産業NIGHT〜『幸福の連鎖』



 2001年11月30日は産業NIGHTでした。マル。


 …駄目だこれじゃ何が何だか分かりゃしねえしかもレポート遅過ぎ怠慢ぶりにも程があるそんな自分のサイトが気に入ってますとかいったら怒りますか怒られますか "Angry Chair" は Alice In Chains ですつまりグランジ/オルタナもある意味産業ロック。

 なんて言い出すと混乱してきますから、まず最初に"いわゆる産業ロック"の定義をした方がいいですね。もちろんそんなもの人それぞれですけれど。例えばこんな感じで如何?

(1) 基本的にはハードロック。
(2) シンセサイザーなどのキーボード類を使って大仰に盛り上がる。
(3) それでいて、メロディックでキャッチーな楽曲。
(4) 各人が凄まじい技量を持ったプレイヤーだが、俺が俺がとあまり出しゃばらない。


 他にも「メロディ的に決して感動できないバラードが必ず数曲アルバムに収録され、第2弾or第3弾シングルとしてカットされ、しかも必ず大ヒットする」とか「すべてにおいて中庸で軟弱な通信簿オール3的ロック」とかいろいろな定義が

 …ええと。

 『産業ロック』として括られる時には侮蔑的ニュアンスが込められていることも多いです。売れ線狙いでシステマティックに作り上げられた音楽が、まさに製作サイドの狙い通りに何百万枚も売れることを批判したいお方もいるでしょう。ロックとは反体制でなきゃいかんと信じているお方もいるでしょう。「産業」の名に関しては、明らかに肯定的評価より否定的評価が支配的

 でも、確かな技術に裏打ちされた良質で手堅い演奏や、耳に馴染む分かりやすいメロディはまさに職人芸そのもの。ハードロック的爽快さとプログレ的叙情性とが融合した、何とも言えない気持ちいいロック。心の狭い人たちは、いつの時代もやっかむものです。だいたい、成績が良くてルックスも良くてスポーツも万能で学級委員もやってるようなクラスメートは、陰でみんなから嫌われているもの。だからその辺は差し引いて聞いてあげなくちゃ。

 確かにリアリティを感じにくい虚構的なロックかもしれません。現実逃避的かもしれません。でも現実逃避でもいいじゃない? 僕にとっては、産業ロックを聴くときのあのわくわくする気持ちこそが何よりも「リアル」。世間が何をどう言おうと関係ない。僕は自分の好きなロックを好きなように聴く。産業ロックを産業ロックとして聴く。



 さてそんなわけで。

 もっとも信頼できる音楽的素養を持つ後輩のひとりであるKyonさんのお誘いを受けて、その夜僕は下北沢に向かいました。なんでも、産業ロック好きがたくさん集まって、極上の産業ロックをかけまくるDJ企画 "産業NIGHT" が開催されるとか。駅の改札を北口方面に降りて、しばらく歩いていくと REVOLVER というお店があります。それはもうひっそりと、あたかも通りに埋没するような状態で存在しておりました。ドアを開けると10mはあろうかという長いカウンターがあって。Kyonさん始めDJのお方と、普通のお客さんとがパラパラと。僕はカウンターの奥の席に座って、ビイルをちびちびと飲むことにしました。

 Kyonさんによると、この日は相当盛況だったとのこと。普段は20:00のDJタイム開始時点で、DJ陣以外の一般客がいないという夜もあるらしい。でもこの夜は、産業NIGHT目当ての音楽好き仲間以外にも、一般のお客さんもずいぶん入っていましたから。ただそれも痛し痒しといったところかもしれません。コアな選曲をしてしまうと通にしか分かってもらえないし、一般的な産業ロック入門曲みたいなものばかりだと深みがないし。

 もっとも、本当に飛び込みの一般客にとっては、BGMなんぞどうでもよいのかもしれません。例えばこの日お店の一番奥のテーブルに陣取っていた男女4人組。彼らは産業ロックそっちのけで大声で談笑していましたが、断片的に聞こえてくるその内容は、


