Mariah Carey @ 日本武道館



 2003年7月8日(火)、日本武道館。
 最初に断っておくと、僕はめったにサイト上でネガティヴなコメントはしないのだが、今日という今日は久しぶりにがっかりした。マライア・キャリーのコンサートに初めて足を運んだというのに、まさしく「…ガックシ。」という感じだ。と言っても、9分9厘予想されていた事態でもあり、その意味ではダメージは最小限だったとも言える。

 これほどまでにプロ意識の低いライヴは本当に久々に観た気がする。と同時に、この人は本当にどん底というのを経験したことがない人なのだなと。石にかじりついてでも再び全米1位の座を勝ち取ろうという気はないのだなと。それを確認しに行くためのコンサートのような形になってしまったが、一度この目で確認しておかないと批判も何もできないので、後悔はしていない。「プロ意識の高さ」という点で言えば、たとえばジャネット・ジャクソンのショーを観るべきだろう。この際松任谷由実のコンサートでもいい。タイプは全然違うが昨年観たメアリー・J・ブライジだって凄かった。伸びやかな喉を持つ歌手ではないが、1曲目からラストまで全力投球でガナり続けた。ラストの "Family Affair" ではプライドなどかなぐり捨て、全身から汗を噴き出しながら、下手なりに必死にくるくる回るステップを踏んでいた。「この子は本気だ、これから出すアルバムを全部全米1位にする気だ」と震えがきたのを思い出す。

 一方のマライアはといえば、そもそも全然リズム感がなくてダンスができない女なのだが、それを差し引いてもほとんど動きのないライヴ&弛緩しきったヴォーカル、プラスそれを誤魔化すための10人余りのダンサーによる酷い見世物だった。特に興ざめだったのは、衣装替え+休憩(?)のため頻繁にステージから姿を消す彼女。アンコール含め1時間45分のショーのうちマライアがフロントに立っていたのは半分以下の正味45分程度じゃないかと思う。ビデオやテープを多用した非ライヴ性については言うまでもない。たとえば新作からの "Subtle Invitation" はホーンを多用し、生ドラム+生ベースにエレピが絡むAOR的アレンジが素晴らしい楽曲だけれど、男性ダンサーたちがホーン楽器を持ち、白いスクリーンの後ろで吹く「真似」をしながら踊る姿をシルエットで見せられるのは興醒め以外の何ものでもなかった。だがそれもこの際無視するとしよう。露骨な口パクがほとんど見当たらなかっただけでも良しとせねばなるまい。

 満員の日本武道館からは大歓声があがっていたが、冷静に見て賞賛されるショーだったとは思えない。MCというか曲間の態度も品がよろしくなくて、心証を著しく害している。生まれ育ちが上流階級であるかどうかが問題なのではない。品性というのは後天的に獲得できるはずのものだ。なのに彼女はそれを一切やろうとしていない。庶民性を演出しようとした演出のつもりなら大失敗だ(と誰かが言ってあげるべきだろう)。全米ツアーのウォームアップくらいに考えているのだとしたら失礼も甚だしいが、それでもところどころパンチの効いた素晴らしい声が聴かれる瞬間もあるんだよね。そこが却ってイタかった。今年は Chicago、Hall&Oates、Bangles、Lisa Loeb、Olivia Newton-John とプロ意識の高いライヴをたくさん観ているだけに評が辛くなる。

 何よりがっかりしたのは、「あの曲」をやらなかったこと。
 のみならず、そのアルバムから1曲も歌っていない。確かに前を向いて進むことも大切だけれど、近年の作品がどの曲も区別できない程度に品質が落ちていることを考えれば、せめてステージでは客観的に見てクオリティの高い初期の大ヒットを一定程度残すべきではないか。満員の武道館の中には、これが生まれて初めての洋楽コンサート体験という人も多かっただろう。彼らにはぜひ、これに懲りずにプロ意識の高いライヴを観に出かけてほしい。すべてのコンサートが、これと同じようにつまらなく、だらけたものばかりじゃないのだから。

