメリカではリステリンのTVCMに使われたりしたらしいし、ちょっとしたターザン・ボーイ・ブームだったようではある。あと、最初にヒットした時に、矢○清治さんが「この曲は絶対に全米1位になる!」と番組内で豪語して、結局ハズしまくったという伝説もあるらしいよ。だから日本でも、少なくとも矢口清○さん的には大ブームだったんだろうね(笑)」

冬 「だいたい、アメリカで映画が大ヒットした『ニンジャ・タートルズ』自体が謎でしたね〜。ちっとも可愛くないカメの着ぐるみで。チャート的には Partners In Kryme の "Turtle Power!" が全米13位の大ヒットになっちゃいるけど、やっぱ、アメリカ人のセンスって理解できないや。ところでマスター、"Tarzan Boy" って、何のことを歌った曲なんですか?」

マスター 「よくぞ聞いてくれた。といってもよくわからんのだよね。まあ一風変わったラブソングってとこなのかな。主人公はターザン・ボーイのようにジャングルで原始生活を送っているらしい。でもって彼女に呼びかけているわけだ。君もおいで、都会の喧騒を離れて僕と一緒に楽しいジャングル生活を送ろう!と」

冬 「しかしそれだけの歌詞のためにターザンを持ち出してしまったばっかりに、余計な著作権料取られちゃってますよ。ほらこのクレジット見てください。TARZAN(R) owned by Edgar Rice Burroughs, Inc. and used by permission だって。このエドガー何とかさんって誰なんですか?」

マスター 「エドガー・ライス・バロウズだよ。SFファンなら知らない人はいない地底探検シリーズや金星シリーズ、そして何より『類猿人ターザン』をはじめとする膨大なターザンシリーズで有名なアメリカの作家。かつては創元推理文庫から大量のE・R・バロウズものが翻訳されていたものだが、最近はあまり見かけないなあ… てなわけで「ターザン」の名称そのものもバロウズの会社が登録しちゃってるんだろうね。バロウズ自身は1950年には死んでるけど」

冬 「なるほどねぇ。しかしこのバルティモラの中心人物って、Jimmy McShane って名前からも想像できるように北アイルランド出身なんすよね。なんだかちょっと意外」

マスター 「このシングルのクレジットをさらに読み込むと、オリジナルヴァージョンの版権は 1985 EMI Italiana S.P.A. と書いてあるのだよ。実は、Baltimora は元々イタロディスコに分類されるグループで、イタリアの敏腕プロデューサー、モーリジオ・バッシが中心になって無駄に7人もメンバーを揃えたグループなんだね。たまたまそのリードヴォーカリストとして迎えられたのが Jimmy McShane だったというわけ。何もイタリアくんだりまで行かなくてもという気もするけど、それで全米制覇できたんだからよしとしよう、みたいな。冬くん、CDシングルは隅々までクレジットを読み込まなくちゃだめだぞ」

冬 「あっ、曲が終わりましたよ。こういう時シングルって寂しいですね」

マスター 「な、何だと。そんなことないぞ。独り暮らしは誰にも邪魔されないし、好きな音楽をいくらでも聴けるし、映画を何本見たっていいんだぞ。せっかく作った料理にケチつけるパートナーなんかいないし、テレビのチャンネル争いだってないんだぞ。それに、それに…」

冬 「熱くならないでくださいよマスター。シングル盤はすぐに曲が終わっちゃいますねって言っただけですよ。あまりムキになると、実は寂しいんだってことがバレますよ(笑)。あっ、次の曲が始まった」

マスター 「2曲目の "Tarzan Boy (Extended 1993 Remix)" だよ。1曲目に輪をかけて酷いヴァージョンの…」



 BAR 『しんぐるらいふ。』 の夜は、こうして静かに更けてゆく。
 しかし、マスターと冬がこのシングルを前にいかに盛り上がろうとも、残念ながら Jimmy McShane の雄叫びを生で聴くチャンスはもう2度とない。リバイバルヒットからわずか2年後の1995年、AIDSで他界した彼のジャングルライフに、合掌。

(続く…のか?(笑))

(November, 2002)

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