Diary -October 2003-


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30 Oct 2003
Thursday

 今日は職場の消防訓練で29階のオフィスから一気に1階まで非常階段を降りたのだった。各職場で割り当てられた多数の男女がぞろぞろと非常階段を降りていく様はなかなか壮観である。途中で渋滞が発生してスピードが落ちる。みな和気藹々とぺちゃくちゃしゃべりながら参加しているわけだが、1階までたどり着くとそれなりに息が切れ、膝もがくがくしているようだった。実際に火災が発生し、非常階段を降りる以外に助かる手段がないとしたら、恐らくこんなものでは済まないだろう。狭く薄暗い階段に職員が我先にと殺到し、前の人間を突き飛ばして将棋倒しが発生する。煙が流れ込む中で阿鼻叫喚の地獄が展開されるに違いない。その意味でこの訓練は何ら再現性のない無駄なものであって、ある種の幻想を無理やり具現化しようとしたファンタジーに過ぎない。

 要するに、避難訓練は恋愛に似ている。

***

★「食神」(@深夜TV放映)
 8月頃だったろうか、深夜に突然放映されたこの映画を録画せずにはいられなかった。何しろ「少林サッカー」で日本中の映画ファンの度肝を抜いた周星馳(シャウ・シンチー)の1996年作品である。香港を代表する俳優/コメディアンである彼が監督兼主役で制作したものとしては第三弾にあたる。「不夜城」の馳星周が彼の名前をひっくり返してペンネームにしたことは有名だ。

 派手なパフォーマンスと独特の味覚センスで香港料理界の「食神」と呼ばれた男。しかしそのイヤミな性格に耐えかねた周囲に足元をすくわれ、地に堕ちる。裏通りを彷徨う中で立ち直るきっかけをつかんだ彼は、かつての弟子たちに料理バトルを挑むが…。と書くと何やらシリアスだが、全編これギャグ炸裂の凄まじい料理バトルコメディなのだった。平たく言えば「美味しんぼ」と「料理の鉄人」を足して「風雲たけし城」を掛け合わせたような映画。ナンセンス&アナーキーなギャグとあり得ない映像処理に腹がよじれること必至。とはいえ、監督&主演5作目にあたる「少林サッカー」との間にはクォンタム・リープがあるのも確か。その辺の96年的な突き抜けなさもたまらない。


29 Oct 2003
Wednesday

 心ある発泡酒ファンなら既に何本も飲み干した頃だろう。遅ればせながら今頃キリンの冬季限定醸造「白麒麟」を飲みながら書いている。味はまあこんなところだろう。原材料が麦芽・ホップ・大麦・米・コーン・スターチ・糖類でアルコール分は5.5%、ほぼ予想されるとおりの発泡酒味。缶に大きくデザインされた雪だるま、そこに記された WINTER IS WONDERFUL ! の文字が素敵だ。まさに WINTER WONDERLAND。

 それより驚くべきはつまみに食べていたギンビスの「たべっ子どうぶつ」ビスケットだ。僕はこの商品について全く知らなかったのだが、食べてみるととても美味しいし、細かいところにいろいろ気が配られていて、何だか可愛いビスケットなのだ。株式会社ギンビスは中央区浜町にある会社で、昭和5年から70年以上の歴史を持つ老舗らしい。ウェブサイトにある会社の歴史を見てみると、昔からたくさんのお菓子の賞を受賞してきたようだ。この「たべっ子どうぶつ」の外箱にも「1979年パリ世界食品オリンピック金メダル受賞」とある。これだけでなく箱には所狭しといろいろなものが印刷されており、眺めているだけで楽しい。曰く、「バター味3%」「カルシウム&DHA入り 卵不使用 体にやさしいね!」「たべっ子どうぶつでケーキのデコレーション」「たべっ子どうぶつ・楽しい英会話」「こぐまのコロちゃんが入っているかもね!」「ふたをあけるとたべっ子じゃんけんがはじまるよ!!」etc...。

 何が何だか分からないかもしれないが、要するに「たべっ子どうぶつ」ビスケットとは動物の形をしたビスケットで、それぞれ動物の英文名が書いてあるのだった。これがなかなかマニアックで、CAT や DOG の類のみならず、FURSEAL や MACAW、さらには TAPIR や WILDBOAR といったものまでカバーしているのだから侮れない。箱には "Where are you from?" "I'm from Japan." といった簡単な英会話がイラスト入りで紹介されており、子供たちが自然に英語に親しめるよう工夫してある。箱も大きく開けた瞬間に中にじゃんけんのイラストが印刷されていて、子供たちが遊べる仕組みだ(僕の箱はパーだった)。さらに食べ終わった後には箱の内側に印刷されたトラの絵を丸く切り抜いて、コースターなどに使ってねとある。ここまで徹底して工夫された箱を見たのは初めてだ。下町の小さなお菓子会社がアイディアと工夫で頑張っている姿に、何だか感動してしまった。