***

 言葉足らずなのでフォローしておくと、僕はマライア自体を否定するわけじゃないんですよね。それどころか、昨晩のライヴを観た後でも相変わらず、コンテンポラリーなポピュラー女性歌手としては最も好きな歌い手の一人です。これからもレコードが出るたびに買い続けると思いますし、アルバムもシングルも繰り返しプレイヤーでかけ続けるだろうと思うのです。もっと言っちゃうと、ライヴ歌手としての彼女も否定してるつもりはなくて、相変わらず大好きなんですよ。要するにあの巨大なステージセットと無数の衣装替えと無駄に多いダンサー&演奏者が僕にとっては邪魔だったというだけのことです。(もしそれをやるなら、ジャネットのように一糸乱れぬ素晴らしい振り付けと遥かに機敏なステージチェンジを行うべきでしょう)

 ぶっちゃけ、僕はマライアの「歌」を聴きたかったのです。
 しかし彼女にはそうするつもりはなく、でかい仕掛けのコケオドシを見せたがった。
 要するに契約不成立、入札不調というわけです。だから彼女に文句を言うのは筋違いで、上の文章は僕が自分自身に腹を立てているというのが正解。

 実はデビュー直後からずっと思っているのですが、マライアには早くどん底まで落ちぶれてもらって、小さなクラブのドサ回りをやるようになってほしいなと。そして全盛期のヒット曲をこれでもかと連発する「往年の名歌手」になってほしいなと。そうすれば全公演チケットを買って、日本中追いかけたいな〜なんて思っています。昨今の落ちぶれ具合から、そろそろ彼女も目が覚めたかなと思ったのですが、残念ながらマライア(あるいはその周辺の太鼓持ちの皆さん)は究極のお姫さま業を演じ続ける/続けたがってるようで、僕が期待するステージの実現にはどうやらまだ時間がかかりそうです。

 …なーんてね。ねじれた愛でスミマセン。

 たとえば今年上半期の大ヒットになった "I Know What You Want" - Busta Rhymes & Mariah Carey f/The Flipmode Squad についてはかなり評価しています。この手の脇役仕事をやらせたら、Ashanti や Tamia なんて遥か彼方に霞んじゃうくらい物凄い存在感なんだなと。そろそろ自力では頂点に立てなくなってきた彼女だけに、この曲で全米1位を取らせたかったところでしたけれど…。いずれにせよ、ここらでちょっと気分転換を兼ねて、あちこちのトップアーティストの曲に客演してその声を聴かせ続けてほしいものです。歌の好きなアーティストにはいつまでも歌い続けてほしいものだから。そして誰も耳を傾けなくなった時でも、相変わらずじっと彼女を聴いている自分でありたいものだから。

 歌ってくれなかった残念な曲というのは、"Vision of Love" でした。のみならず、1stアルバムからは1曲も歌いません。2ndからも "Make It Happen" のみ。でもってこれが一番いい歌唱&演奏でした。個人的に本当に聴きたかったのは、例えば "Can't Let Go" のような楽曲であって、それこそ小さなクラブに数十人しか集められなくなった頃に、思い出したように歌ってほしい曲だったりします。ラストの「恋人たちのクリスマス」に声援を送る観客たちを2階席から見下ろしながら、ちょっと寂しい思いに捕らわれました。栄枯盛衰の激しいこの女性ヴォーカル界で90年代を全速力で走り抜けた「マライア・キャリー」というキャラクターを楽しむには、やっぱりちょっと出遅れた。できればもう少し早く観ておきたかったけれど、こればかりはどうしようもありませんね。

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Mariah Carey "CHARMBRACELET" Japan Tour set list
01. Looking In (Intro)
02. Heartbreaker / Heartbreaker Remix
03. Dreamlover
04. Through The Rain
05. My All
06. Clown
07. Honey
08. I Know What You Want
09. Subtle Invitation
10. My Saving Grace
--- Band Introduction
11. I'll Be There (Featuring Trey Lorenz)
--- Trey Lorenz - Friend of Mine
12. Bringin' On The Heartbreak
13. Fantasy
14. Always Be My Baby
15. Make It Happen
16. Hero
17. Butterfly (Outro)

<Encore>
18. All I Want For Christmas Is You



(July, 2003)

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