超初心者のためのマイルス・デイヴィス入門
◆マイルスって何者?

マイルス・デイヴィス(トランペット)1926-1991

ジャズ界の超大物。ジャズのスタイルが変化していく歴史的な流れ(ピバップ 〜 クール 〜 ハードバップ 〜 モード/フリー 〜 電化・ロック化・ファンク化 〜 フュージョン 〜 ヒップホップ)の大部分に関与しながら常に最先端を走り続け、この人を押さえておけば他にジャズを聴く必要なし、と言えるくらい多種多様な傑作を産み出した。没後20年となる今でもジャンルやジェネレーションを越えて聴き継がれている。


◆何から聴くか

Miles Ahead (1957)

Miles Ahead

電化以前の純粋アコースティック・ジャズでは、各々のソロの完成度が高い「Kind of Blue」が全てのジャズ・レコードの中で最高峰として君臨してはいるが、渋く高尚なところがジャズ初心者には取っ付きにくいと思われる。その深みをじっくり味わうには、ある程度ジャズに親しんでからの方がいい。

まずは、ギル・エヴァンスとの「マイルス・アヘッド」をおすすめしたい。ギル独特の漂うようなオーケストラ・アレンジがカラフルで美しく、スカッと晴れ渡った休日のように明るい音楽だ。最初から最後までおいしいメロディが次から次へと溢れ出てくる。ポップスやクラシック、イージー・リスニング等が好きな人にもアピールするはず。冒頭、勢いよく飛び出すマイルスの一吹きから活発に動き回る "Springsville"、優雅でポップな "The Duke"、ほんのり異国情緒のある "Blues For Pablo" 等々、ヴァラエティに富んだ曲が切れ目なく続いていくスムーズな流れは、巧妙に考え抜かれた匠の技。

マイルスの吹くフレーズはどの曲でも旋律豊かで、譜面通りなのかアドリブなのか判別できないほど(特にタイトル曲の見事な構成力は天才的!)。別テイクやリハーサル・セッションがだいぶ後になって公表され、マイルスのパートは全部違う(すべてアドリブだった)ことが判明した。様々なフレーズを試行錯誤し、練りに練って磨き上げ、複数の演奏を編集で繋げたり部分的にオーバーダビングもして、無駄のない完璧な出来に仕上げていたのだ。逆にバックのオーケストラが自由自在に動き回る即興のように生き生きと聞こえるからマジカルだ。「完璧というより、それを越えて何度でも聴けるもの、即興みたいに自然に聞こえるものを目指す」というスティーリー・ダンを彷彿させる。

こんなに徹底して作り込まれた作品は「ジャズ」とは言えないのかも知れない。でもそんなことどうでもいい。最高級の「音楽」であることは断言できる。あらゆるジャンルの音楽ファンに聴いていただきたい。何度聴いても飽きないどころか、聴けば聴くほど味わいが増していく。入門用としてだけでなく、生涯の愛聴盤になりうる優れ物である。

<注意> 現行CDにはボーナス・トラックが追加されていたり、一部別テイクに入れ替わっていたりすることがあるが、最初は元のマスター・テイクだけ繰り返し聴くこと。マイルスのフレーズすべて頭に叩き込むまで別テイクは封印するのが望ましい。そうでないとマイルスやプロデューサーが手間暇かけて作り上げた本来の「マイルス・アヘッド」を堪能できないからだ。輸入盤 "CK 40784", "CK 53225" は避けるべし(参考:「マイルスを聴け! Version 6」へ勝手に補足 Part 1 (40's-50's))。未確認だが、ヨット・ジャケの国内盤ならオリジナル・ヴァージョンを収録している可能性が高い。いっそのことボックスを入手するのが理想的だ。多数の別テイク聴き比べを老後の楽しみとして取っておけるから。


◆メロディアスなアドリブ・ソロ

ジャズの聴き方がイマイチわからないという方は、まず前面に出るソロの旋律を集中して追いかけること。マイルスの吹くソロには、平凡なジャズ・ミュージシャンが垂れ流す手癖フレーズとは違って、熟聴に値する深いメロディがある。ジャズの即興を理解するにはうってつけだ。おすすめの曲を挙げてみよう。

"Now's The Time" ...from Charlie Parker Savoy Sessions(1945年)
それまでビバップのミュージシャンは激しく乱高下する抽象的なフレーズを多用していたが、マイルスは音数を少なくし滑らかに流れるような演奏で頭角を現した。ここでの印象的なソロは、後に "Straight, No Chaser"(from Milestones)でレッド・ガーランドがピアノ・ソロの部分で引用し、マイルスを喜ばせる。

"Venus de Milo"(ミロのヴィーナス)...from Birth of the Cool(1949年)
すんなり耳に入ってくる滑らかなソロが絶品。「クールの誕生」は「マイルス・アヘッド」の前身として捉えられる、小オーケストラ編成でアレンジを重視した音楽。シングル盤サイズの12曲入りで聴きやすい。