 感動のあまり2本目の発泡酒を取り出した。サントリーの冬季限定商品「冬生」だ。苦味控えめのすっきりした後口、やや高めの炭酸ガス圧、アルコール分5.5%で、のどごしの良いすっきりとした味わいをアピールしている。原材料は麦芽・ホップ・大麦・糖化スターチで、「白麒麟」よりは雑味が少なく、麦っぽい味を楽しめる。してみるとどうやら自分にはサントリーが合っているようだ。就職した93年当時、大好きだった天然水仕込みの「ダイナミック」という同社のビールを思い出した。


28 Oct 2003
Tuesday

 心あるビールファンなら既に1本目を飲み干した頃だろう。本日発売、サントリー・モルツ「黒生」。これでキリン、アサヒ、サッポロ(YEBISU)に続いてサントリーも本格的に黒ビール市場に参入したことになる。ここ数年の黒ビール人気は嬉しい限りだが、キリンの発泡酒「生黒」やヱビス<黒>など、個人的には首を傾げざるを得ない商品もあって、正直なところモルツ「黒生」に対しても期待半分、不安半分なのだった。

 結論から言おう。これは良いビールである。

 真のビール好きは麦100%を愛する。「麦酒」にとって米やコーンやスターチは不純物以外の何ものでもないのである。海外ならともかく、日本ではある程度選択肢が限られる。ヱビスはそのひとつだが、気楽に楽しめるという点ではやはりサントリーのモルツに軍配が上がる。ミネラルウォーターでも大きなシェアを持つ同社だけに、天然水にこだわったビール造りには定評がある。モルツの「麦」らしさは他の追随を許さない。

 精悍なルックスのモルツ「黒生」缶。ここでも高らかに「麦100%・副原料一切なし」と謳っている。「副原料を一切使わず、『麦』『ホップ』『天然水』だけでていねいに仕込みました。深いコクと香りをお楽しみ下さい」という強気の宣伝文句が頼もしい。やや高めの位置からグラスに注ぐと、綺麗に細かい泡が立つ。泡のきめ細かさは、ギネスには劣るものの、ヱビス<黒>には間違いなく完勝だ。ヱビス<黒>が荒い焦げ茶色の泡を立てていたのに比べると、薄茶色の泡が細かくグラス上部を覆う。ひと口味わってみる。すーっと身体に入ってくる。スムーズに浸透する感じだ。わざとらしさがなく、非常に洗練された味わいと言えよう。振り返ってみれば、ヱビス<黒>は技巧を凝らそうとしたあまり、策に溺れた感があった。モルツはモルツらしさを最大限に活かす戦術に出たのではないか。続いてぐっと飲んでみる。黒ビール特有のリッチな深みがある一方で、とげとげしい苦味を極力排除した、素直な口当たりが極められている。後味がこれほどすっきりした黒は初めてだ。これまで日本ではアサヒの黒生がひとつの完成品だと思っていたのだが、モルツは新たな方向性を切り開いた。

 残念なのは、このビールが12月までの期間限定発売だということ。せめて期間中は力を入れて飲んであげるとしよう。更けゆく秋の夜に、2缶目をグラスに注ぎながら。


27 Oct 2003
Monday

 DDIポケット社のH"には通常のEメールの他に、「ライトメール」というサービスがある。H"端末同士で相手の電話番号宛てに送るショートメッセージだ。自分の料金コースでは利用料金が無料なので、H"ユーザ同士のちょっとしたやりとりに重宝する。ところがこのサービス、読み書きできる文字数が全角45文字までなのだ。短い、途中で切れると悪名高いNTT DoCoMoのi-modeですら250字だというのに、である。

 ところが個人的にはこの「45字縛り」もなかなか気に入っていたりする。そもそもちょっとした用件ならこの程度で足りてしまうのである。いきなり本題に入っていきなり用件を伝える。しかしこれでは物足りない。何とかひと工夫したい。ひと工夫してあわよくば相手に「なかなかヤルな、コイツぅ」とか思わせたい。というのが人の常。かくして僕らは可能性を追求する旅に出る。

