新説・カチカチ山




 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがありました。

おじいさんが町へ買い物に出かけて家を留守にしていたとき、一匹の狸がおばあさんのところへやって来て言いました。

「おばあさん、おばあさん、最近獲物がさっぱりでのう、わしは腹が減って死にそうなんじゃ。もう三日もろくに食うてないんじゃ。良かったら、なんか食わしてくれえ」

おばあさんは、三日も何も食べてないという狸を不憫に思い、家に入れて、食べ物をごちそうしてやることにしました。


「こんなもんしかできんが、勘弁してくれんさい」

おばあさんは、あまり裕福でない生活の中から、なんとか狸に腹一杯食べさせてやろうとして、精一杯の料理をして狸の待つ居間へ持っていってやりました。

狸はおじいさんがいつも座る座布団の上に腰を下ろし、ちゃぶ台に足をのせてふんぞり返っていました。狸は言いました。

「わしゃ、腹が減って死にそうなんじゃ。なんでもええけえ、はようそこへ置いてくれえ」

「はいはい、腹一杯食べておくれ」

おばあさんがちゃぶ台の上にお膳をのせると、狸は上機嫌で早速ひとくち料理を口に運びました。途端に狸はそれを口から吐き出し、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしました。

「なんじゃこれは!あついじゃないか!口の中、火傷してしもうた!」

狸はおばあさんに飛びかかり、あっという間におばあさんの首を絞めて殺してしまいました。

そのとき、ちょうど町から帰ってきたばかりのおじいさんが、おばあさんに向かって声をかけました。

「おばあさん、今戻ったよ。今日はとてもいい卵が手に入った。これでなんかうまいもん食わしてくれんかい。おや、お客さんかい?」

狸はびっくりして逃げ出そうとしましたが、出口は一つしかありません。おじいさんに見つかってなるものかと、狸はとっさに思いついて、おばあさんの声真似をして言いました。

「おつかれでした、おじいさん。今すぐ何かこしらえますから、材料をそこへ置いて、居間で待っていてくだされ。」

おじいさんはおばあさんの声を聞いたと思って、安心して居間でキセルを一服やっておりました。そこへ、おばあさんの服を着てすっかりおばあさんになりすました狸がお膳を運んで来て言いました。

「じいさま、こんなもんしかできんが、勘弁してくだされ」

おじいさんは、狸がおばあさんの振りをしているのを気付かないまま、出された卵粥を一口食べて言いました。

「こんなうまい卵粥を食べるのは初めてじゃ。おばあさん、これはいったいどういうわけじゃろうか。」

おばあさんはおじいさんがすっかりお粥をたいらげるのを見届けると、突然おばあさんの着物を脱ぎ棄てて、正体を明かして飛び跳ねながら囃し立てました。

「やあい、やあい、おじいさんはおばあさん入りの卵粥を食ったぞ。おじいさんはうまいうまいといって食ったぞ。やあい、やあい」

何と狸は殺したおばあさんをお粥に入れて、おじいさんに食べさせたのでした。

びっくりして真っ青になっているおじいさんを尻目に、狸は玄関から飛び出して山へ帰っていきました。事実を知ったおじいさんは悲しみのあまり、寝込んでしまいました。


  *  *  *


兎は、もうおじいさんが三日も畑に現れないので、気になっておじいさんの様子を見におじいさんの家までやってきました。あんなに元気だったおじいさんがすっかり弱ってしまって床に伏しているのを見て、兎は何があったのかとおじいさんに尋ねました。おじいさんは自分に起こった出来事を弱々しい声で震えながら手短に兎に話して聞かせました。兎は話を聞き終わると、怒っていいました。