"The Man I Love" (take 2) ...from Modern Jazz Giants(1954年)
そのままだとベターっと平坦になりがちな元メロを、彫りの深い豊かな旋律に変えてしまう。ミュートとオープンの使い分けも絶妙。セロニアス・モンクと共演のクリスマス・セッション(あるいはケンカ・セッション)として有名。

"My Funny Valentine" ...from My Funny Valentine(1964年・ライヴ)
ここでの演奏は元メロがほとんど出てこないから最初は戸惑うかもしれない。チェット・ベイカーの歌などで原曲を知ったうえで聴くと良い。出だしのフレーズをスタート地点として、悲しみ・絶望感をとことんまで深く掘り下げ、原曲のイメージから遠く離れた闇の底まで入り込んでいく。鬱屈から号泣まで感情の起伏が著しく激しい。バックのリズムも臨機応変に反応している。

"Shhh/Peaceful" ...from In A Silent Way(1969年)
"Back Seat Betty" ...from We Want Miles(1981年・ライヴ)
どちらもテーマとなるメロディは無いに等しく、全編即興で進んでいくが、2つのソロは基調となるフレーズが実によく似ている。サウンドが時代によって激変しても、深い感情を表出させるマイルス独特のトランペット・プレイは不変、いつもメロディを大事にしていた。マイルスいわく「オレはメロディを食って生きている」


◆最高傑作は何か

Bitches Brew (1969)

Bitches Brew

数多くの多彩な名盤を残しているが、マイルスのベストをあえて1つ選ぶとしたら、ジャズとロックとファンクとアフリカを結びつけて、グツグツ煮込んだ歴史的問題作「ビッチェズ・ブリュー(正しい発音はビッチズ・ブルー)」は最有力候補。プログレ/ジャズ・ロックからヒップホップまで、幅広く多大な影響を与えたスゴい音楽だ。全体のサウンドの異様さに最初は面食らっても、耳に残るフレーズが所々にあり、プログレ的に壮大な流れ(ストーリー・起承転結)をつかみ取ることはさほど難しくないだろう。

トランペッターとして最も脂が乗っていたのも、この時期ではないか。音の鳴りもフレーズの歌わせ方も自信に満ち溢れている。特に“ファラオの踊り”終盤、じわじわ盛り上がっていくソロは強烈で、「ビッチェズ・ブリュー」といえばこの部分がぼくの記憶の中に太く刻印されている。タイトル曲では不気味に呪術的な旋律が沸々と湧き出てくる。"Miles Runs The Voodoo Down" では渾身の力でひねるように音を叩きつける。黒い! 

ただ、60年代後半からはスタジオ録音とライヴでは傾向が違うので、ライヴでの奔放な演奏もぜひ聴いて欲しい。(例: 1969 Miles
ドタバタ叩きまくるドラム、ギュルギュル弾きまくるエレピに血が騒ぐ。チック・コリアがトーン・ジェネレイター(シンセのようなもの)でノイジーに音を歪めたりするのはカンタベリー系、特にデイヴ・ステュアートあたりに影響を与えてるはず。曲をメドレーで繋げて切れ目なしに一気に突き進んでいくスタイルも、ソフト・マシーンを初めとするカンタベリー派に似ている。流れを断絶させないという音楽的意図もあるが、一曲ごとに拍手を受けたり聴衆に頭を下げたりするのが面倒だから、というのが本音だったようだ。


◆エレクトリック・マイルスを理解するには

70年代に入ると、鍵盤楽器やギターのみならずトランペットにもエフェクター(ワウペダル、ジミ・ヘンドリックスの影響大)を取り入れ、本格的にエレクトリック期に突入、ますます混沌として後戻りの出来ない段階へと急速に登り詰めていく。その究極は、ぐちゃぐちゃどろどろの暗黒世界「アガルタ」「パンゲア」(1975年、大阪でのライヴ。共に2枚組。通称アガパン)。暴力的な音のジャングルに圧倒され、初めは何が起こってるのか理解できなくても、強力に引き付ける魔力のようなものを感じられるのではないかと思う。

ここで重要な鍵となるのが、延々と単一コードでグルーヴを持続させるファンク。当時マイルスはジェームス・ブラウンスライ・ストーンに注目していた。怪作「On The Corner」を産み落とし、バンドを増員してライヴのあり方を変えていく上で、ファンクの影響は非常に大きい。曲らしいもの(メロディ)が希薄になり、各自のソロの旋律線を追う聴き方だけでは付いていけない。リズム音色グルーヴ(乗り)を総体として受け止める(音響の快楽に耽溺する)近年のハウス/テクノ等(クラブ系?)にも通じる感性までも必要となってくる。特にファンクでは重要な役割を担うベース・ラインを手掛かりとして聴くのも有効。純粋なジャズ・リスナーが電化マイルスに拒否反応を起こすのは、ノイジーな音色への嫌悪感の他に、そうした聴き方の転換を柔軟にできないためではないか。

