「ひとり、多い」


露木奈捕子さんは高校生のころ、所属するテニス部の合宿に参加しました。
人数は四十人ほどです。
露木さんたちの高校は、敷地の中に合宿所がありました。体育館と運動場に
はさまれた所で、棟の一階には各運動部の部室が並んでいました。合宿所は、
その二階と三階でした。部屋は、二階の広間の他に小さな和室がいくつか
並んでおり、各学年が三部屋ずつ、割り当てられていました。

「やだなぁ」
口々に、露木さんたちはささやきあいました。
不思議な出来事が続いて起こったのです。
誰も出入りしていないのに、閉まっていたはずの襖がいつのまにか開いて
いました。その襖は、部屋へ入ってすぐの三和土と畳の間を仕切っていて、
誰かが廊下へ出ない限り、開くはずのないものでした。もちろん、誰も出入り
していません。
また、ばしっばしっと何かを叩く音が窓の向こう側から聞こえてくるので
窓を開けてみましたが、そこは三階で、真下には芝生の中庭があるだけでした。
中庭の向こうには、いつもと同じように校舎の影が見えています。

そのとき、露木さんたちの部屋には五人の部員がいました。露木さんの他、
鈴木、田中、木村、山本さんです。
「外にも、誰もいなかったよね」
うなずき合います。確かに猫の子一匹見あたりませんでした。
しかし、確かに音は聞こえたのです。
何かを叩くような、破裂するような、あるいは電気が走るような、そんな音
でした。
「もう寝よう」
誰かの言葉が合図になって、みんな一斉にタオルケットをかぶりました。
怖かったからです。何かにくるまっていないと、震えが止まりそうになかった
からでした。真夏の夜だというのに、背中が寒くてしかたがありませんでした。

ただ、このまま眠るには問題が一つだけありました。
「ねえ、トイレ行く人、いる?」
ひとりの投げかけに、みんなが「私も、私も」と起ちあがります。
結局、部屋にいた五人全員、そろってトイレに行くことにしました。

合宿所のトイレは、各階にあります。もちろん男女別れていますが、小さな
電球が灯っているだけで薄暗いのです。こういう時には、その暗さが余計に
恐怖心をかりたてます。
最初に我慢しきれない三人が、三つ並んだ個室に飛び込みました。
「ちょうどよかったね」
あとに残った三人は、たがいに声をかけあいました。
「三人がふたまわりすればいいんだもんね」
その時は、奇怪な現実に誰も気づきませんでした。三人がトイレに入っていて
三人が待っている。つまり都合六人いる、という事実にです。

露木さんたちは先に入った女の子と入れ替わりにトイレの中へ飛び込んで用を
たしました。
「やだ・・」
露木さんは、ようやくそのことに気づきました。トイレから出るのが怖くなり
ました。しかし、出ないわけにはゆきません。ぎいっと軋むドアを開けて、
走るようにして洗面所に戻りました。その時には、みんながそろって震えて
いました。

この場に、六人いるというのです。
「そんなはずないよね」
周りには自分の知っている顔ばかりです。
指を折りながら、ひとりずつ数えてみます。一、二、三、四、五・・。自分を
含めると、確かに六人になります。
焦りながらも、もう一度、数えました。やっぱり、自分の目の前には五つの
人影があります。
ですが、確かに、鈴木、田中、木村、山本、露木しかいません。なのに、
五人のはずがひとり多いのです。

「ぎゃあ!」
蛙のつぶれたような叫び声を発しながら、全員がトイレを飛び出しました。
廊下を走り抜け、自分たちの部屋へ転がり込み、もつれあうようにして布団
の上へ跳ねとびました。あとは、タオルケットを頭からかぶったまま、
がちがちと歯をならしているだけでした。

いったいどういうことだったのだろう。確かに私の目の前にある顔は、同じ
部屋の人たちばかりだった。鈴木、田中、木村、山本、露木。なのに、
どうして六人になったんだろう。知らない顔なんて、ひとつもなかったはず
なのに・・。

布団の中で、露木さんは考え、ハッとしました。
目の前に並んだ顔の中に、自分の顔がありました。それを数に入れていたのです。
寒気が寄せてきました。夢を見ているような、妙な感じでした。
翌朝になって、みんなに尋ねてみれば、やっぱり自分の顔が目の前にあり、
それを数えていたといいます。

いったい、露木さんたちの体験はなんだったのでしょうか。

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