「ひどい!ひどすぎる!!おじいさん、私がおばあさんの敵を討ちましょう。だから元気を出して早く良くなってください。」

そう言って、兎はピョンピョン跳ねて外へ出ていきました。


  *  *  *


狸はその頃、山で集めた薪の束を背中に背負って、ふうふう言いながら自分の家へ向かって歩いていました。そこへ兎が現れて言いました。

「狸どん、狸どん。精が出ることじゃのう。その薪は重かろう。一つ私が後ろから支えてあげましょう。」

狸は助かったと思って、嬉しそうに言いました。

「兎どん、兎どん。そんならひとつ、力を借りようかのう。」

「お安い御用じゃ。」

そう言って兎は狸の後ろへ回ってこう言いました。

「どっこいしょ。どうじゃ、狸どん。さっきより軽うなったじゃろ。」

狸はさっきよりもふうふう息を弾ませて言いました。

「兎どん、なんだかさっきより重とうなったようじゃが、どうしたことじゃろうか」

兎はとぼけて言いました。

「それはきっと、坂道が急になったせいじゃ。」

「そうか、わしはてっきり兎どんが薪の上に乗っかっとるんかと思うた。それならいいんじゃ。」

少し歩いて、狸はいよいよ息を弾ませてこう言いました。

「兎どん、なんだかさっきよりももっとずっしりと重とうなったような気がするんじゃが、どうしたことじゃろうか。」

兎はとぼけて言いました。

「それはきっと、坂道がもっと急になったせいじゃ。」

「そうか、わしはてっきり兎どんが石でも薪の上に乗せたんかと思うた。それならいいんじゃ。」

それから少し歩いて、狸は何だか変な音がするのに気が付きました。

「兎どん、さっきから後ろの方でカチカチ音が聞こえて来るんじゃが、これは何の音じゃろうか。」

兎はとぼけて言いました。

「それはきっと、カチカチ山の方からカチカチ鳥のなく声が聞こえて来るんじゃ。」

「そうか、わしはてっきり兎どんが火打石を打っている音かと思うた。それならいいんじゃ。」

それからさらに少し歩いて、狸は何だか背中のあたりからするボウボウという音を聞きました。

「兎どん、兎どん。背中のあたりから聞こえてくるボウボウという音はなんじゃろうか。」

兎はさもわかりきったことのように答えました。

「それは、ボウボウ山のボウボウ鳥が鳴いておるんじゃ。」

「そうか、それならいいんじゃが・・・」

そう言いかけて、狸は変なにおいがするのに気が付きました。それになんだか、背中のほうがやたらに熱く感じました。

「兎どん、なんだか焦げ臭い煙のにおいがするし、背中のほうがやたらに熱いんじゃが、どうしたことじゃろうか。」

兎は涼しげな顔をして、狸の横を並んで歩きながら言いました。

「そこに池があるけえ、自分の背中を映して見てみりゃええ。」

「そうか、そりゃ名案じゃ。どれ、ありゃー、薪が燃えとるぞ。火事じゃ、大火事じゃ!!」

兎はすかさず言いました。

「狸どん、走るんじゃ。走って風を起こせば、火も消えるはずじゃ。」

狸は返事もせずに走り出しました。顔を真っ赤にして、汗だらけになりながら、「兎どん、火は消えたか、火は消えたか?」と何度も聞きながら、そこらじゅうを行ったり来たりとぐるぐると走り回っていましたが、とうとう熱さに耐えきれずとっさにそばの池に飛び込みました。ジューという音を立てて火は消えましたが、薪はすっかり台無しです。狸は火の苦しみから助かったのもつかの間、火傷の痛みにこらえきれず兎に言いました。