さらに電化時代をわかりにくくしているのは、発表されたアルバムに正確な曲名が明示されていないことにも原因があると思う。今演奏されているのは一体何という曲なのか、それとも元になる曲のない完全即興なのか、つかみどころがないと理解しにくいのは当然だ。特にライヴ盤は区切りがなく延々と続いていくから一層わかりにくい。でも実のところ、ライヴにおける楽曲構成は60年代後半からさほど変わっていない。「マイルスによるテーマ提示とソロ → サックス・ソロ → キーボード or ギター・ソロ → 再びマイルス登場で次の曲へ(オルガンで指示を出すこともあり)」という運びが基本パターン。確かにこの時期ともなると、曲というより短いフレーズの断片リズムのパターンなど、演奏のきっかけとなるモチーフ(動機)に過ぎず曖昧な部分もあるが、それをヒントに曲の切り替わり(場面転換)をつかめば、全体の流れ(構成)が理解しやすくなる。おどろおどろしい爆音に紛れトランペットの音を歪めたりサディスティックに叩きつける場面に惑わされもしようが、よく聴けばメロディを吹くのを止めた訳ではないことに気がつくはずだ。全ての時代を通してマイルスは「メロディを食って生きている」のだ。

<参考> Miles Ahead: Sessions
ライヴのセットリスト(演奏曲目)が演奏日ごとに秒刻みで記載されている。例えばアガパンの場合はこちら。(曲名は研究者によって違いがあり正式に確定している訳ではないが、鑑賞のヒントとして有効)


◆私的マイルス受容史

ぼくも実はマイルスが理解できるまでは時間がかかった。ちょうど「The Man With The Horn」で復帰した頃、雑誌などで帝王として崇め奉られていたことが聴こうと思った理由だから動機は不純かも。入り口は "Fat Time" のギター・ソロにシビレたこと。マイルスの弱々しい音よりは強力なマイク・スターンのギターの方が気に入ったのは根がロック小僧ってことか。当時読み始めたスイングジャーナルにディスコグラフィーが載ったり、ソニーの廉価盤LPが続々再発された(新譜LPが1枚2,500〜2,800円の時代に1,800円、2枚組でも2,800円は比較的安かった)こともあって、次々と買い集めたものだ。どこがいいのか初めはよく分からなかったものの、他にレコードを多くは持ってなかったので何度も聴いていた。60年代後半のいわゆる第二期黄金クインテット時代はウェイン・ショーターらが作る曲の怪しいメロディが取っ掛かりになったり、ジャケットが気に入って買った「アガルタ」は何が何やら訳分からないながらも意外にメローな "Maiysha" が気に入ったり。そんな積み重ねが後々じわじわと効いてきたのだろう。ある時、ラジオから流れた“ミロのヴィーナス”のアドリブ・ソロの旋律線がスッと頭に入って来た。マイルスの魅力、さらにはジャズのアドリブの何たるかに開眼した瞬間だった。(ジャズらしからぬ?滑らかなメロディのあるフレーズに、目からウロコ。それまで、アドリブと言えば音符をただランダムに垂れ流すものだと思ってたのが、なるほどこれが本当のアドリブというものなんだ、とジャズの深さが理解できた)

1983年5月、「Star People」発売時の来日公演を見に行ったのが唯一の生マイルス体験。目の前に本物がいるだけで感動したものだ。しかし、音楽的な感銘はそれほど受けず、その後は徐々に興味を失いリアルタイムで新譜を追わなくなってしまった。

彼の死後、中山康樹氏の「マイルスを聴け!」をきっかけに再びハマり出し、正規盤のみならずブートを買い漁るマイルス者となっていく。その後、続々増えるブート乱発に付いていけずコンプリート収集は断念、マイルス者を引退した。現在は隠居の身。



●「マイルス・アヘッド」こぼれ話

○ポップな曲の選択とか音数を切り詰めた演奏手法に関してアーマッド・ジャマル(ジャズ・ピアニスト)からの影響が大きい。「Legendary Okeh & Epic Recordings」 には当時のマイルスの元ネタが詰まっていて楽しめる。「Chamber Music of the New Jazz」なんか「マイルス・アヘッド」の世界をそのまんまピアノ・トリオに縮小したみたいで驚くぞ。

○クラシックからもいくつかアイディアを持ってきてる。"The Maids of Cadiz"(カディスの娘たち)はバレエ音楽「コッペリア」で知られるドリーブの曲だし、 "Blues For Pablo" は作曲名義がギルとなってるけど、実はスペインのファリャとメキシコのカルロス・チャベスの曲を取り入れたことをギル本人が告白してる。ここから「Sketches of Spain」に繋がるのは自然なことだったんだね。

○女性ジャズ・ヴォーカルの「Marcy Lutes - Debut」はギル・エヴァンスが数曲でアレンジしてて、同じ頃に録音されたせいか「マイルス・アヘッド」とそっくりな部分があって面白いよ。

last updated: 2011.5.17

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