 まず文字数の増加だ。45字というのは全角文字数なので、半角にすれば単純計算で90字まで増やすことができる。つまり「ライトメール」は「ライトメール」とすることで1/2に圧縮可能だ。だが安心し過ぎるのは諸刃の剣。半角文字は濁音も1文字にカウントされるので、「ガクガクブルブル」なんてのは「ガクガクブルブル」にしたところで圧縮効果が極めて小さい。それに何でもカタカナ化すればよいものではなく、漢字と半角カナの組み合わせが重要なのだ。

 ついでに言うとライトメールにも絵文字が使える。絵文字が常に文字数減少に役立つかどうかは議論があるところだが、微妙な感情を表現するのに20字費やすところがイラスト1個で済むのであればかなりの節約だ。この効果をさらに増すのがアニメーションの添付で、H"には微妙な3コマアニメが多数用意されており、ライトメールに添付して送信することが可能になっている。例えばビールのジョッキが上下に動いたり、ハートマークが二つに破れたりと、あればあったで状況補足に役立つかもしれない機能だ。

 そんなこんなで可能性を追求したところで、所詮は全角45文字だ。結果、書き手は贅肉を削ぎ落とした簡潔なメール執筆を余儀なくされる。書きながら僕などはいつも思うのだ。日頃職場で読み書きしているビジネスメールはなんて無駄な修飾語だらけなんだろうと。遠回しな表現や、無意味な季節の挨拶を削除していくと、飛び交うメールの内容は要するにこうだ。「さっさと納入しやがれ」「金よこせ」「合コンいつ?」。大いに落胆する。してみるとライトメールの45字縛りはある意味優雅な、精神的娯楽だと言えなくもない。技巧の限りを尽くし、文字数の制限内で相手とコミュニケーションのやり取りを楽しむ娯楽。その高度な精神世界はある意味、「俳句」の心意気に近い。

 …問題は、ユーザが少なすぎてライトメール遊びの相手になってくれる相手がほとんどいないってことなんだけどね(笑)。

***

★「ミニミニ大作戦」(@下高井戸シネマ)
 これだったのか!と。ミニミニ大作戦なんて邦題がついてるから観るまで原題の "THE ITALIAN JOB" に全然気づかなかったよ。原題は春先から目にしていた。Stone Temple Pilots のウェイランドが、Guns N'Roses のスラッシュらと組んだ新バンドの初録音、ピンク・フロイドの "Money" のカヴァーが使われていたから。曲名どおり大量の金塊を盗むアクション映画で、水の都ベニスでのモーターボート・チェイスとロサンゼルスでのミニ・クーパーでの爆走シーンが見どころ。キャストも豪華でM.ウォルバーグにE.ノートン、C.セロンあたりに加えてHipHopのモス・デフなども参加している。ノートンが明らかに最初から悪役面しちゃってて、ウォルバーグが善人ぶり全開なのはどうかと思うが、CGなしのカーアクション映画でここまで魅せるのは久しぶり。車好きなら間違いなく楽しめる痛快作。シャーリーズ・セロンは綺麗な女優だね〜。えと、彼女のミニスカート姿が大フィーチャーされた映画ではありませんので念のため。


26 Oct 2003
Sunday

 どのくらい自転車が気に入っているかというと、昨晩のリンキン・パークのコンサートを武道館で観るのに、つい仙川から自転車で駆けつけてしまったくらいなのだった。この程度の距離だとおおよその時間の見当もつくようになった。仙川から新宿まで約45分(大抵は初台のオペラシティでひと休みするから実際は約50分)、新宿から武道館までは約25分といったところだろう。国道20号線では主として車道を走っていることもあり、これ以上飛ばすとやや危険だ。1時間以上も飛ばしていると結構汗もかくし、上り坂では息も切れる。有酸素運動としてはそれなりに効果があるような気がしている。ジョギングに比べれば膝や腰へのダメージも少ないし、ウォーキングに比べれば行動半径がはるかに広い。突然の雨に弱いのが難点だが、真冬になるまでもうしばらくは自転車であちこち移動してみることになるだろう。

