Marillion @ Shepherds Bush Empire


27 September 1995

 日本ではキング・クリムゾンの "THRAK" ツアーで大賑わいのことと思いますが、こちらは先日見てきたマリリオンのライヴの感想を簡単に書いておきましょう。

 9月27日の夜、シェパーズ・ブッシュ・エンパイアはほぼぎっしり満員でした。真っ暗闇の中、優雅なバレエ音楽のBGMに乗って現れたメンバーたちはとてもリラックスした感じで、1曲目の "Incommunicado" を演奏開始。まずは観客のすごい盛り上がりに驚きます。変拍子なリフにぴったり合わせて、場内一斉に手拍子をする様子はある意味かなりショッキング。何度も書きますが、こちらのお客さんたちは本当に歌詞をよく覚えていて、1番からすぐに大合唱になります。母国語だから当然なのかもしれませんが、やはりびっくりです。少なくとも日本でマリリオンのライヴを見て、"Incommunicado" の1番の歌詞が合唱になるとはちょっと思えない。

 さてヴォーカルのスティーヴ・ホガースは、確かに音域の広いヴォーカリストというわけではありませんが、やはりじっくり聞かせますし、見せてくれます。実は個人的にはアルバム "BRAVE""AFRAID OF SUNLIGHT" もヴォーカルの弱さが気になってしまって、世間的な大絶賛には今ひとつ同調できなかったのですが、ライヴで生の声を聴いて納得。独特の哀愁を帯びていて、これはこれで実にいいヴォーカルなんですよねぇ。続いて "Hooks In You" を軽くこなした後は、「O.J. Simpson, Kurt Cobain, Michael Jackson...」と悲劇的なヒーローたちの名を列挙するスティーヴ・ホガースのMCに導かれ、新作 "AFRAID OF SUNLIGHT" のオープニングを飾る "Gazpacho" へ。英雄たちの没落を緩やかなテーマに据えた新作からの楽曲群の演奏開始です。これがまたアルバムで聴くよりも何倍も説得力のある演奏で、しみじみと感動します。続く "Beautiful" も、何回も聴き込んできたはずなのに、これほどまでにいいメロディだったとは、不覚にもこの日まで気づきませんでした。

 ギタリストのスティーヴ・ロザリーは髪型といい、ギターの構え方といい、そのトーンといい、しばらく前のデイヴ・ギルモアを思い起こさせますが、決して派手ではないもののいいフレーズを弾いてくれます。ベーシストは持ち場からほとんど動くことなく、複雑なフレーズを黙々と弾きこなしていますが、時々加わるコーラスワークも完璧で、地味ながらいい仕事をしています。キーボードのマーク・ケリーの技術は言うまでもありません。特に "Easter" から続くソロパートは素晴らしかった。ドラムスのイアン・モズレイはさすがにこの手のロックの重鎮だけあって、すごくかったるそうな顔をしながらも叩きまくってくれます。

 見せ場のひとつはやはりコンセプトアルバム "BRAVE" からの抜粋パート。はっきり言って会場内の空気の濃さが変わります。"Hard As Love" から "The Hollow Man" に流れていく部分では、スティーヴ・ホガースが蝋燭の灯に照らされてキーボードを弾きながら歌うのですが、かなりじーんとくる場面でした。スティーヴ・ホガースに関していえば、個人的には多少心配していたフィッシュ在籍時代の楽曲も良さを損ねることなく、逆に新しい魅力を加えて聴かせてくれました。"Kayleigh" から "Lavender" へのメドレーなんて、ひょっとしてもう聴くことはできないんじゃないかとまで思っていたので、スティーヴが丁寧に歌い上げてくれたのを聴いて感慨ひとしおでした。

 コンサート本編のラストは "Afraid of Sunlight""Cannibal Surf Babe""King" と新作から3曲連発。ちょっと憑き物がかったスティーヴの怪しいパフォーマンスがとても印象的でした。アンコールではジョークだらけのMCで場内をひとしきり沸かせてくれたあと、往年の名曲 "Garden Party" へ。もう観客が盛り上がったのなんのって、あまりの人気のすごさに「どうしてこのバンドはこんなに愛されてるんだろう?」ってつい考えちゃいました。

 …その正確な理由は分かりませんが、思うにマリリオンって、だんだん貴重になってきたいわゆる「英国らしさ」を身にまとった正統なバンドのひとつだからかもしれません。こちらでは日本ほど「プログレ」というジャンルにこだわりまくって音楽を聴く人は多くありません。さまざまな音楽があって、たまたまその中で気に入ったものを聴くというだけのことです。そんな中、今のマリリオンの音楽性からは極端な特徴がなくなりつつあり、どこにもうまく括れない、独自の音世界に入り込みつつあるような気がします。しかし、やはり根底にあるのは「英国らしさ」であるように感じるのです。これはもう、言葉では説明できない漠然とした感覚という他ありません。今月はジェスロ・タルの英国ツアーもハマースミス・アポロで見てきました。実はその時にも似たようなことを感じたのですが、こういう音楽があって、こういう会場が埋まるだけのリスナー層があって、ゆっくりと時間だけが過ぎていく。英国らしいバンドに英国らしい観客たち。保守的でつまらない世界だと言われればそうかもしれません。しかし僕にとっては、これはこれで実に気持ちのいい世界であったりもするのです。


May 2003 追記
 これを書いている時点で、マリリオン、健在です。セールス的にはほぼ完全に固定ファンを相手にした商売と言われても仕方のない状況になりつつありますが、相変わらず通には受けのよい作品を作り続けているようで、嬉しい限り。ただし個人的には彼らの新しめの作品には触れる機会がほとんどなくなってしまったのが残念です。どなたか聴かせていただけないものかなぁと。


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