モーモー太郎




むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがありました。

おじいさんは厠(かわや)へ命の洗濯に行き、おばあさんは山へ鶏(にわとり)をしばきに行きました。

おばあさんが山でいつものように鶏をしばいていると竹やぶの中から「モーモー!!」と牛のような鳴き声が聞こえてきました。

おばあさんはもうもうと立ち込める霧の中をかき分けて声のするほうに行ってみると、果たしてきりっとした牛のような、りりしい顔をした光輝く赤ちゃんがモーモー泣いているのです。

「こりゃおったまげた。こんなにかわいい赤ちゃん見たことない。家に連れて帰って大事に育てましょう。」

おばあさんは赤ちゃんを大事そうに抱きかかえて家に連れて帰りました。

おばあさんが家に着いたとき、ちょうどおじいさんもずいぶん長い厠から帰ってきたばかりのところでした。おじいさんは考えていました。(厠の設計を間違ったかのう。ちょっと奥行きが長すぎて、一回用を足しに行き来するだけで十分もかかってしまう・・・)

おじいさんはおばあさんが見知らぬ赤ちゃんを抱きかかえているのに気付いて言いました。

「おや、ばあさん、その子は一体全体どうしたわけで?」

「あら、じいさん、この子は竹藪の中、もうもうと立ち込める霧の向こうでモーモー泣いていた牛のような赤ちゃんですよ。」

「なんと、霧の中にこんなきりっとした赤ちゃんがモーモーと!?それは有難い。きっと天からの授かりものじゃ。」

「ところでじいさん、この子の名前、何にしましょう?」

「『ナン』よりもっといい名前がある。モーモー泣くからモーモー太郎じゃ。」

二人は赤ちゃんにモーモー太郎と名付けて、それはそれは目の中に入れても痛くないほどに赤ちゃんをいたくかわいがっておりました。

「ばあさんや、そんなにいたくたいそうかわいがって、かわいがって、ちゃんとした大人になれるかのう?」

「じいさんや、こんなにかわいい子なら、たいそうかわいがって、たいそう選手に育てれば、それはもうたいそう立派な大人ですよ。」

「それはご立派。ところで、これはスリッパ。モーモー太郎にピッタリじゃろう。町見つけて買って帰ったのじゃ。」

スリッパを見てモーモー太郎は嬉しそうにモーモーよろこびました。

  *    *    *    

モーモー太郎はすくすくと育って、思春期特有のくすくす笑いをもう卒業して十五歳になりました。

ある朝、モーモー太郎はいつものように自分の赤面症にちょっとばかし困って、かしこまって言いました。

「いえいえ、つねづね、じっさまとばっさまのご恩に報いるために、何かしたいと思っておりましたモー。町で聞いたうわさによると、近頃都では鬼が出て人々を怖がらせているそうですモー。