***

★「おばあちゃんの家」(@下高井戸シネマ)
 最近当たりが多い韓国映画だが、これもじんわりと、ほんのりと良かった。奇を衒わず、素人同然の役者で一発撮りしたのが功を奏して、ひどくナチュラルで暖かい映画に仕上がっている。都会のソウルから田舎にしばらく預けられることになった男の子。耳が聞こえない祖母とは初対面で「こんなとこ嫌だ!」と暴れるが、様々な出来事を通じて少しずつおばあちゃんと心を通わせていく。時にクスクス笑わせ、時にしんみり泣かせる。おばあちゃんっ子や祖父母に好印象のある人なら間違いなくハンカチ必携の1作。昭和50年代初期くらいの日本を思わせる、何だか懐かしい映像が満載のみずみずしい映画。おすすめ。

***

 今週最大のイベント。10月28日、サントリー・モルツ「黒生」の発売。
 …間違いナイ。(長井秀和風)


17 Oct 2003
Friday

 昨日の新聞にシュパーテン社が買収されたという記事がひっそりと載っていた。シュパーテン、と聞いてピンとくる人は結構なビイル通である。ドイツはミュンヘンの大手ビール会社で、97年にレーベンブロイのブランドを買収するなどして成長してきた老舗だ。買い手はベルギーのこれまた大手インターブリュー社で、これで同社のドイツ国内におけるシェアは11%に達し、何とドイツ最大のビール会社ということになるらしい。つまり欧州最大のビール消費国ドイツにおいて、ベルギー企業が市場を席巻するという事態が生じているわけだ。

 9月の欧州出張の際にミュンヘン市のバイエリッシャー・ホフというホテルに宿泊した。これは街の真ん中にある由緒正しいホテルで、いわゆる観光名所が周囲をぐるりと取り囲む、極めて恵まれた立地なのだった。朝夕の空き時間にあちこち散歩したが、バイエルン州立歌劇場の正面にあったレストランで食したバイエルンの郷土料理とヴァイスビアの味が忘れられない。ヴァイスビアとは上面発酵の酵母を使った小麦のビールで、南ドイツの特産だ。そのレストラン/ビアホールこそが「シュパーテンハウス」だった。シュパーテンハウスはシュパーテン社直営のお店で、各種ガイドブックでも必ず取り上げられているだけあって、確かに料理は素晴らしかった。醸造所から直送されるビイルもまた料理と絶妙のマッチングを見せ、ヴァイツェンからピルスナー、デュンケル(黒)とグラスが進んだ。

 新聞記事は「独ビールの老舗 外資にのまれる」と見出しをつけ、「ドイツ国内に衝撃が走っている」と書いているが、EU内部で国境を議論することにかつてのような意義はないだろう。むしろシェア11%でトップという点に注目されたい。ドイツ各地には1,300のビール醸造会社があり、5千以上の銘柄があるというのだから、4社で寡占状態にある日本とは似ても似つかぬ環境であることは間違いない。むろん世界規模での競争の中で今後も統合や買収による業界再編は進んでいくことだろうが、その土地ならではの味が完全に消滅することはないと思われる。少なくともシュパーテンハウスには「インターブリューハウス」に改称しないでほしいものだ。


16 Oct 2003
Thursday

 「たまには彼のこと書いてあげなさいよ」。彼女は言った。「よく文中リンクしてくれてるじゃないの。尊敬してるのよ、あなたのことを」。そうかなあ、とすっとぼけた自分だったが、ふと今日覗いてみると本当にリンクしてくれてあるのだった。多忙にかまけてすべての友人のサイトをチェックすることができぬまま日々が過ぎる。僕はその程度に不義理な男だし、かつてもそうだった。これからもきっとそうに違いない。文中リンクしてくれていた彼は女性ヴォーカルが好きで後輩思いで面倒見の良い男だ。ちょうど僕の後輩にあたる訳だが、むしろ彼のような優しい先輩がほしかったな、なんて気分にさせてくれるタイプだ。そんな彼のサイトにはやはり彼を慕う知人・友人がたくさん集まってくる。

***

 村上春樹の「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」を立て続けに読了した。いずれも初めて読んだものだ。実際のところ、春樹の本などほとんど読んだことはないのであって、これらを入れても片手で数えられるくらいだ。描かれた1970年代の風景は僕の遠い記憶を呼び覚ましてくれた。実際には記憶の記憶に近いものだろう。僕の過ごした70年代はせいぜい9歳までだから、既に鮮明な記憶は失われてしまった。その意味で遠い過去と遠い未来はほとんど同義だといえる。どちらもぼんやりしてよく見通せない上に、どちらも僕らの手ではどうすることもできない。

