Essay
第四回:老人と麻雀
これを読んでくださっているみなさんが僕の人柄にどのような印象を持っているかは分からないけれど、僕は所謂ギャンブルが好きだ。
と言ってもやるのはパチンコと麻雀だけだけど、麻雀はかなりやっていると思う。
これは、麻雀を通した、僕と一人のおばあちゃんの出逢いの物語である。
その日、僕は用事があって昼から学校へ行っていた。
その用事はほんの一時間もあれば終わるようなものだったから、僕はその後友達の家に行って打つことになっていた。
同じ用事で学校に来ていたHくん(彼も今回のメンバーの一人だ)と合流して、僕たちはとりあえず友達の家への乗り換え地点である銀座線日本橋駅へ向かった。
学校の最寄り駅で電車に乗った僕たちは、優先席の前の吊り革につかまった。
僕たちはそこで暇をもてあましてパチンコやら麻雀やらの話をしていたのだけれど、まさかそのときの僕たちに、優先席で座っていた一人のおばあちゃんが僕たちに目をつけていたなんて、知る由もなかったところである。
ここで麻雀の話題を挟むと、僕たちはよく高田馬場の雀荘に行くのだけれど、流石学生の町というだけのことはあって学生のセット打ちなんかはかなり安い。
しかしフリー雀荘なんかだと点3でゲーム代半荘300円で非常に高い。一位ならともかく、二位だと大体300〜600円くらいしか稼げないわけだから割に合わない。
まあそんな話をして暇を潰しているうちに、僕たちは後一駅で日本橋というところまで来た。そのとき、そのおばあちゃんは動いたのである。
「手を動かしてたから、もしかしたら、と思ったんだよね」
後にHくんはこう語っている。
そのおばあちゃんはサッと優先席から立ち上がり、僕の左側へ回ると、なにか固く、重い物を僕の左ポケットのあたりに押し付けた。
「これあげるから」
無意識にそれを受け取っていた僕におばあちゃんはそう言うと、またサッとドア付近へ移動した。
僕が何が何やら分からないままにそれを確認すると、それは金だった。袋に小銭がたくさん詰まっていたのである。
「!?」
僕とHくんは顔を見合わせた。僕の妹がパチンコ屋から出てきた酔っ払いに絡まれて大量に飴を貰ったことはあったけれど、流石に赤の他人から金を貰ったなんていう話はきいたこともない。
僕が大体三千円分くらいの百円玉が詰まった袋をぼうっと見つめていると、おばあちゃんが僕たちの方に振り返り、手に持った五百円玉六枚を見せて言った。
「あたしもこれから麻雀打ちに行くけど、これだけあれば充分だから。小銭は重くてしょうがないわよ」
僕とHくんは再び顔を見合わせた。多分僕たちにお金を受け取りやすくするために言ったのだろうけど、三千円で充分と言うのはなかなかのツワモノである。
「あ、ありがとうございます」
僕がやっとそういうと、そのおばあちゃんはニヤッと笑って颯爽と僕たちの前から立ち去った。
「…………なんだったんだ?」
僕が言った。
Hくんは僕の手に握られたままの袋を見て言った。
「まあ……ラッキーじゃん?」
あのおばあちゃんにとって、ほんの数千円のお金なんて本当に微々たるものだったのだろうけど、見ず知らずの若者にポンとあげてしまうおばあちゃんに僕は敬意を表したい。
そんなわけで今回の題は『老人と麻雀』なのである。
ちなみにこの日、制服を着たまま夜まで遊び、十一時過ぎに帰った僕に、もちろん夕飯が用意されているはずがなかった。
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