「仲間たちは待っていた」


人間の目の錯覚というのでしょうか。
一瞬、存在する人間か亡霊なのか判断できなくなる時があります。亡霊を存在
する人間と誤って信じてしまった瞬間に、悲劇の幕は落とされます。
これは、一瞬の判断が生死を分けた、恐るべき体験告白です。
体験者は女子大生の坂上由紀さん。

夏休みのことでした。由紀さんたちテニス同好会の6人で、日本海の美しい
海岸に海水浴を兼ねて遊びに行くことになりました。
メンバーは男3人、女3人。

全員が一緒に出発する予定でしたが、由紀さんと勇くんに急用ができたため、
他の4人が先に車で出発し、由紀さんたちは後から追いかけることになったの
です。由紀さんは昼前に用事が終わり、勇くんに電話をしてみました。彼の
車に乗せてもらいたいと思ったからです。

ところが「まだ用事が終わらないので、先に行ってくれないか」という返事
でした。そこで仕方なく、ひとり電車に乗り目的地に向かうことにしました。
向こうに着いたのは夕方ごろだったでしょうか。由紀さんは水平線の彼方に
沈んでいく夕陽の美しさに、胸躍る気持ちでした。ところがです。ホテルに
着くと、先発隊の4人組がなぜか神妙な顔をして、玄関ロビーの前で由紀さん
を待っているではないですか。

「何かあったんだ」由紀さんは直感しました。
4人は何も言わずに由紀さんをすぐさま部屋まで連れて行き、部屋に入って
ドアを閉めると、一人がくぐもった声で言うのです。
「いいか、俺たちが何を言っても驚いちゃダメだよ」
4人は私の顔をじっとみつめたまま目をそらそうとしません。
異常な雰囲気を感じとった由紀さんは、
「ど、どうしたの、何があったの?」
と震える声で聞いたのです。
「実はな、こっちに向かう途中、勇が交通事故で死んじゃったんだ。つい
さっき家から電話があった。それでお前を玄関で待っていたんだ……」
あまりの突然のことに由紀さんは絶句し、ひざがガクガク震え、その場に座り
込んでしまったのです。とてもショックでした。
「勇くんが……」
もう頭の中が真っ白になり、何も考えられなかったのです。

30分ほども泣き崩れていたでしょうか。その間4人は、由紀さんを何となぐ
さめて良いのかわからなかったのでしょう、ずっと沈黙したままです。
やっとショックも和らぎ、少し落ち着きを取り戻しかけた時のことです。
ドンドン、ドンドン……
ドアをノックする音が響きわたったのです。
「開けてくれ、僕だよ、いま着いたよ」
な、なんと勇くんの声だったのです。間違いありません。由紀さんの頭は再び
混乱して、何がなんだかわからなくなりました。
そして5人は、頭から血の気が引いたように、ブルッと震えあがりました。
「開けるんじゃない。あの世に連れて行かれるぞ!」
勇くんの声におののいて、誰かが叫びました。
確かに身がすくむ思いでした。でも由紀さんは勇くんの声を聞いた途端、
たまらなく会いたくなってドアを開けようと駆けだしたのです。
「やめろ、危ない!」
4人は由紀さんを後ろから抱えるように引き止めましたが、思いきり振り切って
ドアを開けたのです。
ドアの外には、青ざめた顔の勇くんが茫然と立っていたのです。
「勇くん!」
由紀さんは涙声で勇くんに抱きつきました。
「おまえ、一人でこんなところで何してるんだよ!」
「えっ、何してるって、他の4人と……」
「そうか、まだ何も知らなかったのか。あの4人はここに来る途中、
大型トラックにぶつかる事故にあって全員死んでしまったんだ」
「ええっ!」

4人がいた部屋を振り返ると、そこには誰もいなかったのです。


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