 驚くべきことに、これらの本に残された文章のスタイルは、僕が長年目指していたものと酷似しているのだった。だが決定的に異なっていたのは、彼はそのスタイルを見事に獲得してベストセラーを連発する作家になったが、僕は目指すばかりで未だに会得できず、理想とは程遠いテキストを書き散らして日々を送っていることだった。まるでピアノを習いたての子供が、鍵盤をでたらめに叩いて「ねこふんじゃった」が弾けたよ、と力説しているようなものだ。

 ある者は成功し、ある者は平凡な日々を送る。だが活きのいい文章が踊る文庫本を読みながらちょっとばかしジェラシーに浸るのも悪くない。特によく冷えた缶ビールと素敵な音楽があるこんな秋の夜には。僕は本を閉じ、ネイキッド・アイズのベスト盤を取り出すと「僕はこんなに」をかけて新しいビールを開けた。デュラレックスのグラスに美しく滑らかな泡が立ってひどく良い気分になった僕は、「僕はこんなに」に合わせて鼻歌を歌いさえした。

♪I was born to love her
 And I will never be free
 You'll always be a part of me


 バート・バカラック作の楽曲は、いつだって僕を少しだけ涙ぐませる。


13 Oct 2003
Monday

 この週末は初めてのこと尽くしだった。昨日書いた自転車による遠出もそうだけれど、ほかにも例えば生まれて初めて餃子を作ったりした。これまでは食べるの専門だったのだけれど、餃子好きの知人にそそのかされて、タネを皮で包んで焼くという作業に手を出した訳だ。これが思いのほか楽しい。皮の縁にちょびっと水をつけてタネを包み、縁の部分に微妙にヒダをつけていくのだが、思わず熱中してしまい、一心不乱に餃子を製作する自分がいたのだった。

 まあ餃子なんてものもカレーと似てかなり許容範囲の広い食物で、中に何を入れてもそれなりに食べられるところがある。あと、思ったより野菜をたくさん刻んで入れることが出来るので、なかなかヘルシーな食生活を目指す人にもお勧め。ついでに、基本的にたくさん作りすぎてしまう食べ物だけれど心配はご無用。そのまま冷凍してしまえば保存が可能だし、焼かずにそのまま野菜スープに入れて煮込んでも良さそうだ。というわけで、餃子体験は僕の料理の楽しみをかなり広げてくれたのだった。

 あとは青山のブルーノート東京でキャンディ・ダルファーのライヴを観たりした。彼女を生で観るのは初めてで、想像より遥かにカッコいいサックスを吹く女の子だった。最近は随分マイクに向かってヴォーカルをとるパートが増えたのだけれど、それでも曲の大半でしっかりしたブロウを聴かせてくれる。思ったより華奢な体格で、表情やMCもとても可愛いのだった。長年の音楽的パートナー、Ulco Bed も素晴らしいギターソロをガンガン弾きまくり。正直、ここまでファンキーで骨太なライヴを観られるとは思っていなかったので何だかお得な気分になってしまった。スタジオ盤にはスタジオ盤の良さがあるけれど、良いコンサートは精緻なスタジオ録音を凌駕する楽しさを提供してくれる。その楽しさは、ライヴがその瞬間だけの芸術であること、もっと言えば僕ら観客が究極的には死すべき存在であることに起因しているように思う。

 もちろん、生きている間は存分に音楽を楽しみ、たくさん本を読み、美味しい餃子を食べ、十分にサイクリングすべきなのは言うまでもない。


12 Oct 2003
Sunday

 自転車熱が止まらない。

 売るべきCDが溜まってきたので、そろそろ吉祥寺に出向く頃合いだった。となれば当然、新車の自転車で出かけてみたくなるというもの。デジカメや文庫本などをカバンに入れて、いざ仙川を出発した。甲州街道(国道20号線)を渡ってバス通りに出る。普段小田急バスで吉祥寺に向かうコースだ。

 白百合女子大学に向かう交差点で左折し、三鷹市新川方面に走る。自転車で市街地を走る場合、車道と歩道のどちらを走るべきかは難しい問題だ。車道の方がスピードを出せるのは明らかだが、車両の運転手から見るとこれほど邪魔で危険な存在もないだろう。歩道を走る場合は小さい道路と交差するたびにアップ&ダウンがあってタイヤへのダメージがあるのと、やはり歩行者優先のエリアなのでスピードが出せない。ここは安全を重視して歩道走行を基本にしながら、交通量を見て車が少ないエリアでは車道で速度を稼ぐことにしよう。そうこうしているうちに杏林大学前なんて通過してしまう。