私は早速(さっそく)都へ行って鬼を退治してまいりますモー。」

あの小さかったモーモー太郎がモーこんなに立派なことを言うので、おじいさんはすっかり驚いて言いました。

「聞いたか、ばあさん。この子は本当に立派な大人になった。体操選手にはならなんだが、もうたいそう立派な大人じゃ。」

「ええ、じいさん。この子はきっと鬼を退治して帰ってくるに違いありませんよ。」

「肝心の移動方法ですがモー・・・」

モーモー太郎は、緊張であらかた固まって、あらたまって言いました。

「都までは川を下っていこうと思いますモー。そこで、決して底の抜けることのない底抜けに頑丈な船を一艘(いっそう)用意してくださいませんかモー?」

「うむ。決して底の抜けることのない底抜けに頑丈な船なら、そこの倉庫にそっと転がしてある。速攻でもっていくがよい。」

「じっさま、感謝いたしますモー。」

モーモー太郎はすぐさま船を川辺に引き出して浮かべて、エイヤっと乗り込むと、おじいさんとおばあさんのほうを振り返って、

「では、モーモー太郎、鬼退治に行ってまいりますモー。」と言い残して都目指して旅立っていきました。

おじいさんとおばあさんは幸せの黄色いハンカチで涙をぬぐいながら、小さくなっていくモーモー太郎の姿に向かって、いつまでもいつまでもちぎれるほど手を振っていました。

  *    *    *    

さて、船の中、驚くことにモーモー太郎の身長はほんとうに小さくなって一寸ほどの大きさに縮まっておりました。

景色の向こうにみるみる小さくなっていくおじいさんとおばあさんがちぎれるほど手を振っている、その手がちぎれたらどうしようかと、気になって気になって心配のあまり体が小さく縮んでしまったのでした。

船は軽やかに鏡のような水面の上をスイスイと進んでいきます。

船が橋のたもとに差し掛かった時、橋の上から一匹の平家蟹が声をかけてきました。

(時は平安時代、平氏が栄華を極めているその時に、のちに平家蟹と呼ばれるその蟹は既に存在していました。)

「チョッキン、チョッキン、チョッキンナー。ぼっちゃん、ぼっちゃん、どこへいくのですか?」

「モッキン、モッキン、モッキンバード。私は都で鬼退治。」

「チョッキン、ドッキン、ドッキング。ドッキリドキドキ晴れのち曇り。へえ、ぼっちゃんが鬼退治?もし僕に黍団子をくれるなら旅にドッキングしてついて行って・・・、つまり家来になっても構いませんが。」

「あいにく生肉しか持ってませんモー。それとも隣の浦島太郎さんは黍団子作りの名人だったけど、会いに行くモー?」

「チョッキン、いいえ、生肉でも構いませんよ。それを一つ僕にくださいな。」

「では、あいにくの生肉、一つあなたに差し上げましょうモー。」

こうして平家蟹は晴れてモーモー太郎の家来になりました。

折しもカンカン照りの中、一人と一匹は一緒に船に乗り込んで都へ向かいました。

船が水車小屋のたもとを通り過ぎようとしたとき、小屋の中から一匹の熊蜂(くまんばち)が出てきて言いました。

「ぶんぶんぶん、蜂が問う。そなたはこれからどこへ参られるのか?」

「モーモーモー、聞いてくれてありがとう。私は都で鬼退治。」

「ぶぶん、ぶん。なんと、都で鬼退治とは。もし拙者に黍団子をくれたら、家来になって差し上げるで候(そうろう)。」

「残念ですが、生肉しか持ってませんモー。それとも熊蜂さんは生肉でもお構いしない?」

「ぶん。いかにも。なかなか話の分かるお方とお見受けした。拙者、そなたの家来になる所存でござる。」

「では、いかにもイカの生肉、一つあなたに差し上げましょうモー。」

こうして熊蜂は晴れてモーモー太郎の家来になりました。

いつまでも照り付けてやまない陽射しの中、一人と二匹は船で都に向かいました。

船が蕎麦屋(そばや)さんのそばを通り過ぎようとしたとき、店の一面に渡ってガラス張りの戸が張り巡らされている、その向こうから一匹のワタリガラスが声を張り上げて言いました。

「ガァガァ、ガガァ。そこのぼっちゃん、あなたはどこへ行こうとしているの?」

「モォモォ、モモォ。私はこれから都で鬼退治。」

「ガガァ?それは大変なお仕事で。もしわたしに黍団子をくれたら、家来になってもいいのですけれど?」

「せっかくですが、生肉しか持ちあわせありませんモー。これで許してくれませんかモー。」

「ガァガァ。いいですとも、なりましょう。少々言いにくいのですけれど、この肉、結構いい肉ですよ。」

「では、あなたからお褒めにあずかったこのいい肉、あなたに一つおおめに差し上げましょうモー。」

こうしてワタリガラスは晴れてモーモー太郎の家来になりました。

飽きることも無く容赦ない陽射しの中、一人と三匹は船で都に向かいました。途中、様々な困難に出会いましたが、こんなんちっとも面白くないので省略します。さて、一行の眼前に俄然、都が見えてきました。

