「減らない修正液」


東沢さんの修正液の話です。

東沢さんはよく修正液を使います。手書きやワープロなどのインク文字の修正
に使うこの文房具は、文筆を生業にしている職業柄、手放すことができない
重要な商売道具の一つであると同時に、たいへんな消耗品でもあります。

さて、東沢さんはある時、ふと奇妙なことに気づきました。
「そういえば・・・修正液、減ってないな」
仕事が仕事だけに、決してその使用量が少ないわけではないはずです。実際、
けっこう頻繁に使っているわけですし・・・。最初のうちはなかなか減らない
ものなのだろうと決めてかかっていたため、さほど気にもなりませんでした。
しかし、それに気づいてからしばらくの間、修正液を使うたびに注意していた
のですが、やはり一向に減っていく気配がありません。

そうするうちに東沢さんは、もっと重要なことに気づきました。
「そういえば・・・ここ数年、修正液を新しく買った記憶がないぞ」
いくらなんでもこれはおかしいです。何年も同じものを使い続ければ、成分が
蒸発して修正液の中身は白いドロドロした塊に変わってしまっているはずです。
仮に百歩譲って、東沢さんが気づかないうちに親切な誰かが溶剤を使って東沢
さんの愛用の修正液が減るたびに溶剤を足しているのだとしましょう。それ
でも数年にわたって溶剤を混入し続ければ、しまいには液の成分が薄くなって、
修正効果に影響が現れるはずです。しかし相変わらずその修正液は、買って
きた時のままの効果を保ち続け、なおまったく減らないままでいます。

さすがに気味が悪くなった東沢さんは、同じメーカーの同じ商品を買って
きて、交互に使ってみることにしました。まず、最初から持っていた修正液を
使い、次に新しく買ってきた修正液を使い・・・。

交互に使ってゆくと違いが歴然としてきました。
後から買った新品の修正液はちゃんと減っていき、使い切ることができたの
です。しかし最初から持っていた修正液は、相変わらずなくなる気配を見せ
ないのでした。

その修正液は、七年近くたった今も、現役のまま使われ続けています。


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