「兎どん、さっきの火事で背中が大火傷じゃ。ひりひりと痛うてたまらんのじゃが、なんとかならんじゃろうか。」

兎は小さな壺を取り出して言いました。

「この薬を塗っておけば火傷はすぐに直るという事じゃ。どれ、私が塗ってあげましょう。」

兎は壺の中のからしみそを手に一杯取って、狸の背中の傷口に擦り込み始めました。

「うひゃあ、しみる、しみる!!」

狸は背中を走る火の付いたような痛みにじっとしておられずに、思わず走り出しました。そしてそのまま遠くの方へ走り去っていき、しまいには見えなくなってしまいました。


  *  *  *


それから一か月がたちました。狸はようやく火傷の傷が治りかけて、久しぶりに寝床から出て散歩に出かけていました。そして、川のそばで船遊びをしている兎に出会いました。

「やあ、兎どん。立派な木の船を浮かべて、船遊びとは楽しかろう。」

兎は狸の方を見もせずに言いました。

「狸どんも一緒に船遊びをしませんか。そこにもう一つ船があるけえ、良かったらどうじゃ?」

 兎の指さす先に、葦の草むらのそばに立派な泥の船がありました。

「ほう、兎どん。これは立派な船じゃのう。お言葉に甘えて、一つわしも気晴らしに船遊びといこうかのう。最近悪いことずくめじゃったし、少しは楽しまんと体に毒じゃ。」

そういって狸は泥船を川に浮かべてさっそうと乗り込みました。

「狸どん、もっと沖へ出て競争しよう。船がすいすい進んで楽しいよ。」

狸は兎に言われたとおりに、流れの速いほうへとぐいぐい船を進めて行きました。そしてすぐになんだか様子がおかしいのに気付きました。

「兎どん、兎どん。なんだか船の形がなくなっていくようじゃが・・・」

兎は表情一つ変えずに言いました。

「狸どん、それは泥船の泥が水に溶けているんじゃ。もう数秒も持つまいて。」

そう言い終わる間もなく、泥船はすっかり水に溶けて跡形もなく消えてしまい、すでに狸は急流に飲み込まれていました。

「助けてくれぇ!!」

兎は返事もせずに、安全な木の船の上から、大小の渦の間になすすべもなく沈んでいく狸の姿を最後の最後までじっと見つめていました。


こうして兎は、おじいさんとの約束通り、おばあさんの敵を討ったのでした。


  *  *  *


生涯独り者の狸は、普段から悪さばかり繰り返していたので、兎のやったことを知っても誰も敵を打ってやろうとは考えませんでした。

それっきり、狸のことを覚えているものもいなくなり、いつしか誰もがこんな事件があったということも忘れてしまいました。


ところで、おじいさんはどうなったのでしょうか。実を言うと、兎がかたき討ちの報告をおじいさんにしたとき、おじいさんはぽつりとこう言ったそうです。

「狸は、悪い奴じゃったが、あれも不憫な奴なんじゃ。かたき討ちが、本当に良かったことじゃったろうか・・・。」

おじいさんは三日後、静かに息を引き取りました。今頃は、天国でおばあさんと仲良く暮らしていることでしょう。


おしまい、と言いたいところですが、じつはまだつづきがあります。

兎は、あの世の狸に向けて、手紙をしたためました。どうしても狸に言いたいことがあって、そうせずにはいられなかったのです。

ちょうどその頃、あの世の狸の方でも、兎にあてて手紙を書いていました。

二匹の書いた手紙は、次のようなものでした。まず初めに狸の手紙を紹介し、最後に兎の手紙を紹介して、このお話を締めくくりにしようと思います。





兎どんへ

           狸より


 兎どん、なんであんなひどいこと、わしにしたのかなって、ずっと思っていた。

 薪の束に火をつけたり、火傷の痕にからしみそを塗ったり、泥船に乗せておぼれさせたり・・・。

 前は、そんな風にわしに意地悪はしたりしなかったから、急に兎どんは人が変わってしまったのかと思っていた。

 でも、そうでないことが、今ようやく分かりました。天国の人が、親切に、それは敵討ちだよと教えてくれたから。

 何でも、兎どんは、わしがおばあさんを殺し、おじいさんに婆汁にして喰わしたのが許せなくて、怒っていたんだそうだね。

 おばあさんも、おじいさんも、わしに対して何も悪いことをしてないのに、わしが二人に対して悪いことをしたから、兎どんはわしに対して、自分が何にも悪いことをしてない相手から悪いことをされるのがどんな気持ちか、それを思い知らせてわしに分からせようとしたんだそうだね。

 そういうのを敵討ちっていうんだと、初めて知りました。もし、知識だけでもそういうことがあると知っていたら、わしはもう少し考えて行動したかもしれないと思うんじゃ。

 でも実際は、そうでなかった。

 理由も無く、人に一方的に悪いことをするのはいけないことで、それを罪っていうんだと、天国の人が教えてくれました。

 わしは聞き返しました。もし、人に一方的にするんでなかったら、悪いことをしてもいいんですか、と。

 天国の人は笑って答えました。

 悪いことをすると、理由はどうであれ、それは自分にかえってくるんだよ、と。

 それどころか、反対にいいことをしても、理由はどうであれ、自分にかえってくるんだよ、とも教えてくれました。

 そう聞くと、わしはわからないことがありました。

 わしのじっさまが、生きていた頃、事業を起こして一山当てて、大金持ちになっていた頃があったそうなんじゃ。

 じっさまは貧しい狸や不幸な狸たちが暮らす家をつくって、こんなに偉いことをした自分を狸の統領にするようにと狸たちの前で演説をしたんじゃそうな。そうして狸の統領になったんじゃけど、自分に従わない狸たちを権力にものを言わせて次々に殺していって、しまいにはある日、まえからじっさまに目の敵にされていた若い狸が革命というのを起こして、その革命というやつでじっさまは殺されてしまったと、わしが子供の頃かかさまが話して聞かせてくれました。

 じっさまは、不幸な狸たちの住む家をつくるといういいことをしたから、それが自分にかえってきて、統領になれたのか。

 また、自分に従わない狸たちをたくさん殺したから、それが自分にかえってきて、じっさまは殺されたのか。

 そう天国の人に聞いてみると、天国の人はそうではないと答えました。

 人に形がどう見えようと、すべての生き物は、自分が思い、考えたこととちょうど同じものが自分にかえってきて、未来の自分を決めてしまうのだと。

 じっさまが統領になれたのは、じっさまがただ統領になって働きたいと思ったからだと。

 じっさまに従わない狸たちがいたのも、じっさまが金の力でいいことをしたつもりでも、ただ不幸な狸たちが幸せになってくれることをひとつも思わなかったことがあったからだと。