  *    *    *    

さて、都では近頃夜な夜な鬼が出て人々を襲っては持ち物やお金を奪うことを繰り返しておるという噂で持ち切りでした。

帝(みかど)は困って、なんとか事の真相を確かめてくれる人を探していました。

ところで、モーモー太郎が鬼退治にやってくるという話はすでに風の噂として都に届いておりましたから、人々は街に入ってくるモーモー太郎の姿を見るなり、最近完成したばかりの街の入り口の門のところで歓声をあげて出迎えました。

モーモー太郎たちは、こんなに人々から歓迎されて少々照れくさそうでした。一行は、さっそく三日かけて人々から情報を集めて、しっかり作戦を練った後、毎晩鬼が出るという噂の五条の大橋の上で待ち伏せすることにしました。

月が煙のような紫色の雲に隠れたり現れたりを繰り返しているうちに、もうすっかり人々は寝静まり、あたりには霧が立ち込め、しんとした静寂だけが張り詰めていました。モーモー太郎と三匹の家来たちは、いつ鬼がやって来てもいいように、言いようによっては異様に気を配ってあたりを見張っていました。 

そのときです。山の上のほうから、ズシーン、ズシーン、という重い足音が地響きを鳴らして近づいてくるではありませんか。やがて、霧の向こうから真っ黒い大きな人の形をした影が姿を現そうとしているのがわかりました。

モーモー太郎たちは橋の真ん中に立って、万全の構えで鬼を待ち受けました。鬼は、橋のたもとまであくまでも自分のペースをたもってもたもたとやってくると、モーモー太郎たちに気づいて、恐ろしい声で何か言ってきました。(ちなみにこの鬼は、都の人が見た所では、あくまでも鬼であって、悪魔ではありません。もう、こんがらがっちゃった!)

鬼の言葉を聞いたモーモー太郎は仲間にそっと耳打ちしました。

「鬼はなんて言ってるのか私にはわかりかねますモー。どうです、平家蟹さん。」

「確かにこれは異国のことば。イッコクも早く対処しなければ。どうです、熊蜂さん。」

「拙者の知る限り、唐(もろこし)の言葉ではないようじゃが。いかがかな、ワタリガラス殿。」

「わたしの辞書で調べてみましょうね。おや、これはどうやら金星語という言葉のようですよ。」

ワタリガラスは、胸のポケットの中から取り出した真っ黒い小さな辞書を見ながら言いました。

「では、何と言っているのかわかりますかモー。」

「ちょっと待ってくださいな。ふむ、ふむ。彼が言うには、自分の乗ってきた宇宙船が故障して困っているそうですよ。毎晩不時着した宇宙船がある山の頂上からふもとまで降りて来て、誰かに助けを求めても、橋のところで出会った端からみんな持ち物を置いて逃げ出すので、置き忘れていった持ち物をそのままにしておくと誰かに取られたらいけないと思って、自分が全部預かっているんだそうですよ。」

鬼は、目から涙を流してしきりにうなずいています。鬼の目から涙とはまさにこのことです。

モーモー太郎はしばらく考えて言いました。

「もしよかったら、私があなたの助けになりましょうモー。どうすれば宇宙船は修理できるのですか?」

鬼はモーモー太郎の申し出にすっかり喜んで、金星語で一気に語り始めました。ワタリガラスは、必死に辞書のページをめくって、めくって、さらにめくって、指につばつけてめくって、指の皮がめくれるほどページをめくって、ひたすら翻訳に務めました。それで分かったのは、宇宙船を再び飛ばすには何かとってもねばねばしたものが五十キログラムほど必要だということでした。