 しばらく行くと東八道路、いわゆる30メートル道路を渡る。こうなるとあとは吉祥寺通りを一直線だ。井の頭公園が近づいてくると目に入る緑も増えて、涼しい風が心地良い。そんなこんなで仙川-吉祥寺間のツーリングはたったの30分ということが判明したのだった。ちなみに小田急バスでは自宅玄関からの徒歩も含めて50分程度みておく必要がある。しかもバス代は往復で420円と決して安くはない。多少危ない部分もあるかもしれないが、健康にも良くてコストもかからず所要時間も短いとなれば、今後は吉祥寺は自転車で出かけるエリアになるだろう。吉祥寺ディスクユニオンで Usher や Beyonce などのCD10枚を約3,000円で売却して小銭を手にしたが、そのお金は同じお店で見つけた Journey の2枚組ベスト盤や Jay-Z のベスト盤などにすぐに消えた。ちょっとお腹が空いたので食事をして帰還することに。時計は17時30分。

 しかし、である。順調に飛ばして18時に仙川に到着した自分はいわゆるライダーズ・ハイの状態に陥っており、エンドルフィンが脳内を満たしていた。平たく言えば到底その日の運転をやめる気分ではなかったのだった。「行けるところまで行ってやれ」。僕はそのまま甲州街道を新宿方面に向かってペダルを漕ぎ出した。

 この度購入した自転車には3段の切り替えギアが付いている。これまでギア付きの自転車はなるべく避けていた。チェーン周りはもっとも壊れやすい部分のひとつであり、余計な機能が付いていればそれだけ壊れる可能性も高いと考えていたからだ。つまりここにおいてもシンプル・イズ・ベストを貫こうとしていたのだった。だがいったんギアチェンジの便利さに慣れると後戻りするのは難しい。発進時こそローギアでスムーズに漕ぎ始める必要があるが、いったん動き出してから重めのギアに切り替えてみると、これはもう信じられないほどスピードが出る。ひと漕ぎで10数メートル前進する感覚で、追い風や緩い下り坂では極めて有効だ。もちろん上り坂では一番軽いギアに切り替えることで脚への負担を少なくできる。しかも最近の自転車はハンドルグリップの根元がギアチェンジグリップになっていて、ハンドルを握ったままシフトチェンジが可能なのだった。これまでこんな便利なツールから自分を遠ざけていたなんて、とちょっと悔しいくらいだ。

 環状八号線を渡り、京王線と並行して走る甲州街道を八幡山⇒桜上水⇒明大前…と順調に通過する。ちなみに新宿方面に向かって甲州街道の左側の歩道を走るほうがスムーズだということが分かった。向かって右側は駅があるサイドで、商店街と近接しているため、アップ&ダウンが多い上に人や対向自転車が多いからだ。甲州街道の車道に出て新宿に向かってトップギアで飛ばすと、これはもう異常な快感をもたらすといって良い。笹塚も越え、初台が近づいてきたところで、東京オペラシティでひと休みすることにした。イタリアン・トマト・カフェJr.でアイスカフェモカを飲みながら考える。引き返すべきか、まだ進むべきか。時計は仙川から45分程度しか経過していない。「まだまだ行ける」。自転車に戻った自分は新宿に向かってそのまま漕ぎ始めた。

 漕ぎながらよく考えてみると、ここは既に職場付近なのだった。ということは自転車通勤も不可能な距離ではない。まあ、疲れてしまって仕事にならないのでは意味がないのだけれど、左手にそびえる職場のビルを眺めながら、「こんなところを今自転車で走っている自分」がちょっとだけ不思議な感じだった。そのまま走ると新宿駅南口に達する。三連休中日の夜とあって、若者でごった返している。レコード屋に寄ることも考えていたのだが、あまりの人ごみに脱力してそのままペダルを漕ぐことにした。南口から坂を下り、新宿御苑方面に向かう。このルートはよく散歩するので馴染み深いエリアなのだった。御苑の先にある新宿区立四谷図書館がお気に入りだからだが、自転車で飛ばすと新宿駅からもあっという間なので驚いてしまう。歩いていくとなかなかいい距離の散歩なのだ。ついでに途中に餃子の王将があったりする。今日は通過するけれど、次回は立ち寄ってちょっと食べてもいいな。

