ヒットチャートと価値観の多様性。



 なぜアメリカのヒットチャートは面白いのでしょうか?

 一言でいえば、本当にさまざまなタイプの曲がヒットしていて、飽きないからです。それはまさにアメリカ合衆国の在り方そのものの現れであって、個人主義と価値観の多様性と表現の自由が何より大切にされているからです。少なくとも自分にはそう感じられますし、その点を楽しんでいるつもりです。

 さまざまにジャンル分けされ、細分化されたラジオ局のエアプレイフォーマットには賛否両論があります。でもこれも、個人の嗜好を大切にするとともに、嫌だと思っている人に嫌なもの(音楽)を押しつけることをよしとしない、「多様な価値観」の重視をアメリカ流に推し進めたひとつの結果だとも言えます。

 Billboard 誌は敢えてそれに挑戦し、細分化されたミクロなフォーマット上のヒットを「全米チャート」という形でマクロに再順位付けするという壮大な試みを毎週続けています。確かに完全な全米チャートなど存在しません。セールスポイントとエアプレイポイントをどういう配分にするか、エアプレイ中の各フォーマットの編入率をどの程度にするか、などなど誰かが恣意的にさじ加減を決める部分があまりにも多すぎるからです。それでも、各週の米国全土でのヒット状況を輪切りにして断面図を見てみようとするその姿勢は、いろいろと考えさせてくれますし、自分を少しも飽きさせません。

 結果として、最近はトップ方面にはR&B/ヒップホップ系の楽曲が上り詰め、10位〜20位台にはロック系のエアプレイヒットがひしめき、カントリー系の大ヒット曲は全米20位〜30位台程度でピークを迎える傾向が見られます。確かに無理があるチャートでしょう。しかし、何とか40位程度までで全米音楽市場の主要なヒット曲をカヴァーできるようにしようとする Billboard 誌の編集方針は痛いほど理解できますし、さすがだなと思わざるを得ません。実際、自分の記憶力では40位くらいまでのヒット曲を追いかけるのが精いっぱいですが、その範囲でもさまざまな名曲や珍曲、素晴らしいメロディや気の効いた歌詞に出会うことができます。だから毎週チャートを追いかけてしまうのでしょう。



 ところが。

 先日の米国同時多発テロ事件以降、アメリカの音楽業界に不穏なムードが漂い始めたような気がするのは自分だけでしょうか。

 例えば、被害者へのあからさまなトリビュート的楽曲の集中エアプレイ。Michael Jackson を中心とするチャリティシングル録音の話題。"The Star-Spangled Banner" を再リリースして愛国心を高揚させる Whitney Houston。Lee Greenwood の "God Bless The USA" の大ヒット。はたまた、「こうした曲をエアプレイするのは自粛しましょう」とリストを作ろうとするラジオ局ネットワークの動き。どうも変です。何かおかしい。

 「価値観の多様性」が売りだったはずのアメリカ合衆国が、急速にその価値観を収斂させつつあるような気がしてならないのです。それが戦争賛成ムードなのか、愛国主義なのか、イスラム教徒排除なのか、全体主義なのか、はたまた自分に見えない全く別の何かなのかは分かりませんが、とにかくイヤな感じです。



 簡単に言ってしまえば、自分は、複数の人間が集まっているところでひとつも異論が出ない状況がひどく苦手なのです。居心地が悪いのです。本能的に何かおかしいと感じてしまうのです。

 たとえどんなに正しいことであろうとも、それに対して異を唱えることは必要だと考えています。もっと言えば、世の中に絶対的に正しいことなんてありはしないのであって、全ての価値観は相対的なものに過ぎないわけです。百歩譲って、もし絶対的に正しい価値(例えば「生きたがっている人を無理やり殺してはならない」とか)があったとしても、その考え方を他の人に押し付けることはファシズムであって、やはり許されるべきではないと考えています。

 しかし、今のアメリカは目先の怒りを「愛国心」というブランドにすり替えて結束の高まりを訴え、異教徒としてイスラム教徒を排除しようとする気運が日に日に増しているような気がしてならないのです。とても危険な匂いがするのです。

 違う違う違う。イスラム教徒とイスラム原理主義者はイコールではありません。そんな簡単なことも見えなくなってしまうのです、戦争という大きなトレンドの前では。かつて全く同じ過ちを犯し、悲惨な結果に陥った国に住む1人として、ここは声を大にして言わなくてはなりません。価値観の多様性を認め、共存していくことこそが人類に与えられた使命であり、全米ヒットチャートはその壮大な試みの一端なのです。それが愛国ソング一色に染まってしまうようでは、アメリカもおしまいでしょう。



 9月23日に全米4大TVネットワーク同時中継番組 "America: A Tribute To The Heroes" が放送されました。全部は見られませんでしたが、以下のようなセットリストだったようです。

(順不同、抜けもあり)
Bruce Springsteen with Steven Van Zandt, Patti Scialfa, Clarence Clemons "My City of Ruins"
Stevie Wonder "Love's In Need of Love Today"
Dixie Chicks "I Believe In Love"
U2
Tom Petty & The Heartbreakers "I Won't Back Down"
Alicia Keys "Someday We'll All Be Free" (Danny Hathaway)
Johnny Rzeznick (Goo Goo Dolls), Fred Durst, Wes Borland (Limp Bizkit) "Wish You Were Here" (Pink Floyd)
Billy Joel "New York State of Mind"
Wyclef Jean "Redemption Song" (Bob Marley)
Neil Young "Imagine"
Mariah Carey "Hero"
Jon Bon Jovi & Richie Sambora "Livin' On A Prayer"
Sting "Fragile"
Sheryl Crow
Eddie Vedder, Mike McCready, Neil Young "Long Road"
Paul Simon "Bridge Over Troubled Water"
Celine Dion "God Bless America"
Willie Nelson "America The Beautiful"


 Willie Nelson が静かで美しく、優しい歌声で歌うラストの "America The Beautiful" は出演者全員の大合唱になって大いに盛りあがりましたが、その愛国心の行く先こそが問題です。「愛国心」という言葉に本能的な居心地悪さを感じるのは自分だけなのでしょうか?

 自分にとっては、上記のトリビュートライヴ演奏よりむしろ、Will Smith に付き添われて発言したモハメド・アリの次の言葉の方がはるかに重さがありました。

 「すべての人々に真実を知ってほしい、真実を理解してほしい。イスラムは平和の宗教だということを」


 各地で起こっているというアラブ系住民への嫌がらせや、殺傷事件などはもはや正気の沙汰とは思えません。人がどの集団に属しているかではなく、その人個人としての資質を見て判断すべきです。まず自分自身がそういう人でありたいと、強く願わずにいられません。もちろん、広いアメリカ合衆国の中でそのような狂信的な排斥主義に走っている人はごく一部でしょう。そうでない人もたくさんいるはずですが、戦争に向かう大きなトレンドが、個々人に与える影響は計り知れません。

 暴力による報復は報復を再生産し、終わることのない泥沼の戦争に突入する。
 僕らはそんなことも分からなくなってしまったのでしょうか。



 はぁ。疲れた。
 普段はそんなこと考えながらチャート眺めてる訳じゃないもんで。
 んじゃ、今週のチャートの中から、Alien Ant Farm の "Smooth Criminal" でも聴くとしますか…


(September 2001)

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