モーモー太郎は言いました。

「さっそくモー、何かとってモーねばねばしたものを五十キログラムあつめねばならないモー。」

モーモー太郎の声に合わせて、三匹は声をそろえて言いました。

「そうする(ぞー!)(でござる!)(のー!)」

   *    *    *    

次の日の朝、モーモー太郎たちは都の人たちに事情を説明し、強力な協力を求めました。人々は、鬼が悪者ではないと知って、大変驚きました。そして、落とし物を預かってもらっていることに感謝しました。すぐに鬼を助けてあげようという話になりました。

人々は、宇宙船を動かすのに必要だという、何かとってもねばね    ばしたものについて、自分たちの知っている限りの知識を総動員してあれこれ知恵を出し合い絞り合いました。

ある町民が言いました。

「反物屋さんの孫娘のチエは神童の誉(ほま)れが高いことで有名じゃ。チエに聞いてみよう。」

こうして神童のチエが呼ばれて座敷に出てきました。

町の長が言いました。

「チエよ、いい知恵があったら貸してくれんかの?」

チエはしばらく考えて、言いました。

「かもしか、かもしか。ねばねばしたものとは、もしかもしかして、オクラのことでないかい?」

そこに居合わせた一同は思わずおおっと唸りました。

さっそくオクラ集めが始まりました。

モーモー太郎たちはなんとか都中の問屋からオクラをかき集めて、五十キロを確保すると、山の上の鬼のもとへ届けました。

「鬼さん、鬼さん。ねばねばしたもの、このとおり耳をそろえて五十キロ、集めてきたモー。」

鬼は差し出されたオクラの山を見て、嬉しそうに親指を立てて合図をして見せました。モーモー太郎たちも真似して、鬼の方に向かって中指を立てて見せました。こともあろうにそろいもそろって全員で。鬼は苦笑いをして、すぐさま作業に取り掛かりました。

宇宙船の背後にあるエンジンタンクのふたを開けて、五十キロのオクラを中に放り込むと、鬼は操縦席についてエンジン始動のボタンを押しました。

ガタガタガタ・・・、ガッタンゴットン、ブスブスブス・・・。

宇宙船はしばらく小刻みに振動していましたが、やがて黒い煙を噴き上げて止まってしまいました。

操縦席から出てきた鬼は、悲しそうな顔をして首を横に振りました。

「ガァガァ。どうやらねばねばしたものというのは、オクラのことではなかったようですよ。」

「それでは、もう一度街に戻って、やり直しするモー。」

鬼もうなずきました。

そうして、一人と三匹はずらずらと山を下りていきました。

再び都中の人に集まってもらって、神童のチエと共に知恵を出し合って、今度はもずくに目星をつけました。モーモー太郎は、もずくだけでいいモー、梅干しはつけてくれなくてもいいモーと言いましたが、誰も意味が分かりませんでした。

目標が決まると、すぐに獲物をかき集めようということになりました。そして実際かき集めにかかったのですが、実はモーモー太郎だけ間違って、牡蠣(かき)をかき集めていたことは内緒です。一行はすぐさま鬼の待つ山の頂上へと向かいました。

「今度はうまくいくといいモー。」

「そう思ってさっきから神さまにお祈りしているんですよ。」

平家蟹がいいました。

「それはいい心がけでござる、平家蟹殿。」

熊蜂が受け合いました。

「平家蟹さんの祈り、天に届くといいね。」

他人事のようにワタリガラスも付け足しました。

そこへ鬼が割り込んできて金星語で困ったようにまくしたてました。どうやら一人と三匹が話で込み入っている間にも鬼は一人で作業をしていてすでにもずくは試され、またしても失敗だったようでした。