 四谷を通過すると、国道20号線の終点はもうすぐだ。麹町を過ぎ、東條会館が見えてくると、その先はもう半蔵門。そう、暗闇の中に登場した巨大な黒い影は皇居なのだった。ここで20号は行き止まりになる。逆に言えばここがスタート地点。江戸時代、江戸城から出発した甲州街道の起点がまさにここなのだった。右手のビルはTOKYO FM、その先に国立劇場がある三宅坂を見下ろしながら、かつて市ヶ谷に住んでいた頃にこの皇居周りのコースを夜よくジョギングしていたのを懐かしく思い出した。時計を見ると仙川から約1時間30分。なかなかいい運動になるサイクリングだ。自転車があればこんなにも行動半径が広がるのか。皇居を後にして仙川への道を戻りながら、早くも次の週末はどこへ出かけようかと考え始めていたのだった。


8 Oct 2003
Wednesday

 さて僕はゴールド運転免許証を持っていながらほとんど車に乗ることはできないが、「運転」することは嫌いじゃない。ついでに言えば片岡義男の小説も大好きだ。そんな自分にとっての運転の妥協点は自転車に落ち着く。というわけでつい先日、約2年ぶりに自転車の所有者になったのだった。

 なければないで生活は可能、と思い込んでいたのだが、やはりあると全然違う。徒歩だとどうしても生活圏が狭くなってしまうわけだ。ちょっと図書館に出かけるのも億劫に感じられるし、仮に出かけてもたくさんの本を借りて持ち帰ることができない。結局足は遠のき、知的欲求は満たされぬままレベルが低下する一方ということになる。もっと卑近なレベルで、スーパーで食材やなんかのまとめ買いができない。上半身のエクササイズだ、とか何とか自分を騙そうとしても限界がある。やはり自転車があればさっと乗りつけて、お米の5kgなんて軽く網かごに入れて口笛でも吹きながら家に帰ることができるわけだ。

 秋はサイクリングに最適の季節だ。仙川沿いに下っていくと成城があり、野川と合流し、さらには多摩川に達する。自転車でこうした南北方向の移動をするのは非常に気持ちいいことだ。あまり安全とはいえないが、ポータブルMDプレイヤーで音楽など聴きながら川沿いを自転車で走ると、家で聴くのとは全く違う楽しみ方ができる。これから少しずつ距離を伸ばして、自転車でちょっとした小旅行ができるようになるといいなと思う。とりあえずは昨晩帰宅後、環八まで飛ばして深夜営業中のドン・キホーテを冷やかしに行ってみたりした。ほとんど障害なく走り続けることができる時間帯であれば、環八なんてほんの10分だ。そう考えるとますますあちこち行ってみたくなるというもの。長い付き合いになると思うので、大切にしていきたいな。


5 Oct 2003
Sunday

 国道20号線を愛車で飛ばしていた。この場合、「飛ばしていた」という表現は「渋滞につかまって身動きできなかった」とほぼ同義語だ。すると、かなり先の方に見覚えのある女の子が歩いているのを見つけた。僕の視力は両目とも裸眼で1.2前後なのだ。これは多少自慢できることなのかもしれない。だが視力検査時には持ち前の勘の良さを発揮して見えないところまで適当に「右、上、左…」と答えてしまうために、しばしば検査結果が2.0+1.5など表記されているのはあまり自慢できることではないかもしれない。

 そうこうするうちに愛車のノロノロ運転も彼女に追いついた。やはり彼女だ。後ろ姿だけで当ててしまうとはさすがは自分だ。だいたい、後ろ姿が似てるので間違っちゃったよ、なんて何をかいわんやだ。女の子の後ろ姿にはそれぞれはっきりした特徴がある。100人くらいまでなら後ろ姿だけで判別できなくてはならない。指紋みたいなものだ。パワーウィンドウを下ろして歩道の彼女に声をかけると、相手もこちらに気づいて手を振った。
 「乗りなよ。新宿方面に行くんだろ?」
 「そうなの。でも悪いから」
 「まあそう言わずにさあ」
 それ以上のやり取りは不要で、彼女は既定路線に従って助手席に収まった。僕らは他愛もない話をしながら新宿方面に向かって引き続き車を「飛ばした」。

***

 さてこれから車の中でどういう会話が展開されるか。東京の、しかも甲州街道でということになると非常につまらないものになるような気がする。だがこれがイランの首都テヘランで、しかも運転手が女性であるならばやや面白い会話になることが期待される。そんな車内の会話だけを固定カメラで淡々と撮った映画『10話』を観た。8月終わりか9月初め、渋谷のユーロスペースにて。アッバス・キアロスタミという監督の映画は多分初めてだったのだが、これは非常に興味深いフィルムだった。