 じっさまが革命で殺されたのは、自分と違う考え方の狸をそれだけの理由で殺したから、革命家の狸の考えと違う考え方をしているじっさまは、逆に殺されてしまったんだと。

 わしは言いました。

 だから、わしは、兎どんに殺されてしまったんだねって。

 天国の人は言いました。

 そうだよって。でもこう付け加えました。

 兎どんは狸どんを殺したことで、自分に対して何も悪いことをしたわけではない相手を殺すという罪を犯したんだって。

 人を殺すということは、どんな形であろうとも、それにつながる直接的な理由なんて言うものはないんだって。すべて自分から一方的に始めたことなんだって。

 そうやってつくったその罪というのは、一度つくったら、自分が自分の命の中から埋め合わせるだけの思いを出してくることによってしか、消す事が出来ないんだって。

 わしは聞きました。

 それじゃあ兎どんは、誰かに殺されてしまうのって。

 天国の人は、それは分からないと言いました。全ては、兎どん自身の思いがけしだい、兎どん自身の日々の生き方が、それを決めることになるのだと。

 いくら神さまでも、一人一人がどんな思いを持つかということまで、自分で決めることはできないから、どうなるかは神さまでも、決めることはできないって。

 ただ神さまは時間を与えてくださる。その時間に、もうこれ以上は待たないよ、っていう一方的な期限や限界はなくて、どれだけ時間がかかろうと、神さまはすべての生き物が本当の幸せが何かを知り、それを自分だけでなく、他人の為にも、たとえば動物だけでなく、花や、木や、石や、空想の中のもの、体をもってないもの、命を持っていないもの、考えられるすべてのものに対して、相手の幸せを本当に思う事が出来るようになるまで、ずっと待っていてくださるんだって。

 おらは、それなら、もうすっかり疑問は解けました、って言いました。

 天国の人は、笑っていました。

 この話は、自分だけ知っているのは勿体無いと思うて、こうして兎どんに手紙を書いたというわけです。

 わしは、天国で、これから何をすればいいか、天国にいる白いひげのおじいさんから教えてもらいました。

 兎どんも、体に気を付けて地上の生活をお送りください。これにて筆をおきます。








狸どんへ


 今頃は、地獄の底で、さぞ苦しんでいることでしょうね、狸どん。

 自分がなぜそんな目にあうことになったか、あなたは分かりますか。

 全ては自分で蒔いた種なんですよ。何の罪もない善良なおばあさんを殺して、こともあろうにおじいさんに食べさせた。

 何も知らずに最愛のおばあさんを食べてしまったおじいさんの深い悲しみの気持ちがあなたに分かりますか。

 おじいさんにとって、おばあさんはもう二度と帰ってこないのですよ。

 わたしがしたことは、すべて、おじいさんとおばあさんがあなたから味合わされた苦しみがどんなものか、少しでもあなたに分かってもらうためにしたことだったんですよ。

 地獄の業火で焼かれるのはさぞつらいでしょう。

 針の山の上を歩かされるのはさぞ苦しいでしょう。

 いい気味です。これであなたはほんの少しだけ、おばあさんやおじいさんと対等になれたのです。

 しかし、本当の意味でのあなたの罪が許されるのは、狸どん、あなたが自分のしたことの意味を心の底から反省して、天国のおじいさんとおばあさんに対して心からの許しを請い、許してもらえるようにすることなんですよ。

 それから、地獄での一生を罪滅ぼしのことだけ考えて、それ以外のこと、楽をしようとか、楽しもうとか、人並みにいい思いをしようとか、そう言うことを一切諦めて自分から身を慎むということなんですよ。

 よく考えてごらんなさい。あなたに、そういう楽や喜びを味わう権利などありますか。人の幸せを一方的に奪ったあなたに、それが許されるとでもお思いですか。

 一生苦しみなさい。一生苦しんで、自分の罪の重さを知りなさい。これが私が狸どんに対して言いたいただ一つの事です。

 正直言って、私はこれでも手加減してあげた方なんですよ。せっかく敵討ちが出来て、おじいさんも喜んでくれるだろうと思った束の間、おじいさんまでおばあさんの後を追うようにして亡くなってしまった。私は同時に二人の掛け替えのない人を失ったんです。

 いわば狸どん、あなたに奪われてしまったんです。

 いえ、私のことは別にどうでもいいんです。

 おばあさんを思って衰弱して死んでいったおじいさんの無念。それを思うと腹の底から怒りがこみあげてきて、あの時もう少しあなたをきつく懲らしめておけばよかったと思うほどです。

 もう一度言います。

 地獄で一生苦しみなさい。

 それが、私の言いたいことのすべてです。


おじいさんとおばあさんの初盆を前に

             兎


(おしまい)


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