「…問い詰めたい。小1時間問い詰めたい」
「そんなことより聞いてくれよ>>1よ」
「そこでまたブチ切れですよ(怒)」
ねぎだく(笑)
「これ最強!」



 といった話ばかり。これ実話。2ちゃんねるがいかに世間の隅々まで浸透しているかを思い知らされた夜でもありました。ちょっとビクーリしたよ。

 そのあたりを考慮したのかどうか、KyonさんのDJは2部構成で各30分のプログラム。長過ぎず短過ぎず、集中して聴けるセットになっていました。第1部では一般的な産業ロック選を組んで、第2部では思いっきり趣味に走る選曲だとか。楽しみ楽しみ。



 20:30。いよいよ彼女の出番。

 第1部のオープニングは何だろう? 前のDJのラスト曲、エイジアの "Only Time Will Tell" が徐々にフェードアウトしていく中、緊張感のあるゴリゴリしたベースラインがスピーカーから飛び出してきました。こ、これは… ラッシュの "Animate" じゃないか!

 この曲を収録したアルバム "COUNTERPARTS" は、大御所ラッシュがグランジ以降のヘヴィ・ロックブームを踏まえて発表した、彼らにとってはかなり「重い」アルバムです。しかしそこはさすがにラッシュ。多くのバンドが何となくチューニングだけ下げて、マイナーコードで曲を書いた似非グランジアルバムをリリースしては次々と轟沈していったのとは異なり、繰り返し聴くに堪える圧倒的な完成度を誇っています。実際、90年代のラッシュの作品としては個人的にももっとも好きな1枚。80年代の "HOLD YOUR FIRE"赤盤とするならば、この "COUNTERPARTS"青盤として並び称されるべきではないかと。

 Kyonさん自身が認めたとおり、これは彼女にしては背伸びした選曲かな?とも思ったけれど、これまた彼女自身が補足したとおり、このくらいの背伸びは全然許せます(なんて偉そうに…)。むしろいい感じに期待を裏切ってくれたカッコいいオープニングだったのです。

 続いて2曲目はホワイト・ライオンの "Wait"。最大の全米ヒットはもちろんバラードの "When The Children Cry" ですが、先にヒットしたスピーディでキャッチーなこの曲こそ『産業魂』に相応しい名曲。いきなりサビから入った後にいったんヴォーカルが消えてバックバンドがリフを演奏するイントロのつかみが強力で、思わずコブシを握り締めること請け合い。当時、新世代のエディ・ヴァン・ヘイレンとまで言われたヴィトー・ブラッタのツボを押さえたギターソロも素晴らしくて。最近はアップテンポなロックヒットが減ってきたようでちょっと寂しいです。今夜帰ったらボン・ジョヴィの『夜明けのランナウェイ』をアルバムごと聴き返してみよう。

 3曲目もイントロで分かった。はい、フォリナーの "That Was Yesterday"。フォリナーは産業の中の産業、まさにキング・オブ・産業と呼ぶべきバンド。何故ならば、そもそものグループの成り立ちにしてからが元スプーキー・トゥースの苦労人ミック・ジョーンズが元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドの名声を借りて一旗上げようとして結成したグループだったりするからで、まさに徹頭徹尾「売るために/売られるために」作られたバンド。もちろんその結果売れたのだから大したもの。世の中には売れたくても売れないバンドが星の数ほどあるっていうのに。

 この『イエスタデイ』で一番カッコいいのは、安っぽいシンセのリフで唐突に終わるエンディングと、その直前に泣きそうな声を振り絞ってルー・グラムが「♪ウ〜ウウウウ〜」と歌う部分の壮絶な対比でしょう。アルバム "AGENT PROVOCATEUR" を彼らのキャリア中でベスト作、と言い切るかどうかには大いに議論の余地がありますが、いずれにせよ良質の産業ロック(=ダサんぎょう)が詰まった作品です。ダサい≒カッコいい、これ産業の法則。