 まず、どこまでがシナリオでどこからがアドリブなのか判然としない。多少の設定はあるのかもしれないが、おそらくかなりの部分はアドリブでしゃべらせているように思われる。その意味ではイランの現代女性がどんなことを考え、どんなことをしゃべっているのかを描き出したドキュメンタリーとして鑑賞することも可能だ。だがそういう生真面目なスタンスを取る遥か以前に、その「会話」の生々しさ、ある意味での下世話さに釘付けになってしまう。イスラム圏では長いこと女性が表舞台に出てくることがなかっただけに、まずもって企画だけでもかなりポイントを稼いでいるのは間違いない。

 彼女はテヘランの町を車で飛ばしながら、見ず知らずのさまざまな通行人を拾って乗せる。車内でいろいろと世間話を聞いたり、したりしながら別れていく。それだけだ。要するに場面展開はほとんどないのであって、車の中で固定された映像に被さってくる様々な言葉、言葉、言葉そのものが主人公だとも言える。ペルシャ語は全く解さないので字幕だけが頼りだが、非常に活き活きとした分かりやすい字幕が提供されており、個人的にその点を大いに評価したい。ほとんど偶然に支配される台詞回しと彼女のハンドル捌きが、10の小さな断片に区分されたオムニバス形式で僕らを最終地点まで連れていく。言葉の端々に鋭すぎるフレーズが盛り込まれていたり、あまりに人生の急所を突くものだったりして驚かされるばかりだ。

***

 「てなわけで、そのイラン映画はやたら面白かったわけ」
 「ふうん。私は主人公のドライバーが女性だったという点が興味深いな」
 「ん? どういうこと?」
 「何か象徴的なものを感じるっていうか」
 それまで黙って話を聞いていた彼女が急に反応し始めたので、僕はやや不意を突かれた形になっていた。象徴的なもの? いったい何の話なんだ?
 「だってね、大抵の映画や小説では車を運転するのは男と相場が決まっているでしょ?」
 「ふむ。スピルバーグの『激突』にせよ片岡義男の一連の小説にせよ、男ばっかりだ」
 「そうよ、片岡義男よ」
 「何が?」
 「結局、男の人って運転するのが好きなのね」
 「どういうこと?」
 「片岡義男の小説って、バイクとサーフィンと女の子に集約されるじゃない」
 「バイクとサーフィンと女の子… 確かにその3つが重要な小道具だね」
 「どれも男の人が『運転』するものばかりだってこと。もうここで降ろして頂戴。乗っけてくれてありがと」

 バタン。ドアを閉める音が車内にやたら大きく響いた。


4 Oct 2003
Saturday

 昨晩TVで放映していた映画「ザ・ビーチ」を観た。レオナルド・ディカプリオ主演映画、それも甘々路線から転換して緊迫した演技も見せるものとして公開時はかなり話題になったものだ。結論から言うとまあテレビで十分かな?という感想だったのだが、タイの描かれ方は印象的だった。欧米から見るとタイという国は燦々とした陽光と美しい浜辺と可愛いアジア娘と麻薬でいっぱいの「別世界」と捉えられているようだ。彼らが自分たちの日常と隔絶した地上の楽園的なものを求めてタイを訪れる、という話は仕事柄観光業界の人々からもよく聞く話で、非常に分かりやすいストーリィ展開だった。

 いくつか重要なテーマも取り上げてはあるが、いずれも掘り下げが甘過ぎて非常に中途半端な印象を与える。確かにディカプリオ好きの女の子や、彼女らをうまく誘って映画に行こうとする男の子たちにとってはこれ以上深刻な展開は不要だろう。だが撮影にあたってわざわざ島の岩礁を破壊して人工のビーチを造り、タイ政府と揉めたという本末転倒の有名な逸話は記憶に留めておいてもいい。また、「フル・モンティ」その他で知られるロバート・カーライルがここでも怪演している。出演部分の映像はチャチだったが、彼が転落するに至った過程を追いかけた映画「裏ビーチ」とか作ると面白いかも、とか思った。

***

 全然関係ありませんが、100円ショップダイソーで「ヒアルロン酸」が売られています。これが100円にしてはなかなかいい買い物で、化粧水とかに混ぜて使うとかなり良いというのは有名な話らしい。確かに見てる前でどんどん売れていきますね。まとめ買いされるせいか、売り切れのお店も多い。100円ショップのスキンケアは到底信用できないと思っていましたが、これは隠れたヒット商品になっているみたいです。


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