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「音楽雑感。」

 突然だが、僕はめったに海外文学は読まない。その理由はおおかた訳者の文体による。 日本文学でも海外文学でも同じなのだが、日本語には独特のニュアンスがあり、その 顕れたる文体が貧しかったり、大袈裟であったり、いうなれば自分の感覚との間にズ レがあったりすると、その時点で僕は読む事を放棄してしまいがちになってしまう。 つまり、人に合わせたりする能力や忍耐するという能力が足りないのだろう。音楽よ り文学のほうが、その傾向は強い。 しかし、海外文学においてはもうひとつの障壁がある。それは、文化の違いというか、 文脈の違いである。文化圏の違いというものは、違和感よりも強烈な無為をもたらす。 いってみれば「わからない」のだ。「わからない」という言葉は暴力的だ。パソコン のディスプレイ上にあるゴミ箱のように、不必要なもの、自分とは関わりあいがない もの、そういったものをすべて放り込み、かたっぱしから消しさる事のできる魔法の 言葉だ。

 音楽においても、文脈の違いは、僕にとって非常に大きい壁、いや壁というより「?」 の温床となる。僕は恐らく直感的な人間ではないのだろう。モーツァルトのピアノ曲 に、永らく僕はまったく魅力を感じられなかった。美しいとは思ったが、それ以上の 感覚はなかった。ソナタという厳然たる形式を持つ、いわゆる古典的な作品に僕は 「わからない」という事しかできなかった。ひとつだけ感じられたのは、ソナタとい う形式の中に音が羅列されているという、一種の束縛のような居心地の悪さだった。

これは僕だけの感覚だろうか? 私論だが、日本人にとってソナタのような、ひとつ の形式だった思考の形態は適さないのではないか? 弁証法にしても、三段論法にし ても、そういった思考形式は常に欧米から入ってきたものではなかったか。それゆえ に、例えばロマン派の音楽は日本人の耳に馴染むのではないか? ブラームスの最晩 年にピアノのために書かれた性格的小品などが、日本人にとっては最も聴きやすいの ではないか、、、あの瞑想的で一元的なインテルメッツォ、、、。

 はじめてモーツァルトの音楽に触れたような気がしたのは、アルフレッド・ブレンデ ルのピアノによってであった。作品番号は覚えていないが、この白髪の紳士はみなと みらいでモーツァルトの3つのピアノソナタを続けて演奏した。確か最後が有名な 「トルコ行進曲」だったと思う。 そこではひとつひとつの音が息吹を与えられ、表情を持ち、歌をうたい、そして僕の 中に入ってきた。まったく抗う必要を感じなかった。あまりに自然だったので、もう 思い出す事すらできない。その何十分かは、まるで時間軸が圧縮されたようで、記憶 にすらならなかった。一瞬の出来事にも感じられた。

 そこには、自然な呼吸が、本来あるべき姿があったように思う。ひとつの思考が、語 られるベき言語で、最も適した文体で。そこには余分なものも、過剰なものも、流れ を疎外するものも一切なく、それでいて、演奏者が見えないというわけでもない。は じめブレンデルはまるで誰もいない部屋でピアノを弾いているようにもみえた。黙々 と、内なる響きにのみ耳を澄ましているように。しかし、次第に、ブレンデル自身の 喜びや哀しみといった感情が、ピアノの凛とした震えにのって伝わってきた。そして それはモーツァルト自身のそれといつのまにか繋がって、最後には聴いている僕の中 にある何者かと繋がっていた。幸せな瞬間だった。

 こう書いてくると、何処かでグレン・グールドのことを考えずにいられない。聴衆の まえで演奏する事を止め、完全な演奏を求めてスタジオに籠ったグールド。彼の演奏 する姿を見ると、外部に向けて表現する者というより、内側に向けて瞑想する求道者 のイメージが重なってしまう。尋常ならざるほど低い椅子に腰掛け、足を組み、背中 を曲げ、目を閉じるとおもむろに鍵盤を叩きはじめる、語りかけるように、唸るよう に唄いはじめる、その姿が。

 表現するという事は、果たしてどういうことなのだろうかと考えさせられる。芸術が、 特定少数にであれ不特定多数にであれ、何らかの感覚をつたえるものであるならば、 表現という芸術の手段は外部に開かれたものであるべきなのだろうか。しかし、演奏 する主体にのみ必要とされているような、人称を無視した音楽、内側にこそ響き出す 音楽というものもまた存在するはずである。

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 先日老人ホームで演奏させていただく機会があり、そのときからずっと、こういうよ うなことを考えています。もしなにか感じることや考えたこと、また異論や指摘があっ たら、掲示板に書いて下さったらうれしいです。

 はじめから読み直したら、なんで海外文学と思ったかたもいると思います。このまえ 新聞のした広告に出てたときから気になっていた本を読んだんです。『朗読者』とい う本です。これは訳も悪くなく、一気に読ませてしまう力を持った小説です。表紙も よい。久々にヒットです。ぜひ御一読を。

00/08/30TSE 細越一平

TSUKUBA SAX.ENS.<saxkimmy@hotmail.com>