 4曲目は僕の知らない曲でした。ジョシュア(Joshua)の "November Is Going Away"。ギターがちょっとハードでカッコいい曲だったような気がします。思えば、この日は11月末日。ちょっと洒落てたんですね。彼女が言うには、この曲はずいぶん前に、とあるDJイベント?で聴いて気に入った曲なんだとか。「今度は自分が、ひとに聴いていただく側になって、何か連鎖の一部になれたような満足感が…」 とのことでしたが、僕はこの言葉にいたく感じ入ってしまったのです。



 実際、自分自身も他の人から 「これすっごくいいよ〜」 と聴かせてもらって好きになった曲がたくさんある。例えば車の中で聴かせてもらったマンハッタン・トランスファーの "Twilight Zone/Twilight Tone"(US#30/80)。これは Jay Graydon のギターソロで知られる名曲。起承転結がきっちり計算された素晴らしい構成に耳が釘付け、車内で気を失いそうになったくらい。

 最近僕は、オリジナルMDやテープを編集して自分で聴くということを滅多にやらなくなってしまった。それは編集が億劫になったということではない。自分のためにMDやテープを作ろうとは思わないけれど、他人のためにならいつでも作ってあげたい。自分が心動かされた音楽を、他の人にも紹介したい。ぜひ聴いてもらいたい。

 <誰かのために音楽を選曲してあげる>ということの持つ意味。それはやっぱり、そういう大きな連鎖の一部になることの喜びなんだろう。人は一人で生まれ、一人で死ぬけれど、その間を一人だけでは生きられない。おすすめの音楽を人に伝えたり、教えてもらったりしながら生きる。そうすることで得られる幸福は、何ものにも代え難い。

 だから僕は、この日のイベントにとても心動かされた。それぞれのDJが自分の為(だけ)ではなく、お客さんのために、聴き手のために一生懸命選曲して、素晴らしい音楽をお勧めする場であったから。換言すれば、そこは大きな 『幸福の連鎖』 の場であったから。

 「winter さんもやってみたいですか?」

 と Kyonさんに尋ねられ、(ぜひやってみたい!)と思ったけれど 「…1回分くらいなら選曲できるかも…」 とか何とか、あいまいな回答をしてしまった気がする。本心はそうじゃなかった。今のところはウェブサイト、というスタイルで自分なりに 『幸福の連鎖』 に加わっているつもりだけれど、もし良かったら、ぜひ次回のイベントで僕なりのオススメ 『産業ロック』 をプレイさせていただきたいと… 




 …さてさて5曲目は、2001年に亡くなったヴァン・スティーヴンソンの唯一の全米トップ40ヒット "Modern Day Delilah"。Crystal Gayle に曲を書き、Restless Heart をヒットさせ、近年はカントリートリオの BlackHawk を結成してナッシュヴィルで頑張っていた彼ですが、1984年全米22位のこの曲は、スピーディな展開が心地良い産業色溢れるロック。数年前にコンピレーションCDで手に入れるまで、自分も随分探したものでした。

 続いて6曲目はホワイト・シスター(White Sister)の "Don't Say That You're Mine" で、これも初めて聴いた曲。Kyonさんによれば 「何気なくジャケ買いしてみたら良かったので」 とのこと。

 実はこの夜、DJセットリストのメモを取っていた僕に彼女が教えてくれた曲名は "Say That You Are Not Mine" というもの。(ん??) 「いやこうじゃないと文脈がオカシイですよ」と続ける彼女に、ビイルの入った僕の頭は大混乱。(どうして? 私を愛していると言ってほしいと「貴方」に歌いかけるんじゃないの???) 結局、正解はこのように否定詞の位置が微妙に異なるタイトルだったわけですが、どちらにしても "Say That You're Mine" あるいは "Don't Say That You're Not Mine" といった、通常想定される男女関係ではなかった。じゃあ一体どういう2人のストーリィなんだろう? 何だかいつまでも心に引っかかる不思議なタイトルになってしまいました。