「ダメダヨー、コレハねばねばトイウヨリ、ズルズルダヨ。」

鬼が困った顔でそう言うと、ワタリガラスはそれを翻訳してみんなに伝えました。

「なるほど。これは困ったモー。『二度あることは三度ある』だモー。鬼さん、ねばねばしたものについて、なんかもっと情報はないですかモー。」

鬼はしばらく考えていましたが、何かを思いついたように飛び上がりました。鬼は宇宙船の中に入ると、何やら荷物をひっかきまわしているようでした。やがて一冊の本のようなものを見つけると、それを無我夢中でページを繰って調べ始めました。

鬼はようやく目当ての記事を見つけたようでした。その喜びようは目も当てられないくらいでした。鬼は身振り手振りで説明を始めました。

「なんでも、『ソイがロッテンバで発展してできた糸を引くもの』だそうですよ。」

ワタリガラスが通訳して言いました。

「とっても臭くて糸を引くねばねばしたものと言えば、納豆と昔から相場が決まっているでござ候。」

熊蜂がぶぶん、ぶん、と羽を鳴らしながら言いました。

「ソイがロッテンバで発展するとはどのように考えるんです?」

ワタリガラスが聞き返しました。

「問題はそれでござる、ワタリガラス殿。」

「何かもう少しヒントになるものがあればいいのでござるが・・・。」

そのとき、突然鬼が唸り声をあげたので、何かと思って一同が鬼の方を振り返ると、鬼の怒声でまき起きこった風があたりの木々をゆらし、無数の木の実がばらばらと落ちました。鬼は木の実を両手で掬(すく)うように拾いあつめると、それを自分で自分の体に投げつけて、イヤイヤのゼスチャーをしました。

「なんか節分の豆まきのようですが・・・」

ワタリガラスが言うと、鬼は「ソイ、ソイ」といってウインクしました。

「どうやらソイというのは豆のことを言っているようですが。」

平家蟹が口をはさみました。もちろん自分のはさみで自分の口をはさんだのではないことは、いうまでもありません。

「ソイはわかったとしてモー、『ロッテンバで発展』というのはなんのことだモー?」

モーモー太郎が言うと、鬼は指で鼻をつまんで片手を振り出しました。その手の動きで風が起きて、鬼のワキガの臭いがこちらまで漂ってきました。

「くっ、くさい!」

鬼は目を大きくして首を大きく縦に振りました。

「そうか、わかったでござる!ロッテンバで発展というのは、豆が腐って発酵するということでござろう。」

鬼はしきりにうなずいています。

「ということは、やはり納豆で正しかったんだモー。」

やっとねばねばしたものの正体が分かったところで、一人と三匹はまたずらずらと山を下りていきました。

  *    *    *    

都に戻った一人と三匹は、都の人と協力してすぐさま都じゅうから五十キログラムの納豆をかき集めて、鬼のいる山の上に持って行きました。

鬼は納豆を宇宙船の燃料タンクに入れて、エンジンを動かしてみました。

宇宙船は一瞬がたんと揺れて、そのあとプシューと白い煙を吐いて止まってしまいました。鬼は燃料タンクを確かめて何か言いました。

ワタリガラスがすかさず翻訳して伝えます。

「もっと納豆をかき混ぜてねばねばをアップさせないといけないって言ってますよ。」

「それじゃ、体の小さい頑丈な平家蟹さん。あなたがタンクの中に入ってかき混ぜてきてほしいモー。」

(実はこの時すでにモーモー太郎の体は元の大きさに戻っていたのでした。)

モーモー太郎がそういい終わるやいなや、平家蟹は「がってんです!!」と叫んで宇宙船の燃料タンクに飛び込んでいきました。宇宙船はガタンガタンと上下に揺れています。平家蟹はなかでひと暴れしているようです。上下に揺れる宇宙船を見て、モーモー太郎は子供の頃夜中に目が覚めたとき偶然見た寝床でのおじいさんとおばあさんを思い出していました。

 5分後、ねばねばまみれになった平家蟹がエンジンタンクから出てきて、どうやら納豆のねばねば度は当社比で二百八十パーセント改善されたようです。平家蟹は言いました。

「久しぶりに、いい汗かきました。」

さっそく、タンクのふたは閉められ、エンジン始動のスイッチが押されました。瞬く間に今度は音もたてず、宇宙船は大空へと、苦も無く滑らかに舞い上がっていきました。ライトを点滅させて最後の挨拶を済ませると、一人と三匹の目の前で宇宙船は最後の仕事にかかりました。

実を言うと、鬼は立ち去る前に、ぜひこのお礼をしたい、何か自分に出来ることはないか、とモーモー太郎たちに申し出ていました。

モーモー太郎は、ここ2か月間日照りが続いていて雨が降らなくて農民たちがすっかり困っていることを思い出し、雨を降らせてくださいモーと、そう鬼に伝えました。鬼はにっこりうなずいて、親指を立てて突き出す例のポーズを返しました。一人と三匹も、にっこりうなずき返して、中指を立てて突き出し返しました。

軽やかに飛び立った宇宙船は、不意に都の上空で一時制止すると、機体の下部のハッチを開きました。すると、瞬く間にそこから無数のなにかがばらまき始められました。都の人々は、ひっきりなしに屋根の上にバラバラと落ちて来る物音にびっくりたまげて、寝た子を叩き落されたようにわらわらと表に飛び出してきました。見ると、何と空から無数の飴(あめ)が降っていましたとさ。(やれやれ・・・)

宇宙船は機体の色を青白く変化させると、あっという間に闇のかなたに消え去っていきました。

その光景を一人と三匹は夜空を見上げていつまでも見守っていました。

(ちなみに、その次の日、人々の願いが通じたのか、この地方に2か月ぶりの雨が降ったのでした。)

  *    *    *    

モーモー太郎たちの働きに対して、帝(みかど)はたいそう喜ばれて、モーモー太郎たちを皇居へと招いて盛大な酒盛りをしてもてなし、一人と三匹に、一人ずつ、なんでも望みのものをお礼としてつかわそうとの仰(おお)せを賜りました。

ワタリガラスは言いました。

「ガァガァ。わたしはカラスの身でありながらお上から贈り物を頂けるなんて身に余る幸せ、できればかねてからの念願のカラスミをいただきましょう。」

次に熊蜂はいいました。

「拙者も武士の端くれ。願わくば、家宝の埋蔵ハチミツの在り処を示した地図を描くための最高級の和紙をわしに一枚進呈つかまつりたく存じ申し上げ候。」

続けて平家蟹は言いました。

「いまこそわが亡き主(あるじ)の遺言を果たすとき。主はこう申されました。『関門海峡に橋を架けよ』と。この願をぜひともご配慮くだされば、この上ない幸せなのですが。」

最後にモーモー太郎はこう言いました。

「私はじっさまとばっさまへのお土産に、平安京Tシャツと平安京マグカップを合わせてセットでお願いするモー。」

こうして一人と三匹はそれぞれ自分の欲しいものを受け取り、都の人々の祝福を受けながら、決して底の抜けることのない底抜けに頑丈な船に乗り込んで、再び都を後にしました。

  *    *    *    

 帰り道はかつて来た道と同じ道を逆にたどりました。

初めにワタリガラスが一行を離れ、次に熊蜂が別れを告げ、続けて平家蟹が去りました。

三匹はめいめいの場所に帰って、今回の冒険での物語を人々に語り継いでいくことでしょう。この短い旅で大きく成長した自分を誇りに思いながら、なにより、それを可能にしてくれた一人の立派な若者との出会いに感謝しながら。

それぞれを見送った後、一人になったモーモー太郎は、おじいさんとおばあさんが待っている生まれ故郷の家をひとり目指しました。その胸の奥に、自分以外は知る者のいないあの約束、今月の満月の夜、月の世界へと帰らなければならない自分の運命をそっと秘めながら。

     (完)


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