 そして第1部ラストはKyonさんが愛するジョン・ウェットンのエイジアで締めくくり。傑作 "ALPHA" のエンディングを飾る大作 "Open Your Eyes"。往年のプログレッシヴな薫りを多少なりとも残していたデビュー作に比べると、セカンドはあまりにポップ寄りだと批判されることがあるかもしれません。だからと言ってこれを 「産業ですね」 で片付けるのももったいない。そんな "ALPHA" にあってこの "Open Your Eyes" は、ジェフ・ダウンズの静かなキーボードに導かれ、淡々と歌うジョンのリードラインを経てドラマティックな展開を聴かせる、渾身の1曲。左右のスピーカーから "♪open your eyes / open your eyes..." とコーラスが被さってくる終盤では、つい感極まってしまいます。これ以上はないくらい、ラストに相応しい選曲。


 この後、KyonさんにDJのお方や常連のお客さんを紹介していただいて、産業やAORその他の洋楽話で盛り上がりました。次々と流れる産業ロックの数々を肴に、時間が経つのを忘れるくらい楽しい夜。ですから22:30からのKyonさん第2部はホロ酔い加減の心地良いBGMとして。その割にはユーライア・ヒープとかウィッシュボーン・アッシュとかケヴィン・エアーズとかペンドラゴンとか、産業離れした選曲でしたが(笑)。まあ、ヒープの "Return To Fantasy" はある程度有効かな? それでも普通の産業者が選ぶ Fantasy 系は、例えばアルド・ノヴァの "Fantasy"(US#23/82) あたりじゃないかと思うんですけど。ともあれ Kyonさんが思いっきり趣味に走った、それはそれは楽しい30分でした。



 さて11月30日といえば。
 そう、あの日。

 夕方、職場で何気なくウェブ閲覧していると『ジョージ・ハリソン氏死亡』のニュースが流れていました。余命1週間という噂を聞いてはいましたが、まさか本当にそこまで病状が悪化しているとは思わなかったのでびっくりました。そこでこのお店の名前に戻ります。"REVOLVER"。ビートルズのアルバムタイトルから取られた名前を持つこのお店、イベント終了後のひとときに流れ始めたのはやはり、ジョージ・ハリソンの曲たちでした。ちょっとしんみりしましたが、熱く盛り上がった産業NIGHTをクールダウンするにはちょうど良かったかもしれません。

 いずれにせよ、自分ってやっぱり産業ロック好きなんだなあと再認識したり、美味しいビイルを飲んだり、その他嬉しいことがたくさんあった夜でした。ひとりの音楽好きとして、あの場に出かけて本当に良かったと思います。


 えっ? 一番嬉しかったこと? そんなのここには書けませんよ…


(January 2002)


『産業NIGHT@REVOLVER』  Kyonさんセットリスト

[1st set] 20:30-21:00
Animate / Rush (Counterparts: 1993)
Wait / White Lion (Pride: 1987)
That Was Yesterday / Foreigner (Agent Provocateur: 1984)
November Is Going Away / Joshua (The Hand Is Quicker Than The Eye: 1982)
Modern Day Delilah / Van Stephenson (Righteous Anger: 1984)
Don't Say That You're Mine / White Sister (White Sister: 1984)
Open Your Eyes / Asia (Alpha: 1983)

[2nd set] 22:30-23:00
Brown Eyed Boy / Ken Hensley (The Anthology: 2000)
Don't Say It's Over / Alaska (Heart Of The Storm: 1984)
Throw Down The Sword / Wishbone Ash (Argus: 1972)
Return To Fantasy / Uriah Heep (Return To Fantasy: 1975)
Butterfly Dance / Kevin Ayers (Odd Ditties: 1976?)
Not Of This World [excerpt] / Pendragon (Not Of This World: 2001)
The First Noel / December People (Sounds Like Christmas: 2001)


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